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カテゴリー: column

  • Missing ! 大量の爆発物

    ラージャスターン州のドールプルにある公営企業の工場からマディヤ・プラデーシュのサーガルに運ばれる途中だった爆発物と起爆剤を積んだトラックが、今年4月から7月までの間になんと61台も行方不明になっているというニュースがメディアで報じられたのは8月半ばであった。 

    これらは掘削目的で製造・運搬されていたものということだが、トラック61台の積荷は合わせて300トンという大量の爆発性の危険物であり、テロ組織等の手に渡っているのではないかと懸念されていたことは言うまでもない。 

    61 trucks carrying tones of explosives go missing (videos from India) 

    その報道の数日後、行方不明になったトラックのうち4台が発見されたとのニュースが流れたものの積荷は見つかっていない。またトラックを運転していた人々はどこに行ってしまったのだろうか。行方不明の61台のうちの58台は、書面上では目的地であるサーガルに到着しているように偽装されていたとのことだ。 

    4か月のうちに散発的に起きた事件とはいえ、全体でこれほど大掛かりなトラックを蒸発させることができるのは一体どういう犯人たちなのか。これほど沢山の『戦利品』をどこに秘匿できるのかという点から、第一に疑われるのは当の取引関係者たちだ。これが積荷の横流しや架空取引等を繰り返していた結果であるとすれば、金額はともかく扱っていたものが爆発物と起爆剤という国の治安への影響から、歴史に残る経済事件となる可能性がある。 

    300 tonne explosive missing (The Tribune) 

    だがここにきて、事件はとんでもない展開を見せている。行方がわからなくなっているトラックが、なんと『あと102台もある』というのだ。これらも先述のラージャスターン州のドールプルからマディャ・プラデーシュのサーガルならびにアショークナガルに運搬途中に蒸発してしまったものだという。積荷の総量は合わせて850トンに達する見込みだ。 

    163 explosives-laden trucks went missing: MP police (ZEE NEWS) 

    まだ事件の全容や背後関係が明らかになっていないため、現時点でいろいろコメントするのは早計かもしれないが、危機管理という点においてインドという国の足元そのものが脆弱であることを如実に示した事件でもある。 

    今年10月の英連邦大会開催までひと月あまりとなっているが、失踪中の163台のトラックに積まれた危険物の行方が気になるところだ。

  • 受難の地

    5年ほど前に、『デリーの古城で』と題して、第二次大戦中に当時は英領であった各地に在住していた日本の民間人たちがインドまで連行されたうえで抑留生活を送ったことについて書かれた以下の書籍について取り上げてみた。 

    書名:インドの酷熱砂漠に日本人収容所があった

    著者:峰 敏朗

    出版社:朝日ソノラマ

    ISBN-13: 978-4257034384   

    収容施設は当初デリーのプラーナー・キラーにあり、後にラージャスターンのデーウリーに移されている。

    今年8月中旬、産経新聞のウェブサイトにて、当事の日本人抑留にかかわる次の記事を見かけた。ここで取り上げられている『収容所』とは、ラージャスターンのデーウリーのことである。

    「憎めない人たちだった」インド西部の日本人収容所を訪ねて (産経ニュース)

    インドにおける日本の民間人抑留の事実については以下のウェブサイトをご覧いただきたい。

    インドに抑留された日本人民間抑留者 (日本の現代史と戦争責任についてのホームページ)

    また以下のサイトならびにPDFファイルにも関連する記述がある。

    インド抑留中の川内先生の記憶 (川内光治先生の記憶)

    シンガポールにおける日本人社会と学校教育の歴史(福岡大学研究推進部)

    『日本人被収容者』の中には、日本人たちが居住していたマレー半島などで結婚した現地の人々で日本国籍を取得していたケースも含まれる。また当時日本の支配下にあった台湾や韓半島の人々も少なからず含まれていることについて、当事の世の中を考えるうえで留意が必要だ。

    またデーウリーの収容所は、日本人被抑留者たちが去った後、インドがイギリスから独立を得た後も『活用』されている。1962年の中印紛争により、中国とインドの敵対関係が鮮明になった時代である。

    最盛期には華人人口2万人を擁したコールカーターを中心にインド全国で5万人もの華人が暮らしていたとされるが、これにともない『敵国人』として逮捕状もなしに拘束されて収容所送りになった人は少なくない。

