ダージリンのバンド その後

バンド(ゼネスト)始まってから2ヶ月以上にもなるダージリンだが、地域南西部のミリクでは役所が開いたらしい。
たちまち、バンドを主導する政党、GJM活動家に襲撃されて、再び扉を閉めるのか、それとも他の地域もこれに続くのかどうかは判らないが。
物流は止まり、商店はおおっぴらに扉を開けることはできず、近隣の人たち相手に裏口で細々と売買していたり、商品の在庫は尽きて、ずいぶんな高値で取引されていたりと、ロクなことはないようだ。通信の途絶から、学校では新入生の登録が困難となり、携帯電話やネットも不通という状態が伝えられるとともに、ゴミの回収もストップしていることから、衛生面でも大変らしい。市民生活各方面に大きな打撃だ。ダージリンの住民世界からは隔絶された状態にあるとも言える茶園(ダージリンの外からやってきた労働者たちが住居その他の生活丸抱えで暮らしていることが多い)でも、茶園の手入れや収穫などもできない状態で、これまた地域経済には大きな負担となる。
中央政権の与党BJPは、西ベンガルではGJMと共闘関係にある友党ながらも、今回のゴルカランド運動で、特に肩入れすることなく様子見を続けている。
これ以外にも、アッサムのボードーランド運動その他、北東地域は分離活動、民族主義活動の巣みたいなところがあるので、あまり深入りしたくはないのだろう。
俗に言う「グレーターネパールムーブメント」への警戒感もあるかもしれない。

Defying bandh, office work resumes in Mirik (Millennium Post)

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