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カテゴリー: food & drink

  • Aminia Restaurant

    Aminia Restaurant

    Aminia Restaurantニューマーケット店

    1929年にナコーダーマスジッドのあるザカーリヤー・ストリートで創業した老舗。

    美味しい食事処を把握しておかないと、食事の時間が近づくのが憂鬱になることが少なくない西ベンガル州の田舎町(他の州でも往々にしてそうだが)と違い、信じられないほど旨いものがあちこちに溢れるカルカッタ。市民の可処分所得の差と市場規模の違いによるものだが、この不均衡ぶりは凄まじい。

    市内で9店舗を展開しているが、1947年に営業開始したニューマーケット店を除けは、ほとんど近年出店したものばかりだ。1996年に開店したゴールパーク店を除けば、どこも2010年代になってから競うように出店している。

    このレストランはHPではメニューも紹介されているのでご覧いただきたい。決して品数は多いとは言えないが、デザートまで妥協のない良いものが用意されている。

     

  • Nizam’s

    Nizam’s

    創業1932年の老舗レストラン
    チキン・チャープ
    フィッシュ・ティッカー・マサーラー

    フィルニー

    コールカーター中心部、ニューマーケットのすぐ北側にあるNizam’sで夕食。フイッシュティッカマサラー、チキンチャープ、ライス。そしてデザートにフィルニーで腹いっぱい。良質で美味な食事というものは、味わいに満足して腹が満ちるだけではなく、心地よい高揚感と陶酔をも与えてくれる。1932年創業。そしてコールカーターのストリートフードの代名詞のようにもなっているカティー・ロールは、この店が起源であるという。Nizam’sの美味しいケバーブが具材として作られて評判を呼び、市内各地でこれを真似たものが見られるようになった。

  • カルカッタのサダルストリートにある香港飯店の「あんかけ丼」

    カルカッタのサダルストリートにある香港飯店の「あんかけ丼」

    コールカーターのサダルストリート近くにある香港飯店の鐘さんからは、いつもカルカッタの華人コミュニティに関する情報を教えてもらっており感謝している。

    家族経営で、華人兄弟とその家族が切り盛りしている。メニューのレパートリーは豊富とは言えないかもしれないが、当たり外れもなく良心的と言えるだろう。

    どれを注文しても美味しいのだが、個人的にはSTEAMED MOMO (水餃子)とCHOW CHOW RICE(あんかけご飯)が好みだ。前者は説明不要だが、後者は野菜の具だくさんのグレイヴィーなアイテムで、「ご飯ものには汁たっぷり」という、インド料理の影響を強く受けた「インド中華」の典型のような具合ではあるが、実はこうした「あんかけ丼」は、華人経営の店以外では、ほぼ見かけない。

    店の規模はこじんまりとしているが、食事どきにはいつもそれなりに忙しそうだ。鐘さんと話をしたいので、いつも混雑する時間帯を外して訪問している。

    FISH CHOW CHOW RICE
    VEGETABLE CHOW CHOW RICE
  • 中華食材店「寶昌」

    中華食材店「寶昌」

    コールカーターの旧チャイナタウンにある寶昌(ポウチョン)は最近とても勢いが良い。

    客家華人が経営する老舗の中華食材屋だが、近年息子、娘世代が経営に携わるようになってからというもの、店舗は増えたし、点心類を食べさせる店は出すし、ドラゴンボートレースも企画と、たいへん頑張っている。当然、雇っているインド人スタッフの数も増えたようだ。コールカーター東郊外のテングラー地区では工場も操業している。

    店を切り盛りする若世代のひとり、Jさんはカナダの大学を出てから家業に加わった。まだ20代半ばくらいの若い女性だが、見るからに才気煥発といった感じである。

    彼女は、シンガポールのNGOに参画させてのチャイナタウン復興のプロジェクトにも関わっており、このところ少しずつ旧中華街が中華街らしい彩りを取り戻しつつある。

    ゴミの山に埋もれていた、伝説の「南京大飯店」の建物がようやく見られるようになった(修復を施し中華寺院として再オープンした)のも良いことだ。

    Jさんの顔を見ようとオフィスを訪ねが、あいにく不在。前もって連絡しておくべきであった。

    それにしても人口流出が続くカルカッタ華人コミュニティの中で、昇竜の勢いで成長していくポウチョンとそれを取り仕切る若世代は実に頼もしい。

    「寶昌(ポウチョン)」本店

     