    祖国とインドの関係の険悪化による不安、インド政府や国民による華人への敵対姿勢等により、経済活動や市民生活への支障をきたすことから、その後多くの華人たちが海外に新天地を求めることとなった。

    冒頭で取り上げた産経ニュースの中にあるとおり、現在この施設は国や公共の重要施設等の警備を担当するCISF (Central Industrial Security Force)の訓練施設となっているため、ここを一般人が見学することはできないが、日印交流史の中でそういう厳しい時代もあったということは、今の時代を生きる私たちも記憶しておくべきだろう。

  • 無線タクシー

    以前、MERU TAXIと題して、ムンバイーをはじめとするインドの大都市で操業している無線タクシーについて書いてみたが、デリーでも幾度か利用したので感想を記しておく。

    MERU以外にもEasyCabs, MEGA CABS, quick cabs等、この手のサービスは増えている。どこもシステムは似たようなもので、対応もマニュアル化されているため利用方法はほぼ同じ。どの会社にかけてみても、非常に礼儀正しくキビキビとした応対をしてくれる。

    まずは携帯電話(基本的に携帯電話を持っていることが必要)でコールセンターにかける。一度でもその会社を利用したことがあれば、こちらの氏名と携帯電話番号、利用した日時や場所等といった先方の記録が残っているため、こちらの氏名を名乗る必要はない。コールセンターのオペレーターは、電話を取るなり『Hello, Mr. ×××, may I help you ?』と答えてくれる。

    オペレーターに利用したい時間、出発地と目的地を伝えると、こちらが保留で待っている間に、相手は配車の手配を進めている。『今すぐ利用したい』といった場合、特に込み合う時間帯であったりすると『都合のつくクルマが見つかりません』と断られる場合もままあるようだが、前述のとおり同種のサービスを提供している会社は複数あるため、どの時間帯でもタクシーがまったく見つからないということはあまりないだろう。

    予約の受付が完了すると、タクシー会社からすぐに携帯電話にSMSが入る。これからやってくるクルマの番号、運転手氏名、運転手の携帯電話の番号が記されている。そして到着少し前になると、ごく近くまで来ている運転手自身からの電話が入るといった具合だ。携帯電話でなくPCにてネット予約も可能だ。

    こうした無線タクシーで使用されているのは小型のセダン。アンバサダーやパドミニーのようなクラシックなものではなく、日本でいえばカローラに相当するモダンな車種である。

    乗車すると、メーターのある液晶モニターにこちらの氏名、携帯電話番号その他の情報が表示されている。車内もきれいでエアコンも効いている。運転手のマナーや運転そのものも、従来のタクシーより丁寧だ。コールセンター同様、こちらもマニュアル化されているらしい。

    料金は完全にメーター制。目的地に着くと車内に装備した小型プリンターから領収書が印刷される。降車するとまもなくタクシー会社からSMSが届く。内容はタクシーを利用した感想についてのアンケートだ。

    従来のタクシーとの明確な差別化あってこその商売なので、運転手の仕事ぶりはしっかり管理されているようだ。先述のとおり、タクシー会社には個々のお客の利用履歴が残っている。顧客からクレームが寄せられるとその内容も保存しているのだ。

    予約のため携帯からコールセンターに電話すると、オペレーターが電話を取るなり『昨日は運転手が遅刻しまして申し訳ございませんでした』と言うのでびっくりした。前日に利用した際のこと、タクシーはすぐ近くまで来ていたようだが、こちらの指定した場所がちょっと込み入った場所にあったため見つけるのに手間取り、30分くらい遅れていた。その際、到着を待つ間にコールセンターに電話して一言文句を伝えておいたのがちゃんと記録されていたらしい。

    応対がきちんとしているうえに明朗会計。加えてクルマにGPSを搭載していることから、クルマがどこにいるかはタクシー会社から一目瞭然でもある。とりわけ女性客には好評だろう。

    ドライバーたちの立場については、インドの従来のタクシー運転手と大差ないようではある。日本のように『××タクシーの社員』という身分ではないため、被雇用者ではなく運転業務の請け負うという形だ。簡単に言えば、タクシー会社に一定の金額を支払ったうえで預かった車両を運転するのである。

    タクシー会社は、クルマの整備と携帯電話ないしはPCによりネット予約したお客の斡旋を行ない、運転手はお客から受け取る料金の中からタクシー会社への支払いとガソリン代を差し引いた分を手取り収入とする。もっともこれはMERUの場合であるので、他社には少し異なる形態のものもあるかもしれない。

