第17回カレーフェスティバル&バングラデシュボイシャキメラ

どんなイベントであっても、毎年継続して行われていると、「恒例」となり、広く知れ渡るようになってくる。

野山を切り拓いて住宅地が造成されたとする。新聞の広告や電車内の吊り広告などで目にしたことをきっかけに、現地を見に行ったら気に入って購入した人たちが順次引っ越してくる。土地に何のゆかりもない人たちが集住することになるが、そんな中でも○○町内会、××商店会といったものが構成されていく。最初はよそよそしい間柄であっても、やがて見様見真似で盆踊りや秋祭りといった行事を始めるようになってくる。

はじめのうちはすべてがぎこちなかった運営側も、勝手わからずというムードだった参加者側も、回数を重ねるごとにこなれてくる。日常でも、両隣から同じ通りの人たち、さらには商売や子供幼稚園、保育園や学校の繋がりといったチャンネルが増えていくとともに、人付き合いは広がっていく。

始まりはまったくの「無縁社会」であった新興住宅地に「地元感」が溢れるようになってきて、そこで育った二代目以降の世代にとっては、紛れもない地域社会そのものとなる。

ただ、新興住宅地が、昔ながらの土地と大きく違うのは、一気呵成で開発・売り出しがなされた地域に移ってくるのは、たいてい子育て世代が中心の似たり寄ったりの年齢層から構成されることだ。時間の経過とともに年齢層に幅が出てくるものだが、それにしても移り住んできた親世代が老境に差し掛かり、子供世代が結婚して子供をもうけてという具合に、地域の住民全体がひと回り、ふた回り年齢が上がっていくという特徴がある。

同様のことが日本に定住した南アジア系の人たちの社会についても言えるだろう。バブルの頃に出稼ぎでやってきたバングラデシュやパキスタンの人々だ。彼らの子供たちが成人する時期に差し掛かっているとともに、すでに長年日本に定住しているおじやおばをツテに日本を留学先に選んだ若者たちがやってくる。

これとは異なる流れとして、2,000年以降、中国や韓国からの留学生数が頭打ちとなったことにより、危機感を抱いた日本語学校の多くが、生き残りをかけて他の国々を模索した。現在もその努力は続いている。関係者の開拓により、スリランカやネパールから日本語を学ぶために来日する若者が急増している。

バブルの頃から現在に至るまで、四半世紀ほどの時間が経過したが、いつの時代も様々な志を抱いて日本に渡ってくる南アジアの人々がいた。もちろんそうした人たちの間では一時的な滞在先でしかないというケースも多かったし、日本に腰を据えて住み着いた後に第三国に渡ったり、帰国したりする人もまた少なくない。とかく人の出入りは盛んではあるものの、決して少なくない数の人たちが日本に根を下ろして定住している。

そうした中で、とりわけバングラデシュの人々については、日本での定住志向がかなり強いケースが多いようだ。子供たちを日本の公立学校に通わせて、家庭内での会話も日本語になっているということはまったく珍しくない。

今年で17回目となる「カレーフェスティバル&バングラデシュボイシャキメラ」に参加するバングラデシュの人たちには、家族連れの常連客の姿が大変多いが、その子供たちもすでに成人していたり、そういう年齢に達しようとしている人たちが少なくない。こうした「日本生まれのベンガル人」にとっては、物心ついたころからすでにあった年中行事となっている。あと数年すると、バブルの頃に移住した世代に孫が生まれたりもする時期に差し掛かっている。

イベントを立ち上げて、長年に渡りこれを育て上げてきたバングラデシュの人たちに敬意を表するとともに、今後ますますの発展をお祈りしたい。

今年は4月17日(日)に開催される。時間は午前10時から午後6時まで。場所は例年どおり東京都豊島区の池袋西口公園だ。


カレーフェスティバル&バングラデシュボイシャキメラ (JAPAN BANGLADESH SOCIETY)

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