食して想う

 路上にスナック類の屋台や露店が多いのは何もインドに限ったことではないが、出先で気軽にチャーイをすすったりサモサ(一個で約300キロカロリーという高エネルギー源)をほおばったりと、時間のないとき手軽に腹をふくらませることができて重宝する。
 そんな中、衛生上問題があるものも少なくない。カラーインクのような得体の知れないシロップを並べた清涼飲料水屋、歩道にコンロと大鍋をドカンと置いて商うカレー屋、路上に置かれたサトウキビを泥のついたままガタガタとがなり立てる電動ローラーに押し込んで絞るジュース屋等々、とかく腹の弱い私には(そうでなくとも)縁がない。
 露店だけではない。一応店舗を構えた食堂でも、トイレを借りるとドア一枚向こうの調理場の床には切った野菜が放置(キッチンのありかたが違うので仕方ない部分もあるが)されていることがよくある。これが地下のジメジメした空間だったりすると席にもどってからユウウツだったりする。
 そういう衛生環境では楽しいどころか食欲さえも沸いてこないが、今でも都市部や観光ルートを外れると、「外食する」のにこんな場所しかないことが往々にしてある。
 外食産業の発達には、娯楽としての食事という一種の文化が定着している必要がある。保守的な土地ほど物を食べることが極めてプライベートな行為である度合いが高くなるとことがあるかようだが、何よりもやはり相応の収入を得て生活にゆとりがあることが必要だ。
 業者側にしてみても店を出すにはそれなりの市場規模が必要なので、ほんのわずかな金持ちがごくたまにしか出入りしないようなところにわざわざ気の効いた店を出すことはないだろう。
 都会では上から下まであらゆる階層の人たちが揃っているので食事どころのバラエティに富んでいるが、田舎では小さな露店と茶店くらいしかなかったりするのは、まさにそれらの土地に住む人々の所得水準(=生活のゆとり)の格差を如実に表しているかのようである。
 どこに行ってもそれなりにおいしくて衛生的なものを店で食べられるようになるころ、インドはさまざまな面で今とはずいぶん違う国になっているような気がする。

あなたの居間にインド空間 

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 近ごろ日本でインドのテレビ番組をリアルタイムで観ることができるようになっているらしい。ZEE ネットワークのコンテンツをインターネット経由でリアルタイム配信する業者が東京と大阪にオープンしている。
 今日は早速その体験視聴を試してみた。東京の自宅にいながらにしてインドのニュース、音楽、映画などのプログラムを目にするのはなんだか妙な気分である。
 これらは日本における同ネットワークの正規エージェントになっているようだ。東京にあるのが「MoLa TV」で4チャンネルZEE Smile, ZEE News, ZEE Cinema, ZEE Musicの各チャンネルを視聴できる。大阪のHumtum TVは10チャンネル(ZEE TV, ZEE Smile, ZEE News, ZEE Cinema, ZEE Music, ZEE Punjabi, ZEE Gujarati, ZEE Bangla, STAR UTSAV, Sahara TV)にアクセス可能だ。
 インターネット放送なので基本的にはパソコンで観ることになるが、別売りの接続機器を購入することによってテレビに出力することができる。どちらも視聴料は1ヶ月あたり4000円というから、チャンネルが多い分後者のほうが買い得感はある。
 どちらもごく最近この事業を始めたようで、今後他の業者も参入してくる可能性もあるだろう。料金やチャンネル数も含めてサービス内容が発展していくことを期待したい。
 こうしたサービスが事業として成り立つようになった背景には、高速通信網の整備はもちろん在日インド人相手の商売そのものがそれなりに採算の取れるスケールになってきたことがある。
 近ごろ増えてきているインド出身のIT系の職業の人たちは、滞日期限がほぼ決まっている派遣を含めたいわば「転勤族」が主体。ひと昔前に日本各地で見かけた南アジアからの「出稼ぎ」の人たちよりも可処分所得が高いのはもちろんのことだ。これらの人々の中には南インドの人の占める割合が高く、そのあたりの各言語のチャンネルを供給する業者も出てくるのはもはや時間の問題だ。
 単身で日本にやってくる人たちも多いが、奥さんや子供をともなって赴任する人たちも少なくない。こうした娯楽関係は日夜忙しく働くインド人サラリーマンたち自身はともかく、彼らの配偶者で自宅の居間で過ごす時間の長い専業主婦からの需要が相当高いのではないだろうか。
 すでに日本在住の中国や韓国の人々の間に同胞のみを顧客とする音楽、ファッション、食料品、不動産などを扱うさまざまな業者がいるように、今後はインドからやってきたホワイトカラーの人々だけでなく、彼らの家族たちをもターゲットにした様々な商売が展開していくこともありえるだろう。

