ただいまメンテナンス中です…

投稿者: ogata

  • 富士フィルム X10

    富士フィルム X10

    X100を彷彿させるフォルム

    今年の10月22日に、かなり気になるカメラが発売される。富士フィルムのX10である。3月に発売されたX100とよく似たフォルムだが、こちらは開放値明るめのF2、35mm換算で35mm相当の画角の単焦点モデルであるのに対して、X10は28mm~112mm相当の画角のズームレンズを搭載している。ズームレンズとしてはかなり明るいF2(広角側)~F2.8(望遠側)というのは魅力だ。またズームの機構自体も電動ではなく手動というのも使い勝手が良さそうに思える。

    半年ほど前にX100を購入して、描写性と使い勝手の良さにとても満足している私だが、35mm単焦点ということ自体が大きな魅力である反面、その画角がゆえに撮ることができないものもまた多いため、どこかに出かける際に基本的に荷物を極力持たないようにしている私にとっては、いろいろ思い悩むことも多いのだ。正直なところ、X100のズームレンズ版があったらなあ、とも感じていた。


    専用ケースとフードを装着した状態。実にカッコいい。

    そんなわけで、X10については『X100のズーム版か?』と期待したくなるところだが、ズームレンズ搭載にしては、X100と比較してボディが一回り小さいところからして容易に推測できるように、X100に使用されているセンサーはAPS-Cの大きさ(一部の高級機を除いた一般的なデジタル一眼レフで使われている)であるのに対して、X10は2/3インチのサイズ(コンパクトデジカメで用いられている)のものである。センサーのサイズの具体的な比較については、以下のサイトをご参照願いたい。

    撮像素子の大きさは性能と価格に直結(ガバサク談義)

    クラシカルなフォルム(好き嫌いはあることと思うが、趣味性の高いモノであることから、姿形への愛着も大切だ)、ちゃんと使えそうな光学ファインダーが搭載されていること、おそらく操作体系はX100を踏襲しているであろうことなど、かなり食指が動く気がするものの、センサーが小型であることはいかんともしがたいものがある・・・はず。

    フィルムに相当する部分のサイズがまったく違うため、小型センサーに共通して言えることだが、解像感やラティテュードに大きな開きがあるのは仕方のないことではある。それに感度を上げることによる画質の劣化も顕著なため、光量の少ない環境では使い辛くなる。

    逆にAPS-Cサイズ以上のセンサーであれば、とりわけ最近のモデルはISO1600やISO3200相当でも、充分使えるレベルになっているため、画質の劣化をあまり気にせずに感度をガンガン上げて撮ることができて楽なのだ。

    X10の場合は、他の多くのコンパクトデジカメと同様に手ブレ補正が付いているため、光の足りない環境ではこれを大いに活用して、可能な限り低い感度で撮るよう心掛けることになるだろう。

    そんなわけで、X10はX100のバリエーションのひとつではなく、まったく別のカテゴリーのカメラで、オリンパスのXZ-1あたりと競合するモデルということになる。28mm相当の単焦点モデルであるGR Digital(最近、新モデルⅣが発売された)に対して、『ズームレンズ搭載でGR的ながらもズームレンズ搭載しているモノ』として需要がかぶることと思う。

    そんなわけで、個人的にはちょっと拍子抜けではあるものの、日常的に使いやすい高品位なコンパクトデジカメを新たに購入しようという場合、非常に有力な選択肢になることは間違いない。私自身、正直なところX10は非常に欲しい。まだ実機に触れてみたことさえないものの、現状で知り得る情報だけでも、非常に魅力的なコンパクト機であることは明らかだ。日常でも旅先でも重宝するカメラ、そしてインドでどうだろう、この一台?として本日取り上げてみた。

    ところで、富士フィルムのデジタルカメラFINEPIXシリーズ中の『X』ブランドのモデル、X100、X10に続き、今後ミラーレス一眼も加わることになるようだ。同社はフォーサーズ規格の賛同企業であることから、目下フォーサーズといえばその発展型のマイクロフォーサーズが主流となっている現状、小型化に有利であることなどから、パナソニック、オリンパスに続き、マイクロフォーサーズ規格の機材を製造するメーカーとなる可能性が非常に高い。

