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カテゴリー: economy

  • 「インド初のオーガニック野菜州」実現目前で頓挫

    今年の春先から有機栽培以外の農作物の輸入・移入が禁じられることになっていたスィッキム州だが、直前になってこれを撤回。

    おそらく州内の農業保護とあわせて「イデオロギーの実現」の目的が大きかったようだが、自前で州内の需要を満たせないことに加えて、流通業者の反発や市民の反対もあったのだろう。大半の人々がなんとか食べていける状態なので、西ベンガル州などからふんだんに安い作物が入ってくる現状のほうが良いに決まっている。

    自分の身に置き換えてみても、有機野菜しか手に入らないというのは大変健康的な環境かもしれないが、家計維持の面で大変苦しくなる。

    もっとも、これが施行されたとしても、安い作物の需要から「野菜闇市」がはびこることになったのかもしれないが。

    Sikkim withdraws bill on non-organic import ban (NEWS CLICK)

  • amazonの壁

    amazonの壁

    amazon.co.inから紙媒体の書籍を入手しようとしても、インド国外への配送がなされていないため諦めるしかない。amazon.co.inで大量に流通しているkindle書籍はどうかといえば、こちらも国外からの購入は不可となっている。

    代わりにamazon.co.jpやamazon.comでインドで出版されたkindle書籍を入手しようとする場合、入手可能なタイトルが著しく限られるとともに、amazon.co.inでの販売価格との格差は甚だしい。

    amazon.co.inにて。Unlimitedユーザーは無料。購入の場合は49Rs (約85JPY)
    amazon.co.jpにて。Unlimitedの対象となっておらず、購入価格は1221JPY

    これはamazonに限らず、紙の書籍をインドで購入する場合と海外で購入する場合で大きく異なるのと同様ではあるが。

    インド国内であれば、購入が可能とはいえ、「アカウントの結合」が可能なamazon.co.jpとamazon.comの場合と異なるのも厄介だ。amazon.co.inで購入した書籍を同じkindle端末あるいはアプリで共有できず、専用に1台準備する必要が出てくる。

    インド国内・国外における相応の価格差はさておき、せめて電子書籍は国外でもインド国内と同様のタイトルが購入できるように、同じkindle端末あるいはアプリで共有できるようになって欲しいものだ。

    現在、インドに住所がないが、Kindle書籍のみamazon.co.inから購入したいという場合、ユーザー登録時に、友人あるいは宿泊先ホテルなどの住所などを記入しておけば良いようだ。ただし登録はインドの携帯電話に認証コードが送られてきて、これを入力することで完了するため、インド滞在中に実施しておく必要がある。

    その際、登録には間違ってもamazon.co.jpで使用しているメールアドレスは使用しないこと。国が違ってもamazon同士でユーザー情報が共有されているらしく、amazon.co.inでインドの住所を入力すると、amazon.co.jpの登録住所もインドのものに更新されてしまうからだ。その場合、日本で利用していたサービスやコンテンツのうち、国外住所登録の場合に利用できないものが生じてくるらしいのでご用心を。

  • 物乞いの寄付 25万Rs

    マイソールのヒンドゥー寺院で物乞いをして生活の糧を得ていた80代女性が、なんと蓄えの中から25万Rs (約44万円)もの大金をその寺院に寄付したという話がニュースになっている。
    参拝者の多い大きなお寺の門前や境内などでは、そこで物乞いをする人たちの身入りはなかなか悪くないのではないかと思っていたが、まさかそんな貯金まで出来るほどであったとは知らなかった。

    もっとも、本人の生活もあるだろうし、それをポンと寄付するものだろうか、寄付したところでまだ生活には困らない蓄えがあるのではなかろうか、やはり盛況な寺院での物乞いの稼ぎは良いらしい・・・と思ったりする。

    同時に、そこで物乞いをすることでこれほどの蓄財が出来るすれば、その寺院の威光は増すことになるはずだし、その蓄えを本人が寺院に献上するというのは、その信仰の厚さが美談にもなるため、自身のプロモーションを意図して寺院が創り上げたストーリーなのではないかとさえ勘繰りたくなってくる。

    何だか裏がありそうな話だ。

    Mysuru woman donates Rs 2.5 lakh to temple where she begs (The Times of India)