    「寶昌(ポウチョン)」本店
    「寶昌(ポウチョン)」が経営する醤油工場の倉庫
    「寶昌(ポウチョン)」の若衆が切り盛りする新店舗は、本店と目と鼻の先にある。

  • 中華朝市とナコーダー・マスジッド

    中華朝市とナコーダー・マスジッド

    コールカーターのティレッティー・バーザールのエリアで開かれる中華朝市。もともとは華人が盛大に開いていたそうだが、現在では売り手もお客も華人たちの人数は多くなく、華人の商売人の手伝いをして仕事を覚えたインド人が引き継いでいる露店も多い。

    近年は名所として知られるようになったため、地元コールカーターの人々はもちろん、他の地域から来たインド人旅行者も訪れるようになっているため、売り子たちは露店のディスプレイに少し気を遣うようになってきた。

    ここでいくつかのアイテムつまんでから、すぐ北にあるナコーダー・マスジッドの方角を目指す。目当てはマスジッドの向かいにある「スフィヤー・レストラン」だ。ここのネハーリーは絶品なのである。朝の時間帯にこれを食すためにしか来たことがないが、ここはビーフアイテムが充実しているため、ランチあるいはディナーの時間帯にも来てみたいと思う。

    ナコーダー・マスジッドの脇、つまりラビンドラー・サラニーを通る市電が廃止になったことは実に寂しい。BBDバーグにある市電の大きなデーポーから出発していたが、これを起点とする路線すべてが廃止となっている。デーポーはすでに跡形もなく消失している。

  • コールカーター旧中華街のチャッターワーラーガリーの先のアングロインディアン地区

    コールカーター旧中華街のチャッターワーラーガリーの先のアングロインディアン地区

    華人たちが集住するチャッターワーラーガリー。カルカッタの旧中華街南側にある小路だ。

    昼間はその存在すら感じさせないが、休日の昼間には華人の子供たちが遊び、朝方や夕方には散歩に出てくる大人たちの姿がある。

    このすぐ南にあるのが、アングロインディアン地区にある英領期からのアパート。アングロインディアンの勤め人が多く住んでいたところだが、今もアングロインディアンが暮らす集合住宅として知られる。

    アングロインディアン地区

    そのアパートの前に露店を広げている人たちふたりがいた。インドのマーケットの野菜はどれも新鮮に見えるけど、「自家農園直送」を謳う華人の店は素敵だった。

    華人が営む野菜の露店
    カルカッタ郊外の菜園から直送しているとのこと。

    バングラ国境近いバスィルハートの農園で収穫して、ここに直送しているとのこと。どの野菜もピチピチで美しかった。やはり華人は気の利いたことやってくれる。

    アングロインディアン住宅隣にある仏教寺院。テラワダ仏教のお寺だが、どういう由来かどういう教団なのかいろいろ尋ねてみたかったが、お坊さんたち食事中につき、他の予定もあるので早々に退散。

  • HAP HING CO.のチェンさん亡くなる

    HAP HING CO.のチェンさん亡くなる

    メトロの「セントラル駅」で下車して進行方向側のエンドから外に出ると、そこはもうチャイナタウンの東端である。すぐそばには雑居ビルの中にある「ビルマ寺院」もある。

    Sun Yat Sen St.へ。Sun Yat Senとは孫逸仙こと孫中山、言うまでもなく孫文のことである。つまり「孫文路」という道路があるのは、いかにも旧中華街らしいところだ。

