ハナムコンダーとワランガル

MGバスステーション

ハイデラーバードのMGバスステーションは巨大ながらも実によく整備されていて、ATMやきれいな食事場所、夜遅く到着した乗客のための宿泊施設などもあり、利用者に親切な造りになっている。ここからハナムコンダー行きのバスに乗車。3時間強の道のりだ。

ハナムコンダーはワランガルの隣町。バススタンドからオートでハナムコンダーの1000 Pillard Temple, Bhadrakali Temple, そしてワランガルのFortに行く。

最初に訪れた1000 pillared templeでちょっと考えさせられたことがある。ASI(インド考古学局)管理下にある遺跡を訪れる際にしばしば感じる違和感だ。歴史的・学術的な価値がゆえに国の責任のもとで管理や調査研究が行われているわけだが、それにもかかわらず、奇妙なものがしつらえてあることが決して珍しくない。



何が奇妙なのかと言えば、往事のものとは異なる今風のご神像が本殿にしつらえてあったり、そこにプージャーリーが常駐していたりすることだ。大変古いものであっても、個人なり宗教団体の所有ならともかく、歴史的な価値がゆえに、国有化されている場所がこうなるのはおかしい。

また、ここでの話ではないが、やはりASI管理下のイスラーム関係の遺跡内のモスク跡で、メッカの方角を示すミフラーブのところがサフラン色に塗られていたり、ヒンドゥー教の神像が鎮座していて、やはり正体のよくわからないプージャーリーがデンと構えていたりするというようなことはしばしばある。

これは遺跡に傷をつけたり、名前を彫ったりしてしまうような子供の悪戯と同じというか、それが堂々とまかり通ってしまっている分、もっと余計に悪質だと私は思う。常駐する職員や警備の人たちもいるのだが。これを許容する現場の側にもそれなりの理由(ひょっとしたら何か実利的な?)があるはずだ。プージャーリーたちは、何もボランティアとか世のため人のためにそうやっているわけではなく、そこで賽銭なり喜捨を受けることにより、食い扶持を稼いでもある。

Bhadrakali Temple

次に訪れたBhadrakali Temple。この寺の来歴についてはよく知らないのだが、古い構造物の上に新しい構造物がかぶる形になっている。寺自体はかなり古いものなのだろう。

このあたりまではハナムコンダーで、いよいよオートはワランガルの市街地に入る。想像していたよりも大きくて賑やかな町だ。地域の主要駅もここにある。この町のシンボルとなっているのはワランガルのFortの遺跡で見られる、鳥居のような印象の門。駅前やカレッジの入り口などにレプリカが建っている。

街のシンボル的な存在







さて、このFortだが、丘の上にある城塞を想像されるかもしれないが、カカティア王国時代の神殿・宮殿跡である。ほとんどの構造物が壊れて大地に散らばっている状態だが、一部は少し修復してあったり、石のフロアーが残されていたりする部分もあり、想像力たくましくすれば、往時の様子思い浮かべることはできるだろう。
Khush Mahal


Fortの横にはイスラーム王朝時代になってから16世紀に造られたKhush Mahalがあるのだが、中に陳列されているのはこれと時代が異なるヒンドゥー王朝時代の神像ばかりであるのが奇妙だ。
城壁と門


帰路は運転手が違うルートで走ってくれた。これにより、さきほどのKhush Mahalの時代に造られたと思われる城壁と門を見ることができた。ワランガルの繁華街とは違い、このあたりは落ち着いたひなびた町並み。地元の人たちばかりのようで、ワランガルにしてもコスモポリタンなハイデラーバードとは異なるローカルなムードが漂っている。

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