サンジャーン・スタンブ(サンジャーンの柱)

Sanjan Stambh

ダマンから30kmほど南下したサンジャーンにある「サンジャーンの柱(Sanjan Stambh)」へ。

イスラーム化したペルシャからの難民の流れは決してひとつではなかったのだが、その中でもっとも初期に定住したと言われる人たちが上陸したのは現在のグジャラート州南部のサンジャーン。

当時の故事として伝えられるものとして有名なものにこういうのがある。
定住の希望を申し出たパールスィーの人たちの長にサンジャーンの王(支配者)は言った。
「すでにこの土地には多くの人々が住んでいる。残念ながら、あなたがたに分け与えられる場所はもう無い」
それを聞いた長は器になみなみと入ったミルクの中に砂糖を次々に入れながら王に申し上げた。
「かように、器からミルクが外にこぼれることはございません。私どもはあなた方の土地に溶け込んで生きてまいります。」
長の機知と誓いに心打たれた王は、彼らが王国に居を定めることを許した。

さて、この柱が建立されたのは後世のパールスィーの人たちによるもので、20世紀初め。敷地内にはパールスィーの人たちのためのダラムサラもある。

このサンジャーンに今もわずかにパールスィーが暮らしている(20人前後)とのことだ。寂れた小さな町からは、おそらく外に出ていく一方で、新たに入ってくる人はないだろうから、前述の故事により定住した人たちの子孫であると思っても良いのかもしれない。

ダラムサラ。片田舎にあるため、パールスィーの巡礼宿としてはずいぶん簡素だ。

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