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  • コールカーターでGALAXY TAB購入

    コールカーターでGALAXY TAB購入

    GALAXY TAB

    以前から『あったら便利だな・・・』と思っていたものがある。SIMフリーのSAMSUNGのGALAXY TABである。AppleのiPad同様の大型のタイプではなく、画面サイズが7インチでSIMを挿入して通話も可能なモデルが欲しかった。

    なぜかといえば理由はいくつかある。

    まず、電子書籍ないしはスキャナで読み込んで電子化した書籍を読むためのリーダーとして、iPadを利用しているのだが、外出時に持ち歩くには9.7インチの画面サイズはちょっと邪魔だ。7インチというサイズは視覚的にも質量的にも、複数の書籍を常時持ち歩き、いつでもどこでも好きなところで読書するという目的にうまく合致する。旅行先に持ち出すガイドブックもこれに入れておくといいだろう。ただし、バッテリー切れには注意したい。

    次に、携帯電話として利用できる点もいい。頻繁に電話をかける人の場合は、いちいちマイク付きのヘッドセットを装着しなくてはならないのが面倒かと思う。だが私の場合は発信・受信ともに多くないので問題ない。

    また周囲に通話内容を聞かれても構わないのならば、ちょうど家の電話のハンズフリー状態での会話も可能だ。スピーカーから相手の声が流れ出て、こちらの声は本体左側に内蔵されているマイクから拾われることになる。自室内やホテルの中でならば、このほうが楽でいいかもしれない。iPadの場合は、Wi-Fi環境でSkypeは利用できるものの、マイク付きのヘッドセットをしなくてはならないことを不便に感じていた。もちろん3Gによるインターネット接続もできる。

    日本のdocomoから販売されているSIMロックがかかっていることに加えて、本来仕様に入っているテザリング機能も利用不可となっているのだが、国際版のGALAXY TABは、持てる性能をフルに発揮できる仕様だ。さらには、Bluetoothキーボードも利用可能のため、日記等を書くためのワープロとしても使うことができる。ほぼ「パソコン」として活用できることになる。

    私が購入しようとしていたGT-P1000(日本国内で販売のSC-01Cというモデルに相当)はすでに生産終了であり、後継機種との入れ替わりの時期である。そのため新しいモデルが出てくるのを待つかどうかということも少々考えたのだが、その分価格も少し安くなっていたことに加えて、スペックはGT-P1000で充分だと考えたので手に入れることにした。

    そこで向かったのは、コールカーターのサクラート・プレース(Saklat Place)だ。チャンドニー・チョウクとマダン・ストリートの間に広がる電機とIT関係の店が集まるエリアで、パソコン、携帯電話からテレビや扇風機等々まで、いろいろなモノを扱う小さな店が雑然と軒を連ねている。いくつかの店を覗いてみたが、目当てのGALAXY TAB GT-P1000はすでに売り切ったというところが多い。SAMSUNGの新製品、GALAXY NOTEを勧められたりする。5インチの画面のスマートフォンで、これも魅力的なモデルであることは間違いないのだが、電子書籍を読みまくるのには適当なサイズではないため、私にとっては目移りする対象ではない。

    マダン・ストリートとチッタランジャン・アヴェニューの交差点にあるIT関連専用のモール、E-Mallに行ってみた。規模は小ぶりではあるものの、インド国内外のメーカーのパソコンや携帯電話関連のショップが入っており、各店舗とも小ぎれいでいい感じ。

    最上階にあるe-zoneという店は一番大きくて品揃えの幅も広く、ここでようやくGALAXY TAB GT-P1000の在庫がまだあった。販売価格は25,990Rs。包装箱に出荷時に刷り込まれている価格は32,920Rsだが、すでに型落ち商品なのでもう少し安くなってもいいような気がするのだが・・・。

    店頭にいくつか並べられているデモ機の中に、Relianceの3G Tabもあった。見た目は実にそっくりで、スペックもGALAXY TABと同等、もちろんOSはどちらもアンドロイドを搭載。こちらも携帯電話としての通話機能が付いている。まさにGALAXY TABのコピー製品といえるだろう。

    Reliance 3G Tab SAMSUNGのGALAXY TABと『瓜二つの他人』

    大きな違いといえば販売価格。Relianceの3G Tabは、SAMSUNGのGALAXY TABの半額くらいなので少々心が動く。私が欲しているのは機能そのものなので、ブランドはどうでもいいのだが、3G Tabの実機を操作してみると、動きそのものは軽快であるものの、ボディの感触に剛性感が無く、繋ぎ目もペラペラしている印象。この分だと内部もお粗末な仕上げなのではないかと思えてしまう。やはり韓国製造の安心感もあり、SAMSUNGの製品にすることにした。

    それまで使用していた携帯電話からインドのvodafoneのSIMを取り外し、購入するGALAXY TABに挿入してみる。通話・ネット接続ともに問題なく動作することを確認したうえで購入。

