ただいまメンテナンス中です…

カテゴリー: railway

  • ネパールにも鉄道の時代がやってくるのか?

    ネパールの鉄道といえば、インド国鉄の協力によるNepal Railways Corporation Ltdが運行するジャナクプルからインド国境を越えてビハール州のジャイナガルに至る短いローカル線が頭に浮かぶ。
    この狭軌の路線は、やがて広軌化されることになるようだ。 ブロードゲージ、メーターゲージ、ナローゲージ等、軌道幅の異なる路線が混在するがゆえにスムースな輸送に支障をきたしていたインド国鉄が、プロジェクトユニゲージと呼ばれる、ネットワークの効率化を目指して広軌に統一しようという計画の一環による。今のところインドの主要路線から直接このルートに乗り入れる列車はないのだが。
    しかしこれよりも大きな動きが水面下で進んでいるようだ。7月下旬のKathmandu Postの記事によれば、ネパールの南北に広がる大国、中国とインドにより、同国における新たな鉄道建設のオファーが相次いでいるとのことだ。
    ともに新たな市場開拓に加えて戦略的な意図のもと、両国の鉄道網をネパールへと拡大しようと画策中。中国は、2013年までにネパール国境のカーサーまで自国の鉄道ネットワークを延伸する工事を開始しようという計画がある。これは青海省の西寧とチベット自治区のラサを結ぶ青蔵鉄路が南下してネパールへと伸びることを意味し、大きな困難が伴うものと誰もが思うだろう。
    中国はこれと平行して、パーキスターンに対しては、これも恐らく地理的に相当な無理があると思われるカラコルム・ハイウェイ沿いに南下するルート、バーングラーデーシュについては雲南省の昆明からミャンマー経由でアクセスするルートを建設するプランを練っているとのことだ。中国から南アジアに対する熱い視線が注がれていることの証である。
    これに対しインドは中国産の安価な商品が雪崩を打って注ぎ込まれるであろうという商業的な面とともに、戦略的な観点からも強い危機感を抱くのは当然のことである。ましてや自国の強い影響下にあるネパールを、長らく対立してきた中国に奪い取られまいと画策するのは自明の理だ。
    だが、中国側が冒険心に富んだプロジェクトを提示するのに対して、インド側はビールガンジ・ラクソール、ナウタンワ・バーイラーワー、ジョーグバニー・ビラートナガル、ジャルパーイーグリー・カカルビッタ・ネパールガンジロード・ネパールガンジ、ジャイナガル・バルビーダースといった、いかにも実現可能そうな堅実なプランを用意するのは、中国側のそれが短期間では実現不可能と見限ってのことか、それとも自国により近いエリアから着実に影響力を行使しようという現実路線か?
    ヒマラヤという天然の障壁を越えて南アジア地域への進出を図ろうという中国が、地元の人々がアッと振り向く鳴り物入りのプロジェクトで、地元政府の関心や民心を引きつけようとしている。
    いっぽう、同じ亜大陸にあり国土の北部がネパール南部の平原部と地続きであるインドは既存の自国内の鉄道路線をちょっと延ばすだけで、ネパールの平野部と容易に接続させることができる。技術的にもコストの面でもさほど大きな負担にならない範囲で、中国がネパールに施そうとしている以上の効果を手にすることが可能なようだ。
    鉄道の他にも、北の中国と南のインドの間で、インフラ整備等の様々なプロジェクトが提示されているようだが、ネパールはどちらかの側に絡め取られるのか、それとも賢明に両大国の狭間でバランスを取って漁夫の利を得るのか?
    この鉄道建設プランに限っては、ネパール国内の人々の移動や自国内で経済活動を主体としての交通機関の整備という視点は不在のようだ。どちらも自国内を基点とする鉄道ネットワークをネパール国内に乗り入れることにより、自国の経済圏にガッチリ引き込もう、これまでよりもずっと強い影響下に置こうという、あからさまな意図が感じられる。
    これらが仮に実現した暁には、それら『ネパール国外を向いた路線』をさらに同国内深くに延伸していくことになるのかもしれないが、これらが同国を南北から蚕食するルートとならないことを願わずにはいられない。

