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投稿者: ogata

  • 加齢と闘うスターたち

     今年41歳になるサルマーン・カーン。特にインドではかなり大きな息子や娘がいても全然おかしくない年齢だが、80年代後半のデビュー当時と変わらないような役柄を演じ続けている。1965年生まれのアーミル・カーンだってまだ学生の役を演じることができるし、シャー・ルク・カーンもそんな歳にはまだまだ見えない。それでも3人とも1965年生まれだ。ジューヒー・チャーウラー、マードゥリー・ディクシト、アクシャイ・クマールらは彼らよりもふたつ下で今年39歳。
     でもこうした年齢は、日本はもとよりインドにおいてはなおさらのこと名実ともに立派なオッサンでありオバサンである。
     そういえば今では老人役ばかりの旧世代スターたち、今年64歳になるアミターブ・バッチャンは、50歳を目前にした15年前の『HUM』あたりまでは若者役が多かったし、リシ・カプールも10年少々まではまだまだ青年の役柄で映画に出演していた。90年代に差しかかったあたりは彼らにとってキャリアの大きな節目であった。
     観客側にしてみれば、野心溢れる青年たちがギラギラした中年期を経ることなく、いきなり年配者としてスクリーンに出るようになったのだから、どうも解せない気がするのは私だけではないだろう。

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  • スリランカな週末 東京渋谷の代々木公園

     10月14日(土)と15日(日)に今年で3回目となる『スリランカフェスティバル2006』 が開催される。
     日本におけるスリランカのプレゼンスの規模の違いを反映してちょっと小ぶりだが、ステージで繰り広げられる多様なプログラム、様々な業者や団体等による出店などと合わせて、ちょうど先日同じ場所で行なわれた『ナマステ・インディア』のスリランカ版だといえる。
     秋の柔らかな陽射しのもと、おいしい紅茶を楽しみつつ熱々のホッパーをほおばり、香り高いカレーを楽しんだ後はアラックを片手に舞踊や音楽を鑑賞しながら、ゆったりとした週末を過ごしてみるのはいかが?
    スリランカフェスティバル2006

  • サッカー インド大善戦!

     10月11日、バンガロールのスタジアムで君が代に続いてジャナ・ガナ・マナの演奏がなされた後、インド時間午後5時40分、日本時間にして夜9時10分にAFCアジアカップ予選A組インド対日本の試合がキックオフされた。
     すでに本大会行きが決まっている日本にとっては消化試合に過ぎず、今回の大会ではすでに後に続くものがないインドにとってもこの試合で具体的に得られるものは特にない。それでもインドにとっては世界レベルのチームとの対戦は決して多くない貴重な機会である。特に若手の選手にとっては自らの実力を自国のサッカー協会や所属クラブにアピールする絶好のチャンスだ。開催地がバンガロールということもあり、自国ファンの目の前でインドがどこまで頑張ることができるのか大いに期待されるゲームだ。
    ・・・とはいうものの、スタンドには空席が目立つ。サッカー熱の高いカルナータカで戦う自国代表の試合がこんなものであるのはちょっと寂しい。
     前半の日本は2点を挙げたとはいうものの、明らかに格下(FIFAランクを書く)のチームのペースに合わせてしまい、持ち味のスピード感を欠く退屈な試合をしていたと言わざるを得なかった。ただしこの両得点を挙げたガンバ大阪の播戸の気持ちの入ったガッツあふれる姿勢は良かった。風貌、体格といいプレーのスタイルといい、若いころのインドのエース、ブーティヤーを彷彿とさせるものがある。
     そのいっぽうインドはといえば、FWのバイチュン・ブーティヤーはインド、いや南アジアを代表する名手とはいえ、前線に張っている彼にいくつかのいいボールが渡っても、やはり相手が日本くらいのレベルになると特に目立たないごくフツーの選手となってしまうのはやはり盛りを過ぎたためもあったのかもしれない。全般に技術・戦術のレベルの差が大きいため個々の選手に気持ちの余裕がないのだろうが、せっかくフリーでボールをキープしていても平凡なミスにより失ってしまうシーンが目立つのは残念だった。
     だがインドは思い切り引いて守りを固めてカウンター一発を狙う・・・という形でくるだろうという大方の予想に反して、中盤の高いところから果敢にプレスをかけてくる積極的なスタンス、だからといって簡単に裏を取られることない守りの固さは大いに評価できるだろう。
     個々の選手としては中盤のマンジートはなかなかいい仕事をしていたし、ステーヴンも卓越した技術を見せてくれた。ディフェンダーのプラディープが自陣深いところから時おり前線へ繰り出す長いパスも魅力的だった。 誤解のないように付け加えておきたいが、FIFA世界ランクの評価ほどにはインド選手の個人技のレベルは決して低くないのである。

