アウト!

 世にもキビシイ茶店があった。紅茶もミルクもスパイスも全て濃い、まるで甘いスープのように素敵なチャーイを出す店なのだが、何故だかとてもキビシイ。
 市内中央の野菜市場とバス停そばの角地にあり、朝から晩までいつも込み合っていた。ランニング姿で、肩から擦り切れたタオルをかけた「大将」は出納台にどっかり腰を下ろし、手下たちに大声で号令を下している。ひっきりなしに客が入ってくる。コンロの前で大汗かきながらお茶をいれる役の男は手を休めるヒマもない。
「大将」は相当な頑固者なのかスナック類は一切置かず、露店の同業者のごとく単品で勝負している。それでも繁盛しているのは立地の良さもさることながら、ここのチャーイの美味なるゆえだろう。繁華街なので付近に他の茶店はいくつもあるのだが、常に客で一杯なのはここだけだ。
 彼の見上げたところは、気に入らない客は平気で追い返してしまうことだ。一緒に店に入ったカナダ人が「あの〜、砂糖抜きで」などと余計なことを口走ったため、二人まとめて即退場となった。
次は一人で行ってみた。店には唯一チャーイしかないのだから、声に出して注文する必要はない。席に着くのとほぼ同時に出てきたカップの中には、ミルクチョコレート色の濃い液体が入っている。胃に悪そうなくらい強く、唾液がじんわり湧き出してくるほどのコクがある。こいつは旨い。
 そこで私は再び退場を食らった。膝の上でガイドブックのページをめくったからだろうか?「大将」は不機嫌そうな顔をこちらに向けた瞬間、嫌な予感がしたのだが。
 手下がツカツカとやってきて、まだ半分近く残っていたカップを下げてしまった。「大将」は黙って店の外へとアゴをしゃくる。カップの耳から手を離すとアウトということなのか?はなはだ無念である。茶店なんて確かに長居するところではないが、それにしてもせっかち過ぎるのではないだろうか。
 店内は混雑しているが、その割にはいつも静かだ。お客たちはマジメな面持ちで黙々と熱いカップを口元に運ぶか、ソーサーに垂らしてすすっている。おかげで客の回転は速い。
 ひょっとして「私語セル者ハ退場ヲ命ズ」などと壁に貼り出されているのだろうか、と見回してみたがそれらしいものは見当たらない。日本で「通な人たち」が出入りするラーメン屋にしばしば常連客にしかわからないシキタリめいたものがあり、新参者は見えない壁の前に疎外感をおぼえることがあるのをふと思い出した。
 ともあれサッサと飲まないと、カップを没収されることを体得したので、休まずズズズッとすすって外に出ることにしよう。入れ替わりに別の客が割り込むようにして入ってくる。
 2001年の大地震が起きる前、グジャラート州西部カッチ地方のブジという街での話である。

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