  • いい仕事

    インド国鉄のウェブサイトを開けば、サイドメニューのところにある『Time Table Information』のところから、現在駅で販売されている内容の鉄道時刻表Trains At A Glanceのコンテンツがそのままダウンロードできる。
    PNRのステイタスもウェブでチェックできるし、割り当ての席数の関係からか、窓口ではまだ空席があっても、けっこう早く満席と表示される傾向があるものの、IRCTCのサイトで列車がネット予約できるのは便利だ。IRCTCのコールセンターは比較的つながりやすいし、問い合わせのメールを送れば、これまた割と迅速に対応してくれる。
    これらは、今ではごく当たり前のことになっているが、近隣国の鉄道事情を鑑みれば、インドの鉄道の利便性はネットワークの広大さと合わせて比較しようもないほど際立っている。
    駅や車内設備については言うに及ばず、濃霧や大雨の時期など、天候条件のよくない季節にはダイヤが乱れるきらいはあるし、目を覆いたくなるような大事故のニュースも珍しくないなど、器の面での進歩の速度に較べて、90年代以降の列車予約に関するソフト面でのサービス向上には著しいものがある。
    かといって、ハード面では進化していないなどと言うつもりはない。よくよく考えてみるまでもなく、ハードの部分でも相当な進化を続けていることも忘れてはいけないだろう。
    空調付きのクラスとその車両が増えたことに加えて、長距離ならびに中・近距離の特別急行、ラージダーニーとシャターブディー双方の運行ネットワークの広がり、これらの廉価版ともいえるガリーブ・ラト、首都デリーと様々な州の要所をごく少ない停車数で結ぶサンパルク・クランティといった、近年導入された新規の特別急行もある。
    比較的目立ちにくいものの、利便性向上とネットワークの効率化に多大な貢献をするものとして、メーターゲージ路線のブロードゲージ化の進展がある。これによって、先述のTrains At A Glance綴じ込みの鉄道地図を見てわかるとおり、図上で紫の線で示されたメーターゲージは、今やグジャラート、ラージャスターン、タミルナードゥの特定部分を除けば、ほとんど目立たなくなっている。
    とりわけ前者二州、つまりグジャラート、ラージャスターンといった旧藩王国が割拠していた地域では、狭いゲージの藩立鉄道路線が多く、あまり合理的とは思えないルーティングも少なくなかったようなので、これらをかなり整理してブロードゲージの幹線に統合できたのは大きな進歩ではないだろうか。
    そんなわけで、昔と違ってデリーから直接ジャイサルメールに乗り入れることができるようになっているし、かつてはメーターゲージのジャンクションだったジョードプルも幅広なゲージでより多くのエリアと繋がることになった。さらにはグジャラートのカッチ地方の最大の町ブジにさえもデリーから途中乗り換えすることなく、ブロードゲージの路線で到達することができる。
    他にも高速鉄道導入計画もあるし、私たち乗客としての目から眺めて気がつくところは他にもいろいろあるにしても、旅客輸送以外にもうひとつの大きな業務である貨物輸送の分野でも、我々の気づかないところで、いろいろな進化があるのではないかと思う。
    いい仕事をされていますなあ、インド国鉄のみなさん!