    通信費について、こうしたスマートフォン端末から普通にネットにアクセスすると非常に割高な料金となることに気が付いた。ちょっとブラウズしただけで100Rs、200Rsと引かれていってしまう。GALAXY TABから直接のウェブ閲覧、あるいはテザリングともにやたらと不経済だ。ノートパソコンからネット接続するためのUSBスティックについては、各社からUSB機器代金込みで1か月(他に3か月、6か月等のプランも有り)で1,200Rs前後でつなぎ放題のプランが出ていることに較べると、馬鹿らしいほど高い。現時点では、少なくとも私が利用しているvodafoneからは、スマートフォンによる3Gデータ通信のつなぎ放題プランは出ていないが、スマートフォンから頻繁に3Gデータ通信を使うならば、それなりのパッケージを利用したほうがいい。

    だがデータ通信に使う機器が複数ある場合、Mi-Fiを利用すると効率がいいだろう。スマートフォンくらいのサイズのインターネット接続用のルーターだ。Wi-Fi接続機能のあるデバイスならば、何でもネット接続できる。ハードウェアの価格がまだ高いが、今後普及するにつれて、より低価格の製品が出てくることだろう。

    ところで、3Gデータ通信は、大都市ではそれなりに快適な速度が出るものの、地方とりわけ山間部に行くと具合があまりよくなかったり、極度に不安定であったりすることもある。これはインドに限ったことではなく、日本でも例えばソフトバンクの場合は大都市圏外でなかなか繋がりにくかったり、首都圏でも丘陵地になっているエリアでは利用できないスポットも少なからずあったりするのはいたしかたない。だが概ね広範囲で常時接続できる環境が簡単に手に入るのはありがたいことだ。

    さて、話はGALAXY TABに戻る。コールカーター市内でWi-Fi環境下に持っていき、とりあえず入れておきたい無料アプリケーションをダウンロードしてインストールした。SAMSUNGのGALAXYの国際版は、購入した状態では日本語読み書きの環境がないため、こちらも無料の日本語IMEを入れたところで、Bluetoothのキーボードはまだ持っていないが、当面必要な環境はほぼ揃った。

    だがひとつわからないことがある。iPadで書籍リーダーのi文庫を愛用しており、有料アプリケーションだが、こちらは是非とも入れておきたかったので購入しようとしたのだが、うまくいかなかった。『お住まいの国では、このアイテムをインストールできません。』とのエラー表示が出てしまう。端末のロケーションを日本に変更すれば購入できるかも?と試してみたが、どうもダメなのである。

    i文庫はなぜか購入できないと表示された。他にもいくつか入手できないアプリケーションがあるのだが、これらは日本での販売モデルと違うからだろうか。たいていのアプリケーションは入手可能なようだが、他にもいくつかi文庫同様にダウンロードできないものが存在することに気が付いた。私自身、こうした分野に詳しくないのでよくわからないのだが、似たようなアプリケーションはいくつもあるわけだし、あまり細かいことは気にしないことにしよう。

    付属のケースを装着してみた。

    購入時にパッケージ内に同梱されていたケースを装着。一見、普通の手帳みたい(?)であまり目立たずいい感じだ。とりあえず、持参のノートパソコンの中に保存してあるLonely Planetガイドブックのコールカーターのチャプターを転送して表示してみた。

    Lonely Planetのガイドブックを表示してみた。

    同社のインドのガイドブックの判型よりもやや小さく、厚み四分の1程度の躯体に、ガイドブック、その他の書籍が収まり、ウェブ閲覧、メール送受信に加えて携帯電話機能、そしてワープロソフトその他パソコン的な機能も有していることから、やたらと重宝しそうな予感。盗難にはくれぐれも気を付けようと思う。

  • インドの食事

    インドの食事

    2009年に出た『インドカレー紀行』という本がある。

    南インド史研究の第一人者の辛島昇氏が著した書籍である。タイトルからわかるとおり、一般向けに書かれたものだが、インド各地の料理と文化的・歴史的背景、古来インド固有のものではなかった食材の伝播と定着に関する過程等も含めてわかりやすく解説してある。食事から見たインド文化誌といった具合だ。本文中にいくつも散りばめられているレシピもぜひ試してみたくなる。

    カラー版 インドカレー紀行

    カラー版 インド・カレー紀行 (岩波ジュニア新書)

    辛島昇著

    大村次郷写真

    出版社: 岩波書店

    ISBN : 4005006299

    2006年に日本語訳が発行された『インドカレー伝』(リジー・コリンガム著/東郷えりか訳)と重なる部分もあるのだが、特に代表的な料理を論じている関係上、自然とそうなってしまうのだろう。

    『インドカレー紀行』によると、インド料理の本が数多く出版されるようになったのはここ40年くらいのことであるという。早い時期から全国的に普及していた北インドの料理はさておき、その他はごく当たり前の日常食として地方ごとの家庭で伝えられてきたものであり、特定の地域の料理がそれと関係のない地域で食されるということがあまりなかったためらしい。インド国内における一種の『グローバル化』現象のひとつということになるのだろう。おそらく娯楽としての外食産業の普及という点もこれに寄与しているのではなかろうか。

    ともかく、人々の間で地元以外の料理についての関心が高まり、ローカルなレシピであったものが『インドの料理』というナショナルレベルに持ち上がることとなり、そこから今でいうところの『インド料理』という捉え方が出てきたという指摘には思わず頷いてしまう。

    歴史の中で、各地で生じた様々な食文化の混淆、新たな食材と料理法の導入の結果、生み出されてきたのがインド料理の豊かなレパートリーである。その末裔に当たるのがイギリス経由で入ってきて日本で定着した『カレーライス』ということになる。

