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カテゴリー: society

  • 競争社会 

    今年前半に導入された新しいタイプの急行列車、Antyodaya Express。

    ラージダーニー、シャターブディー、ドゥロント等の特別急行よりも下だが、一般急行よりも停車駅が少なくプライオリティの高いスーパー・ファストのカテゴリーの急行ながらも、連結されている客車はすべて2等、しかも予約席/寝台一切なしというエポックメイキングな急行列車。

    さぞかし粗末なものだろうと想像していたが、どうやらAntyodaya Express専用にモディファイされた新型車両を使用しているようで、なかなかいい感じ。

    しかしながら、「予約無し」システムなので、途中駅からの座席/寝台確保は難しそうだし、始発駅からの乗車でも、「他人をかき分けて我先に乗り込む」作法のインドだけに、「早い者勝ち」というよりも、「腕力ある奴が勝ち」「デカい奴らのグループ圧倒的有利」という状況になりそうだ。

    まさに「競争社会」でキビシイ・・・。

    Antyodaya Express, Train for Unreserved Travel to Roll out Soon. Here Are the 7 Things to Know! (THE BETTER INDIA)

  • Trains At A Glance更新版

    11月に入ってすぐにインド国鉄時刻表が更新された。

    今はインドの様々な旅行予約サイトで検索・予約出来るので利用価値は下がっているとはいえ、方面別に一覧できるのはありがたい。

    各駅停車も掲載されるNewman’s Railway Bradshawという時刻表もかつて出版されていたが、今でもどこかで流通しているのだろうか。

    オフラインでも参照できるように各ページをダウンロードしておこうと思ったのだが、リンク切れが沢山あるため、保存しそびれたページがかなりある。相変わらず雑な造りだ。

    一冊まるごとダウンロードできるようにしてあればいいのだが、1ページずつしか落とせないようになっているのが残念である。

    Trains At A Glance (November, 2017 – June, 2018)

  • アングロインディアンの家族史

    アングロインディアンの家族史

    Sunday's Child

    1942年にアーンドラ・プラデーシュ州の港町ヴィザーグ(ヴィシャカパトナム)で生まれ育った女性の自叙伝。

    英領末期のインドで、アングロインディアンの家庭で育った著者。父親はカルカッタに本社を置いていたベンガル・ナーグプル鉄道の従業員(機関車運転手)だった。インド独立とともに、こうした各地の鉄道会社は統合されて、現在のインド国鉄となっている。

    職員住宅で暮らしていた頃もあったが、後に一軒家を購入している。英国系の人たちが多いエリアであったらしい。

    著者が結婚した相手は、同じアングロインディアンで税関職員。植民地インドの政府系の職場には、英国系市民への留保制度があったこともあり、そうした方面での勤め人の占める割合は高かったようだ。

    クリスマスが近くなると、アングロインディアンを中心とする鉄道ファミリーの中から若者たちがカルカッタまで汽車に乗って、祝祭のために買い出しに出かけたり、コネを頼りに洋酒を買い付けたりといったエピソードが出てくる。また、同じ『肉食系』のよしみで、ヴィザーグ界隈のムスリムの人たちから解体した食肉を調達といった話も興味深いが、彼らの料理自体もアングロインディアンたちには馴染みの味覚であったらしい。

    英国系といっても彼女の家族はカトリック。地域に依る部分が高いとはいえ、アングロインディアンの世帯でカトリックが占める割合は意外と高い。

    この本の内容から逸れる。私自身、ヴィザーグの事情はよく知らないのだが、現在のマハーラーシュトラ州において、アングロインディアンたちの中に占めるカトリック人口の割合は高い。その背景には、ポルトガル領であったボンベイが、カタリナ王女の英国王室への輿入れにより、英国に割譲されたため、ポルトガル系をはじめとする在地のカトリック女性(及びインド人のカトリック女性)が英国から渡ってきた男性と結婚するケースは多かったようだ。

    『専業主婦』という言葉さえなく、経済的には稼ぎ手である夫に依存していた時代だが、家庭内での仕切りや子の養育の面では専制君主的な存在であったカトリック妻たちは、子供たちをカトリック化して育てたため、夫以降の次世代からは『カトリック世帯化』したらしい。

    これについては英国本国も危惧を抱いたものの、さすがに家庭内の事柄だけに、どうにもならなかったようだ。母は強し!である。

    本題に戻る。著者のファミリーは1961年に英国に移住。アングロインディアンの最初の国外脱出の大波からしばらく経ってのことであるが、独立インドの混乱がほぼ解消してからも、やはりイギリス系の市民には風向きが悪過ぎると判断の上で出国だ。