砂漠の船はどこへ行く

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 ラージャスターン州の典型的な町中風景のひとつとして、通りを行き交うラクダの姿を挙げることができるだろう。御者に操られ大きな荷車を曳いてゆっくり歩いているかのように見えるが、実はストライドが非常に長いためかなりの速度で進んでいるのだ。
 だがインディア・トゥデイ誌3月28日号によると、このラージャスターン州でラクダの数が相当な勢いで減っているのだという。「1998年には50万頭いたものが2003年にはその四分の一が失われている」「1992年と比較して2003年には三分の一が減少」「ラクダの飼育頭数が1994年から2004年までの間に半分になった」といった調査結果さえあるのだそうだ。
 インドでラクダの用途といえば、さすがに砂漠の舟とまで言われるだけあり、主に運搬用ということになるが、井戸水の汲み上げや食料としての搾乳にも役立っている。しかも大きな図体の割には大量のエサを必要としないので、乾燥地にはぴったりの使役動物であろう。
 そして軍籍にあるラクダたちもいる。ラージャスターン州の国境警備にも利用されており、いつだか冬の時期にラージャスターン・パトリカー紙で「寒さで気がおかしくなった軍ラクダが兵士を噛み殺した」という記事を見かけた記憶がある。
 ラクダの減少の主な理由は地域の開発が進んだことである。灌漑の整備により井戸水に頼る度合いが低くなり、それまで道がなかったところに道路が通じ、従来からあった道が舗装されるなどといったことから、エンジンの付いた車両が乗り入れることができるようになった。ラクダよりも多くの荷物をはるかに早く目的地まで届けることができるし、手間のかかる世話もいらない。効率という観点からはラクダとクルマでは比較にさえならない。
 インドもとかく忙しくなりつつあるこのご時勢。急な経済成長に沸く都市部や工業地帯ほどではないにしても、この地でも人々の購買力が向上しつつある証ともいえるだろう。
 これまで長きにわたってラクダが有用だったのは、地域の後進性がゆえと片付けてしまうこともできるが、このあたりの人々の暮らしがいかに大きな変化を迎えているかということを象徴しているのかもしれない。「20世紀に」「インド独立後に」といった比較的長い時の流れの中に起きた変革の中で、地域経済や人々の生活における「1990年代以降」というかなり短い期間のうちに生じた質的変化は相当大きなものではないのだろうか。
 ラクダたちの姿以外にも、やがていつの日か「失われた風景」となるであろうものが沢山あるような気がする。もちろんそれはラージャスターン州に限ったことではないのだが。

ロバは歩む

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 バングラデシュでチッタゴン丘陵地帯での物資輸送問題を解決するため、インドから輸入したロバを投入するのだという。
 このあたりには、主にモンゴロイド系の少数民族たちが暮らしていることで知られるが、地理的な要因のため非常に開発が遅れた地域である。政治的にも不安定で1997年まで20年間ほど地元の武装組織による反政府運動が続いていた。
 バングラデシュの地図を見てわかるとおり、幹線道路の多くはチッタゴン丘陵地域に入ったあたりでプッツリ切れてしまっていることが多い。ロバの投入云々というのは、まともな道路の不足のためクルマが入れない居住地が多いためである。
 下記の記事中に「ネバールやブータンでも同様の役割を担っている」とあるように、小柄ながらも、丈夫で辛抱強いロバは交通の不便な地域で、山のような荷物をのせてトボトボ歩く姿はよく見かけるので、その有用性は言うまでもない。
 ロバという動物は、その哀しげな眼差しといい嗚咽にむせぶような鳴き声といい、なんという業を背負っているのだろうか。あの大きな荷はまさにロバが負う因果そのものではないのか、と気の毒な思いがする。
 それはともかく、こうした辺境の地に何か将来有望な産業があるのか、といえば特に何もないように思えるし、開発が進めば本来ヨソ者のベンガル人たちが入植してきて、地元に昔からいた人たちは、彼らに従属するかさらに不便なところへと追いやられてしまうことになりがちなのだろう。
 世界各地で「グローバル化」が進む昨今、問題は後進性よりも地域の独自性や自主性を保てないことであることも少なくないのではなかろうか。また開発や発展を是とするのは強者の論理という側面もあるかもしれない。
 人々の生活圏や経済圏が広がるいっぽう、従来の狭い地域では日々の営みが成立しなくなってくる。経済的に低く発言力の弱い立場では、新しい論理や倫理、ルールや習慣はたいてい外から否応なく押し付けられていくものである。だが厄介なことに、強い側にいる者たちはそれらを「公平にして普遍のきまりごと」と信じ込んでいるのだ。
 多数決をもってする民主主義というシステムについても、人口の少ないマイノリティの人たちにとって、特に利害がマジョリティと相対する場合、それが公平なものであると認識できるだろうか。
 かといって、時代の流れ止めることなど誰にもできやしない。世の中、コトバだけではわかり合えないことが山ほどある。
Bangladesh turns to donkey power (BBC South Asia)

求めよ、さらば与えられん

 世にも厳しい法がある。家もなく無一文の人たちによる自らのサバイバルを賭けた「物乞い」という行為が犯罪となる。その根拠となるのは1959年にボンベイ州(当時)で制定された「ボンベイ物乞防止条例」(Bombay Prevention of Begging Act, 1959)で、1961年3月からデリー首都圏でも適用されている。
 これによれば、乞食を行う目的で公共の場(鉄道車内等を含む)や私的空間に入ること、身体の不具合を見せるなどしてお金を求める行為が禁止されている。
 だが事前に当局から許可を得ているものは取締りの対象とならないことが記されており、これは募金等の慈善行為を指すのであろう。
 この条例では施しを求めるいかなる行為、たとえば歌唱、踊り、占い、演技、物品の販売等を禁じているため、本来の乞食だけではなく大道芸人や路上で新聞などを売り歩く少年たちさえも、この条例を口実にした取り締まりの対象となり得る。 
 違反者の処罰については、初犯は3年以下の禁固、再犯は10年以下の禁固ということになっている。また乞食行為の「使役者」に対しても、1年以上3年以下の懲役が定められている。
 2002年にはこの条例が改定され、これを読んでいるあなたも罰せられる可能性が出てきた。「乞食に施しを与えることにより、スムーズな交通の流れを妨げる」ことに対して、100ルピーのペナルティーを課すことができるようになったからだ。
 本来はこの条例、物乞いの禁止とそれにかかわる人々の保護と自立支援を目的にすることをうたっており、乞食行為に対する処罰とともに、行政側がこうした人々の保護と収容、教育と就労支援の付与、その目的が遂行されるための施設を運営することが明記されており、必要とあれば病気等の治療も与えられることになっているのだが、路上の現実を見ればまさに机上の空論であろう。

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