    かつてなく各地の味を楽しむことができるようになっており、加えてレディーメイドの調合スパイスや食材、レトルト食品なども広く流通してきている昨今、とりわけファストフード等の普及により、特に若年層の好みの味覚は確実に変わりつつあるだろう。そうした中で、新たな味覚が創造されつつあるのもしれないが、同時に各家庭あるいは地域ごとの味のバラエティが少しずつ収斂されて『標準化』されつつあるのではないかとも思われる。

    この『インドカレー紀行』について、今後続編の計画があるのかどうかは知らないが、個人的には『インド菓子紀行』が出てくれると大変嬉しい。ラスグッラーとゴアのベビンカは取り上げられていたが、本来の食事同様にバラエティ豊かで味わい深く、それ以上にカラフルなインドの甘味の世界だ。『インド菓子文化』をカラー画像入りでを包括的に取り上げた本が出れば『本邦初』の快挙となることだろう。

  • モノクロームの遠い過去

    今年の7月に『古い写真の記憶』と題して取り上げてみたOld Indian Photosは、主に19世紀から20世紀前半にかけてのインドの古い写真が紹介されている。かなり頻繁に更新されているようで、しばらく見ない間に新たなクラシック写真が沢山掲載されている。

    過去のアップロード分が月別になっているだけではなく、年代別、地域別、関係別になっているので参照しやすい。例えばIndustryの項をクリックすると、19世紀末の大規模な工場の作業現場の写真を見ることができるし、Railwaysからは、インドの鉄道草創期から発展してゆく過程、事故の画像、駅の賑わいや乗客の人々の姿を垣間見ることができる。当時はまだインドの都市だったカラーチー、ダーカー、同じくインドの一地域であったビルマはもとより、ブータンやネパール等の周辺国の画像もある。

    各地の藩王国の貴人たち、市中の人々、農民や部族民など、各地の様々な人々の姿が出てくるが、それらの人々の装いを眺めているだけでも興味深い。繊維産業のマスプロダクション化が進む前の時代なので、衣類に地域性が極めて高く、まさに格好そのものがそれを着ている人となりを表していたことが看て取れるだろう。着ているものが新しいとかヨレヨレとかいう話ではなく、衣服の様式やデザインといった意匠についてであることは言うまでもないだろう。

    もちろん今のインドでもそういう部分はあるのだが、多くの人々が洋服を着るようになり、『インドの衣装』そのものが大資本によりマスプロ化され、地場の町工場の製品もそれに追随しているため、地域色は限りなく薄くなっている。

    エンジンの付いた乗り物、スピーカーで電気的に増幅した大きな音が存在しなかった時代、都会の街中でもさぞ静かであったのではなかろうか。モスクから流れるアザーンの呼びかけがスピーカーを通して流れるようになったのはどの年代からだろうか。大きな通りも往来に気を配ることなく悠々と横断できたことだろう。

    写真に姿を残している人々の姿を手掛かりに、往時の街中の雑踏の様子に想像を巡らせるのもまた楽しい。

  • 日本の技をおみやげに

    日本の技をおみやげに

    食品サンプルの出来栄えは、日本製品の右に出るものはないだろう。発祥は80年ほど前のことという。レストランや食堂のショーケースに並ぶ本物そっくりのそれらを目にしていたく感激し、東京都台東区の合羽橋あたりで買い求める外国人は少なくないようだ。

    これらは外国へのみやげにいいかもしれないが、製作を体験できる教室を開いている業者もある。在日の外国人の方を誘って出かけてみると喜ばれるかもしれない。

    サンプルFAN FUN FAN (大和サンプル製作所)

    料金等は以下を参照のこと

    食品サンプル体験(大和サンプル製作所)

    実は最近妻が子供と一緒にサンプル作りにトライしている。手前ミソながら、初めての割にはまずまずの仕上がりなのではなかろうか。私も今度試してみようと思う。

    素人が初めてトライした割にはまずまずの出来かも?

     

  • 地震情報

    今年3月11日の東日本大震災の揺れが発生したとき、私は東京都内のビルの中にいた。

    突然、耳慣れない音声と電子音が聞こえてきた。「あと××秒で強い揺れが来ます。注意してください。あと××秒で強い揺れが来ます。注意してください。予想震度5」という機械的なアナウンスに続いて警報音、ふたたび同様のアナウンスが流れるといった具合だった。

    最初は何かの訓練かな?と思った。それを耳にしている周りの人たちもキョトンとした様子でポカンと宙を見つめている人たちもあれば、そうしたノイズに気を取られず、あるいは気が付かずに自分の仕事らしきものに没頭している人たちもあった。

    「あと10秒、5秒・・・」

    音声は続いた。

    それが終わらないうちにカタカタと小さな振動が始まっていたことで、ようやく私はさきほどの「予想震度5」というアナウンスが、訓練ではなく本当の警報であったことに気が付いた。

    この予想どおりの震度であれば、倒壊する建物はほとんどないにしても、私はこれまで体験したことのない規模の揺れだ。小さな振動は急激に大きな揺れへと展開していき、建物の下の階にいたものの、ここにいて大丈夫なのか?と不安を覚えた私は即座に外に出た。