    十数年前に初めてお会いして以来、カルカッタを訪れる際には顔を出している方のお店「HAP HING Co.」がある。(FBページは、インターネットもスマホもせず、アナログな方だったチェンさんが開いたものではなく、彼女の店に出入りしていた地元のカメラマンによるもののようだ。)

    客家華人の年配女性で、父親から引き継いだ店で、長年中華食材や漢方薬などを商っているため、華人事情には当然大変詳しい。

    夜明け前に店を開けると、目の前のエリアで開かれる中華朝市で魚ボールのスープなどを食べて、この方の1日は始まる。商いは午前7時には終わって店を閉めてしまうという、朝型人間のチェンさんだ。

    私がコルカタ華人に大変興味を持っていることを知っているので、訪問すると、いつも「えーと、このあいだは何を話したっけ・・・。」から始まって、界隈の古いゴシップ、幼い頃の話、カルカッタから外国への移民の話、香港に仕入れ旅に行ってみた話等々、お茶を淹れていろいろ話してくれるのだ。

    この方のおかげで、カルカッタの華人関係のことをいろいろ知ることができたし、訪れることもできた。あけっぴろげな人で、「チェンさん、子供の頃の話をしてよ」と言うと、旧正月の話、親戚との宴会の話をとともに彼女の父親のもうひとつの家庭との微妙な関係など、引き込まれるけど、「ちょっとそんなこと話していいの?」と思うようなことまで、いろいろ聞かせてくれた。

    彼女によると、比較的稼ぎの良い華人男性がふたつ目の家庭を持つのは珍しくなかったそうだし、同じ父親による「公式」「非公式」の世帯は、当然親密ではなく距離を置いたものではあるが、まったく往来がないというわけでもなかったらしい。

    「ちょっと向こうのお母さんのところにお使いに行ってきて」とか、「向こうの兄弟と遊ぶ」というのはよくあることであったようだ。

    そうは言っても嫡流の世帯と傍系の世帯がイーブンな関係であるはずはなく、子供時代のCさんも複雑な視線で「傍系の家族」を眺めていたようだ。

    「でもね、もうとっても昔のことだし、私もほら、こんな歳だからねー」とケタケタ笑いながら喋る賑やかな人だった。傍系の親族たちも含めてすべてカナダに移民してしまったとのことだが、年に一度旧正月に何人かはカルカッタに戻ってくるとも聞いた。

    中華朝市は、もともとは華人が盛大に開いていたそうだが、今は人数は多くなく、華人の商売人の手伝いをして仕事を覚えたインド人が引き継いでいる露店もある。

    その華人チェンさんだが、お店の常連客は夜明け前からの朝市に来る人たちなので、もう6時を回ってしまうと暇であるため、私に「中華レクチャー」をしてくれるのだ。いつものように今回も日本から小さな手みやげを持って訪問するつもりだった。

    ところが今回はなんだか違う。店が開いていないし、看板もなくなっているのだ。

    ちょっと嫌な予感がした。

    店の向かいのタバコ屋に尋ねてみると、なんと昨年3月に亡くなったとのこと。ちょうど通りかかった若い華人女性にも聞いてみると、「店がしばらく閉まったままになっていて、どうしたのかと思ったら、亡くなっていたことに誰も気付かなくて・・・」とのこと。いわゆる孤独死であったそうだ。

    彼女は生涯独身、兄弟を含めた身内はカナダに移民しているので、カルカッタに親戚はひとりもいないということは知っている。糖尿病の具合が良くないことは前回の訪問の際に聞いていたが、界隈の人たちの話によると、心臓発作じゃないだろうか、とこのと。かなり太っていたし、血圧が高いことも聞いてはいた。

    インターネットはやっていないし、ガラケーしか持っていない人だったので、近況は知らなかった。毎年、年賀状を交換していたのと、ときおり思いついたように手紙をくれていたが、今年もらった年賀状に続いて、「中華新年に遊びに来ないかい?界隈では獅子舞とか歌ったり、出し物とかの集まりもある。いろいろ案内してあげるよ」というお誘いの手紙ももらったのだが、これがチェンさんとの最後のやりとりになってしまった。

