スパイスを眺める

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 つまらないからやめときな、と言うのは運転手。 「草木を見て300ルピー払うのかい?無駄だよ」ときた。 その「つまらない」とはスパイス・ファームのことである。かつて「黄金のゴア」としてその名を広く知らしめたこの土地の主要な産物のひとつが香辛料であったのはご存知のとおり。今もそれらを作る農場がいくつもあるのだが、そのうち何ヶ所かは入場料を取って観光客用の見学コースを設けている。
 私たち一家が向かったのはポンダという街の近くのサハカーリー・スパイス・ファームという農場だ。ちなみに「ポンダ」はデーヴァナーガリーではफोंडाと綴るのだが、ローマ字ではPHONDAではなく、通常PONDAと表記されている。


 広大な敷地の中で、一般公開されているのはヨソの人々に見せるために多くのスパイスが植えられているごく狭い一角だ。クルマを降りて小道を進むとレセプションの小屋があり、受付の人たちが訪問客に花輪をかけて出迎えてくれる。近くを流れる小川の音が涼しげだ。
 訪問者は少なかったのだが、これは果たして「つまらない草木」しかないからなのか、それともオフシーズンであるためか。私たちが着いたときにいた他の客といえば、フランス人の親子連れがいただけだった。 見学者は食事つきの園内ツアーに参加することになっており、料金は一人300ルピー。子供はまだ幼児なのでお金はかからないのだが、それにしてもインドにあっては観光施設の入場料としては相当なものである。私たち三人に対してひとりのガイドがつく。ガイドが園内の概要についての簡単な説明と自己紹介を手短に済ませる。そして「さあ出発です」と雨でぬかるんだ小道を進む。
 ふだんは身近なスパイスでも、乾燥した粒や粉末ならともかくそれらを実らせる植物が一体どういう姿をしているのかこれまでよく知らなかったので、なかなか興味深いものであった。
 ナツメグの実は遠目にはニンブーとよく似ている。大きさといい、色合いや形といいそうと言われなければ小粒な柑橘類に思える。また本来スパイスの材料となる実でなくても同様の香りがするものがあるのは面白かった。クローブが実をつける時期ではなかったのだが、その葉を指でつぶしてみるとまさにその香りがするのである。シナモンは樹皮ということは知識として持っていたが、実際にこれを剥がすところを目にするのも初めてだ。 
 ペリペリという唐辛子は、世界で三番目に辛い唐辛子だという。非常に小さく、マッチ棒の先の部分みたいな形状。このあたりのレストランのメニューでよく見かけるFISH PERI PERIなどといった料理の「PERI PERI」とはこのことであった。
 変わったところでは、園内のガイドの青年が「ガラムマサラミックス」と紹介していた植物。これはいくつか違う種類のものをかけあわせたハイブリッドな植物だということだが、葉をつぶすと確かにいくつかのスパイスを調合したガラムマサラの香りがするのだから面白い。
 実物を見てちょっとがっかりしたのはバニラだ。他の物や木に巻きついて成長するツル状でツルリとした表面の植物。だらんと弛緩してなんともサエない外見からは、あんな恍惚とさせられるような芳香を放つエキスが採れるとはにわかに信じがたい。製菓材料メーカーを除いた大口購買者としては、コカコーラやペプシなどがあるそうだ。このバニラなしにはコーラの味は出せないらしい。普段よく飲んでいるコーラだが、思えば何と奇妙な飲み物かと改めて思った。
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 「スパイス・ファーム」とあるが、園内で栽培されている植物は香辛料に限らず、ナッツ類やトロピカルフルーツなどもある。カシューナッツ(カージュー)は、世界で唯一果実が果皮の外にできる「フルーツ」だとか。果実が云々という話はともかく、ナッツ=穀類として認識している我々としては、「フルーツ」という言い回しのほうが耳に新鮮である。
 パパイヤにはオスの木とメスの木があるのだそうだ。沢山の実をつけているメスの木のすぐそばに実のない「オスの木」があった。メスの木何本かに対して一本のオスの木を植える必要があるのである。園内ガイドの若い男は、メスの木が「ママイヤ」で、オスの木こそが「パパイヤ」だという、年に似合わず極寒ジョークをとばしている。
 
 ガイドは熱心に説明してくれるのだが、ほとんどどの植物についてそれらの「アーユルヴェーダ的効用」長々と講釈が続くのには閉口した。「有機栽培」をうたうこの農場で採れたスパイスその他がいかに身体に有益で健康的なものであるかについてアピールするつもりらしいのだが。
 でもその中にひとつだけ、とても気に入ったものがある。ガイドによれば「昔、農園で働いた人たちは一日の仕事が終わると河で行水することにより、熱をもった体を冷やしていた。これにもアーユルヴェーダ的に理にかなったものであり・・・」と続いたのだが、「皆さんは昔ながらに河に飛び込んでもいいし、あるいは省略して背中に水をかけるのもいいがどちらを選びますか」という質問があった。
 もちろん後者をお願いした。彼は素焼きの壺の中から小さな柄杓状のもので汲んだ水をTシャツと背中との間にピシャッと流し込む。レモングラスから抽出したエキスを大量に含んだ水らしく、とても爽やかな香りが漂い体が清涼感に包まれる。この香りはなんと夕方ホテルに戻ってからも持続し、夜風呂場でシャワーを浴びると、自分の背中から再び良い香りが漂ってきていい気分だ。風呂あがりに体に吹き付けると爽快だろう。日々使ってみたいと思ったが、残念ながらその製法を聞いていない。
 見学後にはビュッフェ式の食事が出る。様々なスパイスをふんだんに使った・・・といっても、インドでは結局どこの食事でもそうなのだが。白いご飯、プラオ、ベジタブルカレー数種類、ヨーグルト、デザートがついてくる。自家製だというフェニーも飲ませてくれる。昼間からホロ酔い気分でなかなかいい一日となった。ポンダ周辺を訪れる人がいればぜひここにも立ち寄られるようお勧めしたい。
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SAHAKARI SPICE FARM
所在地:CURTI, PONDA, GOA
電 話:0832-2312394

「スパイスを眺める」への2件のフィードバック

  1. インドのエキゾチックなスパイスやアーユルベーダに興味がありますので、今回のコラムは特に関心を持って読ませていただきました。また機会があればこれらのテーマを是非お願いしますネ。これからもホットなインドの話題を楽しみに、ちょくちょく覗きに来ます。

  2. スパイスがお店で売られる前の姿、植物として生えている姿なんて特に気にかけたこともなかったので、なかなか新鮮な体験でした。
    もっとも説明してくれる係の人がいなければ、ドライバーの言うとおり「ただの草木」に過ぎなかったことも事実。
    物事に関心を持つのは、やはりキッカケ次第なのだなんですね。
    見学後の食事を含めて、なかなか美味なるスパイスファームでしたよ。

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