    周囲の建物はグラグラと揺れている。大きな木々だってまるで根本から巨大な手で揺さぶられているかのようにユラユラとしなっている。 立っている私も酔ってしまいそうだ。

    大地の震動が収まり、ホッと一息ついて建物の中に戻ると、先ほどの警報が鳴ったので再び外に飛び出す。まもなく同じくらいの規模の地震が来た。

    揺れがあった時点では、震源地がどこであるかわからず、まさか東北地方の東沿岸を中心に大きな津波被害が出ているなどということは想像もしなかった。

    津波はともかく、地震については、それがやってくる数十秒前、あるいは10秒ほど前でも判ればだいぶ被害を減らせるのではないかということはわかった。最初の揺れのときには警報が一体何だかわからなかったものの、2回目のときには即座に対応できた。例え逃げ場のないところに居たとしても、最悪の被害を回避するために相応の努力はできるのではないだろうか。

    日本の携帯電話やスマートフォンで、地震を事前に知らせる機能が付いているものは多い。またSignalNow Expressのように、パソコンにインストールできる無料ソフトもネットで配布されている。

    ところで、南アジアにも地震多発地帯は少なくない。近い将来、巨大地震が来ることが予想されている地域もある。そうしたエリアの中でもとりわけ地震の多いヒマラヤ沿いの地方において、インフラ事情は日本とは比較にならないとはいえ、携帯電話の普及については先進国並みであったりする。スマートフォンをはじめとする高性能機種も広く使われているとはいえ、庶民の間では通話とSMS送受信しかできない廉価な機種を持つ人が多いという点はネックではある。

    それでもネット経由で地震発生を事前に知らせるネットワークがあれば、たとえ限られた層のユーザーであっても、強い揺れの到来を事前に知らせることができれば、それなりの高い効果が期待できるに違いない。

    このシステム、地震多発国で共有できないものだろうか。もっとも震源があまりに近いと予報が間に合わないことがある、つまり直下型地震の場合は震源地の人々の間での有用性があまり期待できないという欠点はあるのだが。

  • インドの雑誌デジタル版

    インドの雑誌デジタル版

    すでにIndia Todayグループ系列の雑誌や同グループのウェブ広告にて、これらの雑誌のデジタル版が利用できるようになった旨が告知されている。紙媒体で販売されているものと同じ誌面がデジタルで配信される。

    これらはmagzeterを経由しての販売だ。ちなみにインディア・トゥデイ(英語版)は一部売りで0.99ドル(日本からは85円)、年間購読は23.99ドル(日本からは2,100円)で、インディア・トゥデイ(ヒンディー版)の場合は、一部売りが同じく0.99ドル(日本からは85円)であるものの、年間購読は16.99ドル(日本からは1,500円)と低めになっている。

    例えば、iPadユーザーであれば、magzeterでユーザー登録と支払いをすると、使用しているiPadならびに自分自身のアカウントでログインしたパソコンから閲覧できるようになる。定期購読の場合は、発売日に新しい号が配信される。

    私自身、試しに購入してみた。Newsweek のように掲載誌面にいろいろ仕掛けがしてあって、デジタルならではのインタラクティブな仕上がりになっているわけではなく、あくまでも紙媒体と同じものが表示されるだけだ。それでも紙媒体をスキャンして作成したPDFのような表示のもたつき(グラフィックが多い際の)は無い。おそらくデバイスに占める容量も少ないのだろう。

    違法コピー防止のため、タブレットPCのアプリケーション内に保存されるだけで、通常のパソコン内に保存したり他のデバイスに移動したりすることはできないあたりは不便に感じる。始まったばかりの新しい試みなので、これから変更や改善が積み重ねられていくことと期待したい。

  • インド優勝 試合を分けた痛恨のPK 快進撃のアフガニスタン散る SAFF CHAMPIONSHIP

    インド優勝 試合を分けた痛恨のPK 快進撃のアフガニスタン散る SAFF CHAMPIONSHIP

    自国国家を斉唱するアフガニスタン選手たち

    開催国インドに挑むのは今大会で旋風を起こしてきたアフガニスタン。準決勝までとは打って変わり、ジャワーハルラール・ネールー・スタジアムには大勢の観客が詰めかけた。もちろん今日が日曜日ということもあるが、開催国インドが進出しての決勝戦なので、こうでなくてはならない。おそらく西ベンガル、カルナータカやゴア等、サッカー人気の高い州から駆けつけてきたファンも少なくないのではなかろうか。

    インドとアフガニスタンは、12月3日に行われたグループAでのリーグ戦で最初に対戦して1-1で引き分けた同士だが、やはり今日の決勝戦もタフな試合となった。前半戦は両チームとも互角の闘いを展開。どちらかというとロングパスを多用するインドに対して、アフガニスタンは中盤で細かいパスをつなぐテクニカルなサッカーが持ち味だ。

    前半は決定的な場面を作れなかったインドだが、アフガニスタンにはぜひ決めておかなくてはならないシーンがあった。自陣に攻め込んできたインド選手たちをほとんど置き去りにしてのカウンター攻撃で、最前線へのパスを受けたFWバラール・アールズーがペナルティエリア内に持ち込み、GKカランジート・スィンと1対1の状態で放ったシュートが正面に入ってしまい弾き返された。

