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カテゴリー: economy

  • 知日と親日

    コールカーターを訪問すると、とりわけ年配の方々での間に知日家がけっこう多いらしいことを再確認できる。

    総体的にインドでは日本に対する印象は好ましいものだ。歴史問題がないことから、反日嫌日感情とそれを利用する政治力学は不在である。

    もっとも歴史問題が本当に存在しなかったのか?といえば、そんなことはない。日軍によるアンダマンの空爆はあったし、1936年に英領インドから分離したビルマに在住していた膨大な数のインド人移民たちは、ラングーン、マンダレーなどで甚大な被害を受け、大量の難民がインドに流出。今でもミャンマー在住のインド系の年配者たちの間で、当時の日本の悪行が深く記憶に刻まれている人たちは少なくない。また、インパール作戦ではインド軍は日軍と死闘を展開しており、この地域に住むモンゴロイド系の少数民族の人たちに与えたインパクトは決して無視できるものではない。

    しかしながらビルマ占領とインパール作戦には、インド独立運動の一翼を担ったスバーシュ・チャンドラ・ボース率いるINA(インド国民軍)も日軍とともに参戦している。英国支配の呪縛から祖国を救おうと試みて解放戦争を闘ったINAにとって、日軍は友軍(実態はINA自体そのものが日軍の傀儡であったといえるが)であったため、侵略者としての面が中和されて、後世に残る歴史問題とはならなかったようだ。

    また、インド側にしてみれば、反英活動に忙しかった時代であること、分離独立により、東西パキスタンを失うとともに、両国間で大量に発生した移民の波と、移動のプロセスの中で発生した殺戮の記憶があまりに大きなものであった。マジョリティが住む本土から遠く離れた辺境での出来事についての関心は薄かったし、今も顧みられないということもあるだろう。

    インド人全般に言えることだが、自国の北東辺境部に対するこうした共感意識の欠如は、独立以前から現在に至るまで、北東地域の不安定さの主要因のひとつでもある。

    それはとかくとして、反日感情がないから親日かといえば、そうともいえないものがある。被害を受けた記憶がないから、当然悪い感情を抱くことはなく、概して好意的とはいえ、一般的に日本に対する知識がほとんどないのに、親日的とするのは行き過ぎだろう。

    経済的に繁栄した国(近年は落ち目であっても)であることや日本ブランドの優れたクルマや家電製品などはいいなぁ、という程度の認知で、韓国や中国の人々のように、日本の良い面、そうでない面を相当程度知ったうえでのこととは、まったく次元が異なるのだ。

    ちょうどトルコにおける『親日』感情と同じようなものだろう。紀伊半島沖で難破したエルトゥールル号の救出という歴史上の出来事、宿敵ロシアに戦争で勝ったというような遠い過去の出来事がよく挙げられる。そんな程度のものだ。

    そんな中で、カルカッタやその周辺地域では、インテリ層年配者の間で日本式の菊などの盆栽がなかなか盛んである。戦後日本の復興期に製鉄や造船などに注力していた時代に大量の石炭を輸出した仕事の縁で日本に知己の多い老人、当時の貧しかった日本に将来を託して渡った留学生など、日本と深い繋がりを持ったことがある年配者がけっこういる。

    彼らの時代には、戦前のスバーシュ・チャンドラ・ボースやカレーの中村屋の始祖となったラース・ビハーリー・ボースといったベンガル出身で、日本と近しかった民族主義者や革命家の記憶が新しかったのかもしれないが、年配の知日家を目にすることが少なくないコールカーターだ。

    ここで敢えて『親日』ではなく、『知日』としたのは理由がある。
    ご存知のとおり、韓国や中国には知日家は実に多い。日本への造詣が深いがゆえに、日本の良いところも知る反面、そうではない部分もよく知っている。
    ゆえに知日家ながらも対日(政府への)感情は良くないということは珍しいことではない。

    コールカーターの知日家について、日本についてどのように感じているのかはよく知らないが、親日・反日という感情については、まず日本のことについて、相当程度の知識なり経験があってのものであろうと私は思う。