    既存の規格に参入することになれば、ユーザーにとっては先行する2社のレンズを活用できるという利点(現状では両社ともそれほど豊富とはいえないが)がある。それ以上に魅力的かもしれないのは、マウントアダプターを介してMマウントのレンズを利用できることではないだろうか。

    マイクロフォーサーズに参入するというのは、あくまで巷で言われているだけのことで、今のところ富士フィルムが表明しているのは『ミラーレス一眼への参入』『X100よりも少し大型』ということのみだが、それこそ唯一無二で、魅力的なカメラが出てくることを期待している。

    マイクロフォーサーズ規格の『デジタル一眼』を製造しているパナソニックとオリンパスは、モデルチェンジを重ねるごとに大胆な小型化を推進しており、デジタル一眼とコンパクトデジカメの境界が曖昧になりつつあるくらいだが、富士フィルムのXシリーズから出てくることになるミラーレス一眼は、先行メーカーのモデルとは大きく異なるクラシックかつ本格派な骨太路線を歩むことになりそうだ。

    Xシリーズは、X100、X10ともに日本製だ。おそらく今後出てくるモデルもそうだろう。『MADE IN JAPAN』ならではの違いがそこにある・・・と思う。

    X100同様にX10もMADE IN JAPAN
  • インドのヴィザ2

    パソコンの性能向上のためか、それとも回線の高速化もあってか、最近、ヴィデオ・チャットの性能がとてもよくなってきた。

    韓国のソウル在住の親友L君とは、しばしばパソコンの画面で向き合って、ビール等を手にして『それじゃ、乾杯!』などとやっている。互いに酒をカッタワッタ(行ったり来たり)させることはできないものの『一緒に飲んでいる』ことになるのは間違いない。便利な時代になったと思う。

    先日も画面越しに飲みながらの会話中、『最近、インドのヴィザ要件が替わったんだよね』という話題になったとき、L君は、『これのおかげで当分問題ないんだよ。indo.toに書いてみたら?』と彼のヴィザを見せてくれた。以前、彼から『ソウルで5年間有効の観光ヴィザを取得した』という話を聞いてはいたが、実物を目にしたのはこのときが初めてだった。

    日本で発行されるインド・ヴィザと同じシール式の台紙を貼りつけてある。カテゴリーの欄には『Tourist』という記載があるため、紛れもない観光ヴィザだが、有効期間は発行日から5年間の入国可能回数はMultiple。日本と同様に韓国でも、通常の観光ヴィザは発行から6か月間有効(滞在可能日数はその期限内)であるため、非常にレアなものである。Each Stay Not to Exceed 90 Daysとも書かれており、一度に3カ月以上滞在することはできないようになっている点もまた、他の人々が手にする観光ヴィザと異なる。

    また、2010年1月以降発行されたヴィザと違い、NOT VALID FOR 2ND ENTRY WITHIN TWO MONTHS OF LAST EXIT FROM INDIAという記載がないため、2か月ルールが適用されないという解釈が可能だ。(本当に適用されないかどうかは未確認)

    在ソウルのインド大使館で、『5年有効の観光ヴィザを発行するのは初めて』と言われたそうだ。L君によると『その後も誰も同じものを取得していないはず』とのこと。もっとも、彼がこのヴィザを取得できたのは、自身がインド研究者であり、今後も渡印する機会が多いという背景があり、加えて彼自身が持つ高い交渉能力の賜物でもあるのだろう。

    いろいろと規則に煩いものがある反面、ときにこうした規格外(?)のものも存在するというのはインドらしいところだ。

    <完>

  • インドのヴィザ1

    10月1日からインドのヴィザ申請書類の変更があちこちで話題になっている。

    様々な情報がウェブ上等で飛び交っているものの、当の『インドビザ申請センター』(日本およびその他の多くの国々でインドヴィザ受付業務は民間委託されている)でも、10月1日からの変更点について、ウェブサイトに記載しているものの、詳細についてはよくわからないようだった。(10月第1週現在)