    一昨日のネパール戦での不調がまるで嘘のように、本来の調子を取り戻したアフガニスタンは攻守ともに充実していた。両チームともに無得点のまま前半を終了してハーフタイムに入った。

    後半戦も互角のゲームが展開されていた。心情的にはインドに期待しながらも、大躍進を見せているアフガニスタンのMFイスラフィール・コーヒスターニーの豊富な運動量とチャンスメイキング、左サイドバックのハルン・ファクルディーンの旺盛なオーバーラップ等々、観ていて楽しいのはアフガニスタンのほうであった。

    だが試合が大きな波乱を迎えたのは後半20分。インドのサイヤド・ラヒーム・ナビーが前線に送ったボールをFWジエジエがペナルティエリア内で受ける際にアフガニスタンDF選手と交錯して倒れた瞬間、主審のスクヴィール・スィンが笛を吹いて判定はペナルティキック。これに対して抗議をしたのはアフガニスタンGKのハミドゥッラー・ユースフザイ。これに対して主審は即座にレッドカードを出して退場を命じた。拮抗した試合の中で、ほんのわずかの時間に思いもかけないハプニングが起きてしまった。

    今後、アフガニスタンは11人のインドチームに対して、10人という数的不利の中で闘わなくてはならない。ましてや相手のペナルティキックというこの試合最大の危機を迎えることになってしまった。退場となったハミドゥッラー・ユースフザイに替えて控えGKのワシール・エヘマド・ダマンがゴールを守ることとなり、MFのグラーム・ハズラト・ニヤーズィーを下げることになった。

    PKはインドのエース、スニール・チェートリーが冷静に決めた。もっとも蹴る前にインド選手の1人がフライングしてペナルティエリアに入ってしまい、ペナルティキックのやり直しを命じられるというハプニングがあったのだが。スニール・チェートリーは今大会通算7点目をマークした。

    GKの退場劇とペナルティキックの成功で、試合の流れがすっかり変わった。すっかり勢いづいたインドは、自らとは対照的に浮足立ったアフガニスタンに対して、後半33分にスニール・チェートリーが中央から右に流したボールを受けたクリフォード・ミランダーが、ディフェンダーを1人かわして切り込んで豪快なシュートを叩き込んだ。

    そのわずか1分後には同じくスニール・チェートリーが左サイドからドリブルで持ち上がり、中央にいるジエジエに速いパスを送り、これを見事にアフガニスタンゴールに突き刺す。これで3-0となって試合は完全に決まったのだが、その後スシール・クマール・スィンの強烈なミドルシュートによる4点目が入った。

    後半中途まで、あれほど拮抗した試合を展開していながらも、GK退場劇とそれによるプレイヤー人数減、ペナルティキックによる失点というハプニングの後、総崩れになったアフガニスタン代表の有様は不憫でさえあった。実力的には互角でどちらが勝ってもおかしくない試合であったが、件のペナルティキックの判定はかなり微妙なものであることに加えて、アフガニスタンGKの抗議に対して即レッドカード(何か非常に汚い言葉を吐いたのでもなければ、あまりに唐突であった。)という判断も合わせて、インド人でもなくアフガニスタン人でもない第三者から見ても何とも言えない部分がある。

    このことについては、アフガニスタン・インドともに快勝 SAFF CHAMPIONSHIPでも触れたように、微妙な判定が勝敗を左右した場合、見た目からしてインドとの縁が深いと邪推されかねないスィク教徒が主審というのはどうも収まりが悪い。シリア、韓国、マレーシア他から、立派なキャリアを持った審判員を招聘しているのだから、敢えてインドの試合、しかも決勝戦での主審という役目をスクヴィール・スィン(国籍はシンガポール)に負わせるのは、適切な判断であったのだろうか。

    スクヴィール・スィンは、今大会で幾度か主審を務めており、現在28歳とまだ若いものの的確かつ冷静なジャッジングをする審判員だと私は思っていた。だが本日の決勝戦での微妙な判定とそれに続いてのGKの抗議に対する一発退場については、とりわけ『極めてインド寄り』の外観から『インド側と事前に何か打ち合わせがあったのかも?』という疑念を生じさせるのに不足はない。ましてや今大会の開催地はインドである。

    大会始まってすぐからインドとアフガニスタンの決勝進出を予想していたが、これが現実となって非常に嬉しく思っていた。サッカーのスタイルがまったく異なるが、チーム力の差はほとんどないため、緊張感あふれる好カードになるに違いないと期待していた。確かに後半途中まではそうであったのだが、試合の流れを完全に変えてしまった判定については、第三者的な視点に立てばやはり疑問符を付けずにはいられず、何とも後味の悪い結果となった。今大会のインド優勝を素直に喜ぶことができないのが悲しい。

    SAFF優勝に沸くインド代表チーム
  • Flash Mob Mumbai

    Flash Mob Mumbai

    今日は久々に『心底楽しいニュース』を見た。

    ニュースチャンネルAaj Takを点けていたら11月27日(日)にムンバイーCST駅に突如現れたフラッシュ・モブを取り上げていたのだ。

    ムンバイーCSTに出現したフラッシュ・モブ

    フラッシュ・モブとは、ネットで呼びかけを受けた人々が公共の特定の場所に集結して、前もって取り決めてあるパフォーマンスを演じて、その場に居合わせた大勢の注目を集めた後、さっさと解散していくといったものだ。