    こうした無線タクシーのサービスは、デリー、ムンバイー、バンガロールなどといった大都会で広がってきている。またアムリトサルくらいの規模でも、この類のタクシーを目にする街が出てきている。

    インドで無線タクシーは、年間成長率100%といわれるホットな業界だ。大都市圏をはじめとする中間層の人口がそれなりのサイズを持つエリアでは、今後かなりの速度でこうした業態のタクシーが浸透していくことになるはずだ。

  • TNSA (Tibetan National Sports Association) 5  国技としてのサッカー

    チベットでのサッカーの歴史は、20世紀初頭にギャンツェに置かれていたイギリスの商館員たちが現地で競技を楽しんだことに始まる。その後、やはりイギリスが首都ラサにおいて1913年に当時のチベットの軍隊に訓練を施し、続いて1920年代に警察組織の発展に協力した際に現地の人々に伝えたとのことだ。チベットにおける近代スポーツとしてのサッカーの歴史はなかなか長い。

    TNSAは、サッカーをチベット人たちの国技として育もうという姿勢を明確にしている。在印チベット人たちのクリケットに対する関心は決して低くはないようだが、世界的なクリケット大国にあって大海の一握りの砂に過ぎない彼らの立場だ。これを『国民的スポーツ』として、それなりのモチベーションを持って強化していくことには難しいものがあるだろう。

    またサッカーという競技の、よりグローバルな広がりを考えれば、対外的に自分たちの存在をアピールしていくにあたり広告塔的な役割もあり得る。これがひとつの形として実現したのがFIFI Wild CupとELF Cupへの出場、そして幾つかの欧州遠征試合ということになるだろう。

    それでも道は決して平坦ではないようだ。サッカー人気の低調なインドにあって、亡命チベット人社会でもサッカー人気がそれほど高いとはいえない。TNSAも競技人口の拡大には腐心しているようだ。

    また彼らの活動に関心を寄せるのは、概ね在印の人々を初めとする亡命チベット人社会の中に限られる。資金的な面は言うまでもないが、選手たちの指導や育成といった部分についても相当な困難がある。

    日本代表は、1998年のフランス大会以来、4回連続でFIFAワールドカップに出場し、韓国と並んでアジアからの常連国となっているが、サッカーという競技を愛する人の気持ちや自国代表を応援する心情は、チベット人亡命者たちの間でも変わることはないだろう。

    インド・ネパール各地およびその他の国々に暮らすチベット人たちの心をつなぎ、また世界の人々との結びつきを強める絆として、このスポーツが彼らの間で今後ますますの発展をしていくことを願う。

    チベット人コミュニティの『サッカーをこよなく愛する仲間たち』に大きなエールを送りたい。

    <完>

  • TNSA  (Tibetan National Sports Association)  4   チベット代表ゲームシャツ

    TNSA (Tibetan National Sports Association) 4   チベット代表ゲームシャツ

    TNSA事務局ではチベット代表のゲームシャツも販売している。売上は活動資金に充当しているとのことだ。マクロードガンジの土産物屋などでもよく見かけるが、それらはすべてTNSAから供給されているとのことで、どこで購入しても一律500 Rsであるとのこと。

    TNSAウェブサイトでも同じものを国外向けに通信販売しているが、こちらは送料込みで45米ドルという価格設定になっている。

    このゲームシャツは、実際に代表選手が試合で着用するのと同じもので、違いは背番号が付いていないだけだという。品質については、ナイキその他の国際的なメーカーが製造したものとはずいぶん違うのは価格からして仕方のないことではある。代表とはいえ、やはり資金的に苦しい台所事情もうかがえるようだ。

    2006年のドイツでのFIFI Wild Cupや北キプロスでのELF Cupでは、hummel社製でデザインも良いものを着用していたが、かなり大口のスポンサーが付いていたのだろう。

    私は、以前からそのhummel社製造のチベット代表ゲームシャツも持っている。2006年FIFIの大会の際のモデルである。こちらに付いているエンブレムはTNFA (Tibetan National Football Association)で、デザインそのものも違う。

