ただいまメンテナンス中です…

カテゴリー: economy

  • ラーイプルのシティーセンター・モール

    ラーイプルのシティーセンター・モール

    City Centre Mall

    シティーセンター・モールは、チャッティースガル州都ラーイプルの文字通り商業地の中心エリアにある大型モール。
    各種ブランドのショップ、洒落た家具や調度品の店、アウトドア用品の専門店も入るなど、かなり頑張っている。今のところ空きプロットが無いという点も評価できるだろう。この手の商業施設としてはとても大事なポイントだ。

    だが上階に行くと、やはりチャッティースガル州都の限界が露呈しており、田舎町のメーラーで出店していそうな業者が入っていたりする。このあたりは空きを作りたくないが、あまり変なものを入れるわけにはいかない。けれどもやむなく・・・・という経営判断があったに違いない。まったくトレンディーではない感じのヘアサロンもどうかと思う。

    田舎のメーラーに出店していそうな業者さん
    これもまたメーラーの出店者にしか見えない。
    まったくイケてないヘアサロン

    さらには、ちょっと崩れた感じのお兄ちゃんたちが切り盛りする複数の「タトウー屋」が店を構えている一角も「場末な雰囲気」を醸し出している。当然、あまり目立たない隅っこのほうの場所があてがわれている。彼らにとっては、州都ラーイプルでこのような場所に出店できるというのは、業者自身にとっての「ブランド化」にはかなり有効なのだろう。

    タトゥー屋のあたりは裏ぶれた雰囲気

    またビミョーなものとしては州政府エンポリアム。「身元はしっかりしている」とはいえ、まったくもってあか抜けない。せっかく力を入れているモールなのだが、やはりライプルではブランドの店を揃えるには、まだまだ高い壁が感じられる。

    州政府エンポリアム

    (写真)

  • ラーイプルのモダンな空港

    ラーイプルのモダンな空港

    どこかの国際空港にいるような気さえするような立派なターミナル。壁面がガラス張り、曲線を多用し、天井からの採光にも注力した、今どき流行りのタイプの空港だ。

    おそらくこれが出来る前は、平屋レンガ積みの小さな建物で、飛行機がランウェイに到着すると壁に赤ペンキで「RAIPUR」と書いてあるのが見えたことだろう。

    2000年11月にマッディャ・プラデーシュ州から分離して成立したチャッティースガル州の州都の空の玄関口。もっと簡素な施設を想像していたので、正直なところ大変驚いた。

  • ムンバイのフォート地区にあるZARAのショップ

    ムンバイのフォート地区にあるZARAのショップ

    一見、高級ブランドのショールームのように見えるのだが、スペイン版のユニクロと言えるZARAの店。こうしたイメージ作りに貢献してくれそうな物件に事欠かないのがインドとはいえ、ムンバイの地価は世界でも上位クラスなので、おそらくZARAはインドにおける旗艦ショップとして大きな投資をしたのだろう。
    中を少し歩いてみるとすぐに気がつくのだが、コロニアル建築を改築して利用しているのではなく、「新築」している。
    つまり外壁の部分を残して、あとはすべて建て直してあるのだ。
    欧州や南米でもこのようなことはとうの昔から行われており、アジアでもシンガポールやマレーシアでは、かなり前から街並み保存のために道路に面した外観だけ残して新築というのはよく行われてきたが、インドではそのようなことはほとんどなされず、英領期の景観が失われていくいっぽうだったが、こうしたことがなされるのは喜ばしい。通りをはさんだ反対側を少し北上したあたりでも、同様のやりかたで工事が進んでいる物件があり、「とりあえず外観は残す」というものが流れとなっていくのかもしれない。
    それでもやはり、面の皮だけ残して・・・というのは寂しいものがある。植民地建築の魅力は外壁だけではなく、内装の重厚さや目の届くあらゆる部分に及ぶからだ。

  • 旧ワトソンホテル

    旧ワトソンホテル

    旧ワトソンホテル (現エスプラネードマンション)
    外観からして尋常ではない荒れ具合

    マーク・トウェインが逗留したことでも知られる旧ワトソンホテルに入ってみた。植民地期のボンベイを代表するホテルであった歴史があるが、1960年代に廃業し、エスプラネードマンションというオフィスビルに変わっている。

    2018年後半、行政当局から入居者たちに対して退去命令が出ている物件だ。理由は危険なまでに老朽化していることだが、まだ退去していない者がたくさんいるようだ。ここに入居しているのは、法律事務所が多い。裁判所が近いという立地が好まれてのことらしい。

    入居しているのは法律事務所が多い。

    非常に幅広な階段が、なんとなく「ムンバイを代表する元高級ホテル」の面影を感じさせる唯一の部分だ。予備知識なしに踏み込んだとすれば、フロアーが非常に細かく壁で細分化されているため、「ホテルであった」と言われても、そうとはまったくわからないだろう。

    唯一、往時は高級ホテルであったことを感じさせる幅広の階段。

    本来ならば、1869年に完成したインド最古の鋳鉄構造の「ヘリテージビルディング」として保護されるべき対象らしいのだが、そこは民間資産のためオーナーにその意志がなければ、どうにもならないようだ。