    そうした意味から、一般的にインドにおいては、それらのどちらでもない、ごくニュートラルなものであると言えるだろう。

  • Paytmなど

    銀行口座がなくても、クレジットカード持ってなくても利用できる電子決済方法が急速に浸透するインド。支払い出来る先も、これまた相当な勢いで拡大しているようだ。
    なかなか興味深いものがあるので、詳しく調べてみてから後日これについて述べてみることにしたい。
    先月の高額紙幣廃止と、それに伴う現金不足も、こうしたサービスの追い風となることだろう。

    電子決済 インドで開花 最大手Paytm 20年までに5億人(日本経済新聞)

  • 廃止された高額紙幣 額面6割差し引いての取引

    インドのムンバイーにある貴金属や宝石類を扱うジャヴェーリー・バーザールの話だが、高額紙幣廃止直後に、高額紙幣の額面を6割も差引いての取引が展開されていたことが報じられている。

    これらは当然、表沙汰に出来ない筋の現金が対象となっているものと思われるが、これに関わる業者たちは、引き取った旧紙幣を一定期間うまく処分出来るルートを確保したのだろう。

    本来ならば、ブラック・マーケットに関わる者たちにとっては危機的な出来事だが、これを逆手に取って、金儲けのネタにしてしまうとは、大したものだ。

    RS 500, RS 1000 NOTES DISCONTINUED: RS 400 IN EXCHANGE OF 1,000 IN ZAVERI BAZAAR (Mumbai Mirror)

  • 強奪された現金の大半が廃止された旧紙幣

    銀行強盗が奪った130万ルピー のうち、110万ルピーは廃止されたお札だったという間抜けなお話。新札交換の需要で現金は充分にあると踏んだか、それとも行けばなんとかなると思ったのか。事件を起こすには、あまりにタイミングが悪かったようだ。

    Jammu and Kashmir Bank robbed; gunmen escape with banned Rs 500, Rs 1000 notes worth Rs 11 lakh (THE FINANCIAL EXPRESS)

  • インドの高額紙幣廃止はネパールにも影響

    11月9日から、インドで500 Rs及び1,000 Rs紙幣が廃止されたことに伴い、隣国ネパールでも、これを巡る問題が起きていることが報じられている。

    もとより同国南側平原部のタライ地域では、インド経済との結びつきが強く、大量のインド紙幣が流通していること、より高い賃金と就労機会を求めて隣国インドで働くネパール人労働者たちが故国に持ち込むインドの紙幣があるためだ。

    これらの中で、今回廃止された高額紙幣が占める割合は当然高く、インド側に出なければ、これらを少額紙幣あるいは高額新紙幣に交換する手立てはなく、1日に交換できる金額も限られているため、保有する人たちに与える影響は甚大だ。

    Demonetisation hits Nepalis living near border with India (The Himalayan)

  • パンジャーブは水路の賜物

    パンジャーブは水路の賜物


    「緑の革命」で内外によく知られるパンジャーブ州は、インドの穀倉地帯。社会的インフラ、所得や教育水準などの観点から、インドにおける先進州のひとつでもあり、各種商工業も盛んだが、やはり農産物からの収益が豊かな経済を支える最も大きな柱。



    農業の成功を可能にしているのが、州内に張り巡らされた大小の水路。パンジャーブ州の農業の隆盛を可能にしたのは、効率的な灌漑施設の普及だ。

  • 高額紙幣の廃止

    11月8日の夕方、日付が9日へと変わるまで、あと4時間というタイミングで、モーディー首相が、現在の高額紙幣(500ルピー札および1,000ルピー札)を廃止することを発表したことは、ニュース等で伝えられているとおりだが、当然のごとく本日のインドでは各所で混乱が起きている。

    これらのお札の廃止を受けて、新たな500ルピー紙幣と2,000ルピー紙幣が導入されるとのことだが、いつから流通するのか、全国各地に行きわたることになるまで、どのくらいかかるのかは今のところはっきりしない。今週の金曜日からATMで引き出すことができるようになるという報道はあるのだが、ごく限られた大都市の中心部にあるメジャーな金融機関に限られたことではないだろうか。

