
バスの中で懐かしい歌を沢山聴いてしんみりしていると、車掌が声をかけてきた。
『そろそろ着くよ』
アガルタラーから50キロあまり、1時間半ほど車内で揺られていただろうか。降りたところで人に尋ねると、ニール・マハルはあちらだと教えられた。客待ちしていたリクシャーに乗り、簡素な民家が続く小道をカタコトと進む。行き止まりから先にはルドラー・サーガルという湖の静かな風景が広がっていた。


カテゴリー: column
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湖上の宮殿へ
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どんな部屋でも予算次第! アガルタラーの新築ホテル
ここでは星をチラつかせるのが流行りのようだ。
私が宿泊しているところを含めてアガルタラーの中心部では、比較的新しいホテルの中でやたらと『三ツ星』を謳うものが多い。そもそもこの『星の数』には厳格な基準はないので、あまりひどく大見得を切ることがなければ、とりあえず『言ったもの勝ち』なのだろう。あるいは一歩下がって『州内唯一本物の二ツ星』という看板もある。これは建物の階数がやや少ないように見えたので、しばらく儲けてから上階を建て増ししたら三ツ星に昇格(?)する腹積もりなのかもしれない。
私の宿と同じ並びに建築中の大きな建物があった。内装工事中の部分を除いた半分くらいの区画はすでに営業を開始しており、グラウンド・フロアーには様々な商店、ファースト・フロアーより上の階ではレストラン、ホテル、旅行代理店その他がオープンしていた。近々銀行も入る予定であることがバナーに書かれており、なかなか賑やかなビルになりそうな予感がする。
ここのホテルもまた『正真正銘の三ツ星ホテル』を標榜している。ピカピカのフロントはまるで航空会社のオフィスみたいにキレイだ。中に入って料金を尋ねてみたが、オープンしたてだけあって対応はすこぶる良い感じであった。料金表を眺めてみると、部屋のタイプにより価格帯がずいぶん広いことに目がとまる。

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懐かしのメロディーでホロリ
まだ朝暗いうちから起き出してアガルタラのバススタンドへと向う。ここからニール・マハル行きのバスに乗るのだ。土地の人々は『ニール・モホル』と呼んでいるようだ。ベンガル風に読むとそういうことになるのだろう。ひた走るバスの中では昔のヒットソング(80年代末から90年代初めにかけて)が次から次へとかかっていた。
『QAYAMAT SE QAYAMAT TAK』から始まり、『SAAJAN』そして『PHOOL AUR KANTE』等々の懐かしい歌が続くと、もうメチャメチャに嬉しくなった。
この頃のシネマソングは私の一方的な思い込みかもしれないが、メロディーも歌詞もロマンチックかつ叙情的、純粋かつ哀しみに満ちていて大好きなのだ。もちろんこれらが流行っていた時期の私自身の思い出が沢山詰まっていることもあって胸がキュンと鳴る。

『Aai Mere Humsafar』でジンときて、『Bahut Pyar Karte Hain』
や『Jeeyen to Jeeyen Kaise』でいつしか心の中にセピア色の風景が広がってくる。
『Mera Dil Bhi Kitna Paagal Hai』でシミジミした気分に。そして『Tu Shayar Hai』でしばし追憶の世界にどっぷり浸る。
そして『Maine Pyar Tum Hi Se Kiya Hai』で再びハートがググッと熱くなり、若き日のサルマーン・カーンとバーギャーシュリー主演の『MAINE PYAR KIYA』の『Dil Diwaanaa』がかかると、ああもうダメだ。メランコリックに暴走する心がもはや自分自身ではどうにもならず、懐かしい想い出や普段すっかり忘れていた記憶やらが次々に頭に浮かんできて、年甲斐もなくジワ〜ッと涙してしまう。あぁ、歌っていいなあ・・・。乗り合いバスの中、大音響でいろんな曲が流れるサービス(?)っていいなあ。ついでにカラオケでも付いていればいいなぁ!などと、このときばかりは思った。
ああ車内で思い切り歌いたい。もちろん他のお客たちに迷惑でなければ・・・であるが。