    今やもう、「えーと、このあいだは何を話したっけ?」というチェンさんの言葉を耳にすることはできなくなってしまった。

    チェンさんのご冥福をお祈りする。

     

    コールカーターの「魯迅路」と「中山路」4 (indo.to)

    再びコールカーター中華朝市へ 2 中華食材屋のCさん

    再びコールカーター中華朝市へ 3 華語新聞 (indo.to)

     

  • 「華人とムスリムは繋がりが深い」という常識

    前回取り上げた「欧州飯店」はちょっと特殊な営業形態ではあるが、一般的には華人オーナーが複数のインド人たちを料理人として雇用しているケースが多いようだ。

    インド中華の面白いところは、華人経営の店であっても入手の可否だけでなく、顧客や店のスタッフへの配慮などから肉については当然のごとく鶏肉が主流(華人経営で牛肉、豚肉を出す店もあるが少数派)だ。そしてパニールのようなインド食材もこれまた当然のごとく取り入れられたりしている。誰もが馴染み深い食材であり、お客も働く人も困ることはないのはもちろんのこと、メニューのレパートリーも広がる。

    さて、カルカッタのこうした料理屋で働くインド人たち(厨房&給仕)はムスリムが多い。同じく華人たちの主要産業である革なめし業と同様にムスリムの雇用が多く、華人たちが居住して仕事を営む地域は、往々にしてムスリム地区内あるいは隣接するエリアにある。

    ここでは、まさに「ムスリムあるところ華人あり」という状況で、「ムスリムと華人は親和性が高い」という、世界的にもあまり例を見ない様相が展開しているのは、華人による雇用の提供とムスリムによる労働力の提供という互恵的関係が背景にある。

    ヒンドゥー社会において動物の屍体や肉の処理等に関わることはタブーであるがゆえ、これを厭わないムスリムコミュニティは、華人コミュニティにとって無くてはならない働き手の供給源となるのだ。

    本来は縁もゆかりもないふたつのコミュニティが、周囲の大きな社会(ヒンドゥー社会)との関係性により、密に繋がることが可能となることの好例である。世界広しといえども、「華人とムスリムであるがゆえに緊密に結ばれるという常識」がまかりとおる国は、ほとんどないように思う。

  • EAU CHEW Restaurant (欧州飯店)

    EAU CHEW Restaurant (欧州飯店)

    夕食は、カルカッタに現存する最古の中華料理屋「欧州飯店」にて。今年で90年を越える。もっと古くからのものもありそうなものだが廃業したのだろう。

    家族主義の経営、レシピは門外不出を堅持。厨房に入ることが出来るのは経営者家族のみ。華人経営でもインド人料理人を雇って育てる店は多いが、この店はその点が異なる。

    「欧州」の名前は創業時、場所柄から欧州人顧客が多かったことに由来するようだ。

    場所は地下鉄チャーンドニー・チョウク駅6番出口から徒歩2分。ガソリンスタンド裏手にある。

     

  • INDIAN COFFEE HOUSE

    INDIAN COFFEE HOUSE

    INDIAN COFFEE HOUSE

    革命揺籃の地カルカッタで、進歩的知識人や革命を志向する若者たちが集まったインディアンコーヒーハウスは、カレッジストリートのプレジデンシー・カレッジ向かいにある。

    革命家とテロリストの違いは本質的にはない。謀議を企て実行して逃亡、潜伏するまで、やることは同じで思いも同じだ。後世の人たちが勝手にラベルを貼り付けて、英雄と祀り上げられたり、悪漢として罵られたりする。

    中村屋のボースこと、ラース・ビハーリー・ボースも、日本亡命前には当然ここでコーヒー片手に同志たちと議論を交わしたことはあったはず。

    そんなことはさておき、こういう古いカフェの英国式軽食はすこぶる旨い。

    革命家もテロリストも、やはりおいしいものには目がなかったのだろう。画像は注文したコーヒー、フィッシュフライとマトンオムレツ。

    コーヒー
    マトンオムレツ
    フィッシュフライ

    もちろんここに出入りしたのは革命家ばかりというわけではなく、サタジット・レイやアマルティヤ・セーンなどに代表されるカルカッタの芸術家や知識人なども多数贔屓にしていた。