    観光ヴィザでさえも、往復のフライトの予約確認書あるいは訪問先からのオリジナルの招聘状と招待者のパスポートコピー、ホテルの予約確認表、申請者が学生・主婦・無職の場合は預金残高証明書といったものが必要となる。

    こうなると『近隣の第三国から陸路入国する予定である場合どうするのか?』『ホテルは何泊分の予約が必要なのか?』『訪問する友人宅でパスポートを持っている人がいない場合は?』『預金残高とはいくらあればいいのか?』などといった疑問を抱くのが普通だ。

    そのあたりの詳細についは、今後次第に明らかになってくるはずだ。このたび新たに要件が追加となっているだけに、本国から各国の大使館への指示、それに対する大使館での解釈の間にいろいろ齟齬が生じている可能性もあるし、今後それらについて新たな調整が加わる可能性もある。よって10月の現時点とこれ以降では、細かな部分で細かな違いが出てくるかもしれない。現状ではかなり流動的な部分があると見たほうがいいだろう。

    これらの変更の背景にあるのは、第一に治安対策に他ならない。各地で相次いでいるテロ事件について、周辺国を拠点とする組織の関与があるとされるため、外国人の出入りについては、『観光客』という身元のはっきりしない不特定多数の人々が一度入国してからは行動を把握することはできないため、まず入口の部分で従前以上にスキャンをかけておく必要がある。

    これまでテロに関与してきた人々とは、必ずしもインドに敵対する組織が存在する周辺国に限らない。以前はノーマークだった米国やカナダ等といった国籍を持つ南アジア系の人々が2008年11月に起きたムンバイーの大規模なテロ事件を背後で操る黒幕の中に含まれていたことは大きな衝撃であった。メディア等には出ていないが、犯行の中核部分以外においても、それまで警戒の対象外であった国籍の人々の関与が疑われる事例等がいくつかあったとしても決して不思議ではない。

    そのため第三国の国々についても聖域を設けずに疑ってかかるという姿勢を取らざるを得なくなってきていることは容易に想像できる。幾度も繰り返されるテロ事件に対する政府への批判も強く、国内的にも外国人の出入国に関する政府の厳しい姿勢をアピールする必要がある。

    インドと友好的な関係を持つ日本だが、前者にとって潜在的に懸念する対象となりえる南アジア起源の勢力が後者の国内に皆無というわけではない。それらはインドに対して敵対的な姿勢を示しているわけではないものの、かなり広範囲な流れを包括するその筋からは、諸外国でかなり問題のあるグループも派生している。

    加えて、対外的な経済の開放と国内経済の継続的な成長に伴い、外国人の間でビジネスチャンスが増えている。それらはとりもなおさず、非インド国籍の人々についても、投資や高度な知識や技術等を有して正当なヴィザを取得してインドに在住している人たち以外にも、おこぼれ的な就労機会が生じることを意味する。そのためこの部分に対する引き締め策というところも、多少なりとも含まれているかもしれない。

    インドに限りない愛着と憧憬をおぼえる日本人のひとりとしては、より多くの日本の人々がインドを訪れる機会を得て、その様々な魅力に触れたりすることが、もっと深く踏み込んで何か特定の事柄について研究するとか、あるいは日印間の事業等に乗り出して、両国の絆を深めるきっかけとなればいいと思っている。

    そのためにも、ヴィザの申請要件変更については、個々の人々のインドとの出会いにおいて、最初のとっかかりである『インド訪問』をしようという気を削いでしまうような気がしてならない。

    おそらくインド国内的にも、訪問する外国人たちに関わる仕事、主に観光業関係を中心に懸念する向きは少なくないだろうし、政府内でもインド観光の推進の旗振役である観光省にとっては、2010年1月から導入された出入国に関する2カ月ルールと合わせて、今回のヴィザ申請要件の変更はちょっと気になるところであろう。

