コールハープルへ

こちらはラトナーギリーの宿泊先

6時に起床して宿の階下へ。食堂は7時からとのことなので、朝食はスキップしてバスに乗ることにした。
親切にも、宿の人がバスの発着する大通りまでバイクで送ってくれた。ちょうどコールハープル行きのバスがやってきたので、そのまま乗車。

このバスの車掌は女性であった。インドで女性のコンダクターを他に見た記憶はほとんどない。かなり珍しいのではないか・・・と思ったが、途中で立ち寄ったバススタンドでも他の女性車掌を見かけたので、いまどきのマハーラーシュトラ州ではそれほど珍しいことではないのかもしれない。

女性の車掌さん

運賃を車掌に手渡すと、彼女が手にした黒いデジタル式のガジェットから、スルスルとチケットがプリントアウトされる。器(バス)は相変わらずのオンボロだが、こういうところはなんだか先進的なのも今どきのインドである。ラトナーギリーを出てから、3時間半ほどで、コールハープルに到着した。

ラトナーギリーの宿泊先もそうだったが、コールハープルでも前夜にスマホで宿泊予約サイトを通じて見つけた宿に向かう。

こういうのが普通になってしまうと、もうガイドブックの役割は終わりに近くなったといえる。少なくとも宿泊施設の紹介の部分に関しては。土地勘のない場所ながらも、画面に表示される地図を見ながら、自分で好ましい場所を選択できるし、その宿泊施設を利用した人たちのコメントも参照できる。

これまでのように、ホテルやゲストハウスは、ガイドブックに掲載されたからといってアグラをかいている場合ではなくなってくる。また、宿泊予約サイトでの「見せかた」の工夫はもちろんのこと、「一見の客」の扱いについても気を使わなくてはならなくなることだろう。後でどんなことを書かれるか分からないからだ。

他方、旅行者にとっては、これによって溜まり場的な場所がそうではなくなる可能性がある。それまでガイドブックにそう掲載されているがゆえに足を向けていた人たちが集まらなくなる一方、こういう時代だからこそ、集客力をアップさせる宿泊施設も出てくるはずだ。

コールハープルの宿。けっこうイマ風な客室

それはともかく、コールパープルの宿では、開業1周年とのことで、マネージャー氏の奥さんが、エントランスやら階段やらに、ランゴーリー(吉祥文様)を鋭意製作中であった。
その晩、宿泊客たちにアイスクリームが振舞われたり、翌々日にチェックアウトする際にはミターイー(インドの甘菓子)のボックスも持たせたりしてくれた。

ランゴーリー制作中

ところでこの宿は禁煙。客室はもとより、建物内はグラウンドフロアーの何もないスペース(何かこれから作る予定のようだ)まで行かないと喫煙できなくなっている。
そういえば、マドガオンの宿もベランダ以外は完全禁煙であった。こういう宿がこれから増えてくるのだろう。

館内禁煙。インドでもこういう宿は増えている。

それにしてもクラシックマイルドがいまや280ルピー。タバコは実に高くなった。

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ラトナーギリー 3 赤い大地と青い海

マハーラーシュトラ州南部からゴアにかけて、いわゆるコーンカーン地域では、ラテライト質の土壌から、大地が赤く見える。当地の典型的な石建材はこれ。気泡のようなものが入っており、切り出しても表面がデコボコの石。比較的硬度は低いようで、加工はしやすそうだ。

この地域では丘陵地が続くことから、断崖絶壁のすぐ横に穏やかな浜辺の景色があったりする。いろんな眺望が楽しめてなかなか良い。インド人の間では、リゾートとしても知られるラトナーギリーである。

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ラトナーギリー 2 ティラクの生家

インド独立の志士たちの中でも、ひときわ大きな存在感があったロークマニャ・ティラクはラトナーギリーの出身。彼の生家が「ティラク博物館」として公開されている。(入場無料)

展示品や写真には、説明書きがいろいろあるものの、マラーティーでの表記しかないのは残念。英語かヒンディーは付けて欲しい。他の地域から来たインド人も困るだろうし、ティラクはマラーティーの人々の英雄ではなく、全インドの偉人である。

それはともかく、この地域における典型的な伝統家屋がこのような形で保存されているのは良いことだ。最近の建物はレンガとコンクリートで造るので、亜大陸どこでと同じだし、アフリカでも大した違いはない。地元で入手出来る建材で、地元の風土気候に合った建物ということになるのだろう。

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ラトナーギリー 1 ビルマ最後の王の流刑先

ラトナーギリーの街は密度が低い割にはダラダラと長く市街地が続いている印象を受ける。静かで落ち着いた感じの住宅地が多いようだ。

ラトナーギリーの宿泊先

私がここを訪れた最大の目的は、ティーボーの邸宅の見学。ビルマ最後の王朝、マンダレーのコンバウン朝の王、ティーボーとその配偶者で、美しくも知略、肝略で知られたスパヤラート后が、第三次英緬戦争で王都マンダレー陥落後、マドラスに移送され、再度身柄を移されて生涯を終えたのがここ。

近年まで、かなり荒れ果てていたと聞いているが、現在は大掛かりな修復の手が入り、工事が進行中。

ティーボー夫妻とは反対に、インドからビルマのラングーンに送られたムガル朝最後の皇帝、ババードゥルシャー・ザファルは、英国官憲の屋敷で幽閉されたまま生涯を終えたのに対して、こちらは専用の宮殿のような屋敷を与えられたうえに、ラトナーギリーで仏教寺院を建立しており、多少なりとも地域社会との接点はあったらしい。

ビルマから遠く離れたラトナーギリーで、彼が地元に与える影響はなかったこととは異なり、ザファルについては流刑先が当時の英国が、インド人たちを大量に投入して建設し、インド人がマジョリティを占めていた街、ラングーンであったという環境の違いがあったがゆえのことではある。

ティーボーパレスは一部博物となっているが、彼とは無関係の古いヒンドゥーの神像が展示されており、生前のティーボー夫妻の暮らしぶりを偲ばせる家具や遺品などは、ほとんど残されていないようだ。

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マドガオンからラトナーギリーへ

マドガオン駅

ゴア州のマドガオンからマハーラーシュトラ州のラトナーギリーまでは、ラージダーニー・エクスプレスの3A(エアコン付き三段寝台)を利用した。快適である。午前10時に出発して午後1時30分に到着という、わずか3時間半の汽車旅だが、このエクスプレス自体は、マドガオンが始発駅で、ムンバイーを経由してデリーのニザームッディーン駅が終着駅となる。

ラージダーニー・エクスプレス3A車内

ラージダーニー・エクスプレス3A車内

乗車券に込みとなっている昼食

コーンカーン鉄道利用するのは初めてだ。赤土の大地と豊かな緑が延々と続く風景。やたらとトンネルや切り通しが多いのは丘陵地であるため。岩石を掘削しての工事は困難であったことが伝えられている。
ラトナーギリー駅への到着は少し遅れて午後2時ごろだった。ラトナーギリーは特産のマンゴーが大変有名だが、駅のプラットフォームでも大量に販売されていた。

ラトナーギリー到着

[caption id="attachment_12494" align="alignnone" width="650" caption="乗車したラージダーニー・エクスプレス"][/caption]

ラトナーギリーといえば、特産のマンゴー

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