    その模様はYoutubeにもアップされているので、ぜひご覧いただきたい。

    Flash Mob Mumbai – CST Official Video (Youtube)

    Rang De Basantiが流れて、最初に1人の女性が踊り始める。周囲の人たちから「何よ、あんた?」と冷ややかな視線が投げかけられるが、そこにもう1人の女性が加わった後、5人、10人、20人、40人・・・と、どこからともなく沸いて出てきた踊り手がどんどん増えていく。

    ふと気が付くと、駅構内中央部はRang De Basantiを踊る群衆で一杯になり、「何か面白いことやっているぞ!」と詰めかけた物見高い見物人たちがそれを取り囲み、ムンバイーCSTはすっかりお祭り状態に。短い時間でドドッと盛り上がり、曲が終わると踊り手たちは何事もなかったかのように雑踏の中に散っていく。

    Aaj Takでは、今回のフラッシュ・モブの仕掛け人の女性にインタビューしていた。だいたい同じような内容のものが以下のサイトにも掲載されている。

    Interview: Shonan Kothari–the Woman Behind the Mumbai CST Flash Mob (guylife)

    他の多くのメディアでも、この出来事について取り上げている。

    How Mumbai Flash Mob prepared for its big day (NDTV)

    Flash mob hits Mumbai’s CST station, surprises commuters (Times of India)

    今回のフラッシュ・モブに触発されて、今後インドの主要都市で同様のパフォーマンスが発生することになるのかもしれないが、誰よりも最初にやってのけることに大きな意味がある。

    見事な企画力と実行力に大きな拍手を送りたい。居合わせた人々の注目を浴びただけでなく、メディアを通じてその場にいなかった人たちにも大きな驚きを与えてくれた。私もまたテレビを通じて彼らに楽しませてもらった1人である。

  • トークイベント 「ポスト 3.11をふんばるインド・パキスタン的生き方」

    今年3月以降、家電の大型量販店、アマゾンや楽天その他の通販サイトで線量計が売られているのを見かけるようになっている。

    線量計なるものが世の中にあることを初めて知ったのは、1986年のチェルノブイリ原発事故が発生してからだっただろうか。『ガイガー・カウンター』により、放射線の値を測定している様子をテレビで目にして、一見普通に見える事故現場周辺地域で、目に見えない危険物質が飛散しているということについて、背筋が寒くなる思いをした記憶がある。

    ガイガー=ミュラー管を使用したガイガー・カウンター以外にも、シンチレーション検出器その他いろいろな種類のものがあり、測定の対象や目的により様々な線量計があるのだが、いずれにしても放射線のある環境下での職務に就いている人、あるいは特定の医療従事者以外が手にすることはない特殊な装置だと思っていた。少なくとも今年の3月までは。

    3.11の津波被害に起因した福島第一原発の事故以来、そうした『特殊装置』が普通に身の回りに見られるようになってきた。多くは個人が使用する目的であるため小型の製品だが、それらが目の玉が飛び出るような価格で販売されていた。

    そんなに大量生産・大量消費されるような類のものではないとはいえ、これまで私たちが手にしてきている携帯電話その他の家電製品に比べて、製造にかかるコストがそんなに大きなものなのかどうかわからないが、手にしてみると意外にチャチな製品が、実売価格にして10万円前後あるいはそれに迫る価格で売られているのを見て、唖然としたものだ。

    しかしとりわけ事故現場に近いエリアに住んでいる人々にとっては、たとえそれが避難地域外であったとしても、政府の発表する内容だけでは何がどうなっているのかはっきりしない状態の中、自分の身は自分で守るしかない。

    小中学生、幼稚園、保育所の子供たちにガラスハッヂと呼ばれる個人線量計を配布した地域もあると聞く。これを身に付けて1か月経過したら回収して検査機関に送り、その子供たちには新しいものを配布してまたひと月身に付けさせて・・・といったことを繰り返しているとのことだ。行政として子供たちの被ばく量を測定する目的があるとのことで、意義自体は理解できるものの、何ともやりきれない話だ。

    そこからやや離れた首都圏においても、いくつかのホットスポットについての情報などが出てくるにあたり、やはり不安でこうした機器を購入した人たちは少なくないだろう。それがゆえに全国の顧客が相手の通販サイトはともかく、首都圏の家電量販店でも線量計が販売されているのだ。

    そうした線量計について、震災・原発事故以前の価格が空前の品薄状態を背景に、数倍に跳ね上がった製品、そうした価格で積極的に捌いた業者も少なくなかったことは耳にしていた。おそらくここにきて線量計の『バブル状態』も一服したのか、従前から販売されているモデルの価格はかなり下落してきていることに気が付いているこの頃。

    大手通販サイトで『線量計』と検索してみると、102,900円 → 17,000円やら69,800円 → 13,500円などという価格表示をしている業者がいくらでもある。ボロ儲けをアテ込んでの在庫がダブついたのか、線量計の大きな市場となった日本向けに製造元が生産体制を大幅増強したのか知らないが、確かに原発事故からしばらくはそんな金額で販売されていたモデルだったと記憶している。それが『市場価格』というものだということになるのだろうが、一市民から見るとまさに火事場泥棒的な商売だ。早い時期に購入した人たちは『何!17,000円のものを102,900円で売りつけていたのか!』と怒り心頭のはずだ。