  • 世界遺産をチャーター

    Mountain Railways of Indiaとして世界遺産登録されているインドの山岳鉄道群。1999年にダージリン・ヒマラヤ鉄道が、その鉄道名そのままで登録されて以降、2005年にはニールギリの山岳鉄道が追加登録されるにあたり、『山岳鉄道群』という扱いに変更された。
    そして昨年2008年にはカルカー・シムラー鉄道が追加され、合わせて三つの路線がこの『山岳鉄道群』に含まれている・・・とくれば、インドの鉄道好きな人ならば即、マハーラーシュトラのマーテーランのトイトレインの姿が瞼に浮かぶだろうだが、もちろんマーテーラン丘陵鉄道も近々世界遺産登録入りする見込みらしい。
    世界遺産入りを果たしたシムラー行きトイトレインの路線だが、起点のカールカーから終着駅シムラーまで4.970 Rs, 逆にシムラーからカールカーまでは3.495 Rs, 往復ならば8.465 Rsで借り切ることができる。片道5時間余りの道のりだが、車窓からの景色を満喫しながら、仲間たちとワイワイ楽しむのもいいかもしれない。Shivalik Palace Tourist Coach という名の車両で、さしずめインド版お座敷列車といった風情。
    The Kalka Shimla Heritage Railway (Indian Railways)
    おそらくインド国内外のツアー・オペレーターたちからの引き合いも少なくないことと思われる。また往復のパッケージの場合、シムラーでの一泊分も付いているとのことで、チャンディーガルを含めたカールカーから近場の街のグループによる利用もけっこうあることだろう。
    なおカールカー・シムラー間で、チャータートレインを走らせることもできるとのこと。料金は約28,000 Rs。1日の定期便本数が往復4本と少ないため、こういうことも比較的やりやすいはず。映画やドラマの撮影向けといったところかもしれない。
    いずれにしても世界遺産を個人で借り切るというのはなかなかできない経験だ。機会があって人数も集まれば、試してみるのもいいのではないかと思う。

  • 泰緬鉄道

    ミャンマーからバンコクに戻った翌日、旧泰緬鉄道に乗ってみることにした。ご存知のとおり、旧日本軍がビルマ戦線における物資輸送等のため、連合軍捕虜やアジア各地から徴用された人々に大きな犠牲を強いて作らせた鉄路である。
    当時のビルマ(現ミャンマー)は、インパール経由でインドに侵入するための、いわばベースキャンプのようなロケーションであったがゆえに、旧日本軍はこの路線の建設を強行させたものである。バンコクから北西に進んでビルマ国境を越え、モールメイン(現モウラミャイン)、マルターバン(現モッタマー)を経て、ヤンゴンへの移動を可能とするものであった。
    インド亜大陸に続いてビルマでも鉄道ネットワークを拡大させていたイギリスも統治下にあったビルマからタイへと至るこのルートの構想は抱いていた。しかし土地の起伏が大きく、ジャングルに覆われたこの地域で鉄路の敷設は困難でコストに見合わないとして、これを実行に移すことはなかった。
    現在、ミャンマー側ではこの路線は廃線となっている。タイ側は、映画『戦場に架ける橋』のモデルであるとして広く知られるクワイ河鉄橋からしばらく先に進んだナムトーク駅が終点となっている。
    思い切り早起きしてタクシーを拾い、ホアランポーン駅へと向かう。土曜日と日曜日にはナムトクまでのツーリスト列車が朝6時半に出ているとのことで、これをアテにしていたのだが、残念なことにすでに満席とのことだ。
    再びタクシーに乗り、毎日ナムトクまでのローカル列車が上り下りとも2本ずつ出ているトンブリー駅に行く。出発時間は7時45分とのことで、まだずいぶん時間があるため、駅外に広がるマーケットを物色。ここで朝食用に弁当とスナックを買い、駅のベンチで国鉄労働組合による『民営化反対』というポスターを眺めながら食べる。
    トンブリー駅を出発
    週末のためか人が多く混雑しているが、なんとか席を確保することができた。しかし陽が照りつけてくる側の窓際になってしまったので、走り出すなり暑さで消耗する。タイはどこでもそうだが、ヴィックス・インヘラーの安価な類似品をひっきりなしに鼻に当てている人が今多い。確かにクールな刺激で、涼しく感じる効果はあるようだ。
    路線は単線だが、そもそも本数がとても少ないので、擦れ違う列車はほとんどない。それでも週末のみのツーリスト列車の運行を最優先にしている(?)のか、特に遅れる理由は見当たらないのに、着く駅ごとに遅れが蓄積していく。
    途中駅
    トンブリー駅を出てか市街地を抜けると、水と緑豊かな光景が続く。ときおり町に入るが、やがてまた田畑の続く単調な風景。カンチャナブリーまではこうしたどうということのない眺めが続いた。
    国際列車の車両
    途中駅で、バンコクからシンガポールまでマレー半島を縦断して往復する国際列車の車両が停まっており、制服のスタッフらしき人々の姿も見えた。この列車のルート上ではないため、おそらく職員の研修を行なっているのではないだろうか。
    クワイ河鉄橋
    カンチャナブリーで大半の乗客が降車。ようやくゆったりと腰掛けることができるようになった。ここからの景色はそれまでとだいぶ様子が変わり、大きな町らしきものはほとんどなく、起伏の多い地形が随所に見られる。
    20090604-view.jpg
    ダイナマイトで爆破したと思われる切通しや崖には、荒々しく掘削した跡も残っており、そういうところに架かる危なっかしい橋梁では、列車は徐行して進む。しかし暑さで感激するココロも緩んでしまっているようで、いまひとつ気が乗らない。
    20090604-bridge2.jpg
    ナムトークまであと一駅
    これが遠くビルマまで通じていたころ、モールメインまで何時間かかったのか知らないが、今日トンブリーからナムトークまで7時間かかった。トンブリーに折り返し出発するまでの停車時間に、あたりを多少散歩でもするつもりだったが、駅員によると『かなり遅れたので、今すぐに出ます』とのこと。
    その帰りの列車も途中さらに遅れ気味で、蒸し風呂状態の車内で疲れ果ててしまい、カンチャナブリーに着いた時点でリタイヤし、バンコク行きのエアコンバスを捕まえるために、サムローでバスターミナルに向かう。
    一部を除いて景色が単調なことに加えて、耐え難いくらい暑い車内には参った。もうちょっと涼しいときにくれば良かったかな?と少々反省である。

