ソウルからインドへ

エアインディアが、デリーから韓国のソウルまで、週に4往復させていることに遅ればせながら気が付いた。デリー・ソウル線(香港を経由)は、今年8月から就航しているようだ。 

90年代以降、韓国企業によるインド進出、対インド投資には目を見張るものがあり、韓国のキャリア以外にインドの航空会社によるインド・韓国間の直行便が就航するまで意外に時間がかかったという印象を受けなくもない。 

ソウル・香港間あるいは香港・デリー間のみの乗客も多いことだろう。ちょうど東京・デリー間で途中バンコクに寄港する便があったころのような感じなのかもしれない。(現在、東京・デリー間は直行のみ) 

ふと思い出すのは、かつてエアインディアの香港経由で東京・コールカーター直行便があったこと。そのころデリーIN、カルカッタOUTあるいはその逆で、日本からインドを訪れる人は多かった。確か90年代に入って間もなく、コールカーター直行便は廃止されたと記憶している。 

船の時代から、インドから見て東側方面からの主要な玄関口であったコールカーターである。デリーに遷都されるまで、長らく英領インドの首都であったためもある。中国大陸からもバンコクやシンガポールと並んで、稼ぎが期待できる外国の街であったため、大量に移住者を送り出している。 

今のように通信手段が発達しておらず、何がしかのツテが頼りであったため、移民の送り出し元はかなり限られた地域からであることが多い。バンコクでは潮州系、マレー半島では福建系や広東系が多かったように、コールカーターには広東系や広東を中心とする地域出身の客家人が数多く住み着いたようだ。コールカーターの華人たちから、しばしば梅県という地名を耳にする。現在の広東省の梅州市とその周辺エリアに相当する地域だ。 

日本にとっても、第二次大戦後しばらくの間は、最も身近なインドの都会といえば間違いなくこの街であったということは今ではちょっと想像できないだろう。戦後の復興期から高度経済成長が始まるあたりまで、西ベンガルから輸出される豊富な鉄鉱石は、かつて鉄鋼大国であった日本の原動力のひとつでもあった。 

また日本に留学生がやってくるようになり始めた時代、1960年代にはインドからの留学生たち(・・・といっても数は大したことなかったのだが)といえば、その主流はベンガルからの学生たちであったようだ。 

その関係もあるのかどうかよく知らないが、今でも西ベンガル州ではちょうど日本でやっているのと同じような菊の盆栽を楽しむ年配者たちはかなりあり、そうした人たちの中には、なかなかの知日家もあるようだ。『日本の菊栽培の解説書を手に入れたいのだが、英語で書かれたものを出している出版社はないかね?』と初老の男性に頼まれたこともある。 

この街とそこを州都とする西ベンガル州の経済面での停滞に加えて、かつての『四大都市(デリー、ムンバイー、コールカーター、チェンナイ)』以外に、バンガロール、ハイデラーバード、アーメダーバード等の台頭により、相対的な地位が凋落していった。 

その結果、インドの航空会社はもとより、東南アジアからの飛行機も乗り入れが減り、ちょっと寂しい状態になってしまっている。それでも近ごろ流行りのLCCキャリアがバンコク便を開設したり、隣国のバーングラーデーシュの新興航空会社もコールカーターとの間に新規乗り入れしたり、増便したりしているのは幸いである。もはやインドを代表する随一の都会ではなく、ひとつの地方都市に成り下がってはいるものの、まだまだ地域のハブとなる底力は充分残されている。 

話はエアインディアに戻る。エアインディアの東アジアへの就航地は、数十年来の長い付き合いである東京、大阪、香港に加えて、上海そしてソウルが加わっており、インドという国自身がゆっくりと顔を東方にも向けてきていることを如実に反映しているようでもある。これは同時に東アジアの諸地域にとっても、視野の中にインドが大きく姿を現してきていることの表れでもあろう。