    あるいは今後、空港でのあらの適用となる国籍が拡大されることにより、従来の観光ヴィザに代える役割を持たせようという含みもあるのかもしれない。シングル・エントリーで滞在最大30日間までで延長不可、前回の出国から2か月以上の期間を置いて、年間に2回まで発行可という、通常の観光査証よりも条件が制限されたものである。

    現状では、到着空港でのヴィザ取得はやたらと時間がかかる。査証発行担当官が本人と直に面談して判断できるというメリットはあるものの、今のやりかたでは多くの観光客が空港での査証取得を求めた場合、とても対応しきれない。

    またアライバル・ヴィザそのものの要件についても、今後何らかの変更が生じる可能性は否定できないだろう。今後インドを観光で訪れる方は、到着してから困った事態にならないように、事前に確認しておいたほうがいい。

    変更の背景にある国内事情、基幹産業のひとつ(これに依存する割合が非常に高い地域も少なくない)である観光業への配慮、そして入国する外国人たちの実情(問題国以外の国籍の人々に対する条件緩和)といったあたりで、擦り合わせを重ねたうえで、より実際的かつ合理的なものへと移行してくれるようになるとありがたい。

    なお、観光ヴィザだけではなく、その他のヴィザについても変更部分が生じている部分があるため、申請時にはご注意願いたい。

    <続く>

  • 本日挙式 ブータン国王夫妻

    以前、ブータンのロイヤル・ウェディングと題して、同国の国王が今年10月に挙式することを取り上げたが、その結婚式は本日とどこおりなく行なわれたようである。

    “Bhutan’s royal wedding” ITVNews (Youtube)

    どうか末永くお幸せに!

     

  • 11年間の旅路の後、妻のもとへ戻るカナダ人男性

    ベビーカー(西欧のものは往々にして大型で頑強な造り)を押しながら世界徒歩旅行を敢行してきたカナダ人男性。すでに11年間の行程は自国カナダ横断の終了直前で、間もなくスタート地点であったケベックの自宅に到着するとのこと。

    Jean Beliveau, Canadian Man, To Finish Walk Around The World (GLOBAL PULSE)

    Global 11-year trek coming to an end for Canadian Jean Béliveau (DIGITAL JOURNAL)

    Canadian nears end of 11-year walk (CBCnews)

    事業に失敗した後、いわゆる『ミッドライフクライシス(中年の危機)』に陥ったのを機に、世界徒歩放浪の旅に出たとのこと。詳細なルートはよくわからないが、インドも歩いたのだろうか。

    出発当時45歳であった彼も今は56歳となり、老境も目の前。毎年、妻から4,000ドルを送金してもらい、あるいは出会った人々の好意にも支えられて、歩きとおしてきたそうだ。

    その妻との再会もすぐ目の前のところまで来ているらしい。インターネットの普及により、メールやチャット、スカイプ等による相手の顔を見ながらの通話も安価に可能となったこの時代ではある。それでも、放浪中の主人と自宅を守りながら日々仕事に出かける奥さんが、11年間も夫婦関係を維持できているというのは実に大したものだ。

    無事帰宅した後、夫婦仲睦まじく、末永く元気に暮らして欲しいと思う。

  • ジャイプル・メトロ

    昔々のデリーは、とてもクルマが少なかった。スズキのマルティが独り勝ちしていた頃のことだ。他の自家用車といえば通常はアンバサダー、パドミニーくらいと、非常に車種も少ない時代で、今やもう大昔ということになる。二輪の類も古いヴェスパのモデルをバジャージがインド現地生産したスクーター、あとはバイクといえば排気量125cc程度の小さなものくらいしか見かけなかった。

    乗用車にしても、バイクやスクーターにしても、購入できる層が限られていたため、道路は閑散としており、「渋滞」という言葉さえも知られていなかった。同じ頃、まだ首都圏の高速道路網が無く、BTSや地下鉄もなかったバンコク市内は各所でひどい渋滞で、どこに行くのも一苦労。それに比べてインドの大都市の道路は何て空いているのだ!と思ったものだ。市バスでもオートでもビュンビュン飛ばしてすぐに目的地に着くことができた。