    インドでは「英国系市民」としての扱いやアイデンティティを持っていたアングロインディアンたちだが、到着した先祖の母国では『インド系移民』として捉えられるわけだが、当時の英国の『揺りかごから墓場まで』と言われた手厚い保護もあってか、比較的スムースな定着に貢献したのかもしれない。

    当時着々と増えてきていたインド人をはじめとする南アジア移民たちへの『同胞』としての愛着が表現されるのも興味深い。

    英領末期から1970年代に至るまでが舞台となっているが、この書籍が出版されたのは2016年と新しい。amazonのKindleフォーマットでの出版(紙媒体の書籍では発行されていない)というのも今の時代らしく、amazon.co.jpからでも容易に購入できるのはありがたい。著者も現在まだ75歳で元気なようだ。今後もアングロインディアンの生活誌的な作品を発表してくれることを期待したい。

    書籍名:Sunday’s Child: An Anglo-Indian Story
    著者:Hazel LaPorte Haliburn
    ASIN: B01MTT6SGS

  • 「アーリア人の谷」からのFBリクエスト

    2年前、ラダックのマールカーへのトレッキングでガイドをしてもらったT君と、今ごろになってFBで繋がった。
    「知らないカシミール人からリクエストが来ている・・・」と思って、よくよく見ると彼だった。ラダック人だが、風貌はまるでカシミール人みたいだ。

    チベット仏教の地ラダックの西側に、「アーリア人の谷」と呼ばれる地域があり、彼はそこの出身。この地域のアーリア系の人たちが仏教徒化したのはだいぶ時代が下ってからのことのようだが、「先祖伝来のアーリア系仏教徒」というのは、なかなかレアな存在である。

    一度だけ、ちょこっと「アーリア人の谷」を訪れたことはあったのだが、何がしかの縁がないと、あまり楽しめないような感じだった。もともと田舎の人たちなので、外国人が突然「やぁ、はじめまして!」と出かけて行っても、まあそんなもんだろう。

    彼のFB繋がりの人たちを見てみると、おそらく同郷なのだろう、欧州系みたいな顔立ちなのに名前がチベット仏教徒みたいな人たちが多い。

    この地域は、印パに分かれてしまっていて、今では互いに往来できなくなっているというようだ。パキスタン側ではムスリムとなっている同族の人たちが多いらしい。それでもFBを通じて、若い人たちは連絡取ったりするケースも増えているというT君の話はトレッキング中に聞いた。

    インド側のT君の村をいつか訪れてみたいが、同様にパキスタン側も行ってみたいものだ。その国境を越えられないので、ずいぶんグルリ、グルリと遠回りすることになるのだが。

  • The Cow Menaceという記事

    インドのBJP政権が牛の屠殺を禁止することにより、社会的、経済的、環境的問題で大変!というFRONTLINE誌の記事。

    「インドでは牛を殺さない」と思っている人は少なくないようだが、実はそうとは限らず、牛革、牛骨、それからとれるゼラチン、そしてもちろん牛肉の生産自体もインドでは昔から大きな産業だ。

    ムスリム地区、クリスチャン地域以外の一般的なバーザールで牛肉を見かけないというのは別の話。マーケット、アウトレットが異なるのだ。

    このあたりを担ってきたのは、主にムスリムの人たちだが、牛の屠殺を禁じるということは、まさにピンポイントで彼らを締め上げるということになる。

    The cow menace (FRONTLINE)

  • Trains At A Glance 2017年11月更新版

    11月に入ると、インド国鉄時刻表「Trains At A Glance」が更新された。
    今ではインドの各旅行予約サイトで検索・予約出来るので利用価値は下がっているとはいえ、方面別に一覧できるのはありがたい。

    かつてメーターゲージの短い路線の途中駅だったところが、長距離のブロードゲージ幹線と繋がったり、昔鉄路がなかったトリプラ州のアガルタラなどにも近年延伸されていたりと、時代の変遷も感じる。

    また、Trains newly introducedとして、最近導入された4タイプの急行列車についての紹介もある。

    2005年Garib Rath Expressは、AC付客車が廉価な料金設定で提供されることがエポックメイキングだったが、近年追加された3タイプの新しい急行列車は、従前の同クラスの客車に較べてアメニティ等を向上させることにより、幾分高価な設定となっている。プレミアムなサービスを提供することはさておき、そうした割高感から、比較的予約が取りやすいという状況を創り出すことも狙いにあるのではないかと思う。