  • 世界の車窓から DVDブック No.27

    世界の車窓から インド
    昨年12月中旬に、朝日新聞出版社から『世界の車窓から DVDブック No.27』が発売となった。書店の店頭で小学校一年生の息子が「あっ、インドだって!」と手に取っている表紙にはダージリンヒマラヤ鉄道の写真。
    これまで同番組で放送されたインドの映像の総集編といった具合で、「聖地とマハラジャの旅」「聖なる川の車窓」といった、ありきたりな表現がならんでいるものの、巧みなカメラワークもさることながら、美しい映像に思わず見とれてしまう。
    私自身は鉄道なるものに特段の関心や興味があるわけではないのだが、インドやその周辺国に限っては汽車旅が大好き。やはりこの国の駅や沿線風景には実に絵になるなあ・・・と感心。
    世界の車窓から DVDブック NO.27
    定価:1470円(税込)
    発売:朝日新聞出版社

  • ハウラーの鉄道博物館

    コールカーターのハウラー駅の隣にある鉄道博物館のゲートに着いたのは1時15分前。午前中は開いておらず、開館時間は奇妙なことに午後1時から。ゲート外でしばらく待つことになる。インド国鉄の東部のネットワークを管轄するイースタン・レイルウェイの手による博物館である
    2006年4月にオープンしたばかりだけあって鉄道博物館は美しく整備されていた。よって展示物もキレイで気持ちが良い。じっくり見物しても1時間とかからないこじんまりした規模だが、鉄道の運行や駅での作業等にかかわる展示、ハウラー駅のミニチュアの中にはインド東部の鉄道網の起点である同駅ならびにスィヤールダー駅の歴史、英領時代の貴重な機関車や車両などの展示がある。
    ハウラー駅のミニチュアの中では、駅の歴史等の写真展示等がなされている
    20090109-station.jpg
    こうした鉄道関係の展示施設は各地にいくつかあるようだが、やはりデリーのブータン大使館横にあるNational Rail Museumは格段に規模が大きく、展示物の質・量ともにこことは比較にならない。今回取り上げてみたハウラー駅隣のものは前述のイースタン・レイルウェイによるインド東部地域の鉄道に関する紹介のみのこじんまりとした鉄道博物館だ。
    しかしながら、マネキンを使い列車の運行や施設保守に関わるさまざまな作業員たちにもスポットを当て、彼らの仕事ぶりを紹介するなど、列車を走らせるために働く人々の役目を理解してもらうことにも力点を置いていることが特徴だろうか。既存の他のこうした施設よりも後発である分、展示物の企画そのものやお客への見せ方について熟慮されているようで好感が持てる。
    20090109-1.jpg
    20090109-2.jpg
    展示物の中で特に興味深かったのは、鉄道初期の牛で引く『列車』(もっとも日本の鉄道初期には、人力により客車を引っ張るローカル線も一部あったようだが・・・)の画像、そして旧東パーキスターンの蒸気機関車であった。躯体両脇にはイーストパーキスターンレイルウェイと英語とウルドゥー語で書いてあるが、表記がベンガル語でないところがミソである。独立戦争の最中にちょうどインドに来てそのままになっていた車両がそのままインドで保管されることになったものだという。
    初期の鉄道狭軌道には牛で引く列車も・・・
    東パーキスターン鉄道の機関車
    East Pakistan Railwayとの表示
    中がレストラン(・・・というよりキャンティーンか?)に改造してある客車がある。また敷地内はきれいな芝生になっており、ベンチがあちこちに置かれていてのんびりできる。駅に早く着いてしまい、乗車するまで時間があったり、乗り継ぎでしばらく時間を潰す必要があるときなど、ハウラー駅正面出入口を出てすぐ右側にあるので、ちょっと足を伸ばしてみてはどうだろうか?
    以下、参考までに他サイトによるこの博物館の写真入りの簡単な紹介である。
    Eastern Railways
    knowindia.net