  • 「Ambassador」ブランドがプジョー・シトロエン傘下に

    今ごろになって気が付いたのだが、ヒンドゥスターン・モータースの「アンバッサダー」ブランドが、今年2月にプジョー・シトロエンに売却されていた。人口大国インドでの販売を意図してのことであろうことは言うまでもない。
    モーリス・オッスクフォードⅢをベースに、1957年から2014まで製造されていて、英国本国では1959年に製造終了となってからも、インドで「新車で買えるオックスフォードⅢ」(途中、いくつもマイナーチェンジが入っているので、正確にはオックスフォードⅢではないが)であった。英→印→仏と国籍を変遷・・・といっても、まさか今の時代にオックスフォードⅢを復刻するなんてことはないと思うので、いったいどんなモデルをインド市場に投入するのか楽しみなところである。

    Hindustan Motors sells iconic Ambassador brand to Peugeot-Citroën (AUTOCAR INDIA)

  • ダージリンのバンド その後

    バンド(ゼネスト)始まってから2ヶ月以上にもなるダージリンだが、地域南西部のミリクでは役所が開いたらしい。
    たちまち、バンドを主導する政党、GJM活動家に襲撃されて、再び扉を閉めるのか、それとも他の地域もこれに続くのかどうかは判らないが。
    物流は止まり、商店はおおっぴらに扉を開けることはできず、近隣の人たち相手に裏口で細々と売買していたり、商品の在庫は尽きて、ずいぶんな高値で取引されていたりと、ロクなことはないようだ。通信の途絶から、学校では新入生の登録が困難となり、携帯電話やネットも不通という状態が伝えられるとともに、ゴミの回収もストップしていることから、衛生面でも大変らしい。市民生活各方面に大きな打撃だ。ダージリンの住民世界からは隔絶された状態にあるとも言える茶園(ダージリンの外からやってきた労働者たちが住居その他の生活丸抱えで暮らしていることが多い)でも、茶園の手入れや収穫などもできない状態で、これまた地域経済には大きな負担となる。
    中央政権の与党BJPは、西ベンガルではGJMと共闘関係にある友党ながらも、今回のゴルカランド運動で、特に肩入れすることなく様子見を続けている。
    これ以外にも、アッサムのボードーランド運動その他、北東地域は分離活動、民族主義活動の巣みたいなところがあるので、あまり深入りしたくはないのだろう。
    俗に言う「グレーターネパールムーブメント」への警戒感もあるかもしれない。

    Defying bandh, office work resumes in Mirik (Millennium Post)

  • 近日200Rsの新紙幣導入

    今年4月にこんなニュースがあった。
    RBI clears proposal to introduce Rs 200 note (livemint)

    ちょっと忘れかけていたが、本日、新額面200Rsの紙幣が発行されることが正式にアナウンスされた。また50Rsも新しいデザインのものが出回るそうだ。
    Why new Rs 200 and Rs 50 currency notes bring demonetisation blues (daily O)

    昨年11月に当時の500Rsと1000Rs紙幣が廃止となった記憶も新しいインドだが、小さな額面のコインも無くなるかも?という話があるようだ。額面がステンレスの地金としてのコストよりも低いため、隣国に密輸されてカミソリの刃などの材料となるとのこと。
    そのため1Reという、大変小さな額面の紙幣が導入されるのではないかという観測もあるらしい。

    India to re-introduce 1-rupee note (NUMISMASTER.com)

  • マプサのマーケットにて

    マプサのマーケットにて

    タイ産のドラゴンフルーツ

    ドラゴンフルーツが売られているので、産地を尋ねてみると、やはりタイからの輸入。地元の人たちからのウケが良ければ、このあたりの沿岸部で栽培される日もくるかもしれない。

    話は違うが、インドのこのあたりでは、ドリアンの野生種が自生している地域があるものの食用にはされず。インド人が関心を示さないがゆえに、商業作物にはならないわけだが、何かの弾みで広く浸透することもあるかもしれない。