    もともと客車のクラス分けが多様なインド国鉄だが、こうした列車が追加されることにより、なおさら複雑になったため、あまり利用したことがない人にとってはよくわからない部分もあるかもしれない。

    さて新たに導入された急行列車の中のもうひとつのタイプ、Antyodaya Expressで特徴的なのは、連結される全てが2等車両で予約無しの設定となっていることで、まさに早い者勝ち。出稼ぎの人たちによる利用が多いことだろう。

    時刻表を眺めているだけでも楽しいインド国鉄である。

  • 「Ambassador」ブランドがプジョー・シトロエン傘下に

    今ごろになって気が付いたのだが、ヒンドゥスターン・モータースの「アンバッサダー」ブランドが、今年2月にプジョー・シトロエンに売却されていた。人口大国インドでの販売を意図してのことであろうことは言うまでもない。
    モーリス・オッスクフォードⅢをベースに、1957年から2014まで製造されていて、英国本国では1959年に製造終了となってからも、インドで「新車で買えるオックスフォードⅢ」(途中、いくつもマイナーチェンジが入っているので、正確にはオックスフォードⅢではないが)であった。英→印→仏と国籍を変遷・・・といっても、まさか今の時代にオックスフォードⅢを復刻するなんてことはないと思うので、いったいどんなモデルをインド市場に投入するのか楽しみなところである。

    Hindustan Motors sells iconic Ambassador brand to Peugeot-Citroën (AUTOCAR INDIA)

  • アールシ事件から9年

    2008年にデリー近郊で発生した不可解なアールシ殺人事件は世間を大いに揺るがす急展開を見せた。

    非常に醜悪かつ第三者にとっても不愉快な事件(事件のおおまかな内容はリンク先のとおり)であったが、最終的に被害者の両親であるタルワール夫妻による「名誉殺人」であると結論付けられ、夫妻は終身刑となったところで決着したものと誰もが思っていたはずだ。

    ところが今月16日に夫妻はUP州の刑務所から釈放されることとなり、デリー近郊の身内のところに身を寄せている。CBIまで乗り出して大掛かりな捜査が行われた事件だが、その取り調べに問題があったこと、証拠不充分などがその背景にある。この事件発生時、一見、何不自由なく、幸せそのものに見えた家庭で起きた惨劇であることに世論は同情的だった。

    だが、時間の経過ともに明るみになった新事実により、タルワール夫妻が犯人らしいという展開となると、エスカレートする報道とともに、視聴者もニュースの取材などを相手に、自分なりの分析などをベラベラと喋るようになり、公共の電波もそうした戯言を垂れ流すという、実に醜いものとなっていった。

    同様にこれをテーマにした書籍や映画も世に出るなど、大変な反響に驚いた人は少なくない。警察に前後左右を固められて出廷するラージェーシュ・タルワール(アールシの父親)が、野次馬の中から飛び出してきた男に刀で顔を切りつけられる事件も起きるなど、法の裁きによらない私刑(メディアによる私刑、個人による私刑)を容認する空気というのもまたインド的であった。

    ちょうどこの頃、地理的にデリー首都圏に近いパンジャーブ州で、凄惨な「名誉殺人」の事件が立て続けに報じられていたこともあり、モダンな街区に暮らす都市型中産階級の家庭でもそうしたことが起きたということが、なおさらのこと世間の耳目を集めたのだろう。

    警察、司法、メディア、市民にリンチを加えられた形となったタルワール夫妻だが、本当に無実であったとすればどうなのだろうか。

    大切な一人娘を失い、夫妻自身が勤勉(夫妻ともに開業歯科医)により積み上げてきた財産、信用、名誉を失って老境に差し掛かろうとしている。事件発生当時まで暮らしていた屋敷も裁判費用捻出のために売却している。

    事件そのものだけではなく、メディアや社会の反応など、いろいろと考えさせられることの多かったアールシ事件だったが、まだこれで終わりというわけではないかもしれない。

    Aarushi Talwar: India parents walk free after murder acquittal (BBC)

  • ランパーンへ

    ランパーンへ

    チェンマイのバスターミナルに待機するロットゥー

    チェンマイからロットゥー(ミニバス)でランパーンへ。

    ランパーンの見どころといえば、カート・コーン・ターという古い屋敷が並ぶエリアが有名だ。河による水運で栄えた過去を持ち、その当時に財を成した人たちが19世紀後半から20世紀初頭にかけて建てた立派な屋敷が並んでいる。こうした家屋の前には、タイ語、英語、中国語による説明文を掲げた看板が出ている。それらを見たところ、やはりこうした商館を兼ねた屋敷を建てた人たちは主に華僑であったらしい。

