１９６５年に勃発した印パ戦争以来、パキスタンではインド映画上映が禁止されているが、人々は主に海賊版等によるレンタルビデオ、VCD、DVD、ケーブルテレビなどといったメディアにより、インド映画によく通じていることは広く知られているところだ。そのパキスタンで今、「インド映画解禁」の動きがあるという。もちろんそれとは並行して強硬な反対意見もあるのだが。
下記リンク先の記事によれば、パキスタンで１９７０年には１３００もの映画館があり、年間３００本もの映画が製作されていたものの、現在では映画館わずか２７０と見る影もなく、昨年の製作本数はなんと１８作品でしかないのだという。この国では映画産業の衰退が深刻な問題になっている。
その背景にはいろいろな原因があるようだが、インドにくらべてショービジネス界への偏見が強く、才能あるタレントを発掘しにくいことからくる人材不足、隣国インドの映画を締め出した結果生じた保護主義的な環境の中で、競争力が失われたことなども含まれるのではないだろうか。映画界の尻すぼみ状態から資金も不足すれば、優れた演技者や制作者の育成が難しくなることは想像に難くない。ハリウッド、ボリウッドといった呼称にならい、パキスタン映画製作の中心地がラホールであることから「ロリウッド」と呼ばれていても、産業としてはインドのそれと比較して相当脆弱なのだ。
インド映画が本格的に入ってくることにより、地元映画の「ボリウッド化」が懸念されているというが、パキスタンの映画館そのものが自らの生き残りのためにインド映画を必要としているというのは皮肉な話だ。ハリウッド映画の配給は高価だし、庶民たちには言葉の壁もあるため、やはり頼りになるのはボリウッドというわけだ。
とりあえず今年末をメドに最近カラー化されたクラシック映画MUGHAL-E-AZAMが上映されようかという動きになっている。
先述のとおり、ボリウッド映画の「海賊版天国」がはびこるパキスタンとはいえ、その背景にあるのは必ずしも「安いコピー製品」に人々が群がるという図式ではなく、娯楽性・作品の水準ともに高いソフトが不足している中、表向き禁止されているので「やむを得ず」という部分が大きいのではないだろうか。インドの作品であろうと他国のものであろうと、娯楽の世界に国境線が引かれているわけではないのだが、やはり土地ごとの感性や好みというものはある。内容的にもコトバの面からもそのまま持ち込んで人々が理解できるボリウッド映画がパキスタンで好評をもって迎えられるのは当然のことだ。
一億五千万に迫ろうという大人口をかかえるパキスタンの市場規模を思えば、ボリウッド映画の上映や流通の解禁を待ち焦がれるのはインド側もまた同様ではないだろうか。
実現すればパキスタンの観衆を本格的に意識したマーケティングや製作が行われることも考えられるし、その一環として同国の人気俳優や女優を起用することもあるかもしれないし、国境の向こう側からインド映画のロケを誘致する動きも出てきても不思議ではない。「インド映画解禁」の与えるインパクトはパキスタンの映画産業にとどまらず、ボリウッド映画そのものにも及ぶかもしれない。
インドで所定の検閲を通った映画であっても、作品のテーマあるいは描写をめぐるトラブルが生じることは珍しいことではないが、パキスタン側から見れば相当「バイアスのかかった」作品が多いインド映画世界。近い将来「解禁」が実現したとしても、カシミール問題や西側国境地帯が舞台となった戦争もの、女優の露出度が高い映画などは言うに及ばず、共通の歴史認識」がありえない両国で、とりわけ独立にいたるまでの近代以降の出来事、歴史上の人物への評価、愛国意識等々についての描写が出てくる作品の上映許可は難しいものとなるだろう。ごく普通の娯楽ものであってもパキスタン当局による厳格な審査がなされるに違いない。
仮にボリウッドの映画製作者がパキスタンを商圏として見据えるならば、作品づくりにも様々な制約が生まれてくるものと思われる。
インド映画の解禁により、パキスタンの人々の映画の楽しみが増えること、作品を通じて隣国への親近感を醸成することもあるかもしれない。しかし現実はそう簡単なことではないのかもしれない。純粋な「エンターテインメント」であっても、場合によっては政争の具あるいは「反インド感情」を煽るプロパガンダ攻撃にさらされてしまうことも想像できる。
インド映画を解禁するということは、作品に許可を与えた当局の姿勢そのものが問われるわけで、政府内部でこの問題を所管する実務レベルの人たちは「正直言うとこの事案を取り扱いたくない」と頭を抱えているのでは？と私は想像している。
Pakistan’s dilemma – Bollywood or bust? (BBC South Asia)