BHUJ 2

プラモード・ジェーティー氏は、ずいぶん前からアーイーナー・メヘルの中に観光案内所のデスクを構えている。氏はこのメヘルの中の博物館の学芸員という立場も兼ねているのだが、今も健在であった。
彼はプライベートなツアー・オペレーターであり、彼自身がベテランのガイドでもある。メヘルの近所に暮らすこの人物は、モダンなゲストハウスも経営するやり手の商売人ではあるが、この地域の歴史や民俗に詳しく、文化人といった雰囲気も漂わせている。
彼が作製したカッチ地方の地図も無料で配布している。なかなか良く出来ており、カッチ地方の位置関係や距離が一目でわかるようになっている。また宿泊可能な町、村、警察の許可が必要な町も記されている。カッチ地方やその周辺では、パーキスターン国境に近いため、訪問するためには警察の許可(・・・といっても無料だし、すぐに取得できる)が必要なところが多い。背面はブジの地図になっている。
カッチ地方のガイドブック
彼が執筆したカッチ地方のガイドブックもここで販売している。カッチ地方の歴史、小さな町や村なども含めた各地の見どころ、各部族の紹介、地域文化手工芸品などが簡潔にまとめられた100ページほどの冊子だが、手っ取り早くこの地域について俯瞰するのに役立つ資料である。
ページをめくっていると、ブジから40キロほど離れたアンジャールの町についての記述にちょっと気になることが書かれている。先の震災で特に被害がひどかった地域のひとつであるが、これまで幾度も大地震に見舞われていることが書かれている。19世紀以降でも、1844年, 1845年, 1874年, 1941年, 1956年、そしてしばらく間が空いて2001年の大地震が襲ってきたのだ。カッチ地方は昔から地震の多発地帯であるらしい。
歴史的にはそれほど頻繁に震災を繰り返している割には、直近の震災以前のことについてはあまり伝えられていないようだ。それ以前の震災からずいぶん時間の経過があり、これらの記憶が風化していること、あまり記録が残っていないことが最大の理由だろう。特に19世紀のものともなると、ほとんど風聞や伝説のようなものであり、今となっては当時の被害状況について正確な数字を知ることは不可能だ。
もちろん、地域の人口が増えており、それに比例して被害者も多くなる。また建物が高層化しているため、昔よりも被害が大きくなりやすいということもあるため、やはり最近の震災のほうが被災状況はより大きなものとなったに違いない。
夕方、宿泊先のホテル内のレストランでHakka Noodleを注文。およそ中華料理メニューのあるところならば、どこにでもある定番アイテムだ。Hakkaという名前が付いているのは、インド中華の本場であるカルカッタに客家人が多いということ、中華コミュニティの中で彼らがマジョリティを占めているためだろう。だがインドでは、Hakka Noodlesをどう定義しているのだろうか。ときどき食べているが、Chowmeinとどう違うのかよくわからない。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です


上の計算式の答えを入力してください