    New currency notes to be available at ATMs from Friday (INDIA TODAY)

    インドにおいて、こうした廃札は初めてではない。ずいぶん昔のことになるが1946年と1978年にも実施されている。前者では1,000ルピーと10,000ルピー紙幣、後者では1,000ルピー、5,000ルピー、10,000ルピー紙幣がそれぞれ廃止されている。

    ルピーの価値は今とはまったく異なった当時のインドとしては、相当な高額紙幣ということになる。1978年には、1USドル=8.5ルピー(1USドル=190~240円程度)であったので、1ルピーが最大25円ほどの価値があったことになる。つまり1,000ルピーは約2万5千円、5,000ルピーは10万円、10,000ルピーは25万円もの価値があったことになり、もっぱら大きな商取引で用いられるものであって、日常生活では見かけたり、用いたりすることは滅多になかったことと思われる。当時のインドの1人当たりのGDPは、わずか200USドルであった。

    今回の廃札と同じく、ブラックマネーや脱税への対策として実施されているが、前回2回と大きく異なる部分がある。まずは、最高額紙幣が1,000ルピー(約1,500円)であること、そして昔とは通貨価値が異なり、所得も向上しているため、500ルピー、1,000ルピーといった額面の紙幣は、一般市民の日常生活で頻繁に用いられる。

    これらが廃止となったことで、社会に与えるインパクトは非常に大きく、たとえこれがブラックマネーの追放や不正蓄財への打撃であるという目的を説いたところで、前回2回に較べて一般市民にも及ぶ不都合は甚だしいため、こうした施策が理解を得られるかどうかについては、かなり大きな疑問だ。

    今回廃止となった紙幣については、一定期間はATMで預け入れたり、銀行窓口でフォームを記入して交換したり出来ることになっている。昨日、本日流れていたニュースによると、その期間は今年12月一杯、1日に交換できる金額は20,000ルピーまでとのこと。

    だが先述のとおり、市民生活に及ぶ影響が甚大であることから、市民自身からはもとより、野党からの激しい批判等により、次第に緩和されていくのではないか?とも想像している。初めはかなりキビシイことを求めていても、反発を受けて、それが次第に緩くなってくるということは、インドではよくある。良くも悪くも民主主義の国である。

    ※「パティヤーラー4」は後日掲載します。

  • パティヤーラー1

    パティヤーラー1

    アーナンドプル・サーヒブのバススタンドから10時のバスで出て、午後1時半にパティヤーラーに到着した。

    どうせ寝るためだけなので、バススタンド近くの500から700Rsくらいの宿に泊まるつもりだったが、パティヤーラーが近くなったあたりで、宿泊施設をスマホで検索してみると、ちょっといいホテルがインドの旅行予約サイトで結構安く出ていること、新しくアカウント作るともらえるクーポンみたいなのを利用すると得なことを知った。普段は予約サイトで宿を予約などしないのだが、中級クラスのホテルの場合は、こういうものを利用したほうが有利なことがあるということが判った。

    可笑しいのは、連泊する場合、そのままチェックイン日とチェックアウト日を入れてしまうよりも、一泊ずつで取ったほうが安くなる場合もあること。

    バスを降りてから、サイクルリクシャーでそのホテルに向かった。室内も外見に相応しい感じで快適。全館改装したばかりのようだ。これで税サ込で2000Rsを切るというのは、いまの時代、けっこうお得だ。もし連れがいれば、二人でも同じ料金なのでもっと得になる。リュックを背負ってホテルのフロントまで来ていながらも、そこでスマホを操作して予約するというのも間の抜けた話ではある。

    〈続く〉

  • サダル・ストリートの「ホテルチェーン」

    コールカーターのサダル・ストリート。英領期に元々は欧州人地区。20世紀に入ってしばらくするとユダヤ人地区、ベトナム戦争時には赤線地帯、それ以降は安旅行者地区と、変遷を続けてきた。