    いずれにしても、これまでそうした機器に縁の無かった一市民が線量計を持つということが珍しくなくなってしまった状況に私たちは置かれており、これまで海外でも安全・安心という評判を得ていた日本そのものに、大きな疑問符が付くようになってしまっている。

    今さら、グチばかり言っても仕方ない。放射能汚染は今後長期間続くことは明らかだ。加えて放射線による直接の健康被害はさておき、ここのところジリジリと後退してきていた日本の国力が、こうした事態であることを背景にさらに削がれていくことは間違いないことも肝に銘じておかなくてはならない。

    さて、前置きが長くなったが、本題に入ろう。12月6日(火)19時30分(開場19時)から東京都渋谷区宇田川町のUPLINK FACTORYにて、J-one talks vol.01「ポスト3.11をふんばるインド・パキスタン的生き方」が行われる。

    J-oneの主宰者で、ナマステ・ボリウッドの主宰者/発行人でもある、すぎたカズト氏がMCを務めるトーク会だ。ナマステ・ボリウッド誌サイトにもこのイベントについての情報が掲載されているので、こちらも併せてご参照願いたい。

    ゲストスピーカーは、NPOジュレー・ラダック代表のスカルマ・ギュルメット氏、ビデオ・ジャーナリストのラシード・サマド・カーン 氏、そして当サイトindo.toのウェブマスターの矢萩多聞氏という豪華な顔ぶれだ。

    災害時にも強い南アジア流生活・共生術、南インド式保存食の作り方(試食あり)から放射能対策・情報リテラシーまで、といった具合に様々な角度からのトークが行われる。ポスト3.11に生きる私たちの日々のありかたについてじっくり考えてみる良い機会となるはずだ。

    チャージは2000円(1ドリンク+「J-one」創刊号1冊付)で、「J-one」持参の方は500円OFFとのことだ。会場となる渋谷 アップリンク・ファクトリーの所在地と電話番号は以下のとおり。

    東京都渋谷区宇田川町37-18 トツネビル1階 TEL.03-6825-5502

  • ウィルブル・サルグナラージ

    YouTubeで様々なビデオクリップを公開しているタミルナードゥ州マドゥライ出身のウィルブル・サルグナラージ。

    彼は様々なコミカルなクリップや音楽ビデオなどをリリースしているが、その中には下世話ながらも『インドのトイレの使い方』というのがあった。

    How to use Eastern Latrine- Wilbur Sargunaraj (YouTube)

    便器にまたがる方向だの、ちゃんとホールを狙ってするだの、ディッパーで水を流さずに左手を使うな、終わったら石鹸でちゃんと手を洗うことだのといったことを大真面目にレクチャー(?)していて笑える。

    同様に『洋式トイレの使い方』というのもあるが、いろいろ検索してみると彼の『How toもの』には膨大な量がある。今後ますますの活躍を期待しよう。

  • コールカーター華人が発信するブログ

    5年近く前に「BLOOD, SWEAT AND MAHJONG」(Ellen Oxfelda著)という本について取り上げてみた。コールカーターに代々暮らしている華人について書かれた本だ。

    残念なことに、当の華人たちが自分たちのコミュニティについて書いた書籍は見当たらない。出身地域ごとの同郷会館にはそうした資料はあるのだろうが、少なくとも市販されている書籍にはそうしたものはないようだ。

    だがそうした状況もかわりつつある。facebookをはじめとするSNSで情報発信するコールカーター華人たちが出てきているし、そうした華人たちによるウェブサイトも複数存在している。

    そうした中で、現在までのところ最も内容がまとまっていて、コンスタントにアップデートされているのは、www.dhapa.comのようだ。

    Dhapa(華人たちは塔霸という字を当てている)とはコールカーター東郊外にあたるエリアで、華人たちの主要産業のひとつである皮なめし業の工場、醤油工場、大小様々の中華料理屋等々が建ち並ぶ文字通りチャイナタウンであるテーングラーのタウンシップが存在する。

    www.dhapa.comでは、コールカーター華人コミュニティでの年中行事、インド華人の歴史に関するトピック、コールカーターをベースにする華人たちのマジョリティを占める客家人たちに関する話題、華人たちの教育、彼らの『地元コールカーター』に関するニュース等々、彼らの息吹が感じられて興味深い。

    従前は彼ら自身による情報発信といえば、インドで唯一生き残っている華語新聞『印度商報』くらいだったが、それにしてみたところで読者は年配の(まだ華語の読み書きが充分出来る)華人たちのみであった。

    ウェブの時代になって、ようやくコミュニティ内外に様々な情報を発信するようになってきた華人コミュニティ。中印紛争以降、政治的な理由から国外への流出が続き、近年は対中国関係の改善、インドの経済成長は在印華人たちにも商機の増大をもたらしていること、中国からの人々の行き来と投資の増加等々といった新たな局面のもと、コールカーター華人(ならびにムンバイー、シローンその他にも少数ながら居住しているインドで数世代に渡り生活している華人たち)への風向きも変わりつつあるのかもしれない。

