挿入歌の歌詞はまさにそれを象徴している。この曲は耳にするのも小恥ずかしいような感じで好きではなかったが、今になって振り返ると公開された1988年はまさにそういう時代。
息子は親の言うとおりに勉強して、幸いドロップアウトしなかったら親の進める道をいくか、家業を継ぐのが当たりまえ。そして結婚相手は親が決めて自然と決まっていくものでもあったけど、それに対するささやかな反抗の歌。ジューヒー・チャーウラーとアーミル・カーンがともに初主演で大ヒットした作品「Qayamat Se Qayamat Tak」の挿入歌のひとつである。
Papa Kehte Hain Bada Naam Karega (Youtube)
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パパは言う。僕がどんな立派なことをするかと
息子がどんな仕事をするのかを
だけどそんなことは誰にもわからない
この僕がどこに向かうのかなんて。
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その後、1990年代に入ると衛星放送が解禁されて海外の映画やドラマなどが雪崩を打ってインドに入ってくるようになり、民間のテレビチャンネルも雨後の筍のように一気に広がったインドで、1980年代のスタイルの映画が生き延びる術はなかった。
経済開放へと舵を切ったインドで、外資が各産業にどんどん食い込んでいったのは、映画界も例外ではなく、「お金になる」ヒンディー語映画界にはハリウッドからの資金がじゃぶじゃぶ投入されるようになった。それまでマフィアが資金調達の相当部分を仕切っていた映画界がある意味健全化していく側面もあった。
金を出して口も出すのがハリウッドなので、インド国外での上映も視野に入れて、上映時間が長大なものはこの影響により減っていった。今も「インド映画はとにかく長い」と思いこんでいる人はなぜか少なくないように聞くが、現在のヒンディー語娯楽映画の尺の長さは一般的な洋画や邦画と同じになっている。
そんなことからも、往時のヒンディー語映画と今のそれとでは、作風も傾向もまったく別物となっている。インドは広いので、あまりそうはなっていない地方語映画もあるかもしれないし、ヒンディー語映画でもボージプリー映画、チャッティースガリー映画といった方言映画には、古い古い時代の個性が強く残る作品も少なくないようではあるものの。
そんな具合からも映画というのは、まさに時代や世相を写す鏡であると言える。