狂気が駆け抜ける!(1)

吠え立てる犬
 コルカタのパークストリートで、通りを行き交う人々の間を抜けて前方から物凄い勢いで犬が駆けてくる。何やら妙な唸り声も上げている。界隈で知り合ったインド人紳士と話をしながらマイダーン方面へと歩いていたのだが、これが私たちの足元をビュンと通過してびっくりした。さらに後方へと犬は一直線に駆け抜けていく。思わずふたりで顔を見合わせる。
「うわっ!暴走車みたいな犬だな」
「変な声出してるし」
 そこからしばらく進み、沿道のある店に差しかかり『私はここで用事がありますから』と言う紳士と別れる矢先だった。同じ犬が今度は後ろから疾走してきて再び私の足元をかすめてこの男性と衝突・・・するかに見えたその瞬間、彼の左足ふくらはぎに咬み付いた。
 懸命にその足を振り払うと犬はそのまま前方へと加速して走っていく。そしてやはり犬の進行方向にいた人が咬まれて悲鳴を上げている。
 紳士は咬まれた部位を気にしつつハンカチを取り出して拭いている。ズボンには犬の唾液がべったりと付いている。
「医者に相談したほうが・・・」
「どうかな?」


 彼は苦笑いしながらちょっと肩をすくめてみせる。このときたまたま体の位置が犬の進行方向に重なっていた彼が咬まれてしまったが、ほんのちょっとしたはずみで私がやられていてもおかしくなかった。犬が後方から駆けてくる数秒前、彼が用事先の店のほうへと一歩進んで私と体の位置が入れ替わったのでこういうことになった。結果的には私の身代わりになって咬まれてしまった形になる。こちらとて犬を避けようと意図したわけではないのだが、やや申し訳ない気がしないでもない。
 しかしこの犬の『挙動不審』な状態、つまり方向をほとんど変えることなく一直線に無意味な暴走することを繰り返し、何とも形容しがたい変な声を上げていること、やたらと人に噛み付くことなどが特に気になる。 たまたま何かで気が立っていたということもあるかもしれない、また犬の病気といってもいろいろあるだろう。私は動物の病気に関する知識は持ち合わせていないのだが、まずは『狂犬病』を疑う必要があることは間違いないはずだ。
 興奮した犬がまた向こうから暴走してくるような気がして怖かったので、私はすぐにタクシーを止めて通りから去ることにした。本当に狂犬病を患っている犬だとすれば大いに憂慮すべきことである。この混雑した大都会の目抜き通りで、この調子で人々や他の犬たちに咬み付いているとすれば、相当な規模で感染が広がることになる。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です


上の計算式の答えを入力してください