
コルカタに「性の奥儀」を伝授する学校が設立されることなり、土地っ子をびっくりさせているようだ。
学問の都としての探究心、そしてベンガルの人びとの進取の気性などの賜物かどうかはわからないが、少なくともこの大都会のある部分では「性」についてオープンに語られる下地ができているということだろう。もっともターゲットとなるのは「結婚したカップル」とのこと。いわゆる普通の生徒や学生が通う普通の学校で、こうしたススんだ教育(?)がなされるわけではない。
「授業」はどういう風に進行していくのか? また、どんな「テキスト」が使用されるのだろうか? 受講者たちが思わず目を伏せて「ムフフ」と含み笑いしてしまうほど悩ましいものなのか。あるいは黒縁メガネの生真面目なおじさんが、難解な医学用語を振りかざして訥々と壇上で喋るといった眠気を誘うものなのだろうか。
行政から正式に認可されるにはまだ少し時間がかかるようだが、無事開講の運びとなればウェブ上でもコースの案内が公開されると思われるから要チェックである。ムフフ…。
▼Now, learn to make love in Kolkata school! (Hindustan Times)
カテゴリー: society
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カーマスートラを学ぶ!
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男児か女児か?
「三歳の女児の父親が『娘を殺す』と脅迫」
目にしたとたん嫌な気分になるニュースであるが、いろいろと考えさせられた。
ラージャスターン在住の夫婦の間に女の子がふたり。夫は妻に避妊手術を受けさせたが、それでもふたたび身ごもってしまった。生まれてきたのはまた女の子。夫は施術した病院に補償を求め、それがかなわないならば経済的に支えることができないため末娘の命を絶つと州首相を「脅迫」した。
この事件はあまりに極端な例ではあるが、インドでは就学率・識字率の男女格差、(非合法とされるが)出生前の性別診断による妊娠中絶等から生じる男女出生率のアンバランスなど、根強い男子偏重の傾向が見て取れる。
結婚持参金問題を含めた慣習のみに原因であるわけではなく、相続について定めた法律、地域の社会と経済の構造、およそ人びとの生活を取り巻く要素が複雑に作用しているため「差別だ」と単純に切り捨てることはできない。
こうした風潮は保守的な田舎に残っている……というわけではない。パンジャーブやハリヤナ州のような先進地域にあっても、人口の男女比には不自然な差があるのだから。
跡取り息子の役目は、家督を引き継いだり、親の火葬の場で薪に点火したりすることだけではない。就労機会や賃金の上でも、一部の例外を除けば一般的に男子のほうが有利であることは間違いない。
都市部では核家族化が進み、かつてインドの大家族のありかたの典型のように言われてきた「ジョイントファミリー」なんてもう昔話だが、家族が小さい単位になれば少子化という現象が出てくる。
子どもが少ないほど、ひとりひとりにかける期待が大きくなるものだ。田舎に残る幼児婚の習慣はまさに別世界の話で、親によらず自らの意思で配偶者を選ぶような都会の若夫婦たちでさえも「できることならば男の子を」と願うのは自然なことかもしれない。
また社会保障制度がしっかりしていない現状では、もっとも有効な老後の保障という面もあるだろう。外に嫁に出してしまう娘よりも、跡継ぎで新婚家庭の主である息子の方が親の面倒を見てくれそうだし、こちらの言い分も通り易い…と思うのは無理もない。 -
女性オート・ドライバーは今
昨年夏に取り上げたデリー初にして唯一の女性オート・リクシャーのドライバー、スニーター・チョードリーさん。現在も元気に日々運転を続けているそうだ。昨年12月に行なわれたデリーの州議会議員選挙に立候補もしたということだ。(残念ながら結果は落選)
インドの男社会の中で一人頑張っているだけあり、実にバイタリティに満ちた人なのだろう。デリーでたまたま呼び止めたオートの運転手が彼女だったら、ぜひ話をうかがいたいものである。 -
あられもない「神様」