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  • ICパスポート(2)

     ところでインドでは、外圧よりもむしろ国内的な理由からパスポートの電子化急いでいるようだ。テロリストや犯罪者たちによる変造・偽造パスポートによる入国を防ぐことが、インドで『E-PASSPORT』と呼ばれる新型パスポートの導入の準備が急ピッチで進める主要な理由のひとつだ。 電子チップに記録されたデータにより、出入国地点でそれをチェックする設備が備え付けられている限りは、インドはもちろん他国でも不正な旅券を行使しようとした者を摘発することが容易になることが期待されている。もちろん入国審査の迅速化にも有効であることから、近年とみに増加しているインド発着の空の旅客の出入国管理の効率化にも役立つ。
     インドでは2007年から電子パスポート導入の試行期間として、政治家や外交官といった公用で外国を訪問する人たちのパスポートを電子化する予定。この中で技術的な改良や検討を加えるとともに、新しいタイプ旅券発行に対応できる体制を整えたうえで、ある時期を境にその後更新や新規発行がなされるものはすべて『E-PASSPORT』化されるのだろう。今年6月中旬の報道では『2013年までに』電子化を完了させる予定らしい。もちろんそれまでにE-PASSPORTを市民に発行する・・・といった悠長なものではなく、現存のものも新規発行のものからも旧タイプの旅券を排除し、すべて新しいタイプのものと入れ替えるということである。
     ただし技術的な問題もさることながら、ことインドのような国にとっては費用の問題も頭痛の種である。現行の旅券の場合は作成におよそ1500ルピーかかるというが、電子化するにあたり埋め込まれるチップひとつの価格が500ルピー近い。これらは旅券取得者に転嫁できるにしても、電子パスポートを作るための設備、出入国チェックその他必要な場所で電子情報の読み取り確認ができる装置等々の導入にあたっての初期費用だけでも相当なものだろう。もちろん一連の動きを新たなビジネスチャンスとして、これらに関する利権をめぐって水面下ではかなり前からいろいろな動きがあるはずだ。
     進んでいる部分は確かに目を見張るものがある反面、遅れているところについては目を覆いたくなるような状態であることが珍しくないインド。せっかく電子化されてもパスポート申請を取り扱う部署の腐敗や怠慢から不正な旅券の取得が発生したりすることもあるかもしれない。それにクレジットカード同様、新型パスポートの偽造だって不可能ではないそうだ。技術の進歩の権力側の専売特許ではなく、それに対抗する側もさらに腕を上げている。こうしている今もどこかで悪意を抱く人々が偽造・変造IC旅券の作製技術の確立に日夜取り組んでいることだろう。
     こうしている今も世界中で数え切れないほど多くの人々が国境を越えて移動を続けている。その中で旅券や査証などの偽造や変造およびその行使を行なう人はごくごくひとにぎりの例外的存在である。こうしたごくわずかな数の人たちによる不正を防止という非効率にしてあまり生産的とは思えない目的のために、世界規模で多額の資金や労力が費やされることになる。
     またICパスポートの導入について法的、政治的、人権上の問題が懸念されている部分もあるし、自国政府の権限の及ばない外国政府の手に自国民の個人データを蓄積させるのはいかがなものかという疑問も提示されている。これらすべてを含めて、善意の市民たちが払わなくてはならない代償はいかに大きなものであろうか・・・と思うのは私だけではないだろう。

    Indians to have e-passports by 2013 (Times of India)
    便利だけですまないIC旅券:入管法改正案の問題点 (JANJAN)