    レストランとゲストハウスとして再利用されている屋敷もある。
    レストランとして改装されている屋敷の内部
    屋敷の由来がタイ語・英語・中国語で書かれている案内板
    カート・コーン・ター地区についての案内板

    20世紀に入ると、鉄道が敷設されるとともに道路も整備されていくこととなったため、物流の中で水運が占める比重が下がっていき、この地区は衰退していくこととなったようだ。
    元々のオーナーの家族が今も所有しているのか、他の人の手に渡っているのかは判らない。多くは、現在も住居として使われているため、中を見学することはできないが。食堂やカフェに改装されているところもあった。

    この通りで、週末にはナイトマーケットも開かれるらしい。観光客が多いチェンマイに近いため、ナイトマーケットといのうが手っ取り早い町興しの手段となるのだろう。

    カート・コーン・ター地区の寺院内部
    寺院内の僧房

    幾つかのお寺を見物しながら、ワン川に架かる橋を渡って東に進み、バーン・サオ・ナックというビルマから居を移した豪商の館へ。大規模な高床式住居で、中には洋風になっている居室もある。ソーダメーカー、ミシン、ラジオその他の舶来品も置かれており、国王に謁見したときの写真もあった。屋敷の所有は政府等に移管しているわけではなく、現在も私財である。

    大規模な高床式住居バーン・サオ・ナックの内部は洋風

    館の主の家族の写真

    その後、ワット・プラケーオ・ドーンタオというランパーンきっての名刹を参拝。ビルマ風の意匠も見られてなかなか興味深い。

    ここからバススタンドまで戻るための足が見つからない。トゥクトゥクもソンテーウもサッパリ見当たらないからだ。途中にあった美容室で、どこでクルマがつかまるか尋ねてみると、女性は店のカギをかけはじめて、「クルマで送ってあげるわ」と言う。さすがにそれは悪いので丁重に辞して、さらに歩く。

    道すがらにあった英語の表示もあるギャラリーで尋ねてみると、ソンテーウを呼んでくれた。

    バススタンドに戻り、チェンマイ行きのバスをつかまえる。

    ランパーンのバススタンド
    バススタンドにて。こういう感じの高校生は日本もタイも共通。
  • インド国鉄のモダンな客車

    アーンドラ・プラデーシュ州のヴィシャーカパトナムからアラークーへ向かう丘陵地の景色の美しさはよく知られているが、こういう車両を走らせるというのは良い。ごく最近導入されたものらしい。

    Suresh Prabhu flags off train with new vistadome coaches along scenic Visakhapatnam-Araku route (Scroll.in)

    インド国鉄では、車両の古臭くて窓が小さかったり、AC付きだと遮光ガラスで外がよく見えなかったりするが、これならば風光明媚な眺めを満喫できることだろう。

    Vistadome train ride between Visakhapatnam and Araku (India)

  • Diamond Crossing

    Diamond Crossing

    インド国鉄の東西南北からやってくる列車が交差する、通称Diamond Crossingは、インド鉄道マニアの「聖地」のひとつらしい。

    ONE & ONLY DIAMOND CROSSING in INDIA

    こうした施設も運行管理や安全面の観点から、今後は立体交差化されることだろう。ナーグプルを訪問される際には「一見の価値あり」であろう。

  • デリー・ジャイサルメール間のフライト就航 (今年10月29日から)

    これまで有りそうで無かったデリー・ジャイサルメールの定期便フライトが就航するとのこと。航空会社はスパイスジェット、乗り入れ開始は10月29日からだ。

    SpiceJet to commence New Delhi-Jaisalmer route from October 29 (Business Standard)

    しかしながら不思議なのは、インドで民間機定期便発着(乗客および貨物)のために造られた空港のうち、現在まで30ほどの施設は、まったく使われていないことだ。
    これらの中にはコールハープル(マハーラーシュトラ州)、クーチビハール(西ベンガル州)、ジャグダルプル(チャッティースガル州)などが含まれる。これらは空港があるには相応しくない寂しい田舎町だ。

    もちろん使われていない空港がある街で相応の規模のところもあるとはいえ、どの航空会社も乗り入れしなかったところを見ると、もとより需要がないのだろう。

    ほとんどがここ十数年間くらいで建設されたものと思うが、空港の誘致、それらの認可などで、ずいぶん杜撰なものがあったということになる。

    こういうムダなことにつぎ込むのは、どこの国の政府も似たようなものである。その背景には、「どうせ自分のカネではないから」という無責任さと、我田引水型の政治体質がある。