    インドの人たちの間で、茶を飲む習慣が一般化したのは1920年代後半から1930年代にかけて。最初は中国の清朝の専売品であった茶の葉がインドで栽培出来るようになった当初は欧州向けの利ざやが大きな商品だったものの、栽培技術の進化と普及により、収穫が増えるだけでなく、マレーシアやケニアなどで生産された茶の葉が国際的に出回るようになり、在庫がダブつくことになった。

    その結果、インド紅茶局は、当時3億人規模の人口を有していたインドをマーケットに取り込むことを画策し、全国で『お茶を飲みましょう』というキャンペーンを打ったことがそもそもの始まりだ。

    それまでまったく馴染みがなくても、きっかけ次第でそれがガラリと変わることもある。ミャンマーからマレー半島にかけてインド系の住民が多いが、その中にフツーにドリアン好きが大勢いる。決して、インド人の好みに合わないというわけでもなさそうだ。

    しかしドリアン。植物の実ではあるのだが、極めて官能的な味わいと動物性原材料が含まれているかのような食感は「ノンヴェジ」ではないかというのが、私の個人的な見解。

    有名なマプサのマーケットは実に広大

    魚の乾物類いろいろ
    スパイスの類も品揃え豊富

    各種ナッツ類の専門店

    ちょっと奇怪な形のヒンドゥー寺院があった。

  • Kindle Unlimited

    Kindle Unlimited

    昨年、amazon.co.jpのkindleで月¥980定額読み放題とかいうサービスが開始されたとき、「あ~、そういうのがあるのか」と何となくスルーしていた。だが先日、Lonely Planetのkindle版を買おうとしていたら、¥0との表示があり、これも定額サービスの対象となっていることがわかった。買おうとしているガイドブックが4000円弱なので、そのだけで定額サービス4か月分。そもそも毎週、どこかの書店店頭で文庫本ないしは新書くらいは買って読むし、雑誌だって月に何回か買っている。それらをキンドルでまとめてしまうとすれば、けっこう節約にもなるではないか。

    街角の書店衰退に寂しい思いをしつつも、ついついポチッと定額読み放題の申し込みをしてしまう私であった。こんな時代なので、本屋さんはとても大変だと思う。アマゾンの読み放題で、ついでにダウンロードしてみたのは、LPのブータン。いつか訪れてみたいが、高額なツアーに参加しなくてはならないという制度が変わらない限りは行けそうにない。

    この国と特別な関係にあるインドの人たちにとっては、ヴィザ不要で、インドルピー(ブータン通貨はインドルピーと常に等価で固定)国内旅行の延長みたいに気楽でエコノミーな目的地であるのが羨ましい。また、デリー発の外国旅行ツアーの広告で見かけたことがあるが、「バンコク・パタヤ5泊6日」とかいうパッケージが「ブータン5泊6日」というものと同一料金だった。インド人にとっては、ブータンは特別な国ではない。

    コトバの環境はシンガポールみたいなところがあって、1970年代以降、小学校から教育の仲介言語は英語(国語であるゾンカ語の授業を除く)。当初はインドから大勢のインド人教員が導入されたため、それ以降に学校に通った人たちは堂々たるインド英語を喋る。ヒンディーも普通に通じるインド環境がよく整った国でもある。

    インドと特別な関係というのは、ブータンの外交は、基本的にインド外務省の専管事項で、国防と通貨政策も、それぞれインドの国防省、財務省の管理下にあることなど。両国の人たちは互いに査証なしで、自由に往来することができるため、インド各地(とりわけ北部や都市部)でブータン人の姿を目にする機会は実に多い。

    さて、話はガイドブックに戻る。Kindleに限ったことではないのだが、電子版ガイドブックの使い勝手については、少々注文を付けたいことがある。通常の書籍と使い方が異なる部分があるからだ。具体的には、小説等の一般書籍の場合、前から後ろに順繰りにページを読み進んでいくものだが、ガイドブックの場合は、ちょっと辞書に近い使い方となる。目次を参照して、目当てのページに飛び、さらに次の目的地のページに行く。普段、紙媒体のガイドブックを使う際、その日に参照したいページの端を折っておいたり、付箋を付けたりして目印にしたりする。電子書籍でもブックマーク機能はあるにしても、やはり紙媒体に対してこの部分は追い付いていない。また、ボールポンなどでページに書き込んだりするのと同じような手軽さでメモを入れる機能も欲しいところだ。