    これまで彼らが『外の人たち』に対して記すことになかった在印華人にまつわる様々な事柄について、日常の事象に加えて自らの歴史にまつわる事柄についても書き記していくことは大いに意味のあることであろう。

  • チェルノブイリは今

    チェルノブイリは今

    今年の9月に、チェルノブイリの現状を写真と文章で綴った本が出ている。

    ゴーストタウン チェルノブイリを走る

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    ゴーストタウン チェルノブイリを走る

    http://shinsho.shueisha.co.jp/kikan/0608-n/

    集英社新書ノンフィクション

    ISBN-10: 4087206084

    エレナ・ウラジーミロヴナ・フィラトワ 著

    池田紫 訳

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    1986年に起きた原発事故から四半世紀が経過したチェルノブイリにガイガーカウンターを持ち込んで、バイクで駆ける写真家エレナ・ウラジーミロヴナ・フィラトワがチェルノブイリの現状を伝えるウェブサイトを日本語訳した書籍だ。

    汚染地域に今も残る街や村。すでに暮らす人もなく朽ち果てていく建造物。家屋の中にはそこに暮らした家族の写真、子供たちの玩具が散乱しており、役場等にはソヴィエト時代のプロパガンダの跡が残っている。

    ソヴィエト時代、原発事故が発生する前のチェルノブイリは、中央から離れた周辺地であったが、それでも整然とした街並みや広い道路、広大な団地、病院その他公共施設、遊園地、映画館といった娯楽施設等々の写真からは、社会主義時代に築かれたそれなりに豊かであった暮らしぶりがうかがえる。

    人々の営みが消えてから久しい現地では、それとも裏腹に豊かな自然が蘇り、もう人間を恐れる必要がなくなった動物たちが闊歩している様子も記録されている。

    一見、のどかにも見える風景の中で、著者はそうした街や集落など各地で放射線量を図り、今なおその地が人間が暮らすことのできない危険極まりない汚染地であることを冷静に示している。

    これらの写真や文章は、著者自身のウェブサイトで閲覧することができる。

    elenafilatova.com

    チェルノブイリに関して、上記の書籍で取り上げられていないコンテンツとともに、スターリン時代の強制収容所跡、第二次大戦期の戦跡等に関する写真や記述等も含まれている。

    私たちにとって、チェルノブイリ原発事故といえば、今からずいぶん遠い過去に、遠く離れた土地で起きた惨事として記憶していた。事故後しばらくは、放射能が飛散した欧州の一部での乳製品や食肉などへの影響についていろいろ言われていた時期はあったものの、自分たちに対する身近な脅威という感覚はほとんどなかったように思う。まさに『対岸の火事』といったところだったのだろう。

    今年3月11日に発生した地震と津波、それによる福島第一原発の事故が起きてからは、原発そして放射能の危険が、突然我が身のこととして認識されるようになる。実は突然降って沸いた天災と片付けることのできない、それまでの日本の産業政策のツケによるものである。曲がりなりにも民主主義体制の日本にあって、私たち自らが選んだ政府が推進してきた原子力発電事業とそれに依存する私たちの日々が、いかに大きなリスクをはらむものであったかを思い知らされることとなった。

    順調な経済成長を続けているインドや中国その他の国々で、逼迫する電力需要への対応、とりわけ先行き不透明な原油価格、CO2排出量への対策等から、今後ますます原子力発電への依存度が高まることは、日本の福島第一原発事故後も変わらないようである。もちろん各国ともにそれぞれの国内事情があるのだが。

    原発事故後の日本では、食品や生活環境等様々な面で、暫定基準値を大幅に引き上げたうえで『基準値内なので安心』とする政府の元で、放射能汚染の実態が見えにくくなっている中で、今も収束にはほど遠く『現在進行形』の原発事故の危険性について、私たちは悪い意味で『慣れつつある』ように見えるのが怖い。

    事故があった原発周辺地域の『風評被害』云々という言い方をよく耳にするが、実は風評などではなく実際に無視できないリスクを抱えているということについて、国民の目を塞ぎ、耳も塞いでしまおうとしている政府のやりかたについて、被災地支援の名の元に同調してしまっていいものなのだろうか。

    これまで原子力発電を積極的に推進してきた日本の政策のツケが今になって回ってきているように、見て見ぬ振りをしていたり、『どうにもならぬ』と内心諦めてしまったりしている私たちのツケが、次の世代に押し付けられることのないように願いたい。

    同様に、これから原子力発電への依存度を高めていこうとしている国々についても、将来もっと豊かな時代を迎えようかというところで、予期せぬ事故が発生して苦しむことにならないとも言えないだろう。今の時代に原発を推進していこうと旗を振っていた人たちは、そのころすでに第一線から退いているかもしれないし、この世にいないかもしれない。一体誰が責任を取るのか。

    もっとも今回の原発事故で四苦八苦しており、原子力発電そのものを見直そうかという動きになっている日本だが、それでも他国への積極的な売り込みは続けており、すでに受注が内定しているベトナムでの事業に関するニュースも流れている。

    チェルノブイリが残した反省、福島が私たちに突き付けている教訓が生かされる日は、果たしてやってくるのだろうか。