    2018年7月の報道によると、ベランダの一部が崩壊して落下し、下に停めていたタクシーが壊れたとのこと。幸いなことに運転手はこのときクルマから離れており、事なきを得たとのこと。

    Mumbai: Part of 19th Century Esplanade Mansion collapses, crushes a taxi (scroll.in)

    この旧ワトソンホテル華やかなりしころ、パールスィー実業家ジャムセートジー・ターターがタージマハルホテルを創業するきっかけになったという逸話がある。
    当時のボンベイ随一の高級ホテルは「ホワイトオンリー」のポリシーをもって運営されており、数々の有名人が宿泊したことでも知られる。
    その逸話とは、ジャムセートジーが入館を断られたため、インド人のためのこうした立派なホテルを建てようと決意したというもの。今ではもっともらしく語られるが、これが実話であるかについてはなんとも言えない。

    当時、ムンバイのパールスィーやユダヤ人上層部は白人社会に軸足を置いていたし、当時の彼は白人社会において有力者でありVIPでもあった。ホテルにそんな実力者の入館を拒む勇気があっただろうか?

    もしかすると、インド人の部下たちを引き連れて会合を持とうとしたり、インド人実業家を連れての予約を打診したら「お連れの方々が・・・」と、色よい回答が得られなかったということはあったかもしれない。
    あるいは、こういうことかもしれない。イギリス統治下で地場資本が成長し、インド人有力資本家が次々に育つ中、またインド高等文官試験の受験が「ネィティブ」つまりインド人たちにも開放され、白人役人をアゴで使う「インド人高級官僚」がこれまた次々と出てくるといった世相の当時だ。
    「白人社会の顧客のみを相手にしていてはもったいない」と、インド人上層部が広がる世相を高級ホテル業参入への好機と捉えたのではないだろうか。

    パールスィーという人口規模が極めて少ないマイノリティーが率いるターター財閥だが、まさにそれがゆえに「愛国的資本」というイメージを創出することに代々努めている。ジャムセートジーが入館を断れて・・・という、もはや史実のようになってしまっているが、私はこれについてはかなり懐疑的だ。あくまでも私の個人的な意見ではあるのだが。

  • ダーラーヴィーのスラムを通過

    ダーラーヴィーのスラムを通過

    ボロボロで建物全体とは呼べないような構造物の中に居室があったり店があったりする。地上階と上階はそれぞれ別々に貸し出されていること、スペースが狭小であることから、上階へは階段ではなく、ハシゴで上るようになっていることが多い。
    こんなところなのに、路肩にはなぜかロイヤルエンフィールドの若者向けのカッコいいバイクが置かれていたり、崩れかけた家屋のハシゴから降りてくる青年が大型画面のスマホを手にしていたりする。こんなスラムだが、けっこう大きな金額が日々動いており、けっこう可処分所得の高い個人や世帯も少なくないとは聞く。

  • ラダックを鉄道が走行したら・・・

    以前、「鉄道でデリーからレーに移動することできる時代がやってくる?」と題して、デリーからヒマーチャル・プラデーシュを経由してラダック、そしてスリナガルへと至る鉄道建設計画について取り上げてみたことがある。

    リンク先動画はCGだが、ラダックを走る鉄道計画が実現したらこのような具合になるのだろう。しょっちゅう土砂崩れなどで通行止めになりそうな気もする。

    Future railways of leh Ladakh (Jammu Mission)

  • 歴史的な鉄道駅、再開業なるか?

    ムンバイの旧バラード・ピア・モール駅が再オープンするかも?というニュースがだいぶ前にあったが、その後どうなったのだろう。
    植民地期末期に廃止されている駅だが、ヴィクトリア・ターミナス駅のすぐ東側のため、ヴィクトリア・ターミナスが手狭にでもなって、発着の一部をそちらに回すのかな?と想像していたが、その後の様子が伝わってこない。
    ところで、このバラード・ピア・モール駅だが、ここを始発としていたフロンティア・メールなどの特急列車に英国などからの大型客船が桟橋に到着後、降船した乗客はそのまま列車へ・・・という具合に接続していたらしい。
    このバラード・ビア・モール駅が廃止となるあたりまでは、現在のもうひとつの終着駅としてチャーチゲートではなくコラバ駅が運用されていた。
    いまや鉄道のターミナスがあったという痕跡さえなく、往時は列車が往来していたチャーチゲート・コラバ間の鉄路がどこを走っていたのかも、今の街並みからは想像もできないのだが。

    Historic railway station in Mumbai may be reopened (The Tribune)

  • OYOが日本進出

    なんとインドの「OYO」が日本進出というニュース。これにはビックリした。しかし既存の宿泊施設がこれによって圧迫されるというような懸念はないだろう。

    このOYO、自前でホテルをバンバン建設して・・・というものではなく、既存の宿泊施設を勧誘してOYOに加盟させるというスタイルだからだ。

    よって、インドの大きな繁華街では、狭い一角にOYOが3件も4件もあり、通りを渡るとまた別のOYOがある・・・というような光景が展開している。初めて目にすると、本館、別館、そのまた別館・・・と拡張したホテルみたいに思うかもしれない。しかし、それらはまったく経営者が異なる別々のホテルなのだ。

