素性は悪くないことは姿からして一目でわかる。
現状がひどいことも姿からして一目でわかる。
建てられた頃には、下町の雑居ビルではなかったはずだ。
「没落貴族」みたいな建物が山ほどあるのは、さすが植民地期の首都カルカッタ。画像は、サダルストリートと交わるフリースクールストリート沿いの建物。
かつては欧州人地区。やがてユダヤ人、アルメニア人地区へと姿を変え、インド独立あたりの時期になると赤線地帯へと転落。ベトナム戦争が始まると、帰休で戦地から離れた米兵たちはタイで束の間の自由を謳歌したが、その中のいくばくかはバンコクから飛んできて、このあたりにも出入りしていたという。
やがてヒッピーたちが往来するようになり、その後バックパッカー地区になった。新興のエリアにはない深み、味わいがあるのは、そうした歴史背景からだろう。界隈の両替商のオーナーたちにはアングロインディアンが多いとも聞く。もちろん店で客応対をしている人たちではないのだが。
「没落貴族」の趣があるのは、残された植民地期の建物だけではなく、エリア自体がそういう感じではある。もはや「貴族」というには、あまりに没落しすぎではあるのだが。