ヒンドゥーの神様をあしらった下着やトイレの便座カバーを欧米のデザイナーが制作。その一部がインドでも発売、ヒンドゥー宗教団体による抗議活動が起きているという。こんな商品が、自分たちの市場に出回るとなると、インドの一般的な人びとは決して快く思わないことだろう。
外国人にとってはエキゾチックで、ときにクールな「デザイン」に見えても、それを信仰する人たちにとっては冒涜以外の何ものでもない。表現の自由はあっても、さまざまな文化や人種からなるこの世の中。自分たちとは違った価値観を尊重することは大切だ。
多くの国ぐにで、人びとの信仰と倫理・価値観は切り離すことができない。「無宗教だ」と言う人も、長年受け継がれてきた文化や思想背景からなる道徳、生活習慣や年中行事から無縁でいることはできないのだから、やはり神は存在するということになるのかもしれない。
宗教の名のもとに、一律の価値観を人々に押し付けたり、行動が制限したりするべきではないが、同時に個々の信仰を否定あるいは侮辱するようなこともあってはならない。
インドに限ったことではないが、宗教にはしばしば政治の影が色濃く見え隠れする。聖と世俗の境はあってないようなものなのかも。この世は実にややこしい。
▼下着に神様 VHP(世界ヒンドゥー協会)が抗議
▼ビキニのなかで微笑むヴィシュヌ!?
▼Vishva Hindu Parishad公式サイト -
ブータンとインド
ブータンでテレビ放送が始まって5年目。おそらくそれ以前は、ごく一部の道楽人が隣国インドの地上波や衛星放送を受信して楽しむ他なかったのだろう。考えてみてほしい。二十世紀末まで存在しなかったテレビ文化が突然ドカッと流入したのだ。人びとへのインパクトは強烈である。地元コンテンツはまだ未熟で、放送されるのは外国番組が主体ということもカルチャーショックに拍車をかけていることだろう。
「テレビ放送」と一口に言っても、技術や経験の蓄積なしに、暗中模索してなんとかなるシロモノではない。業界のコアを占めるのは地元っ子ではなく外国人かもしれない。
今なお鎖国状態のヒマラヤの小王国で、欧米からやってきたプロフェッショナルたちが大手を振って闊歩する…という光景は想像しにくいが、相互に人の行き来が盛んなインドからということならば納得がいく。
非熟練労働者から高度な専門職まで、ブータンで活躍するインド人は多く、学校で教えるインド人教員も少なくないようだ。国策として英語教育に力を注いできたブータンでは、国語以外の授業は英語を通じて行われているというが、この外来の言葉を定着させることができたのは、現場でのインド人教師の活躍あってのことらしい。 -
女性だけの市場
マニプル州インパールに女性限定で3000人もの売り手が集まるマーケットがある。ところが200年以上もの伝統あるこの市場を取り壊し、商業ビルを建てようという地元政府の計画が浮上。それ以来、夜間の不在時に職場が撤去されないよう、彼女たちは自らの「店」のかたわらで眠る…いわば”座り込み”の日々が一年近くも続いている。
政府の言い分はマーケットの混雑と衛生状態を改善したいとのことだが、ここで働く女性たちにしてみれば、いままでの自分たちの商売を守るということに加え、当事者に何の相談もなく話が進んでいることに対する不信感、新しい施設には男性業者も入り、女性の職場が奪われるのではないかという危惧もあるという。
モンゴロイド系少数民族が住むミャンマー国境近くのマニプル州とは、東南アジア世界みたいなのだろうか?機会があればいつか訪れてみたい。 -
浄土へ渡った僧侶たち

JR紀勢本線那智駅近くにある補陀洛山寺を訪れた。このお寺は「補陀洛渡海」で知られる。行者たちは、南海の果てにあるとされる観音菩薩の住む山「補陀洛山」を目指し航海していた。この行法は穂平安時代からおよそ千年もの間つづいていたそうだ。

当時使われていた船の復元が、境内で見ることができる。四方に鳥居がついているのは、神仏混交の地・熊野らしいところだ。
船にはひと月分の食料や水を積まれたが、外に出れないように小さな船室の扉は釘付けされた。船旅に出た僧侶は、生きてこの世に戻ることはなかった。間違いなく浄土へと至る旅ではあるが、まさに捨て身の荒行である。
井上靖の小説『補陀洛渡海記』で描かれているように、誰もが信仰のもとに死をも恐れずに浄土へと旅たったというわけでもないのかもしれない。
「補陀洛」とは観音浄土を意味するサンスクリット語「ポタラカ」の音訳。かつてダライラマ法王が起居していたチベットのラサにある宮殿の名前「ポタラ」とも同意であるとか。
伝説では、補陀洛山は南インドにあるとされる。昔の人びととって地理的には遠く離れていても、観音信仰によって馴染み深い憧れの聖地となっていたのだろう。
補陀洛山寺近くの海岸から船出した僧侶たちが、心の中に描いていた浄土=インドのイメージとはどんなものだったのだろうか。 -
日本で学ぶ インドを学ぶ

