湖上の宮殿へ

 
バスの中で懐かしい歌を沢山聴いてしんみりしていると、車掌が声をかけてきた。
『そろそろ着くよ』
アガルタラーから50キロあまり、1時間半ほど車内で揺られていただろうか。降りたところで人に尋ねると、ニール・マハルはあちらだと教えられた。客待ちしていたリクシャーに乗り、簡素な民家が続く小道をカタコトと進む。行き止まりから先にはルドラー・サーガルという湖の静かな風景が広がっていた。
 


船着場のチケット売り場で宮殿まで往復15ルピーの料金を払うが船にはまだ誰もいない。客が集まるまで長いこと待つのかな?と思ったが、客を乗せた観光バスがやってきてすぐに一杯になり、ベンガル語とヒンディー語が飛び交う賑やかな空間となった。幾人かと話してみたが、やはりここでもかなり遠くから来ている人たちが多いようだ。
30数名は乗ることができきる船だが、満席になると船の端ギリギリまで水に沈んでしまい、今にも沈没しそうで何とも頼りない。エンジンがついているものの速度はかなり遅く、人が徒歩で進むくらいの速度だ。
霞がかかっており、岸辺からは一体どこに宮殿があるのやら判然としなかったが、やがてその優雅な容姿が見えてきた。湖上の浮かぶパレスということもあり、ラージャスターン州のウダイプルにあるレイクパレスとやや似た印象を受けないでもない。トリプラー州が藩王国だったころ、イギリスの会社が請け負って建築したこの建物は1939年に完成したものだという。
ニール・マハル遠景
インドの東端にありながら、本来地元の文化とは特に縁のないムガル風の建築とはミスマッチな感じがしないでもないが、見慣れないカタチの威圧感のある建物こそ為政者としての王家の権威をさらに高める効果があったのかもしれない。その威容には往時の繁栄と財力をしのばせるものがある。霞んだ空気の中、朝の陽射しを浴びてまばゆく輝く様子には思わずため息が出てしまう。船に同乗したツアー客の人たちもいたく感動しているようで、おしゃべりのトーンを下げて宮殿の遠景をじっと見つめている女性、狂ったようにデジカメのシャッターを切っている若い男性、『お城だ!見て見て!』と両親のほうを振り向いて大声を上げている子供たちなど、皆とてもテンションが上がってきた。
だがそんな感激もそう長くは続かなかった。島に上陸して入場料3ルピーを支払い中に入ると、そこに待ち受けていたのは『幻滅』の二文字であった。ひどく荒んだ光景を目の当たりにして、さきほどのグループの人たちがガイドに『ここにはどのくらい居ればいいの?』などと尋ねていたりするくらいだ。中庭にはマリーゴールドが植えてあり、草木はそれなりに手入れされているものの、肝心の建物はまさに朽ちるに任せるといった具合。
建物内部はどこも空っぽで、特に見るべきものは何もなかった。せっかくの貴重な観光資源のはずなのに・・・である。
内部の荒れようはもっとひどかった
この施設はインド考古学局の管理下にあるわけではないようだ。今も旧藩主子孫の私財ではなく州政府の手に渡っているようだが、こういう場所こそきちんと手入れして欲しいものである。アガルタラー市内にはウジャヤンター・パレス、クンジャーバン・パレスという旧藩王国のふたつの壮大な宮殿があるが、前者は州議会議事堂、後者は州首相公邸となっており、観光客が立ち入ることはできない。それだけにニール・マハルという離宮はここを訪れる人たちにとっても、観光振興を目指す地元にとっても貴重な史跡だ。『外国人料金』や『カメラ代』など徴収してもいいから、何かしらの策を講じて何とかして欲しい。
あるいは州政府観光公社によりホテルとして改修されても、湖に囲まれた絶好のロケーションと眺めの良さから大変好評を呼ぶのではないだろうかとも思うが、宿泊する人だけが楽しみを占領してしまうようなものではなく、多くの人々が見学できるよう歴史的遺産として再出発させるべきであろう。
中庭
広大なインドはどこを訪れても見どころで一杯であるとはいえ、その価値を顧みられることなくただ放置されているところが少なくないことを残念に思うことは少なくない。もちろんそれらを後回しにして先になすべきことが沢山!ということもあるのだが。
具体的な内容はよくわからないが、当局による施設の補修や整備などの計画は一応あるにはあるらしいことを知ってややホッとした次第である。
宮殿の外の水際は田んぼが広がっていた

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です


上の計算式の答えを入力してください