HMTの手巻き腕時計

バンガロールに本社を置くHMT社の腕時計。日本のシチズンの協力を得て、1961年から生産を開始した国営の時計メーカーだ。民間の時計メーカーが台頭してくる前、1980年代まではインドの腕時計市場はHMTの天下だった。外国メーカーによる製品が闇市場の品物だった時代である。

そのHMTの手巻き時計を購入しようと、ムンバイのフォート地区で探してみた。たいていの時計屋ではすでに置いていない。ずいぶん昔から腕時計はクォーツであることが当然となっているし、今の時代に国営企業の製品など、一般のインド人ならば欲しがらないだろう。しかもこのHMT社、時計部門はすでに2016年に解体してしまっているのだ。いろいろ回ってみると、やはりまだ置いている店はいくばくかあった。

ある店主は言う。
「インド人は買わないです。昔は腕時計といえばHMTという時代はありましたがね。」
たまに売れるとのことだが、購入していくのはたいてい欧米人だという。
「昔風のシンプルな時計、しかも手巻きというのが、先進国の人たちには珍しいんでしょうね。」
もう入荷することはないので、今の在庫が掃けてしまえば、それでストックはおしまいだという。

今回購入したのは、「Janata (人民)」というモデルの以下の文字盤の腕時計。

「Janata」デーヴァナーガリー文字(白)

「Janata」デーヴァナーガリー文字(ピンク)

「Janata」デーヴァナーガリー文字(黒)

「Janata」デーヴァナーガリー文字(黒)

「Janata」アラビア文字(白)

「Janata」アラビア文字(黒)

ずいぶん昔に、1989年だったか、HMTの手巻き式の腕時計をいくつか購入したことがある。購入の動機といえば、やはりシンプルな文字盤、そして手巻きであるということだった。あれから30年くらい経過しているので、なおさらのことその希少価値はあるだろう。しかも製造していた会社自体がもう存在しないとなれば。(HMTは今も操業しているが、前述のとおり時計部門は2016年に消滅)している。

1989年に購入した「Pilot」


当時、3~4個くらい購入したように記憶しているが、現在もその中のPilotというモデルは元気に動いている。それほど長持ちするのだというわけではなく、当たり外れが多いようだ。他のモデルは紛失してしまったわけではなく、そう長く使っていたわけでもなかったのに壊れてしまった。

今になって、突然HMTの腕時計が欲しくなったのには理由がある。eBayにヒンディー語の文字盤の時計が出ているということをある方から聞き、なかなか良い感じだったので、ぜひ購入したいと思ったのだ。デザインや色合いで実に多彩なバリエーションを用意していたJanata(人民)というモデルだが、確かウルドゥー語バージョンもあったはず。回ってみた店の中では、やはりスタンダードな文字盤の製品が多いのだが、一部にそうしたものの在庫はあり、いくつか購入することができた。

購入した時計を巻き上げて、一日放置しておくと、動きにけっこう誤差があることがわかる。
最近はめっきり減ってしまったが、かつては街角に時計修理屋がたくさんあったのは、これが理由かもしれない。仕上がりにかなりバラつきがあるがゆえ、最初から具合の良い製品に当たればよいが、そうでないことも少なくなかったため、調整しながら良い動作をするよう誘導していく必要があった。

その面倒さからクォーツが好まれるようになったのは当然のことだろう。1990年代にTATAが腕時計分野に進出した。一度電池を入れてしまえば、毎日巻き上げる必要はなく、日々正確に時を刻んでくれる。人々が機械式時計を見放すのは実に早かった。

HMTもクォーツ時計を生産するようになったのだが、それでも主力は手巻きあるいはオートマチック時計であった。職人の手仕事による機械式時計へのこだわりがあったようだ。国営であるがゆえに、意思決定の遅さもあったのだろう。監督官庁である重工業国営企業省にも、そこから天下ってHMTの幹部となる人々にも改革の意思は薄かったはずだ。
それに腕時計などという、民間企業がたくさん製造してマーケットに投入している製品を、わざわざ国営企業が造らなくてはならない理由など、今やどこにもない。インド経済が脆弱であった昔々ならいざ知らず。

かくして、かつて人々が行列を成して入荷した製品を購入したという伝説を持つ花形企業HMTの時計部門は、毎年赤字を累積していくようになり、ついに2016年に政府の判断により、同社の時計部門は清算されることとなった。

購入した手巻き時計を耳にくっつけてみると、チクタクチクタクと、リズミカルな音が刻まれている。古い時代のシチズンとインドHMTのコラボによる製品が世に出たのは1961年。55年に渡る歴史の歩みが聞こえてくるようだ。

なお、同社の「Janata」や「Pilot」モデルには、実に様々なバリエーションがあり、以下のような素敵なデザインのものが多く存在している。インドで何かの機会で見かけることがあれば、購入してみるのも良いのではないかと思う。Janataについては1,600Rs前後、Pilotについてはそれより若干高めの金額で考えておけばよいだろう。

HMT Janata

HMT Janata

HMT Janata

HMT Pilot

また、「Braille」という文字盤が開くタイプの時計も製造されていた。こちらについては、日本の東急ハンズで見かけた記憶がある。文字盤に点字が刻まれており、視覚障碍者の方に時間が判るようになっているのだが、デザイン的に面白い製品である。

HMT Braille

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