  • カシミール初の鉄道開通

    鉄道大国インドに新たなルートが開通した。テレビニュースのAaj Takでは、『世界で二番目に高いところを走る鉄道』と紹介していたが、実のところはどうなのだろうか。
    ともあれカシミール地方では初の鉄道となる。鉄道建設や中央政府首脳訪問に反対する勢力による大規模なバンドが実行される中、10月11日(金)の開通に際しての式典には、マンモーハン・スィン首相、ソニア・ガーンディー、ラールー・ヤーダヴ鉄道大臣といった要人たちが出席している。
    2000年に建設開始したこのルートは、分離独立勢力によるものとされる攻撃等により、鉄道技師その他の犠牲者を出しながらもなんとかこの日を迎えることとなった。スリーナガル北西にあるラージワンシャルから南西方向に下ったアーナントナーグまでの66キロが開通。2009年中には、北はスリーナガル北西のバーラームーラーまで延伸し、南はカーズィーグンドまでの117キロをカバーすることになるのだという。
    さらに時期はまだ確定していないようだが、やがて幹線に接続する予定とのことで、南はジャンムーまで延びることになる。従来のようにジャンムーから先はバスに揺られることなく、スムースにカシミールに足を伸ばすことができるわけだ。また天候の関係でスリーナガル発着の飛行機のキャンセルは少なくなかったが、より安定した鉄道という手段を得ることにより、インド北西部の他地域からの観光客を呼び寄せる潜在力は高いだろう。
    機関車に除雪機能が付いているなど、特に冬季に対応した施設設備に力を入れているそうだ。また大型の窓ガラスを採用しており風光明媚なカシミールの景色を楽しむことができるように配慮されているというのもうれしい。
    もちろん単に観光客の増加のみならず、鉄道という全国くまなく網羅する物流の大動脈と結合することによる産業インフラとしての高い価値はもちろん、インド内外から同州への投資を促す呼び水としても大いに期待されるところである。
    もともと観光収入に依存する度合いが高かったカシミールだが、80年代末から激しくなった分離活動やそれにまつわる治安の悪化により訪れた『長くて暗い冬』のため、同地域の観光業は壊滅状態になっていた。ひところに比べると着実に治安の改善が見られる近年、ゆるやかに回復へと向かっているようだ。美しい盆地に恒久的な平和と、そこに暮らす人々の心の中に暖かい春が訪れることを願ってやまない。
    しかし、この地域が鉄路の全国ネットワークに組み込まれることにより、中央のより強い影響下に置かれることを懸念する声もあるのだろう。『インドによる支配の象徴』と受け取ることもできる象徴的な面からも、不特定多数の人々が日々出入りするというガードの甘さからも、鉄道施設がテロの格好のターゲットとなることは容易に察しがつく。『いつ、どの駅、どの列車が狙われるか』と予想する向きもあるかと思う。
    カシミール地方最初の旅客車運行ということだが、これまで長きにわたって鉄道が存在しなかったということには、その地形からくる制約等があったわけで、これを技術的に克服したインド国鉄は、栄光の歴史に新たなページを刻んだことになる。しかしながらカシミールという地域であるがゆえに、多難な前途もまた想像されるのだ。
    Train to Kashmir (YouTube )
    First train chugs into Kashmir (Telegraph)
    ※『流行のドバイの背景に?』は後日掲載します。