    近ごろはかなりキレイな宿も出てきており、スィク資本でムンバイーを本拠地に、いくつかのホテルを展開するBAWAグループがホテルを開いたりしたのにはちょっと驚いたが、サダル・ストリートの地元資本?によるホテルグループもいくつか宿泊施設を展開している。

    オーナーがムスリムのそのグループが運営するHotel Golden Appleが開業して間もないあたりで利用してみたことがあったが、とってもスタイリッシュな内装と施設にビックリした。ウロ覚えだが、2010年か2011年あたりではなかっただろうか。おまけに料金が確か1,200Rsとずいぶんお得なことにも感心したものだ。現在の料金は、2,500Rsくらいからのようだ。

    ただし、スタッフの態度はやはり界隈の安宿と同じで、部屋に置いてあるルームサービスのメニューが「ブルースカイカフェ」のものであるのには笑えた。注文すると出前しに来るのだろう。
    元々が安宿のオヤジとその取り巻きがやっている?と思うので、手入れもせず、すぐに汚くなって、周囲のボロ宿と同化してしまう「標準化現象」を見せてくれるのではないか?と予想していたが、案外そうでもないらしい。

    大都市の割には、カルカッタは中級クラスのホテル料金が安めなので、2,500Rsとか3,000Rsくらいのレンジならば、もっといい地区がある。わざわざサダル・ストリートに宿泊する必要はないように思うのだが、まあ、何かと便利な地区ではある。

  • インド国鉄客車のクラス分け

    宿泊を伴わないチェアカー車両のみを利用する近距離移動(それでも大きな国なので、8時間とか9時間とかザラだが)のShatabdi Express(「世紀急行」の意)から派生したJan Shatabdi Expressの運行が定着してからずいぶん経つ。

    Shatabdi Expressのような停車駅が少なく、他の急行列車よりも格段に迅速な移動を可能にした特別急行は、空調付き車両のみで、クラスの位置づけが高いため、当然、運賃もそれに応じて上がる。

    普通の急行列車と違い、乗車中にお茶、スナック、食事などが提供されるため、飛行機内でのサービスを思い浮かべてもらえばよい。これは乗車券代金に含まれる。

    さて、先述のJan Shatabdi ExpressのJanについては、一般庶民のことを指しているので、より経済的に余裕のない層でも利用出来るようにしたものだ。車内サービスは有料となり、AC無しの車両も連結されている。

    基本的には普通車とグリーン車しかない日本と異なり、インドの鉄道のクラスは8区分程度となり、かなり複雑だ。

    「8区分程度」としたのは、寝台クラス(長距離列車)と座席クラス(短・中距離列車)は、通常、同じ列車に連結することはない。用途が異なるため、一概に上下に分けることはできないものがあるからだ。

    また、同じ最上級クラスの1Aというカテゴリーでも、通常の急行列車と、運行に優先権を持つ特別急行とでは、使用する車両も違うことがあるので、これもまた同一のものとして扱うのは適当ではないだろう。

    最上級の1Aの下には、2A、3A(どれもAC付き)と続き、事実上のAC1等、AC2等、AC3等となるが、その下に近距離のACチェアカーなどを挟んで、「1等車」があることに釈然としない人もいるかもしれない。(現在、これが使われる機会は減っているが、要はACなしの一等車だ。)

    これほどにクラスが多いことは、植民地時代からの伝統により、国家予算とは別枠の「鉄道予算」を持ち、(確か、現在でも発表となるタイミングさえ、一般の予算と異なる)鉄道大臣が首相、内務大臣に次ぐナンバー3の位置づけとなっているインドの事情がある。

    ただし、次の会計年度から通常の国家予算と統合されることになったため、92年間続いた措置はついに終焉を迎えることとなった。

    Separate Railway Budget scrapped: How will it impact fiscal management and what is the political fallout? (DAILY NEWS & ANALYSIS)

    往々にして官業というのは、とりわけ強大な権限を持つところは、「これでもか!」と増殖を重ねていくもの。植民地時代は1等、2等、3等というクラス分けであったが、今のようにクラスが乱立するようになったのは、概ね90年代以降の現象のようだ。エアコン付きの客車が増加したことに起因する。