  • ICパスポート(1)

     タイの知人のパスポートを見せてもらった。従来どおり茶色い表紙にガルーダのイメージがプリントされたものだが、手にとってみるとなんだか別物みたいだ。
     それもそのはず、日本でいうところのICパスポートである。写真、旅券番号、有効期限その他の個人データの入ったページは紙ではなくフレキシブルなプラスチックになっており、カバーには様々な情報が記録された電子チップが埋め込まれている。電子化の際にパスポートの素材も全面的に刷新したのだろう。追記や査証欄といった他ページの紙質も大幅に向上したようだ。携帯メモ帳並みの品質の紙に氏名その他のデータが手書きで記された隣国ミャンマーの旅券とは天地の差だ。
     90年代以降、偽造や変造を防ぐために多くの国々の査証は、それ以前の大きなゴム印等でペタリと押すスタンプ式のものからカラフルなステッカー状のものに変わってきている。昔は種別、発行地、発行日、有効期限くらいしか書かれていなかったものだが、今では所持者の氏名、パスポート番号等に加えて、日本のものように顔写真まで刷り込まれるものも少なくない。やがてこうした査証にも電子記録が施されたり、旧態依然の出入国印についても不正を防止するために何らかの手立てが打たれたりするのではないだろうか。
     ご存知のとおり、日本では2006年3月下旬からICパスポートの申請を受け付けている。これ以降に旅券の取得や更新をした人は、この新しいタイプのものを持っているはずだ。パスポートの電子化は時代の流れであるにしても、もともと日本にとっては取り立ててこれを急ぐ理由もなかったので、これを早期に採用することについて政府は積極的ではなかったようだが、主にアメリカからの外圧に屈した形で導入が決まった部分が大きい。具体的にはアメリカが入国査証の相互免除継続の要件として2005年10月(その後期限を延長して2006年10月となった)までのIC旅券の導入を提示したことである。(旧来のパスポート保持者は、有効期限内はビザなしでアメリカを訪問可能)
     ちなみに現在、同国の査証免除対象国とは、アンドラ、オーストラリア、オーストリア、ベルギー、ブルネイ、デンマーク、フィンランド、フランス、ドイツ、アイスランド、アイルランド、イタリア、日本、リヒテンシュタイン、ルクセンブルグ、モナコ、オランダ、ニュージーランド、ノルウェー、ポルトガル、サンマリノ、シンガポール、スロベニア、スペイン、スウェーデン、スイス、英国の27ヶ国である。当然のことながら、これらの国々もそれぞれ複数の国々を対象に査証の相互免除の取り決めがあるわけなので、将来的にはこの27ヶ国もまた各々の相手国に同様の条件を提示することもありえよう。こうして『アメリカの意思』が世界の隅々へ浸透していくことになる。自国発の『グローバル・スタンダード』を世界に推し進めるアメリカの強い影響力を示す好例だろう。
     もちろんどの国にとっても出入国の不正行為防止には有効である。電子的に記録されている瞳の虹彩や指紋その他の旅券所持者固有の生態認証情報が、旅券の持参人当人と同一であることを容易に確認できる手段が確立すれば、他人のパスポートによる不正入国を防止する効果は期待できるかもしれない。現実に日本在住の一部の外国人たちにより、自分のパスポートを外見や年齢等が似通った人物に貸して出入国させるような大胆な事例は決して珍しくないようだ。たとえば中国のように、自国民が外国で出入国等にかかわる不正問題を多数発生させている国で、可能な限り早い時期に電子旅券を採用させるよう各国から圧力をかける必要があるだろう。
     欧米や中東産油国ではインド国籍保持者による同様の問題がありそうだが、こちらはすでに旅券の電子化のスタートラインに着いている。
    IC旅券の発行を開始しました(外務省)
    http://www.mofa.go.jp/mofaj/toko/passport/ic.html