エアアジアでインドへ

エアアジアの羽田・クアラルンプル便(12月9日就航・週3便)が話題になっている。 

すでに日本に乗り入れているオーストラリアのジェットスター、韓国のチェジュ航空と合わせて、日本にもようやくLCC (ローコストキャリア)の時代が到来しつつあることを感じさせられる。 

ジェットスターは台北経由シンガポール行きの便があり、チェジュ航空はソウルで乗り換えて同社のバンコク行きを利用できるが、それらの地点から更に他社便のチケットを買い足さなくてはならないため、インド行きに利用するのはあまり現実的ではないかもしれない。 

だがエアアジアについては、ハブ空港のクアラルンプルから現在インドの9都市(コールカーター、コーチン、チェンナイ、ティルチラッパリ、デリー、トリバンドラム、ハイデラーバード、バンガロール、ムンバイー)への便があるため利用しやすいだろう。 

料金は羽田・クアラルンプル間が通常の底値が往復で3万円程度(片道1万5千円くらい)になるらしい。この区間について、本日9月23日正午から10月31日までの予約受付期間内に、今年12月9日から2011年7月31日までの搭乗分座席の一定部分を、キャンペーン価格の片道5,000円で売り出すとのことだ。空港使用料等を加えても、往復で日本円にして1万4千円弱という破格の料金である。 

クアラルンプルから先については、エアアジアのホームページで仮に『往路10月1日、復路10月20日』として調べてみると、デリー往復905 MYR(約25,000円)、ムンバイー往復 761 MYR (約21,000円)、チェンナイ往復 628 MYR (約17,000円)、ハイデラーバード往復 682 MYR (約19,000円)といった数字が出てくる。 いずれも行き帰りの空港使用料を含めた金額だ。

他のLCCキャリアがそうであるようにフライトの時期、空席状況、予約するタイミング等によって価格は変動する。概ねデリーやムンバイー便については、羽田からトータルの出費は概ね5万円強から5万5千円程度ということになるだろう。エアインディア等の他キャリアの底値の時期と比較すると驚くほど安いというほどではないが、費用をかなり圧縮できることは間違いない。またキャンペーン価格での売出し時期と合致すれば、非常にお得な料金で往復できることになる。

ただし年末年始やゴールデンウィークといったピーク時には既存航空会社との料金差はごくわずかなものとなってしまうようだ。また一定の条件のもとにフライトの変更は可能であっても払い戻し不可であることについては留意しておく必要がある。 

LCCキャリアで乗り継いだ経験がないのでよくわからないが、羽田・インド間が同日乗り換えできるスケジュールの場合、チェックイン荷物をそのままスルーで処理してもらえるのか、またフライトの遅れにより中途での乗り継ぎがうまくいかなかった場合の処置などあまり期待できないように思う。だが利用予定がピーク時以外で、乗り換えスケジュールにある程度の余裕があれば、充分検討の余地ありだ。 出発地が成田ではなく、より都心に近い羽田空港である点も好ましく感じられる。

とりわけエアアジアに期待しているわけではないが、日印間の移動に新たな選択肢が加わること、LCCキャリアの伸長が今後の既存航空会社の料金自体にも与える影響は少なくないであろう。こうした航空会社の路線が増えてくることについて、利用者としては大いに歓迎したい。

格安航空会社が羽田にやって来る! エアアジアXのカラクリ (YAHOO ! JAPAN ニュース)

飛行機に立ち乗り?