  • コールハープルへ

    コールハープルへ

    こちらはラトナーギリーの宿泊先

    6時に起床して宿の階下へ。食堂は7時からとのことなので、朝食はスキップしてバスに乗ることにした。
    親切にも、宿の人がバスの発着する大通りまでバイクで送ってくれた。ちょうどコールハープル行きのバスがやってきたので、そのまま乗車。

    このバスの車掌は女性であった。インドで女性のコンダクターを他に見た記憶はほとんどない。かなり珍しいのではないか・・・と思ったが、途中で立ち寄ったバススタンドでも他の女性車掌を見かけたので、いまどきのマハーラーシュトラ州ではそれほど珍しいことではないのかもしれない。

    女性の車掌さん

    運賃を車掌に手渡すと、彼女が手にした黒いデジタル式のガジェットから、スルスルとチケットがプリントアウトされる。器(バス)は相変わらずのオンボロだが、こういうところはなんだか先進的なのも今どきのインドである。ラトナーギリーを出てから、3時間半ほどで、コールハープルに到着した。

    ラトナーギリーの宿泊先もそうだったが、コールハープルでも前夜にスマホで宿泊予約サイトを通じて見つけた宿に向かう。

    こういうのが普通になってしまうと、もうガイドブックの役割は終わりに近くなったといえる。少なくとも宿泊施設の紹介の部分に関しては。土地勘のない場所ながらも、画面に表示される地図を見ながら、自分で好ましい場所を選択できるし、その宿泊施設を利用した人たちのコメントも参照できる。

    これまでのように、ホテルやゲストハウスは、ガイドブックに掲載されたからといってアグラをかいている場合ではなくなってくる。また、宿泊予約サイトでの「見せかた」の工夫はもちろんのこと、「一見の客」の扱いについても気を使わなくてはならなくなることだろう。後でどんなことを書かれるか分からないからだ。

    他方、旅行者にとっては、これによって溜まり場的な場所がそうではなくなる可能性がある。それまでガイドブックにそう掲載されているがゆえに足を向けていた人たちが集まらなくなる一方、こういう時代だからこそ、集客力をアップさせる宿泊施設も出てくるはずだ。

    コールハープルの宿。けっこうイマ風な客室

    それはともかく、コールパープルの宿では、開業1周年とのことで、マネージャー氏の奥さんが、エントランスやら階段やらに、ランゴーリー(吉祥文様)を鋭意製作中であった。
    その晩、宿泊客たちにアイスクリームが振舞われたり、翌々日にチェックアウトする際にはミターイー(インドの甘菓子)のボックスも持たせたりしてくれた。

    ランゴーリー制作中

    ところでこの宿は禁煙。客室はもとより、建物内はグラウンドフロアーの何もないスペース(何かこれから作る予定のようだ)まで行かないと喫煙できなくなっている。
    そういえば、マドガオンの宿もベランダ以外は完全禁煙であった。こういう宿がこれから増えてくるのだろう。

    館内禁煙。インドでもこういう宿は増えている。

    それにしてもクラシックマイルドがいまや280ルピー。タバコは実に高くなった。

  • 破れた紙幣

    破れた紙幣

    パーキスターンやバーングラーデーシュで、お札が多少破れていたり、切れ目があったりすると使えないということはないのに、なぜインドではダメなんだろう?と、今ごろになって思う。
    おそらく植民地期から引き続いてそうということではなく、独立後からの習慣なのだろう。
    もっとも一部例外はあり、グジャラート州の主に西側では、流通量の少ない少額紙幣に限って、破れたものが散逸しないように、平たいビニールの小袋に入れて使用されているのを見かけることはある。
    だが、それ以外はインド中どこにいってもNGだ。額の小さな紙幣ならば、複数枚使って支払うときに気付かれないように混ぜてしまったりするが、大きな額面のお札で、うっかり切れているものを受け取ってしまっていることを後になって気が付くと、なかなか処分できなくて困ったりもする。

  • ジャナクプル3 鉄道談義

    ジャナクプル3 鉄道談義

    全面改修中のジャナクプル鉄道は、今も休業中。すでに狭軌の軌道は撤去されており、土埃を立てて、しかしのんびりと、広軌のレールを敷く下準備がなされている。軌道を敷くことになる広い畦道状の部分は、高く盛り土がなされており、しばらく徒歩で進んでみると、橋梁を建設するための作業が進行中。