  • 百年前の日印交流


     さきほど日印協会の会報第一号の復刻版を手にする機会があった。奥付には今からさかのぼること一世紀近く前の明治42年(1909年)発行とある。同協会は明治35年に組織された日印倶楽部を前身(翌35年に日印協会として改組)とし、当初は熊本藩主の分家にあたる長岡護美子爵が会長を務めていたが、没後は大隈重信伯爵が会頭、一橋大学教授であった神田乃武男爵が副会頭として率いていくこととなった。当時の会員名簿も掲載されているが、こういう時代だけあって伯爵、子爵、男爵といった爵位を持った人たちの名前がところどころに目に付く。当のインドは英国統治下にあったため顧問はイギリス大使のサー・クロード・マクドナルド。名簿には服部時計店(現セイコー)創始者の服部金太郎、この号にて『インド綿花輸入及びボンベー航路起源』と題した文章を執筆し、実業家として広く知られた渋沢栄一男爵の名前もある。個人情報保護という観念がまだなかった時代であり、主に会員たちの内輪で出回る小冊子であるためもあろうが番地まで入った詳細な住所が記載されている。日本在住のインド人としては『バナジイ』『エダルジイ』といったベンガル人らしきも名前が見受けられる。インド在住の日本人の名前には、駐ムンバイーの外交官や『印度ラホール市』在住の貿易商の名前など記されている。日印両国以外のところでは『清国天津』駐在の三井物産幹部の名前も。
     また『印度ボンベイ市』の会員として『ターター』の名前もあるが、これはもちろんあの財閥のターターのことだ。前述の渋沢栄一の文章の中に、日印貿易のはじまりとなる綿花取引にあたり、ジャムセートジー・ターターや彼の甥のR.D.ターターの好意と協力があったことが記されている。

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  • 名は体を表す?

     私たち日本人と違い多くの場合インド人の名は信仰、カースト、地域などといった個々の出自を色濃くあらわす。そのため『名前』の持つ重みは相当なものである。
    Indian Names』や『BOOK OF HINDU NAMES』といったインド人の名前の綴りや意味などについて書かれた本はいろいろ出回っているが、ここのところウェブ上でそうしたサイトをよく見かけるようになってきているし、インターネット上の百科事典Wikipediaでもインド人の名前に関する記事を閲覧することができる。
    Indian names』というエントリーでは、インドの人々の名前のありかたや地域ごとの特徴などについての概説がなされてお
    り、『Indian given names』   においては各個人につけられた名前の意味のリストが掲載されている。そして『Indian family names』 では姓についての解説だ。最後のファミリー・ネームの記事中で、たとえば『Agarwal』をクリックしてみよう。すると同姓についての詳しい記述が出てくる。Agarwal姓の起源や歴史といった背景、この苗字を名乗る著名人、同じコミュニティに属するさまざまなゴトラの苗字のリストなどが出てくる。
     後者のふたつ(Indian given namesとIndian family names)については、ともに一応の骨格はできあがっているようだが完成までの道のりは遠いようだ。名前のエントリー数が少ないことや土地の言葉での綴りが書かれていないことはもちろんのこと、それ以上に目下未記載で空白になっている部分、ほとんど記述がなされていない項目などがあまりに多く実用にならないのが残念。
     それでも広く世間の人々の好意と貢献に支えられて日々絶えず進化を続けているオンライン百科事典だけに、インド人の名前に関する記事群が突如目覚しい発展を遂げて『とっても充実していてびっくり!』することが近い将来あるかもしれない。
     インドと重なる部分が多く密接な関係にある『Pakistani family names』 の記事では地域ごとの固有のもの、アラビア起源、ペルシャ起源、トルコ起源といったさまざまな氏族名の解説がなされており興味深い。こちらもあわせて今後さらなる発展を期待したいところだ

  • メトロが変えるか? 街の風景

    メトロ
     先日、ムンバイー・メトロのことについてアップした後、インディア・トゥデイ(10月4日号)に各地で広がるメトロ建設計画について書かれた記事が掲載されていることに気がついた。
     それによると、アーメダーバードとコーチン以外にも、バンガロール、ハイデラーバードでもこうしたプランがあり、コルカタでも市街東部にネットワークを広げることが構想されているとある。都市部の過密化が進む中で、交通渋滞の減少およびスピード化というふたつの相反する効果が期待できるうえに、公害と交通と減らすことにも貢献するため、まさに時代の要請にマッチするといったところらしい。
     