  • トリプラ州都アガルタラ 鉄道乗入れ8月中旬の見込み

    ついにトリプラ州都アガルタラへ、インドの他の地域から旅客列車で行き来できるようになる。建設途中に続発した、地域の反政府勢力による攻撃や関係者の誘拐など、様々な困難を乗り越えての快挙だ。もちろん開通後も、治安面の懸念含みの運行ということにはなるのだろうが。
    デリーからの場合、現在グワーハーティーが終着駅となっているNorth East Express, Abadh Assam Expressなどが、アッサムのハフロン(ちょっと危険なエリアだ)経由でアガルタラまで延伸するのではないだろうか。従前のものに加えて新しい列車が導入されるのかもしれないし、もっと短い区間の急行や各駅停車なども加わるのかもしれない。
    アガルタラへの乗り入れは、単にインド国鉄のネットワークを少し東に伸ばしたことに留まらず、エリア最大の港湾チッタゴンを見据えたバングラーデーシュへの接続、また東の隣国ミャンマーを足がかりに、東南アジア地域を窺おうかという、中・長期的な展望による意欲的なネットワーク展開構想の足がかりでもあるようだ。10年、20年というスパンで眺めれば、ひょっとするとこのエリアを管轄するNortheast Frontier Railwayは、ただの片田舎のローカル線ではなく、ひとつの花形ルートに成長するのでは?潜在力を秘めている。
    もちろんそれが実現するかどうかは、隣接するふたつ国々との二国間関係の進展のみならず、これらの国々の内政事情にも大きく依存することは言うまでもないのだが。
    Agartala comes up on Indian railway map (The Economic Times)

  • 子どもたちの楽園 2

    National Rail Museum
    National Railway Museumは、古い車両を屋外展示するエリアとミニチュアや資料などをもとに歴史を解説する屋内展示のエリアから成る。
    植民地時代の三等車両、巨大な蒸気機関車、家畜運搬車両、脱線車などを取り除くためのクレーン車両など、異なるゲージ幅のさまざまな車両が置かれている。
    サルーン車両
    山岳地のトイトレインで使われた小さな可愛らしい機関車に客車、旧藩王国内の路線で使用された王族用のサルーン車などもなかなか興味深い。これらの多くが当時のイングランドのグラスゴウをはじめとする英国および欧州の先進工業地域で製造されたものであることが、車両にはめ込まれたプレートの文字から見てとれる。
    グラスゴウで製造されたことを示すプレート
    ちょっと変わった風体の乗り物もある。20世紀初頭には、パンジャーブの一部地域で『モノレール』が走っていた時期があったらしい。もちろん高架を走る現代的なものではなく、地上に敷かれた一本のレールを頼りに走る蒸気機関車だ。車両が転倒しないように補助輪が付いているのが何ともユーモラスである。訪れたときに、ちょうどこの古い車両を走らせているのを目にすることができた。
    20世紀初頭の『モノレール』
    『モノレール機関車』はドイツのベルリンの会社が製造したものであった。
    時代ものではないが、敷地内を一周するミニチュア・トレインも人気だ。ウチもそうだが、周囲でもまた子供たちは敷地内でいくら時間を過ごしても遊び足りず、「そろそろ帰るよ」という親に「まだ帰りたくないよう!」とせがんでいる姿を多く目にした。
    ここはどうやら子供たちの楽園のようだ。
     