    現在、TNFAのエンブレムは使用されておらず、代表チームのゲームシャツに付ける紋章として正式なものはTNSAであるとのことだ。

    <続く>

  • TNSA (Tibetan National Sports Association) 3  チベットの『国家代表チーム』

    『チベット代表』チームメンバーは、亡命チベット人社会の中から選抜される。当然、インド在住者がそのマジョリティを占める。現在まで代表に招集されたメンバーのおよそ70%がインドに住んでいるチベット人。15%がネパール在住者。その他15%は欧州、北米その他に生活する人たちだ。

    今のところサッカーを生業として所属クラブとプロ契約している選手はいない。インドに在住している彼らにとって、最も身近な本格的なリーグはI – Leaugeということになるはずだが、TNSA事務総長K氏によると、AIFF (All India Football Federation)が、亡命チベット人選手のI – Leagueでのプレーを認めていないとのことである。まだ低い年齢層でI – Leagueの下部チームに所属している少年たちが数人いるとのことだが。

    代表選手とはいえ、アマチュアであるがゆえ生活の糧を得るための職業があるため、そのあたりの都合をつけなくてはならない。そのため代表を招集する側も、招集を受ける選手のほうもなかなか大変らしい。

    ご存知のとおり、中華人民共和国の占領下の『チベット自治区』が、独自にFIFA (Fédération Internationale de Football Association)やその傘下にあるAFC (Asian Football Confederation)に加盟するということはあり得ない。同様に占領地から逃れた在インドのチベットたちのサッカー協会がこれらに加入するということも不可能だ。

    そのためTNSAはFIFAではなく、フランスのパリに本部を置くN.F. Board (New Federation Board)に加盟している。加盟国(地域?)はチベット以外にモナコ、北キプロス、ソマリランド他、全部で27ある。

    2006年のワールドカップドイツ大会開幕前に、ハンブルグにてこのN.F. Boardによる2006 FIFI Wild Cupが開催された。チベットを含めて6つの国(というか地域?)が参加している。

    チベット代表はそれ以前にも1990年にイタリア、2001年にデンマーク、スイス、ドイツに遠征して現地のチーム等と親善試合を行っているが、国際大会に正式に出場したは2006年のFIFI Wild Cupが初めてであった。『国家代表チーム』としての金字塔である。

    TNSAのK氏によると、残念ながら今年南アフリカで開催されたワールドカップ前に同様の大会は行われなかったとのことだ。

    しかし2006年はTNSAにとって当たり年であったようで、チベット代表は11月には北キプロスで行われたELF Cupにも出場している。

    2008年にはオランダ、イタリア、スイス、オーストリア、ドイツを巡る遠征を実現させている。このところ海外での大会や試合へ活発に参加できているのは、TNSAならびに関係者たちの努力はもちろんのこと、国際社会とりわけ西欧地域におけるチベットに対する理解あってのことだろう。

    その他、2003年、2004年、2007年とインドのスィッキム州にて、同州のSFA (Sikkim Football Association)が主催するSikkim Governor’s Cupに出場している。

    チベット代表チームの戦績については、TNSAウェブサイト内のこのページを参照していただきたい。

    <続く>

  • 『35ドル』のお値打ちは?

    『35ドル』のお値打ちは?

    先月下旬、インドの人的資源開発省が行なった『35米ドルパソコン開発』の発表は世界的な話題になった。

    インド国内のIIT (Indian Institute of Technology)ボンベイ校、カーンプル校、マドラス校、カラグプル校、IISc (Indian Institute of Science)バンガロール校とともに開発を進めたこのタブレット型のパソコンは、少々iPadを思わせるものがある。

    タッチパネル式ディスプレイ、ハードディスクを搭載しない代わりにメモリーカードを記憶媒体として用い、OSにはリナックスを採用したこのPCで、ウェブサイトの閲覧、ビデオチャット、ワープロ等といった作業をすることができる。インドでは往々にして電力の供給に問題があることへの対応として、ソーラーパワーでも動作する仕様とのこと。

    この機器についての発表時点では製造を担当するメーカーは未定であったが、その後どういう進展になっているのだろうか。人的資源開発省は、次年度から教育現場に導入したいという意向のようだが、実際にはもう少し先になるのかもしれない。

    このタブレットPCの開発は価格面だけが強調されているきらいがあるが、これが土台となってインド全国の500大学と25000のカレッジをブロードバンドで結ぶという壮大な計画が、これによって実現可能なものとなる。