     個人的には既存のバス等の交通機関に較べて安全性と質も格段に高く、公共交通機関というもののありかたについて大きな指標となりえることからその存在意義は極めて大きいと考えている。ちょっと想像してみるといい。インドでクルマもバイクといった自前の足を持たず、でも運良く自宅も職場もそれぞれメトロの駅近くにあったとすれば、毎日それで通勤できたならどんなに楽なことだろう。たとえすし詰めの満員だって他の交通機関よりもずっと安心だ。
     メトロのネットワークが広がるにつれて、また他の交通機関と競合する部分が多くなるに従い、既存の交通機関のクオリティの向上もある程度期待できるだろう。またコルカタで検討されているように利用者たちの利便を図るため、市民の足として相互補完するためバスとメトロの走行ルートや停留所などの調和や共通チケットやパスといった構想もやがて当たり前のものとなるのかもしれない。
     渋滞、長い信号待ち、事故などによる遅れなどもあり、時間的にあまりアテにならない都会の路上交通よりもずっと正確に動くメトロは、ときに細い道を通ったり複雑なルートを取ったりするバスにくらべて、同じ時間かけて進む距離も長い。そのため人々の通勤圏も広がり都市圏をかつては思いもよらなかった遠い郊外へと拡大できる。
     人々はそこにマイホーム取得の可能性を感じ、需要をアテこんだデベロッパーが開発を進める。それまで二束三文にしかならなかったような土地の資産価値がグンと上がり・・・といったお決まりのパターンとともに、周辺の小さなタウンシップを呑み込む形で市街地が拡大していくことになる。こうした動向の副産物として、いつしか都心部(デリーに限らず)の旧市街などからより条件の良い地域に流出する人々や店などが出てくるといった、いわゆるドーナツ化現象が起きることもあるのだろうか。
     それはともかくこうした動きの中で、インドの街にありがちな極端な過密さも多少緩和される・・・といいのだが。
     ただしメトロ建設の問題は、インドのような途上国にとって実に高い買い物であることだ。先述のインディア・トウデイの記事中には、世界中のメトロで経営的に成功しているのは香港と東京くらいと書かれているのだが、果たして本当だろうか。
     でも極端な話、車両と人員と運行ルートさえ確定すればすぐにでも開始できるバスのサービス(しかも前者ふたつは往々にして民間業者による請負が多い)に比較して、メトロというものは都市交通機関としては初期投資も維持費もケタ違いに高いことを思えば、あながちウソではないのかもしれない。
     こうした夢が描けるのは、もともとのスタート地点が低いため発展の成果が視覚的に認知しやすいこと、地域的にはいろんな問題を抱えつつもマクロな視点から眺めた経済が好調続きであることに尽きるだろう。しかし総人口の6割以上を20代以下の若年層が占めるこの国で、多くの人々が『今日よりも良い明日』を期待できるのは実に喜ばしいことではないだろうか。

  • ムンバイー・メトロ 来月着工

     インドで『メトロ』といえばコルカタとデリー。ここにきてもうひとつのメガ・シティで新たに導入が予定されている。10月からムンバイー・メトロの工事がいよいよ開始されるのだ。コラバからチャールコープまでの38kmを越える長いルートである。
     またワルソーワーからガートコーパル、バーンドラーからマーンクルドまでの路線も計画されている。後者は巨大スラムとして内外に知られるダーラーヴィーの目と鼻の先をかすめて走ることになることから、同地区の再開発計画にも弾みをつけることになることだろう。この路線が開通するのはいつになるのかわからないが、『かつてここは世界最大級のスラムであった』と言われてもピンとこないような洒落たコマーシャル・エリアに変貌する日がやがて来るのかもしれない。
     ともあれ既存の郊外電車のルートと合わせると、ムンバイーの鉄道交通ネットワークはずいぶん密なものになり、まさにインドきっての商都らしいものとなる。MUMBAI METRO SYSTEMをご参照いただきたい。
     メトロといえば、他にも近年成長著しいアーメダーバード、そしてなんとコーチンでも導入の計画がある。
     都市部では本格的なマイカー時代が到来しているインドだが、都会の公共交通の分野ではメトロの時代がすぐそこまで迫っているのだろうか。将来にわたり都市交通の質の向上が見込まれることは実に喜ばしい。