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トリプラー州都アガルタラーへ飛ぶ
シローンから乗り合いのスモウに乗りグワーハーティーに戻る。スモウ・スタンドでクルマに乗り込んだときには他の乗客は誰もいなかったのだが、すぐに若い男たちの集団がドヤドヤとやってきて満員になり発車した。運転手を除いた乗客は総勢14人。私以外は彼ら全員仲間で移動しているようだ。どれもやや柄の悪い連中で、ふとグルガーオンの連続Cab Killer事件を思い出してしまった。ふと『これが罠だったら・・・?』などという疑念が沸きあがってきてあまりいい気分ではなかった。
グワーハーティーまでの道のりはほとんど下り坂であることもあり、3時間で同地のパルターン・バーザールに到着した。
そこからタクシーで空港へ向う。地方都市なので市街地からほど近いところにあるのかと思ったが、意外に遠く一時間近くかかったように思う。
ターミナルビルはごく新しいもので、現在も拡張工事が進行中である。だがインドの空港は建材も鉄芯が入ったコンクリート柱でフレームを組み、レンガを積み上げて壁面を構成していくという『在来工法』で建てられており、昔ながらのものばかりなので規模の大小の差や設備の多寡を除けばどこも視覚的には同じような印象を受ける。近ごろ世界各地で新たに建設される空港での流行りのスタイル、要はアジアでも香港、クアラルンプル、バンコクなどの新空港に見られるような総ガラス張りであったり、曲面やドームを構成してしたりするようなモダンな空港がインドに出現するのはまだ遠い未来のことなのだろうか。 -
インドなロンドン地図

数年前、韓流ブーム盛り上がる中でヨン様出演のドラマ『冬のソナタ』のロケ地を巡るツアーが話題になっていたことがあったのはいまだ記憶に新しいところである。ネットを検索してみると、今でも『冬ソナタ』ツアーは行なわれており、ファンの間では根強い人気があるようだ。
場所は変わってロンドン。90年代以降、インドの経済成長が海外から注目されるようになってきたあたりからヒンディー映画の海外ロケが欧州や北米などを中心に盛んに行なわれるようになった。Dilwale Dulhania Le Jayengeに代表されるようなNRIの主人公を取り上げた作品が増えたのもこの時代からである。
その中で舞台として取り上げられる機会の多いロンドン。もちろん歴史的な経緯から当地在住のインド系の人々が多いがゆえのことだが、何と昨年だけで40本ものヒンディー映画のロケが行なわれたのだという。
BBC Hindi.comによれば、この『ボリウッドの都』ロンドンで行なわれたメジャーどころの映画のロケ地を掲載した『BOLLYWOOD MOVIE MAP』なるものが登場したそうだ。
ジャレービーをかじりながら、この地図を片手にKabhi Khushi Kabhie GhamやNainaなどの撮影地を見物、夕方お腹が空いたら市内西部のサウスオールにあるインド人街で豪華な食事なんていうロンドンの休日もいいかも?
लंदन के नक्शे पर बॉलीवुड की छाप (BBC Hindi.com) -
シローン市内ツアー

今日もバスツアーに参加した。宿泊しているホテルがツアーの出る州政府観光局と目と鼻の先なので、バスに乗り込んだのは私が一番であった。しかし驚いたことに、乗ってくる人乗ってくる人、昨日チェラプンジー行きのバスツアー参加者ばかりであったのにはとてもびっくりした。そんなわけで今日は最初からみんなおしゃべりで、とても和やかな車内である。
ただ一人不満そうなのは、今日のツアー客たちに注意事項を伝えようとしても、車内は人々のざわめきと笑い声で誰も耳を傾けてもらえない女性ガイドである。
『話を聞いてくれないんだったら出発しませんよ!』とオカンムリの彼女にお構いなく人々はワハハ、ガハハと楽しそうにしゃべり続けている。
とかく小柄な人たちが多いカーシー族だが今日の女性ガイドさんもまたしかり。仕草や声も優しく穏やかな人のようだが、それだけに騒々しいインド人たちをリードしていくのはなかなか大変そうだ。
そんな中で一人の青年がすっくと立ち上がり、他の乗客たちに注意を促してようやくガイドは『おはようございます。本日は市内ツアーに参加いただきありがとうございます〜』と挨拶を始めることができた。 -
最良の『日々愛用カメラ』登場か? Caplio GX100