ローコストを売りにする新興航空会社の伸長著しいアジア各地。日本はその波にすっかり乗り遅れた感がある。インドでも2000年代に入ってから航空会社の数が増え、多くはチケットのネット販売中心の低価格のビジネスモデルで既存市場に切り込む、あるいは新規路線を開拓するキャリアだ。 

結果としてフライト数の増加は国内の空港等をはじめとする関係施設の整備を促し、航空券が低廉化することにより、経済成長に伴う可処分所得増と相まって、飛行機を利用できる層が大幅に増えることとなった。 

新興航空会社の中でも安易な価格競争のみに走ることなく、競合他社との差別化を明確に打ち出して自社をブランド化するキングフィッシャーのような成功例もある。近ごろの同社は国際線への進出も加速させている。 

それでもアジアにおける新興航空会社の華やかな主戦場はインドであるとはまだまだ言えない。やはりこの流れをリードしているのはインドの東、アセアン諸国で『多国籍化』しているエア・アジアならびにその関連会社を筆頭とする格安航空各社だろう。すでに域内で国境を越えて格安航空会社がシームレスに行き来するシステムが出来上がっている。 

シンガポールを本拠地とするタイガー・エアウェイズは、すでにバンガロール、チェンナイ、トリバンドラム、テイルチラッパリといったインドの都市に就航しているが、飛行時間が1時間程度の短いもの(そのためインド便は対象外)に限り立ち席の導入を検討している。これにより乗客の支払う運賃は十数米ドル程度になる見込みだ。 

この『立ち席導入検討』の口火を切ったのはアイルランドの航空会社ライアン・エアーだが、それに先立ち体重の重い乗客から追加料金徴収、トイレ使用の有料化などといった提案により物議を醸してきた。 

飛行機の立ち席が具体的にどういうものかについては、下記リンク先の動画をご参照願いたい。もちろん何もないフロアーに立つわけではなく、乗客が身体を固定する装置が用意される。それでも離陸の際にはちょっとスリリングかもしれない。 

Plans for new standing area on Ryanair flights (Youtube)

目下、安全面からの検討の余地があるようだが、立ち席の装置のスタンダードが確立されれば、この流れは他国に間もなく波及することだろう。インドにおいても飛行時間が1時間前後あるいはそれ以下のセクターは多いため、他国での動きを注視しつつ導入を考えているところもすでにあるのではないかと思う。 

実は90年代初めに飛行機の『立ち席』を見たことがある。カンボジアの国内線でシェムレアプからプノンペンに戻る際、なぜか乗客のうちの1名が席からあぶれてしまった。驚いたことに、客室乗務員は何食わぬ顔で、乗客に『通路に座るように』と指示していた。離陸の際、彼は緊張した面持ちで腰を下して右側の席の手すりにしがみついていた。水平飛行に入ってから目的地が近づいて着陸態勢に入るまで、その人物は通路に立たされていた。 

当時のカンボジアは、総選挙のために国連が平和維持活動を行っていた時期であり、あらゆる面において現在とはずいぶん違う異なるものがあった。 

隣の乗客と『こんなの初めて見たなぁ!』とビックリしながら話し合ったものだが、運賃の低廉化とともに近い将来には『立ち席』がごく当たり前の風景になりつつあるのだろうか。