  • リコーGR-Digitalを越えるか? シグマDP1

    シグマ DP1
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     昨秋発売されたリコーのGR-Digital。ほぼ一年間使ってみた感想としてはレンズ性能、搭載機能、充実したアクセサリー類を含めた拡張性等非常に満足度が高いモデルだと思う。胸ポケットにすっぽり収まってしまうコンパクトさもまた大きな魅力だ。そのおかげで常日ごろどこへ行くにもまさに肌身離さず持ち歩いている状態なのだ。
     しかし不満もある。1/1.8型という小さなセンサーを使用しているためだろうか、ISO感度を高くすると画像がひどく荒れてしまって使えないし、ラティテュードが狭く被写体のコントラストが高ければいとも簡単に白飛びしてしまう。それでもコンパクトな大きさで28mmの単焦点のモデルは今のところGR-Digitalしか存在しないので特に目移りすることはなかった。
     ところが・・・である。ドイツのケルン・メッセにて開催のフォトキナ2006で参考出品されているシグマのコンパクトデジタルカメラ「DP-1」はどうだろう。35mm判換算で28mmの単焦点レンズを持つこのカメラは、発売されればおそらく日本で始めてとなるFOVEON X3センサー(1406万画素)を搭載していることだ。このタイプのセンサーの特色は、光の三原色を1画素で捕らえることができることである。そのため銀塩写真に最も近い画質を実現できるのだとか。これに対して現在一般的な撮像素子は1画素で1色を取り込んだ後に補間処理による画像生成が行なわれる。FOVEON X3センサーは偽色の発生を抑え、より鮮明で正確な色を再現するといわれる。 
     
     このセンサーは今年11月に発売予定の同社の一眼レフSD14に搭載されるものと同じである。コンパクトタイプのデジタルカメラに一眼レフ並みのAPS-Cサイズのセンサーが搭載されるのは世界初だ。これでようやく先述のGR-Digitalに感じていた不満の解消が期待できるだろう。ただレンズの開放F値が4.0と暗いのが気になるところだが、『撮像素子にスタビライザー機能を搭載している』とのことで、どうやら手ブレ補正機能が付いてくるらしい。いまのところ細かいスペックは明らかになっていないが、画像を見る限りではGR-Digitalとよく似たフォルムであり、ボディサイズもほぼ同等らしい。発売から一年にしてようやくGR-Digitalの対抗馬の姿が浮かび上がってきた。
     発売時期は未定だが、来年1月あたりには・・・という話がある。発売に先行して店頭での予約受付が始まった途端フラフラと注文してしまう自分の姿が目に浮かぶ。。コンパクトデジカメとしてはかなり高価なものとなるはずだが、日常や旅先でもマルチに重宝する高品位なカメラとしても注目されることだろう。そしてもちろんインドでも大いに役立ちそうな予感。
    コンパクトデジタルカメラ SIGMA DP1開発のお知らせ(シグマ)

  • たかが名前されど名前 ポンディチェリー改名

     1954年にインドに返還(1963年から連邦直轄地)された旧仏領ポンディシェリー(Pondichéry)は英語ではポンディチェリー(Pondicherry)と言い、タミル語ではパーンディッチェーリ(பாண்டிச்சேரி)と呼ばれる。『新しい町(村)』という意味だそうだ。
     ここにきて再びその名前が変わることになる。8月半ば成立した法案が発効を迎えたことから新しい名称はプドゥッチェーリ(புதுச்சோரி)となり、仏領以前の地名に戻ることになる。
     外国統治下はともかくとして、インド返還後半世紀近くも経ってからその名を変えることにどれほどの意味があるのかとも思う。近年改名された地名は少なくないのでこれに限ったことではないのだが、名称変更後ただちに・・・とはいかなくても、段階的に役所その他の公共施設での表示や公文書における表記を改めていくことになる。そうした手間が行政コストに跳ね返ってくるムダ、また地図、住所表示その他民間にも余計な出費や面倒をかけることになるが、区画整理や自治体の合併などで地名の変更を余儀なくされる場合はともかく、長いこと呼び習わされてきた土地の名前について、こうした代償を支払っても充分ペイする効果があるのかどうかははなはだ疑問だ。
     改称については政治屋さんの思惑や気まぐれに振り回されて『ああ迷惑な・・・』と感じる人も少なくないことと思う。そもそもPondichéry、Pondicherryあるいはபுதுச்சோரிで一体誰が不便や不都合を感じていたというのだろう。あえて大昔の『プドゥッチェーリ』という名称を復古させることにどれほどの合理性があるのだろうか。
    Destination Puducherry (The Hindu)

