アルカイダのリーダーのアイマン・ザワヒリーの声明は気になるところである。
亜大陸に支部を設立することを宣言するとともに、ミャンマー、バーングラーデーシュとともにインドのアッサム、グジャラート、カシミールのムスリムたちに対する支援を表明している。
Al Qaeda Opens New Branch on Indian Subcontinent (New York Times)
アルカイダは従前よりアフガニスタンやパーキスターンで活動を続けてきたが、ここにきて「支部を設立する」と言うからには、亜大陸での活動を本格化させるという強い意志の表明ということになるだろう。
これを受けて、インドのメディアの反応はこのような具合。
Nation on alert as al-Qaida launches India wing for ‘return of Islamic rule (THE TIMES OF INDIA)
Al Qaeda Launches Wing in Indian Subcontinent (NDTV)
Al-Qaeda declares new front to wage war on India, calls for jihad in the subcontinent (The Indian EXPRESS)
イスラームの敵 ?
今年5月にインド首相に就任したナレーンドラ・モーディー氏。インド国内で清廉なイメージとグジャラート州首相として発揮した行政手腕とその果実としての同州の経済成長などから期待値が高く、改革に対する果敢な姿勢から現在までのところ好調な滑り出しを見せている。また、つい先日の訪日の際には安倍首相とともに経済面のみならず国防面でも積極的な協調姿勢を打ち出し、日印新時代の幕開けを印象付けたモーディー氏である。
しかしながら、アルカイダは氏を「イスラームの敵」と位置付けることも想定しているらしいとの報道もある。もとよりインド国内においても2002年のグジャラート州で発生した暴動の際に、その前年に同州の首相に就任したモーディー氏による関与が長らく疑われてきたこともあり、インド国内外でそれなりの説得力を持つものとなることは否定できない。
Al-Qaeda wants to portray Narendra Modi as enemy of Islam (The Indian EXPRESS)
過激派活動家を生む土壌
本家のアルカイダと袂を分かったISISのイラクにおける戦闘に加わっているムンバイ―近郊出身のインド人ムスリムもいることがすでに明らかになっているが、その中の1人が戦死したことも8月下旬に報道されていた。
Indian youth dies while fighting for ISIS (DIGITAL JOURNAL)
Fighting for “Islamic Caliphate”, Kalyan Boy dies in ISIS war against Iraq (THE INDIAN REPUBLIC)
インターネットの普及により、こうした過激派のリクルートが容易に国境を越えるようになって久しいが、インドにおいては英語を理解する人口が膨大であること、世界有数のムスリム人口を抱えているにも関わらず、ヒンドゥー教徒の大海にあってはマイノリティーの地位に甘んじており、英国からの独立の際に分離したパーキスターンとの関係などから、相対的に不利な立場にあるといえる。
そのため世俗的に抑圧感を覚えていたり、社会生活に信奉しているイスラームの見地と相容れない部分を感じていたりしているムスリムは少なくないはずであるとともに、貧困層の中においては、自身の不遇をムスリムに対する社会の不条理な対応であると理由づけしてしまうこともあるだろう。とりわけ若年層、精神的に不安定で、家族に対する責任や義務などがまだあまり生じていない者たちの中から、過激思想に共鳴する者がある一定の割合で出てくることを防ぐのは容易ではない。
そうした人々は隣国パーキスターンで活動するラシュカレトイバをはじめとする組織や地元インドで結成されたインディアン・ムジャヒディーンのようなグループで活動したりしてきたわけであるが、そうした選択肢の中にアルカイダも加わることになるのだろう。
亜大陸のムスリム社会への影響
ここしばらく鎮静化しつつあったインドにおけるテロ活動、カシミールの治安情勢が今後危惧されるとともに、亜大陸全体におけるムスリムのコミュニティ内の対立や分断も生じさせることになるかもしれない。各地に聖者廟があり、カッワーリーのような宗教賛歌の伝統も豊かなこの地であるが、こうしたものはワッハーブ派の流れの延長線上にあるアルカイダの視点からすれば、異端以外のなにものでもないからである。
また、こうした中から非ムスリムの間からはムスリムに対するさらなる不信感が生じてきたり、これを政治的に利用する動きが出てきたりすることは誰にでも予想できる。とりわけ先の選挙で大勝したヒンドゥー保守派のBJP政権においては、そうしたことが懸念される。
宗教的な信条はともかく、テロ活動に対する国民会議派を中心とする前政権の弱腰を批判していただけに、こうしたテロ対策については強硬な態度が求められるところでもあり、それは大きな事件が発生した場合の外交上の対応のみならず、国内における引き締め策にも反映されるであろう。
過激派の「安全地帯」
こうしたアルカイダの細胞組織や潜在的な賛同者は、亜大陸各地に散在することになるのであろうが、その核となる部分はやはりパーキスターンのFATA (Federally Administered Tribal Areas ※連邦直轄部族地域)に置かれることになるのだろう。いや、もうすでにそれは存在していることだろう。この地域は、こうした組織にとっても「セイフ・ヘイヴン」となっており、インドにとってはもちろんのこと、その地域を抱えるパーキスターンにとっても政治面においても、治安面においても大きなリスクとなっている。
ここは、中国に対するジハードを唱えるETIM(East Turkestan Islamic Movement)の拠点も置かれているとされていることは、今年7月にETIM パーキスターンと中国と題して記事をアップしたところだ。
亜大陸の多国間の協調が求められるが・・・
当然のことながら、亜大陸におけるアルカイダと対峙するにあたり、主要な鍵となるのはパーキスターン政府の対応ということになり、ここしばらく落ち着いたムードにある印パ関係に多大な影響を及ぼすことも考えられる。
アルカイダの脅威に対しては、各々の国が個別に対応して解決できるものではなく、南アジア地域全体の包括的な協力と協調が求められるところであるのだが、果たしてそれが実現できるのかどうか。それが容易に実現できるとは思えないところに、アルカイダの活路があるということにもなってしまうのだろう。