    35米ドル相当という価格で実現されるタブレットPCとは、果たして満足に動くものなのかと私自身半信半疑である。加えて、やがては20ドル、究極には10ドルという値段で提供する心づもりなのだというからますます驚きだ。

    そのタブレットPCの生産がスタートしてから、どういう形で供給がなされるのかはよくわからない。当面は教育機関に特化して納品されるのか、あるいは最初から一般の市場に出回るのか。

    私自身、iPadの購入はためらっているが、インドのタブレットPCは35ドルと格安である。発売されたら早速それを1台購入して試してみるつもりだ。もちろんそれをiPadと比較するつもりは全くない。どの程度使える製品なのか未知数とはいえ、これをもとにインドが計画している事業を思えば、充分実用に耐えるものなのだろう。

    先進国においてもこうしたモノを欲する層がかなりあるのではないかと思う。ちょうどネットブックの需要と重なる部分が大きいような気がする。『35ドルという破格の安値のハードウェアでウェブを閲覧できる』というだけで充分以上にアピールするものがあるだろう。

    このタブレットについて、友人から『こんな動画がYoutubeにあるよ』と教えてもらった。

    India’s $35 laptop hands-on review_ NDTV gadgetguru exclusive (Youtube)

    実機がだいたいどんな具合のものであるのか、おおよそ想像がつくようだ。そう遠くない将来これを手にするのがとても楽しみである。

    この製品は、インド国内のみならず世界(とりわけ第三世界)の市場を席巻する潜在力を秘めているものと思われる。それは必ずしもインド初のこのデバイスというわけではなく、別の国々からも類似の製品が出てくることだろう。

    実はすでに中国では民間企業によるaPad, iRobotなどといった安価なタブレット型PCが数十ドルから100ドル程度で販売されているようだ。スピード感と柔軟性に富む中国の製造業界を向こうに回しての健闘を期待したい。

    ※TNSA (Tibetan National Sports Association) 3は後日掲載します。

  • TNSA (Tibetan National Sports Association) 2  在印チベット人たちの『天皇杯』GCMGC (Gyalyum Chemo Memorial Gold Cup)

    TNSA (Tibetan National Sports Association) 2  在印チベット人たちの『天皇杯』GCMGC (Gyalyum Chemo Memorial Gold Cup)

    今年9月には2010 GCMGC (Gyalyum Chemo Memorial Gold Cup) というサッカーのトーナメントが開催される予定で、すでにエントリーしたチームが公表されている。大会名に冠したGyalyum Chemoとは、現在のダライラマの母親の名前である。いかにもチベット的な装飾のなされたトロフィーをめぐって出場チームが熱戦を繰り広げるのだ。

    1981年に始まったGCMGCは亡命チベット人コミュニティの中で、ちょうど日本の天皇杯に相当するもののようだ。TNSAウェブサイトの『TOUNAMENTS & CUPS』にあるとおり、開催年がところどころ飛んでいるものの、2005年までは在印チベット人社会にとって首都に相当するダラムサラで開催されてきた。

    2006年は開催されなかったようだが、翌2007年にはウッタラーカンド州のデヘラードゥーン近くのクレメント・タウンで開かれている。ここチベット難民の定住地のひとつであり、ニンマ派のミンドルリン寺が再建されていることで知られている。

    続く2008年の開催地はカルナータカのムンゴード。インドでゲルク派のガンデン寺が再建されたのはこの町であり、ここもまた当然のことながらチベット人たちが多く定住している。

    2009年の大会はダラムサラに戻ったが、2010年の開催地はカルナータカ州マイソール近くのバイラクッペである。この町は、チベット仏教のゲルク派の古刹セラ寺ならびにニンマ派のナムドロリン寺が再建された場所だ。

    受け入れ側の組織力やインフラも必要になるが、今後おそらくインド国内の他のチベット難民定住地で持ち回りにてこの大会が開催されることになるのだろう。インドにおける定住期間が長くなり、コミュニティが安定かつ成熟してきた証ともいえよう。

