Rann of Kutch 2

朝6時半に部屋の外に出る。まだ夜が続いているかのように暗い。昨夕、食事で一緒だったKさんとジープに乗り込む。彼はベンガル人だがマハーラーシュトラのプネー育ち。留学先のアメリカで大学を卒業してから10年間ほどカリフォルニアに住んでおり、2008年までフィリップスでIT関係の仕事をしていたそうだが、不況のため仕事を失い、現在は同じIT系企業に勤めているという。毎年家族とともにインドに帰っているそうだ。ザイナーバードには奥さんと息子さんおよび奥さんの両親と訪れている。
朝方はかなり冷え込み、フリースのシャツの上にジャケットを着て出かけた。運転手は寒さで縮こまって運転している。途中で東の空からゆっくりと大きな太陽が昇ってくるのを目にしながら、私たちは池へと向かう。
日の出
運転手
ごく小さな池を想像していたものの、到着してみるとちょっとした湖とでもいうべき規模であった。ペリカンや二種類の異なるタイプのフラミンゴが無数にうごめいている。数百羽いるだろう。水場から少し離れたところには、ツルの種類の鳥の姿もある。
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塩分を多く含んだ不毛の大地ではあるのだが、私たち人間にとってはあまり利用価値のない土地であり、ところどころに茂る潅木や塩気に強い類の雑草がまばらに生えているのを除き、地味豊かな大地ではあり得ないのだが、少なくともこうした鳥たちが捕食する生き物は充分に生息しているらしい。もちろんこの地域に居住する人間が極端に少ないということも、彼らの生存を保障するひとつの要因ではあるのだろう。
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その他、陸地にはいろいろな珍しい鳥たちがいた。キツツキに似たもの、スズメのようなもの、ヒバリのようなもの等々が沢山見られる。せっかくいろいろな珍しい鳥たちを見ることができる機会なので、特に関心のある方には鳥類のガイドブックとして、インドの大都市で手に入れることのできる以下の書籍を携行されることをお勧めしたい。
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Pocket Guide to the Birds of the INDIAN Subcontinent
著者:Richard Grimmett, Carol Inskipp, Tim Inskipp
発行:Oxford University Press
こうした野生の鳥たちを眺めながら、変なところでカラスという生き物には感心した。もちろんカッチ湿原にもカラスたちの姿はある。本来ならば自然の中で暮らす生き物のはずではあるが、鳥類の仲間の中で最も環境の変化に対する適応力に富むのは、言うまでもなく彼らである。
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通常、野生の鳥たちは都市化等により、生活環境が変わってしまうと、そこに暮らしていくことができなくなる。餌となるものが見つからなくなり、住まうべき森や水場などがなくなり、巣作りをするための材料が手に入らなくなると、もはや生きていくことができないのである。
しかしカラスたちの場合は、およそどんな環境にあっても、人間たちが暮らしていける程度の場所であれば確実に適応する。どんな類の食物であっても貪欲に摂取するし、巣作りだってビニール紐であれ、スチール製のハンガーであれ、器用に利用してしまい、ビルの谷間の物陰でひっそりと、しかし立派に子育てをしてしまう。
仮に猫の平均的な知能を1.2という数値で表すとすれば、犬はおよそ1.5くらいに相当するという。しかし一般的には哺乳類よりも下等であるとされる鳥類でありながらも、カラスの場合はこれが2.0相当で、人類の友とされる『賢いペットたち』を軽く凌駕してしまうほどの高度な知能の持ち主である、ということを何かで読んだ記憶がある。
その頭の良さがゆえにカラスたちは、生活の場が大きく変化しても、機転を利かせて生き抜いていくことができるし、集団で暮らす彼ら自身の『文化』のようなものさえ持っているのだという。
例えば『道具を使う』という行為である。殻の中に入っていて、クチバシで割ることのできない木の実、あるいはプラスチックのケースの中にあって開けることのできない食べ物があったとする。それをクルマの往来のある道路に置き、通行する車両がそれを破壊してから安全なところに持ち運んでから食すという行為は普通に見られるのだという。
何かを利用して結果を得るという知恵があり、他のカラスがそうしているのを目にして、『これはいいアイデアだ』と知覚して模倣する能力があるのだそうだ。そういう賢い鳥だけに、ハタ迷惑な存在として疎ましがるだけではなく、何か有効に活用する手立てはないのだろうか。
池では、魚を取っている人たちがいた。この人たちにとって、フラミンゴのいる景色はごく日常のことである。ときおり、水牛やヤギなどの群れに草を食べさせるためにやってくる人たち、燃料となる牛糞、水牛糞を拾い集めにくる女性たちの姿がある。
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どこまでも平らに広がる荒涼とした風景。あちこちに白く粉を吹いたようになっているのは塩分だ。ガチガチに大きくひび割れたところもあれば、芝生状にわずかな草が繁っている部分もある。乾季は、今目にしているようなカチカチの平原となるが、雨季には真水と海水が交じり合う汽水で満たされた湿地帯となり、盛り土の上を走る道路以外では行き来が出来なくなるのだ。目の前にしている光景からはちょっと想像もつかない。
ひび割れた大地
日がすっかり昇ると、かなり暖かくなってくる。上着を脱いでちょうどよい気温になってきた。そろそろ腹も減ったので、宿に戻ることにする。

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