ついにコンパクトデジカメも高級機が復活の兆しを見せている。このほど発表になったリコーの新しいデジタルカメラCaplio GX100がまさにその象徴かもしれない。
発売予定日は4月20日。今まで特別な関係者たち以外は誰も実機を手にしていないはずなのにずいぶん前評判が高い。ネーミングも『GX8』から『GX9』ではなく、いきなり大きく跳んで『GX100』ときた。このズーム付きコンパクト機の外観は前代のGX8風ではなく、28mm単焦点モデルのGR Digitalのフォルムを踏襲したものでグッと高級感がある。上面や背後の操作系配列もこれとほぼ共通、背面の2.5インチ液晶モニターに表示されるメニューも同様だ。外観のみチラリと眺めただけで、これまでの路線から大きくステップアップして高級化していることが一目瞭然だ。
そのためGR Digitalユーザーたちの中から要望の多かった同機のズーム版モデルとして特に注目と期待を集めることになっているのだろう。

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『第8回カレーフェスティバル&バングラデシュボイシャキメラ』は4月15日(日)
上記のイベントについて『4月15日(日)池袋西口にリトル・ダッカ出現!』の記事掲載当初、開催日時を4月8日(日)と記していましたが、これを4月15日(日)と訂正いたします。
参加を予定されている方は、くれぐれもお間違いのないようお気をつけください。 -
チェラプンジー行きバスツアー
朝7時45分にメガーラヤ政府観光局前に行く。前日夕方に申し込んでおいたチェラプンジーへのバスツアーに参加するのだ。料金は200ルピーで、朝8時から夕方4時半までの行程である。
シローンを出て進むとともに少しずつ高度が上がってきている。市街地を抜けてしばらく行ったあたりに空軍駐屯地があった。ここには『空軍博物館』という看板もあった。ちょっと興味があったが、今回のメガーラヤ訪問で訪れる時間はなかった。

チェラプンジーは世界で最も多雨な地域だという。つまりベンガル湾から上がってくる雨雲がこの北東インドの山岳地帯、つまり外に大きく広がったベンガル湾からこの狭い地域に押し込まれて、山脈によって雨雲がつっかえてしまうのため大雨が降るらしい。津波が狭い入り江に入ると力を集中させて大きな力を発揮するのと同じ理屈だろうか。また磯に押し寄せる波が狭い岩場に入り込むと力を集中させてザップーンと大きく跳ね上がるのとも似た効果かな?と想像してみた。
今は乾季なので行けども茶色い風景が続いているが、雨季に来るとおそらく緑に覆われていて今とは全然違った印象になるのだろう。しかし年間降雨量がケタ違いに多く、モンスーンの最中に来る気はしないのだが。途中経由する西ベンガルにしてもアッサムにしても洪水地帯なので、短い時間で訪れようとして足止め食ったら困る。それに洗濯物が乾かないと嫌だ・・・などと変に所帯じみたことを思ってしまう。 -
シローンのバラー・バーザール

中華料理屋での食事後は市内最大のマーケット、バラー・バーザールに出かけてみた。市街地の斜面に貼りつく形で広がる商業地だ。私は広場に茅葺きの長屋みたいなものが続いている光景を想像していたのだが、そうではなく間口がとても狭い店がひしめき合う、細い道の両側にも行商人たちが台車やゴザなどをびっしり並べて商う商店街であった。ネパールのカトマンドゥ盆地内の旧市街地をやや思わせるものがある。
シローンの新市街地の商業地域では、比較的高級な品物、贅沢品、外国や他州からの輸入品などを中心に扱う地域にはインドの他地域からやってきた商売人たちが多いコスモポリタンだ。そのため雰囲気は他のインドの町とあまり変わらなかったり、飛び交う様々な言葉の中にヒンディー語が占める割合が非常に高かったりする。
だがこのバラー・バーザールでは、農産物、水産物、畜産物といった食材その他が主体で、地産地消のバーザールという感じがする。路地を奥へと入っていくと、地元の言葉ばかりが飛び交うようになってくる。そこでは地元の少数民族たちの店がごちゃごちゃと並ぶ中にときたま『インド人の店』が見られる状態なので、同じ市内のポリス・バーザールのように『インド人主体』の地域からずいぶん遠いところに来たかのような気がする。もちろんそれでも人々は『インドというシステム』の中で暮らしているがゆえに、ヒンディー語は広く通じる。