    今年のGCMGCは9月第2週に開催する予定。その時期にマイソールあたりに行かれる方でご関心があれば、ちょっと足を延ばしてみるといいかもしれない。

    詳細な日時やグラウンドの場所等については事前にTNSAまでお問い合わせいただきたい。

    <続く>

  • TNSA (Tibetan National Sports Association) 1  事実上の『チベットサッカー協会』

    TNSA (Tibetan National Sports Association) 1  事実上の『チベットサッカー協会』

    ヒマーチャル・プラデーシュ州のダラムサラ。在印のチベット亡命政府が置かれている。チベット難民たちの臨時首都のようなところだ。

    ダラムサラのマクロードガンジからオートに乗ってからまもなく大雨になった。チベット難民孤児の世話や学校の運営等を行なっているチベット人たちの非営利団体TCV(Tibetan Children’s Village)に向かうところであった。

    TCVに着くと、さらに雨脚が強くなってきたが、学校がちょうど休み時間に入ったようで、降りしきる雨の中、敷地内では制服を着た生徒たちが闊歩している。雨をものともせずに遊んでいる元気な子供たちの姿もあった。

    この日、私がここを訪れた目的はTNSA(Tibetan National Sports Association) を訪問することである。名称からして各種スポーツの振興を図る団体のように聞こえるが、この協会が対象とする種目はサッカーのみ。

    上は彼らの「国家代表」から各レベルの学校のサッカーチームまでトータルに統括する組織であることから、事実上のチベットサッカー協会本部ということになる。

    ・・・とはいえ、狭い事務所で沢山の書類が山と積まれたデスクが四つあるのみ。これが即ち常勤職員の数ということになるらしい。ここでTNSAの事務総長の立場にある50歳前後くらいの精悍な感じのするK氏からチベット人のサッカーにまつわる話をうかがうことができた。

    TNSA傘下にTNFA (Tibetan National Football Association) という組織が存在することになっているが、その位置づけは曖昧でTNSAとTNFAは事実上、同一のものであるといえる。

    <続く>

  • I リーグでプレーした元Jリーガー

    伊藤壇という元Jリーガーがいる。

    Jリーグで在籍していたチームはベガルタ仙台で、ポジションはミッドフィールダー。2001年J2からJ1に昇格したチームだが2003年に再びJ2に降格となり、再度J1に浮上したのは2009年のことだ。伊藤選手はチームが2001年にJ1に昇格する前に戦力外通告を受けてチームを去った。

    その後、彼は北海道サッカーリーグの札幌蹴球団を経て、アジアやオセアニアのクラブチームで転戦する生活を送る。シンガポール、オーストラリア、ベトナム、香港、タイ、マレーシア、ブルネイ、モルディブ、マカオ、インドの11ヶ国でプレーしている。

    インドでの活躍の場はI-LeagueのChurchill Brothersというゴアを本拠地とするチームだ。2009年に加入、残念ながら今はすでに退団している。目下、次の国を目指しており、所属先はまだ未定のようであるが、今後益々の活躍を期待したい。

  • iPhone / iPadにちょっと注文

    iPhoneやiPadでウェブ閲覧アプリケーション『サファリ』を立ち上げて、ヒンディーで表記されたサイトにアクセスすると、文字化けはしないまでも表示に不具合がある。

    短母音の『イ』が一文字分遅れて表示されたり、結合文字が表記できなかったりするのだ。そうした癖があることを踏まえれば充分使えるとはいえ、なんだか読みづらい。

    iPhone / iPadでラージャスターン・パトリカーの記事を閲覧してみた。他のヒンディーによるニュースサイト等でも同様の癖が発生する。

    iPhone / iPad   ヒンディーのサイトの表示に不具合

    ネパーリーの場合も同様で、デーヴァナーガリー文字の表示そのものに難があるのだろう。
    iPhone / iPad上で作動する他のブラウザーで開いてみても同じ現象となる。OSの言語環境が、もともとそういう仕様なのだろう。ウィンドウズのPCではちゃんと表示されているがゆえに、アップルにはなんとか改善してもらいたいと思う。

  • babajob

    babajob

    babajob.comというサイトがある。要は求職サイトなのだが、地域と職種を選んで進んでいくと連絡先、サラリー、勤務地、勤務時間、必要とされる言語、その他注意事項等が出てくる。

    トップメニューでいくつかの言語の中からひとつを選び、職種や地域ごとに調べることができる。また希望する給与から探すこともできる。

    あるニュースサイトに『非正規雇用者の求人情報サイト』と書かれていたが、これは正しくないだろう。ハウスキーパー、庭師、運転手、料理人、チョーキーダールといった仕事の他に、会計、ITエンジニア、教員などといった専門職の求人もある。 (さらに…)