    National Rail Museum

  • 子どもたちの楽園 1

    子ども、とりわけ男の子が大好きな乗り物の横綱格といえばスポーツカーと鉄道だろう。前者は父親が乗りまわしているのが普通のセダンだったりするとつまらないだろうし、そもそも家にクルマがなかったりすることも少なくないが、後者については誰もがよく利用することから機会は平等かもしれない。(もちろん鉄道が走っていない地域も少なくないが)
    インドでいろいろな乗り物に利用しても、子供が一番喜ぶのはやはり鉄道である。親にしてみればトイレや洗面台がついているので、他の陸上交通機関に比べて長距離移動しても安心、少し上のクラスであれば座席まわりのスペースにゆとりがあり、あまり疲労を感じずに済むので楽だ。
    はるかに短い時間で目的地に着くことができる飛行機も子供たちの人気者だが、なぜか彼らの興味は搭乗し離陸したところで終わってしまうのが常のようである。おそらく外の景色が変わらなくて飽きてしまう、狭いシートでじっと我慢していないといけないので退屈・・・といったところが理由か。
    鉄道だって、しばらくずっと沿線風景が変わらない地域だってあるし、チェアー・カーだったら飛行機内に座っているのと環境はそう変わらない。でも駅に停車するたびにドヤドヤと人々の出入りがあったり、プラットフォームの景色を眺めたり、物売りがスナックなどを見せびらかしに来たりといったところが、ちょうど良い具合に「ブレーク」となるのだろう。
    ウチの子供によると、インドの列車は「大きな生き物みたい」で面白いのだそうだ。言われてみれば、無機的でメカニカルな雰囲気より、むしろ体温や体臭といったものを感じさせるムードがあるような気がする。
    長い連結車両をけん引するディーゼル機関車が、プラットフォームにゆっくりと入ってくるときの「ドッドッドッ」という地響きに似た音、派手に軋む車輪の悲鳴、車内の消毒液の匂いとともにどこからか漂ってくる食べ物の香り、大声で会話する人々、駅構内をやや遠慮気味に行きかう動物たち・・・。
    加えて、機関車や車両のクラシカルなスタイルはもちろん、あの重厚長大さも魅力らしい。「だってす〜っごくデッカイもんね」と6歳になったばかりの息子が言う。小さな子供にとって「大きい」こと自体もまた憧れなのだ。
    そんな息子がとても気に入っている「博物館」がデリーにある。普通の博物館ならば、幼い子供は皆そうであるように、すぐに「帰ろうよ〜」となってしまうのだが、ここだけは日中一杯過ごしてもまだ物足りないようだ。場所はチャナキャプリのブータン大使館横、National Rail Museumである。
    〈続く〉

  • 東西ベンガルの都 鉄道ルート開通近し

    コールカーター・ダッカ間を結ぶ列車の運行が近々再開されるようだ。バングラーデーシュ独立前、東パーキスターン時代の1965年から42年もの長きにわたり、両国間の鉄道リンクは断ち切られたままであったが、ここにきてようやくあるべき姿に戻るといったところだろうか。この背景には様々な要因がある。まず両国の間に横たわる様々な問題がありながらも、これら二国間の関係が比較的安定しているという前提があってのことだが、経済のボーダーレス化、グローバリズムの流れの一環ともいえるのだろう。国土面積は日本の4割程度とはいえ、実に1億4千万超の人口を抱える世界第8位番目の人口大国であるバングラーデーシュは、隣国インドにとっても無視することのできない大きな市場であり、産業基盤の脆弱なバングラーデーシュにとってみても、すぐ隣に広がる工業大国インドは決して欠くことのできない存在だ。
    ベンガル北部大きく迂回した細い回廊部分によりかろうじて物理的に『本土』とつながるインド北東諸州にとっても、人々の移動や物流面で平坦なガンジスデルタ地域に広がるバングラーデーシュ国内を『ショートカット』して通すことができれば非常に都合が良い。『インド国内』の運輸という点からも、バングラーデーシュとの良好な関係から期待できるものは大きいだろう。コールカーター・ダッカ間のバス開通に続き、ダッカからアガルタラー行きのバスが運行されるようになったのと同じように、やがてはダッカからインド北東部へと向かう列車が走るようになるのだろうか。旅客輸送のみならず、現在両国間の貨物の往来はどうなっているのか機会があれば調べてみたい。
    地勢的に東北諸州を含むインド東部とバングラーデーシュは分かち難いひとつの大きな地域であることから、本来相互依存を一層深めるべき関係にある。今後、『そこに国境があるということ』についての不便さや不条理さを意識すること、国土が分離したことに対する高い代償を意識する機会がとみに増えてくるのではないだろうか。またバングラーデーシュが低地にあるため治水面でインドの協力がどうしても必要なこと、今後懸念される海面上昇のためもともと狭い国土中の貴重な面積が消失することが懸念されていることなどを考え合わせれば、隣国とのベターな関係を築くことをより強く必要としているのはバングラーデーシュのほうだろう。経済の広域化と協力関係が進展するこの時代にあって、これら両国が今後どういうスタンスで相対することになるのか、かなり気になるところだ。
    First India-Bangladesh train link (BBC South Asia)