ストライキ! Air India

9月前半、400名余りのパイロットによるストライキにより、5日間で800ものフライトがキャンセルとなったのはジェットエアウェイズだったが、今度はエアインディアの操縦士たちのストは、本日9月29日で4日目に突入。
争議の原因は前者が解雇された同僚パイロットの復職を求めるものであったのに対し、後者は人件費の大幅な削減を目的とした成果主義の導入によりボーナスが最大5割ほどカットされることに対する反発によるものである。
エアインディアでストライキを実施しているのは180名のパイロット。過去4日間で150を超えるフライトがキャンセルされているという。こうした事態を受けて、本日から向こう15日間の新規予約を停止している。
そのためエアインディアのサイトにアクセスしてみると、左側に表示される『Book Online』のメニューからその期間のどのフライトを指定してみても『Not Available』と赤い文字で表示されるようになっている。
だいぶ前から民営化が揶揄されているものの、累積赤字が巨額であることから、なかなか手を挙げる資本も見つからず、先行き不透明なエアインディアだが、こういう事態になったのは、現場で働く人々の怠慢によるものではなく、国営であるがゆえのコスト意識の低さという会社の体質、ならびに放漫な経営を続けてきたマネジメント側に責任があるのだとすれば、そのツケを飛行機を操縦する我々に肩代わりさせようなどということは断固として許せん!という主張は当然のことかもしれない。
パイロットといえども会社に雇用される身であり、労働三権を持つ労働者であることから、経営側による不当な圧力をはね返すべく闘う権利を有している。
しかし、昨年あたりから航空業界は燃油の高騰に続き、世界的な不況、新型インフルエンザの流行などといった逆風の中に喘いでいるとはいえ、各地で沢山の新興航空会社の誕生が続いてきたこともあり、恒常的に人材不足。
そのため他社による引き抜きを防ぐため、あるいはヨソの会社からパイロットを自社に移籍させるための手段として、給与が高騰していた時期がある。もとより特殊な資格が必要であることから、一般的に普通の勤め人よりも相当高い給与を得ているがゆえに、市井の人々からしてみれば『あんたらもちょっとは我慢したらどうだね!』といったところではないだろうか。
途上国のキャリアとはいえ、エアインディアの機長クラスともなれば、月給は日本円にして150万円を超える水準のようで『世界標準』と比較しても遜色ないものであるようだ。
本日までのところで150のフライトが運休。予約も向こう半月は入れることができないとなれば、いったいどれくらいの乗客が迷惑を蒙ることになるのだろうか。1932年にターター・エアラインスとして創業してから77年に及ぶエアインディアの長い歴史の中でも、特筆すべき労働争議のひとつとなるだろう。
利用客あっての交通機関であり、お客や荷物を目的地まで運び届けることが航空会社の存在意義である。エアインディアの経営陣、国営キャリアを監督する立場にある政府とともに、パイロットたちも含めて、利用者の立場にも充分配慮し、責任ある行動を心がけて欲しいものである。

世界へ広がるキングフィッシャー

航空不況の中、意欲的に国際線進出を進めるキングフィッシャー・エアラインス。6月に『国際線もキングフィッシャー!』で取り上げたとおり、すでにバンガロール・ロンドン、チェンナイ・コロンボ、コールカーター・ダーカー、コールカーター・バンコク、バンガロール・ドバイといった路線を展開している。
9月15日からはムンバイー・香港、翌日16日からはムンバイー・シンガポール間をいずれも毎日往復するようになる。これらに加えて近いうちにムンバイーからバンコク、コロンボ、ドバイへ、デリーからもロンドン、ドバイ、バンコクへの乗り入れが計画されている。
それらだけではない。将来的には国外への発着が予定されているインドの都市はアムリトサル、コーチン、ハイデラーバード、トリバンドラムなどがあり、就航先も長距離のルートでは、アメリカのニューヨーク、サンフランシスコ、カナダのトロント、ヴァンクーヴァー、欧州ではジュネーヴ、マドリード、アムステルダム、オーストラリアのシドニー、南アフリカのヨハネスブルグへの乗り入れを視野に入れているという。
中・近距離においては、中国の北京、広州、上海、湾岸諸国ではドーハ、シェルジャー、マスカット、バハレーン、マレーシアのクアラルンプルなどが候補地に挙がっているとともに、SAARC加盟の近隣国でもネパール、モルジヴ、パーキスターンへの乗り入れが検討されている。
上記のプランが、いつごろまでにどの程度実現するのかはまだよくわからないが、昨年9月にバンガロール・ロンドン便で国際線デビューを果たした同航空会社が、今年9月中旬までに海外に7都市(ロンドン、コロンボ、ダーカー、ドバイ、バンコク、シンガポール、香港)の就航先を持つに至るという勢いには驚かされる。
世界的な不況の中、多くの航空会社がリストラに励んでおり、減便や就航先の縮小といったニュースに事欠かない昨今、キングフィッシャーの拡大攻勢には『本当に大丈夫なのか?』という気がしなくもないが、こうした情勢をよそに国際的にも知られたキャリアへと成長していくのだろうか。今後も同社の進展には注目していきたい。