  • ショーレーが帰ってくる

    SHOLAY (1975)
     1975年公開のショーレー(SHOLAY)といえばプロデューサーのG.P.スィッピーとその息子ラメーシュ・スィッピー監督が製作、アミターブ・バッチャン、ダルメーンドラ、アムジャド・カーン、ジャヤー・バドゥリー(現ジャヤー・バッチャン)、ヘーマー・マーリニー、ヘレン等々、当時の豪華キャストをそろえた超大作。
     主人公のジャイ(アミターブ・バッチャン)とヴィールー(ダルメーンドラ)演じる若者のふたりが勇気と知恵をしぼってガッバル・スィン(アムジャド・カーン)率いる盗賊団を退治する冒険活劇はまさにマカロニ・ウエスタンならぬ『マサラ・ウェスタン』である。公開当時はまさに西部劇のコピーだとして批判も少なくなかったそうだが、現在のお金に換算して5千万ドルもの興行収入、ムンバイの映画館ミネルヴァ・シアターにおけるなんと286週!という超ロングラン上映期間ともに、ボリウッド映画史上燦然と輝く金字塔を打ち立てた。
     私はその当時の熱気を知る世代ではないためビデオで鑑賞しただけだが、YEH DOSTIの歌とともにアミターブとダルメーンドラがサイドカー付きのバイクで駆けてくるシーン、ガッバル・スィンの野営地でバックに流れる音楽MEHBOOBA MEHBOOBA とともに挑発的なヘレンのダンス等々、とにかくワイルドなカッコ良さに大いにシビれた。
     この映画に出演した豪華キャストの中からアミターブ・バッチャンとジャヤー・バッチャン、ダルメーンドラとヘーマー・マーリニーという当時の映画界を代表する二大カップルが実生活でゴールインしている。
     1975年リリースのオリジナルのショーレーでは、ジャイ役にモヒト・アフラーワト、ヴィールー役にはアジャイ・デーヴガン、盗賊団の親分を倒すジャイ役を演じたアミターブ・バッチャンが今回の新作ではかつてとはまったく逆に大悪党ガッバル・スィンに扮する。ちなみにガッバル・スィンは1950年代にマディヤ・プラデーシュ州のグワリヤル周辺を荒らしまわり悪名を馳せた同名の実在したダークーがモデルとなっている。旧作にてこの役で出演したアムジャド・カーンは、1991年公開のラームガルのショーレー(RAMGARH KE SHOLAY)でも同じ役を担ったが、映画公開の翌年1992年にはそれまで長く患ってきた心臓病が原因で亡くなった。
     来年、そのショーレーが私たちの前に帰ってくる。監督はラーム・ゴーパール・ヴァルマー。彼が32年前の超大作を現代の私たちの前でどのようにリメイクするのかお手並み拝見といったところだ。
     世代を超えて愛される冒険活劇として旋風を起こし、映画史に再び名を残すのだろうか、それとも時代錯誤の懐古趣味、あるいはくだらないパロディーと一蹴されるのか。
     彼が指揮を取る作品ならば必ずやヒネリの効いたオリジナリティ溢れる面白い作品になるのではないかと期待している。でもあまりに偉大な『ショーレー』の看板を背負う以上、ある程度の興行成績を収めることができたとしても、世間は月並みな評価で放っておいてはくれず絶賛か酷評かのふたつにひとつなのではないかという気がするのだ。
     ともあれ2007年版のショーレーが今からとても気になっているのは私だけではないだろう。