HMT手巻時計の「オリジナルモデル」

CITIZENの「ホーマー」
HMTのJanata

シチズンの「ホーマー」というモデルが存在していた。クォーツ時計が一般的となるよりも前の時代、1960年に発売された手巻時計だ。精度や耐久性に定評のあるモデルだったのだろう。市販バージョンとは別に国鉄専用モデルも存在していた。業務用として職員に配布していたモデルは、秒針をゼロ秒にリセットする機能が付いた特製品だったようだ。

実はこの「ホーマー」、2016年に時計部門を廃止したインド国営企業HMT時計部門の主力商品として長年販売されていた一連のモデルのオリジナルだ。1970年代初頭にシチズンがHMTと提携関係を結ぶとともに技術供与されたものである。

これをベースにHMTの手巻時計、Janata、Pilot、Priya、Jhelum等々が生産されていた。中のムーブメントはホーマーそのものであるともに、ボディーの形状も瓜二つだ。いわばホーマーのインドで生まれた双子の兄弟とも言える。
もっとも「ホーマー」には、文字盤のデザインのバリエーション以外に、日付表示のあるモデル、21石モデル等の用意があったが、これをベースにしてHMTが製造したのは、17石で日付のないモデルだ。

このモデルがシチズン時計として日本で発売されてから56年後までの半世紀以上も製造販売されていたことは特筆に値する。他にも自動巻きやクォーツも作っていたのだが、1980年代後半以降、ターター財閥系のTITANをはじめとする電池式時計の売り上げが急伸しても、HMTは「シチズンホーマー」をベースとするラインナップのままであった。

1990年代以降、新作モデルの出る頻度は高くなったが、これらのモデルの文字盤のデザインを変更するのみという小手先の対応を続けたHMTであった。古いタイプの機械式の時計を求めるものにとっては、こうした基本的な部分が変わらないことはありがたいのだが、一般的には飽きられてしまうのは仕方ない。

2000年代にリリースされたモデルは、カラーバリエーションが豊富で、かつてのHMT時計とは一線を画すツートンカラーのデザインのような大胆なモデルも少なくなかったが、ボディーやムーブメントは「お父さんの時計と同じ」となると、若い層にアピールするはずもない。当然のごとく同社の不採算部門に転落し、赤字を蓄積させていく。ついに2016年に時計事業部は解散となった。

高度経済成長に、ようやく機械によるラインで大量生産が開始されるようになった記念すべきモデル「ホーマー」を手に入れて愛用していた人が、海の向こうのインドでは今から3年前までこれが製造されていたということを知ったら、さぞかし驚くことだろう。

ちょうどモーリスのオッスクスフォード・シリーズⅢヒンドゥスターン・モータースの自家用車「アンバサダー」が1958年から2014まで製造されていたように、あるいはフィアットの1100Dをベースにしたプリミア・オートモビルの「パドミニー」1974年から2000年まで生産されていたように、「昔のものが新しく手に入る」のは、インドの楽しみのひとつであるとともに、しばしばインドの「悠久さ」や、「進化の遅さ」を揶揄するために引き合いに出されたりしたこともあった。

だが目まぐるしく進化・成長していく今の時代にインドにあっては、これらの長寿ブランドのことが忘却の彼方に置き去りにされてしまう日は、そう遠くないだろう。

CITIZENのキセキ

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