
プシュカルのような町の魅力は、昔ながらの家屋やハヴエリーがそのまま使われていることなのだが、こういう建物に置き換わっていくのは残念。こういうものが大半になって初めて、失われたものの大きさがわかるのだろうけれども、そうなった時にはすでに遅い。

入る店を間違えて洋食しかなかったのだが意外にも美味しかった。客席は屋上にあったが、階下はジョイントファミリーでの暮らしが当たり前であった頃にそうした親族がくらしていたと思われる空間。

印象的だったのは、こうした家につきものの建物内の広場、チョウクが非常に狭くて本来の用をなさなかったことと思われること。 それでもやはり風の通りと採光のため、頭上の吹き抜けはあって夜空が覗いている。その縦空間を囲むように傾斜の急な階段が階と階を繋いでいた。

そのような具合なので、親族で暮らすには上下往来が面倒になるものの、地上階を親族以外の者に貸し出すには都合が良かったかもしれない。


建物に面した道路への出口は肩幅よりも少し広い程度。大きな家具の搬入は無理だが、昔のインドでは出来合いの家具を買うのではなく、職人さんが顧客の家に来て道具を使ってトンカン作り上げるのが当たり前であったため、大した問題にはならなかったとも思われる。

古くて良い感じの建物があっても、よそ様の家にズカズカと踏み込むことはできないため、中の様子を知る術はないが、レストラン、商店、宿泊施設などに転用されていると、このように観察できる点はありがたい。