  • 草の根パワーで建てた鉄道駅

    大地に果てしなく伸びる鉄路。両側にこれまた果てしなく続く農村風景を眺めているといつしか車窓風景から見える舗装道路や家並みの密度が高くなってきて町に入ってきたことがわかる。列車は次第に速度を落として、物売りの呼び声や赤いシャツのポーターたちが行き来する長いプラットフォームに停車する。そしてしばらくすると『ガタン』と車両が揺れて列車は静々と再び前に進み始める。そしてさきほどまで目にしていたのと同じようなどこまでも広がる景色とそこに点在する民家や小さな集落を目にしながら長い長い時間を過ごすことになる。そんなときにふと思うのは、この人たちは鉄路のすぐ脇に暮らしていながらも、いざ鉄道を利用しようと思ったらずいぶん遠くにある駅まで足を伸ばさなくてはならないのだなということ。
    工業化・商業化の進展とともに人口も拡大を続けてきたインド。蒸気機関車からディーゼル機関車へ、そして一部地域では電化されるなど車両その他鉄道施設は近代化を進めてきたにもかかわらず、ラージダーニーやシャターブディーといった時代が下ってから導入された特別急行を除けば、通常のexpressやmailといった急行列車が大都市間を結ぶのにかかる時間はそれほど短縮されていないようだ。しかしそれには理由がある。駅が増えているからだ。おそらく日本で『高速道路を走らせる』『新幹線を引っ張る』といった事柄が利益誘導型の政治家たちの道具となってきたように、インドでも『地域に鉄道駅を造る』という事業は、地元を票田とするリーダーたちの目に見える大きな実績にもなるのだろう。それでもまだまだ『駅が足りない』ことは、この国の物理的な広さと人口分布の広がりを象徴しているといえる。
    いつだか何かのメディアで、ビハール州やU.P.州などの田舎に『Halt』と呼ばれる臨時停車スポットが非合法に乱立されていることを書いた記事を目にした記憶がある。それらの多くが『正規のもの』に似せた名前であったり、地域で広く知られた聖者の名前を被せたものであったりすることが多いとのことだ。中でも圧巻は現在の鉄道大臣であり、ビハール州首相でもあったことがあるラールー・プラサード・ヤーダヴの妻の名前(彼女自身も前ビハール州首相)を付けた『Rabri Halt』まで出現したのだそうだ。これらの不法Haltは逐次鉄道当局により撤去されているとのこと。
    しかしこれらを必要としているのは、レールは敷かれていても列車が停まる肝心の駅がない地域の人々。『駅が欲しい』という願いはあれども、政治的な後ろ盾がなければそうした声はなかなか届かないのだろう。
    そんな中、自分たちで駅を建ててしまった村人たちがいるという話には驚いた。デリー・ジャイプル間にあるシェカーワーティー地方のジュンジュヌ地区にある四つの村で人々が協力しあって80万ルピーの資金を捻出し、レンガを積み上げてプラットフォーム、ベンチ、水道、チケット売り場から成る小さな駅を建ててしまったのだというから驚きだ。バルワントプラー・チェーラースィー駅は開業から1年半経過し、毎日4本の列車が停車しているという。資金集めや建設作業といった労苦もさることながら、天下の国鉄にこれを正規の停車駅として当局に認めさせた行動力と手腕もたいしたものだ。インド農村版『プロジェクトX』といったところだろうか。特に用事があるわけではないのだが、機会があればぜひこの駅に降り立ってみたい。建設にかかわった村人たちに尋ねてみれば、実に興味深い話をうかがうことができそうだ。
    राजस्थान में रेलवे का एक ‘जनता स्टेशन’ (BBC Hindi)