    さて、こうしたクラス分けについて、利用者の側にとっては、経済事情に応じて、安いものを選択できるということもあるが、払う余裕のある人については、車内のアメニティの差に金を払うというよりも、混雑を避けたり、同乗したくない層の人たち(階級社会らしいところだ)を避けたりすることが出来るという需要がある。それにしても客車のクラス分けが多いことについては、効率の観点から整理しなくてはならない時がやがて来るだろう。

    乗車クラスの違いによる料金差ははなはだしい。下記リンク先の記事は、2004年の内容なので、料金自体が現在のものとは異なるが、どの程度の差があるのか把握するための参考にはなるだろう。

    天国か地獄か、インド列車のしくみ(2) (indo.to)

    また、急行列車の種類についても、鉄道旅客輸送の高速化とともに、サービスと利便性向上の両方の観点から、従前の停車駅が少なく、走行に優先権を持つSuper Fastのステイタスを持つ急行とそれ以外、加えてSuper Fastの上を行くRajdhani Express(長距離列車)とShatabdi Express(短距離・中距離)といった構成であったものに加えて、先述のJan Shatabdi以外に、エアコンクラスを安価に提供するGarib Rath Express、停車駅が極端に少ないDoronto Express等といった新しいカテゴリーの急行列車も導入されて多様化が進んでいる。このあたりについても、整理しなくてはならない時期がいつかやって来るかもしれない。

    Super Fastの上のカテゴリー名が、急行列車の名前になったり、単に出発駅と終着駅が休校列車の名前になったりすることが多くなっている現在、英領時代から続いたSuper Fastのカテゴリーの「Frontier Mail」(ボンベイから現在のパキスタンのペーシャーワルまでを結んでいた。印パ分離後はアムリトサルが終点)のような伝統ある急行列車の名前が、「Golden Temple mail」と改称されたりしたのは寂しい気がする。

    これよりも歴史が古く、1世紀以上も運行されており、かつてはボンベイからペーシャーワルまでを結んだ「Punjab Mail」の方は今も健在だ。この急行列車の終着駅はパンジャーブ州のフィローズプルとなっている。

  • チャーンドニー・チョウクのヘリテージ・ホテル

    デリーのチャーンドニー・チョウクといえば、今でこそ大変混雑した庶民のバーザールとして知られているが、元々はムガル王宮のお膝元のポッシュなエリア。大通りには水路と噴水があり、貴人たちが行き来する地域であったそうだ。ムガル帝都末期から「ムガル朝御用達」のミターイーの店として、伝説の老舗「ガンテーワーラー」が昨年まで営業していた。

    ムガル帝国滅亡後も、印パ分離独立でムスリム富裕層がここを離れるまでは、立派なハヴェーリー(屋敷)が建ち並ぶ美しいエリアであったという。インド独立後には、そうした建物の内部は細分化して間貸しされていたり、小さな商店等が入居したりといった具合で、元の姿を想像することさえ難しくなっていたりする。

    最近、そんなハヴェーリーのひとつを修復して開業したヘリテージ・ホテルがあるのだが、1泊およそ9,000~15,000Rsという高価格帯。こうした古いハヴェーリーは、まだいくつも残っている。こうした建物の利権関係はとても複雑なようだが、こうした類の宿泊施設が他にもいろいろ出てきたり、そうした中でエコノミーな施設もあったりすると、見どころも多い立地だけに、大変面白いことと思う。

    HAVELI DHARAMPURA

  • Trains at a Glance October 2015 – June 2016

    インド国鉄の最新版時刻表が更新された。インドの旅行予約サイトの普及により、あまり使い出はなくなったとはいえ、全国の急行以上の列車(および一部の各停)を参照出来る時刻表が、ネットで手軽にダウンロード出来るのはありがたい。本来ならば、毎年7月に発表されるべきものだが、近年は10月更新となっている。

    Trains at a Glance (Indian Railways)