    ホテル運営と集客のノウハウを伝授し、マーケティングを行い、OYOのウェブサイトでも各地のOYOへピンポイントでお客から予約が入るように誘導するなどの見返りに、これらのホテルからOYOがロイヤリティ等の支払いを受ける。

    そんなわけでロゴマークの入った看板以外は、OYO独自のスタイルというようものはなく、元々の宿のスタッフたちがこれまでと同じように働いている。たいていの場合、OYOに入るのは、元からダメだったホテルで、OYOからの指導により、なんとか稼げるようになることを画策している施設。

    日本でOYOに入ろうという宿泊施設はどんなところかといえば、なんとなく想像がつくように思う。経営が苦しい施設にとっては、もしかしたらいくばくかの助けになるのかもしれないのだが、利用者にとっては特に魅力がないのがOYOの特徴といえば特徴。近い将来、日本でOYOの看板を見つけたら「経営者芳しくない施設だね」と理解してほぼ間違いないのだ。

    インド発格安ホテル「OYO」、日本進出へ(日本経済新聞)

  • ミャンマー査証免除

    2018年10月1日から日本及び韓国の国籍所持者に対して、ミャンマーへの観光目的で渡航する際の査証が免除となった。これにより30日以内の滞在が可能となる。入国地点は、ヤンゴン国際空港、マンダレー国際空港、ネーピードー国際空港、タイとの陸路国境のタチレク、ミャワディー、コータウン、ティーキー、そして入国地点として利用する機会はあまりないかもしれないがヤンゴン港でもこの措置を利用できる。
    1年間の期限付きとなっているが、特に問題が生じない限りは、往々にしてさらに延長されるものだ。私たちとしてもこの措置を歓迎したい。

    ミャンマー入国時の観光ビザ免除スタート。ANA直行便の到着客を盛大に歓迎(トラベルWatch)

  • REVOLUTIONARIES

    REVOLUTIONARIES

    露店の店構えに革命が起きているように思う。この清潔さ、この洒落たたたずまい。
    お兄さんたち、オジサンたち、見た目はまったくサエないけど、露店業界のゲバラなのかもしれない。
    近くには、「サルダールジー」という露店を出している業者のオフィスまであった。少なくとも、従来の露店とは、ちょっと形態が違うと言えるかもしれない。

    その名も「サルダールジー(スィク教徒の愛称)」という露店
    隣の別業者による露店。衛生にとても気を使っているように見える。
    これまた別の露店だが、ちょっとオシャレな感じ。
    露店「サルダールジー」の「本部」はこのオフィスであった。
  • 「ユニクロ」かと思ったら「メイソウ」だって

    「ユニクロ」かと思ったら「メイソウ」だって

    インド人店員さんが言うには、「東京にお店を沢山出している日本の会社です。このたびインドにも出店しました。」とのことだが、聞いたこともない。北京とか上海の会社ではなかろうか?陳列はやけに日本っぽいのだが。

    店頭でちょっとググッてみると、確かに日本で登記している企業のようだが、実態は中国企業で、日本国外で「日本」を看板に出店しているらしい。

    そうした「日本ブランド」が通用する圏外と言えるインドに出した店舗だが、覗いてみると、予想外に良かった。日本風のディスプレイ、雰囲気、品揃えなど、実に良く勉強して自分たちのモノにしているという印象だ。

    店の外の雰囲気とは異なり、洋服の店ではなく雑貨を扱っている。日本の100均にありそうなアイテムも多いが、スーツケースもあるなど、取扱品の価格帯がかなり広い。

    こんな具合だったら、本当に東京で出店すればいいのにと、私自身とても好意的になり、すっかり「メイソウファン」になってしまった。

  • ビハールからカトマンズまで鉄道で直結!

    インドが「ビハールからカトマンズに向かう鉄路建設する」と発表。
    近年、インド近隣の国々では、中国が着実に足場を築き上げており、長年インドにとって「特別な関係」であったネパールもまたその例外ではない。
    とりわけ新内閣は「親中政権」であり、首相の最初の外遊先が北京とまではならなかったものの、デリー訪問からすぐそのまま北京へ向かうなど、やはりその親密ぶりはインドにとって気がかりなところだ。
    ネパールを中国に取られるようなことがあったら、それこそヒマラヤの一大事。デリーには誠心誠意、頑張ってもらいたい。ネパールに対する扱いが、これまでずいぶん高慢かつぞんざいであったがゆえ、今日のようなことになっている。
    ちなみにこの鉄道だが、まったく新規の構想というわけではなく、インドの援助により新調するとともに延伸されるジャナクプル鉄道(すでに着工しており、日々建設が進んでいる)のプランに、カトマンズ路線も組み入れた形のものであることと思われる。

    India to build strategic railway link between Kathmandu and Raxaul in Bihar (money control)