    山積みされた鉄道建設資材
    盛り土された土手のようになっている。ここにレールが敷かれる予定。
    旧ジャナクプル鉄道時代の機関車が打ち捨てられている。
    こちらは旧ジャナクプル鉄道時代の客車

    旧駅舎は現在も建っており、閉鎖されているのだが、なぜか駅舎入口のキオスクだけは開いており、新聞、雑誌や袋菓子などを販売している。

    旧駅舎。休業中だが左手のキオスクは営業していた。

    「狭軌の軌道を広軌へと交換が終われば、最新型の大型車両(広軌となるので)がこの鉄路を疾走するのさ!路線ももう少し先まで伸びる予定だしね。お客の需要次第だが、インドのジャイナガルへ往復する本数も増える。まさに本格的な鉄路の時代が到来しようとしているのだ!」と熱く語るキオスクの年配男性は、鉄分濃厚。鉄道旅客の往来に彼の稼ぎがかかっているので、当然のことではあるが。

    駅舎の裏側に出てみると、ゆったりとチャーイを飲んでいる3人連れがいた。ひょっとして、路線休業中でヒマな?鉄道マンかと思い声をかけてみると、鉄道建設を請け負っているインドのコンタラクターの人たち。私も席を勧められ、チャーイを頂きながらしばらく話を伺う。

    鉄道建設に関わるコントラクター

    この時点から完成まで18か月の予定で、駅舎はジャナクプルを象徴する美しいお寺、ジャーナキー・マンディルを模したデザインとなるのだとか。

    ジャナクプルは終着駅ではなく、ここから少し先にあるクルターというところとなるのだそうだ。工事のフェーズ2も計画されており、クルターから25kmほど先のバールディーバースまで延伸されること。さらにはフェーズ3にて、バールディーバースからビールガンジへの路線とシリグリーへ抜ける路線を建設するというプランもあるとのこと。

    コントラクターの方によると、「もっとも、フェーズ2の後はいつになるか、どうなるかまだわかりませんけどね・・・。」とのことだが。

    ともあれ、土埃が舞う工事現場で、想像力たくましくすれば、真新しい機関車に牽引される新生ジャナクプル鉄道の真新しい列車が、カラフルに飾り立てられた駅舎に入線してくる姿が瞼に浮かぶようだ。

    さて、こちらは現在までのジャナクプル駅。終着駅の割にはこじんまりしているが、背後に市街地はなく、駅舎手前からStation Rd.が始まり、いきなり賑やかな商業地区となっている。インドとの間を行き来する玄関口として機能してきた歴史を感じさせてくれるものだ。

    ステーションロードは鉄道駅へと至るジャナクプルのメインストリート
    街中からステーションロードを通って行きつく旧ジャナクプル駅
    旧駅舎の脇は野菜市場

    バスよりも運賃が安く、インドから品物を大量に仕入れて運ぶ商売道具の人たちにも使い勝手は良かったらしい。

    以前、グジャラートのジャームナガルで、鉄道駅がしばらく前に郊外へ移転され、市街地の駅が廃止となったエリアを散策したことがある。

    鉄道から乗り降りする人たちを相手にしていたホテルや食堂など、ほとんどが空き家となり、屋根が抜け落ちた旧駅舎同様に、駅前商店街がゴーストタウン化している様を見て、さもありなんと思った。こうした旅客相手の商売人たちはバスターミナル周辺に移動したらしい。

    さて、話はジャナクプルに戻る。鉄道は数年来運行しておらず、開通するのはまだ先であるため、やはりステーションロードは、駅前に近くなるほど、元気がないように見える。
    〈完〉

  • ジャナクプル2 ミティラー画の村

    ジャナクプル2 ミティラー画の村

    毎日、新聞くらい目を通さないと気分が良くないので、いくつかのニューススタンドを回ったが、やはりネパール語紙しかないようだ。地元の英字あるいはヒンディー紙は見当たらない。前者は田舎町なので需要が少ないということに尽きるが、インドから国境を越えて毎日運ばれてくるHindustan紙はあるのだが、ネパールに滞在しているのでネパールのニュースを読みたい。