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シローンの中華料理屋
雑踏を歩いているとヘタな手書きの漢字の看板が目に入った。小さな中華料理屋である。入口には電話ブースが設置してあり人の出入りは多いようだ。
メニューを広げてみるとマンチュリアンやチョプスィーなどインドでおなじみのシンプルなメニューが並んでいる。しかしやたらと『本格的』に思えてしまうのは、肉料理の大半がポークであるためだろうか。メガーラヤの主要民族のひとつであり、この地域で人口が多いカースィー族は豚肉をよく消費するため、市中で流通する量も多い。ここの店の経営者はカースィー族ではなく中国系だという。壁に掲げられた先祖の祠も店内の装飾も、かなり粗末ながらもいかにも華人といった雰囲気を醸し出している。
経営者家族は何代もこの土地で商売しているのだそうだ。市内はいくつかこうした食堂を見かけるし、華人人口もいくばくかあるようだ。それでも父祖伝来の言葉や文化などを守り伝えることができるほどの規模ではないようで、店の看板に『中華』を掲げている以外は、ほとんど現地化しているような気がする。経営者家族の娘がレジに立っていたので尋ねてみたが、華語の読み書きはもちろん会話もできないというし、先祖が中国のどのあたりから来たのかということについてもあまりよく知らないらしい。
シローンに根付いた中華系移民には、そもそもこの土地とどういう縁があったのだろうか。ここは昔からそんな重要な土地ではなかったはずだし、それほど儲かる土地であったこともないだろう。近年、「これからは東北州だ」と国内各地から人々が集まってきているので、こうした波に乗って昔からインドにいる中国系住民がやって来るのならばまだ理解できなくもないのだが。
何を食べようかと迷った挙句、注文したのは『ポークカレー』だ。わざわざ中華料理屋に入ってカレーとはどんなものかと思ったが、予想したものとはずいぶん違ったものであった。運ばれてきたのは分厚い三枚肉をターメリックその他の香辛料でごく軽く色づけ香り付けした料理であった。インド風『東坡肉』とでも形容できようか、長時間調理してトロトロになった赤身と不要な脂肪分が落ちてゼラチン質の中に旨みを閉じ込めた絶品。まさにほっぺたが落ちるような美味しさを楽しむことができた。
他にもいくつかの中華レストランで食事をしてみたが、どこもこのように現地化(?)してハイブリッドな味がする料理は少なくないようだが、ポークという中華料理必須の食材がふんだんに出回る土地だけあり、何を食べても非常に満足度の高いものであった。 -
ネパールで政治家を目指す日本人
ネパール国籍を取得している長野県出身の宮原巍氏は、登山家であるとともにヒマラヤ観光開発株式会社社長、そして同社がネパールで世界遺産に指定されているサーガルマーター国立公園内のシャンボチェという場所で運営する『ホテル・エベレスト・ビュー』創業者としても知られる大のネパール通(いまや『ネパール人』だが)のビジネスマンだ。
また著述家としても『ヒマラヤの灯―ホテル・エベレスト・ビューを建てる』(文芸春秋 ISBN-10: 4163376801)『還暦のエベレスト』(山と溪谷社 ISBN-10: 463517087X)といった本を世に送り出している。
その宮原氏が、このほど同国で政治家として旗揚げすることになった。下記リンク先のasahi.comの記事には、氏が立ち上げる新党「ネパール国家開発党」はどのような路線を進もうとしているのか、どういった人々の支持を獲得しようとしているのかなどについて詳しく書かれていないのは残念だ。
この記事中にあるこの政党の『マニフェスト』について、ウェブ上アクセスすることが可能ならば、ぜひ目を通してみたいものだ。
今年6月に予定されている制憲議会選挙に向けて、日本のメディアはもちろんネパールのマスコミでも取り上げられる機会は多々あるだろう。今後ますますのご活躍をお祈りしたい。
●ネパール帰化の元日本人、国政に挑戦へ (asahi.com)