    コルカタメトロの「MGロード駅」から徒歩5分程度。

  • コールカーターのトラム1

    コールカーターのトラム1

    始発駅から終着駅まで。(エスプラネードからガリヤーハートまで)路面電車堪能。運転席真後ろの席を得られたのが良かった。この位置の席のためにエスプラネードの始発まで行ったのだ。終点まで運転手のアクションをフォローすることができる。

    このポイントで市電を直進するか右折させるかは、CTC職員の小手先次第。

    交差点での直角カーブにもシビレる。これまで気付かなかったが、複数の路線が交わる地点では、鉄棒持ったCTC(カルカッタ路面電車公社)制服の職員がレールをムギュッと押してポイント切り替えをやっている。

    市電を直進させるか右折させるかは、CTC職員の小手先次第。

    まあ、それだけ専門でやってるのでヒマなように思うが、暑くても寒くても、はてまた大雨の日も、それだけのために立って待つ(作業は3秒)のだから大変だ。

    最近、エアコン車両も導入されたとはいえ、やはりオリジナルバージョンの味わいが素晴らしい。夕方はまた格別のムードがある。電車は乗ることが自体がエンターテイメント。

    バスは混んでいるのに、やはり路面電車はガラガラ。ウゥゥーという独特なモーター音と、チンチンという警報音。路面の揺れも心地よい。

    「チンチン電車」という愛称の元となった特有の音は、運転手の足許のペダルを踏むと鳴ることによって鳴る。

    終点のガリヤーハートのデポーに到着。そのまま折り返そうかとも思ったが、もったいないのでタクシーで少し先にあるダクシナーパンという工芸品/等のモールに行くことにした。

    地元手工芸品やテキスタイルの店が入っているのだが、センスの良い伝統衣装やクルターなどを多数目にすることができる。

    インドのウィークエンドマガジンで取り上げられていたDolly’s Tea Shopに行ってみた。カルカッタ市内を南下したところにあるダクシナーパンというショッピングコンプレックスの入っている。魚のフライとレモンティー(レモンを絞るだけでなく、レモンピールエキスが入っているようだ)どちらも美味しかった。

    その名のとおり、ドリーという名の女性が始めた店で、近ごろよくあるインド版スタバみたいなチェーンよりも高いけど、ゆとりのある人たちの間で人気だという品の良い店だ。「ドリー」という名前に、グラマラスでセクシーな女性を想像していたが、いたのはガタイが良くて押し出しの強いダミ声のオバハンだった。

    美味しい紅茶を楽しんでいると、「茶葉はいらんか?」「小袋もあるで」「どれにする、あ?」と、かなりうるさいので早々に退散することになった。

    ガリヤーハートのトラムのデポーまで出てから、再びトラムに乗車。行きと帰りでは方向は逆だし、日没後は目にする眺めの印象も異なる。

    始発から終点まで乗っても7Rs。往復14Rsで大変楽しめる。車内は趣があるし、バスよりもかなり速度が遅いためか、車内は比較的空いているのも良い。

  • サダル・ストリートのチャーイ屋横丁

    サダル・ストリートのチャーイ屋横丁

    サダル・ストリートのチャーイ屋横丁は、いつも賑わっている。狭い路地の片側にいくつも連なるチャーイの店。もう片方にはベンチが並べられている。
    ここで人々はチャーイを片手に語らったり、店で出しているビスケットや簡単なスナックなどをつまんだりする。
    外国人観光客もいれば、バングラデシュからの訪問者もあり、もちろん界隈の人々もいる。特に夕方以降が賑やかで、あちこちで話が弾んでいる。
    テキトーに話しているぶんには良いのだが、このあたりを根城にして外国人旅行者を狙う詐欺師も出没するので、多少は用心しておいたほうが良いだろう。