    カトマンズで発行されているヒンディーによる月刊ニュース雑誌「Himalini」は見かけたが、ネパールのタライ地域で印刷されているLok Matという週刊新聞はあるとのことだが、あいにく品切れであった。その他、ページがやたらと少ないタブロイド版で地元のマイティリー語新聞がある。

    そんな具合で、見た目はインドと変わらない空間とはいえ、ニュース関係の出版活動については、ネパール語以外のものは盛んではないようだ。

    本日は、オートリクシャーをチャーターして近郊を巡る。運転手はヒンディー語映画の俳優、ナスィールッディーン・シャーに似た風貌の初老男性。この町で走るオートの大半は電動になっており、E-RICKSAA(E-リクサー)と呼ばれる。「リクシャー」ではなく、「リクサー」なのだ。

    ナスィールッディーン・シャーみたいな風貌の運転手
    プルガマー村

    手始めに町を出てしばらく進んだところにあるプルガマー村へ。ミティラー画で知られているこの地方、家の壁に描かれた絵を見たかった。村に着いてから、そうした家がないかと何やら仲間たちと話し込んでいる若者に尋ねてみたところ、『あるかなぁ?』ということで、付近で一番物知りだとかいう人物の家へ連れて行ってくれた。

    村一番の物知りだとかいう方のお宅

    その人物は、地域のマイクロファイナンスの仕事をしているのだとか。この方の家の中庭で伺った話によると、『昔はみんなやっていたけどねぇ。ちょうどディーパーワリーあたりの頃に女性たちがそうやって飾り立てていた。今は現金収入の手段として描く人が多くなったね。』とのこと。また、これまでなかったモノや習慣が村に入ってくるのは、いわゆるグローバル化の側面だが、元々他の地域ではやらないことを自分たちもやらなくなってしまうという面もあるね、とも。

    まぁ、世の中そんなもんだろう。

    それでもフラフラ散策してみると、全くないというわけではなかった。見聞きするそれよりもかなりシンプルではあるのだが、アートとしてのミティラー画ではなく、実際に生活の中で描かれる絵を目にすることが出来てよかった。

    壁に絵が描かれた家

    村の親子

    次に訪れたのはクワー村。ここの村もミティラー画が家の壁に描かれているかといえば、事情はプルガマー村と同じような具合であったが、国内外で広く知られているJWDC(Janakpur Women’s Development Centre)というNGOの活動本拠地である。

    クワー村

    クワー村で壁に絵が描かれていた家

    もともとは祝祭の時期に家を飾り立てるためのものであったミティラー画を女性たちの現金収入とそれに伴う社会地位向上を図るために設立された団体。近郊の村から通いでやってくる女性たちがミティラー画の手法で描いたり、刺繍をしたりしている。

    JWDCでは、そうした人たちを作業員ではなく、アーティストと位置づけており、工房にお邪魔してお話を伺い、実に快活な方々が多く、ここで生み出される手工芸品には、彼女たちの積極的な創意工夫が生かされているのだろうなぁ、と想像したりする。

    ミティラー画といえば、国境をまたがってインドのビハール州にも広がるミティラー地方だが、ここのスタッフの方からこんな説明があった。

    「サンプルとして、ここにビハールで作製された絵があるんですけど、私たちのものと見較べて下さい。ビハールのものは線使いが細かくて、色付けも豪華な感じでしょう。こちら側では線が太くて力強く、描き方もシンプルなのです。」

    そう言われて眺めてみると、私のような素人目にも確かにスタイルがかなり異なるのが明らかであった。

    絵の撮影は遠慮してくれとのことで、ここにそれらをアップすることは出来ないのだが、同じミティラー画でも地域にごとの特徴があるらしい。

    インドのビハール州のマドゥバニー界隈では、世界的に有名になったミティラー画のアーティストが多数いるが、とにかく絵を買えとしつこく言い寄ってくる人がいろいろいて閉口した記憶があるのだが、ここジャナクプルあたりでは、そのような商売人に出会うことはなかった。インド側でのほうがずいぶん大々的に産業化されているということなのだろうか。

    〈続く〉