10 SUDDER STREET

 ごちゃごちゃとした安宿街、世界各地からバックパッカーたちがやってくるコルカタのサダルストリートだが、インド博物館やエスプラネードにも近く、界隈にはなかなか由緒ありそうな教会もチラホラ。中を細かく仕切って数多くのテナントに貸し出している建物の中には昔々はそれなりに立派なお屋敷であったのでは?と思われるものも少なくないから、かつては品のよいコロニーであったことだろう。
 近代インドを代表する詩聖ラビンドラナート・タゴールもかつてこの地域に起居していたことがあることは耳にしていたものの、それが具体的にどのあたりであったのかは知らなかった。彼の家はコルカタその他各地に屋敷等を所有しており、その中のひとつであったここサダルストリートの家で一時期を過ごしたのである。
 このたびコルカタのこの通りに到着した時間帯が遅く、少しはマシそうなホテルはどこも一杯で、やむなく空室のあったHotel Diplomatという名前だけは立派な宿に一泊することになった。元々はひとつであったらしいフロアーを左右のみならず上下にも仕切ってあり、日本人としてはごく標準的な背丈の私でさえも頭をかがめないとぶつかってしまうような低い天井、隣の部屋でタバコを吸い込む音さえもが筒抜けの薄い壁、ひと月くらい交換していないようなベッドシーツと典型的な安宿である。
 翌朝起きてもっと快適に過ごせるホテルを確保してからリュックを取りにこの宿に引き返したとき、建物の斜め前にあるヘタウマな漫画みたいな胸像を目にしてふと思った。以前からこの場所で見かけてはいたのだが・・・。
『これって、ひょっとしてタゴール??』
 基壇に刻まれた文字を目をやると、それはまさにその大詩人の像に間違いなかった。
『RABINDRANATH TAGORE COMPOSED HIS POEM “THE AWAKENING OF THE FOUNTAIN” WHILE LIVING IN 10 SUDDER STREET』とある。


タゴールの像
 サダルストリート10番というのが彼の住所であることを初めて知ったが、調べてみるまでもなかった。胸像の向かいの建物がそうなのだから。つまり私が昨夜宿泊した安宿がまさにその場所にあたる。これを前夜就寝前に知っていればもっと楽しい夢を見ることができたものを!
 聞けば、この建物は増改築のため原型をとどめないほど外見が変ってしまっているという。それに内部にふたつの安宿、旅行代理店に両替商などといったテナントがぎっしり入り、当時を偲ばせてくれるものは何もなくすべてが原型を留めていないだろう。 
それでもあの汚い壁の中にはきっとタゴール自身の思い出が詰まっているはずだ。それに姿をすっかり変えてしまっていても、かつてあの大詩人が過ごしたまさにその空間に身を置いたこと自体がとても感慨深いものに思えてきた。
 ヘンな客引きや商売人たちがしきりに声をかけてくるこの界隈だが、彼らを無視して息を大きく吸い込みしばらく瞼を閉じてみてはいかがだろうか。現在のサダルストリート10番のいびつな建物の中からかつて詩聖が暮らした屋敷の姿が浮かびあがってくるかもしれないし、想像力次第では詩作の合間に気晴らしの散歩にでも出かけるタゴールの姿も見えてくるかもしれない。
現在の『10, Sudder Street』

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