現在、アメリカで学ぶ外国人留学生の数は約58万人。そのうちインド人学生は6万7千人近く、全体の11.5%と最も多いのだという。(以下、中国、韓国、日本と続く)
一方、日本に来ている約10万人の留学生たちの中で、インド人留学生はどの程度を占めているのかというと……わずか264人。全体からみても、たったの0.2%しかいないのである。(中国人留学生は70,814人、全体の67.4%)
異国へ留学するにあたり、新しい言葉を学ばなければならないということは大きな壁になるに違いない。インド人留学生の多くは、語学や地域学のような「日本を学ぶ」学問ではなく、理系の専門分野を志向するため、わざわざ日本語を習得するなんて、時間の上でもコストの面でもムダが多いのだろう。
もちろん理系大学院の中には英語だけで研究できるコースもある。とはいえ、ごく例外的なものを挙げて「日本は英語で学べる国」だとは全面展開できない。 -
雨ニモ負ケズ、風ニモ負ケズ…
どんな悪天候でも大切な手紙や荷物を運んでくれる郵便屋さん。
「民営化」の流れの中、キビシイ立場に置かれている日本の郵便局だが、確実なサービス、全国くまなく張り巡らされたネットワークから生まれる信頼感にはゆるぎないものがある。赤い配達バイクと濃緑色の制服は、街角風景の一部として私たちの生活に馴染んでいる。
頑張っているのはインドの郵便局も同様。ヒマラヤ南斜面の山国、ヒマーチャル・プラデーシュ州では、街の郵便局から手書きの文面をスキャナーで読み込み電子メール送信、それを受信した山間の局でプリントアウトして配達…という新しいタイプの配達を行っているという。
手紙をやりとりする当事者同士で直接電子メールを送受信できれば一番良いのだが、コンピューターが社会の隅々まで行き渡っているわけではない。そもそも田舎では電気が来ていない村だって珍しくないのだから、これは気の利いたサービスだ。
インドにはまだまだ「辺境」が存在する。ヒマラヤの高地では、初夏から秋口にかけて道路が開いている時期以外は、雪で閉ざされ陸の孤島になってしまう地域も少なくない。雨や風だけではなく、氷雪というさらなる障害が人びとの往来を遮ってしまう。だからといって郵便屋さんは負けていれない。車で行けない地域へは、今でも「飛脚」が走っているというのだからご苦労なことだ。
90年代後半以降、インターネットの急激な普及により、文章で人とコンタクトを取ることが実に楽になった。送り手から受け手へ、瞬時にメッセージの伝達がなされてしまうのは便利だが、通信システムというものが、人びとのネットワークによって作り出されているということを実感しにくくなってきている。
生身の人間の手から手へと渡されていく郵便。たとえ時間がかかろうとも、世界屈指の郵便大国インドのネットワークは、この大地に住む人々のニーズにしっかり応えている。
▼ハイブリッド郵便から飛脚まで 人びとを結ぶ郵便屋さん
http://news.bbc.co.uk/2/hi/south_asia/3514252.stm -
里帰りしたサイクルリキシャー
日本でも「サイクルリクシャー」が着実に数を増やしつつある。遠目にはピザ宅配バイクのような形で、人間がペダルを踏んで進む「タクシー」を目にしたことがある人は少なくないだろう。このVELO TAXI(ベロタクシー)、ドイツ発の環境に優しい交通機関とのことだ。
現在、東京と京都の一部地域で運行中。客席から見た風景の動画ファイルもある。車体のカタチはかなり違うものの、インドのオートリクシャーのそれを彷彿させるものがある。

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店名から見るインド料理店
前にIndo.toでも紹介していたが「全国インド料理店データベース」というウェブサイトがある。
これをザッと見みると、日本にあるインド料理店には、「デリー」「ボンベイ」「ジャイプル」といった地名系、「クリシュナ」「ラクシュミー」「ガネーシュ」といった神様・人名系など、ありきたりな店名が多いことがわかる。
海外の日本料理店に「YAMATO」「TOKYO」「FUJI」あるいは「SAKURA」「ZEN」といった看板をよく見かけるのと同じようなもの。お客さんが一目見て「○×料理だな」とわかるように名付けているのだろう。そんな中「グルガオン」(ハリヤナ州にあるデリーのベッドタウン)なんて名前を見つけると、「ローカルな味」を楽しめそうな気がして期待してしまう。