    やはり転機は90年代前半以降であった。経済成長が軌道に乗り、デリー首都圏の人口が急増、人々の可処分所得も急上昇していく中、政府の外資の積極的な導入姿勢と外資による新興市場インドへの期待感から、様々な四輪・二輪メーカーがインドに続々進出していき、それとともに道路を急速に様々なクルマたちが埋め尽くしていった。

    そんな中、デリー・メトロ建設の槌音が聞こえてくるようになったときには大きな期待感を抱いた。このネットワークが完成した暁には、昔みたいにスムースにあちこちに出かけることができる、いやバスのルートを知らなくても、簡単にどこにでも行くことができるようになるのだろうと。

    そして現在、デリー・メトロのネットワークが広がり、市内の長距離移動が格段に楽になった。とりあえず目的地の最寄駅まで乗車して、後はオートでも利用すれば非常に短い時間で到着することができる。便利なものである。

    昨年10月からはラージャスターン州都のジャイプルでも建設が始まっている。市内各地で工事が進行中だ。

    Jaipur Metro

    完成時のネットワークはこのような具合になる。

    他にもムンバイー、バンガロール、チェンナイ、ハイデラーバード等でメトロ建設が進められており、同様にアーメダーバード、ラクナウー、コーチン、ルディヤナー、チャンディーガル等でもメトロ建設着工の計画がある。多少の紆余曲折があっても、これからも引き続いて右肩上がりの経済成長が見込まれるインドはまさに日の出の勢いといった具合だ。

    一昔、二昔前を振り返れば、現在との大きな違いを実感でき、今後も更にベターな明日を思い描くことができるインドが、とても眩しく見える。

  • 格安タブレットPC その名もアーカーシュ(大空・天空)

    格安タブレットPC その名もアーカーシュ(大空・天空)

    だいぶ前から開発が進められていることが伝えられていたインド製格安タブレットPC『アーカーシュ』がついに姿を現した。

    価格は1,750Rs、およそ35米ドルと、これまでのタブレットPCよりもはるかに安い。インドの人材開発省主導のプロジェクトで、IITとイギリスのDataWindによる共同開発だ。

    目的は、インドの津々浦々の学生・生徒たちへのデジタルデバイスの普及による教育効果とデジタルディバイドの解消。もちろんハード面のみならず、今後はより安価なネット接続環境、無料Wifiアクセスポイントの普及が求められることになる。

    OSには何を搭載しているのか不明であるし、実機に触れてみていないので、使い勝手がどんな具合であるのかわからない。

    下記リンク先記事にもあるように、タッチスクリーンの性能や処理速度など、他のタブレットに大きく劣るであろうことは容易に想像できるものの、やはりこの価格で実現できるところに意義があるのだろう。インドのみならず、他の途上国からも今後引き合いがあるのではなかろうか。

    India launches Aakash tablet computer priced at $35 (BBC NEWS South Asia)

    だが、こうしたモノを安価に製造することに長けており、起業家精神に富む中国からも、そう遠からずこうした格安のタブレットPCが出てくるのではないかとも想像している。その潜在力は、すでにiPhone, iPad等のコピー製品の流通からも証明されている。

    もちろん、このアーカーシュの開発は、商業ベースによるものではなく、これを政府がまとめて買い取ることにより、教育の場に普及させるという使命を帯びたものである。やがて、世間でタブレットPCの類の利用が広まり、政府によるこうした補助なしで、学生・生徒たちの誰もが難なく安価なタブレットを購入できる環境が出来上がったとすれば、それはそれで喜ばしいことであろう。

    このアーカーシュ、私もぜひ試し一台入手してみたいと思っている。

  • キングフィッシャー・レッド ローコスト路線廃止へ

    キングフィッシャー・レッド ローコスト路線廃止へ

    Kingfisher Airlines

    ちょっとビックリする反面、やはりそうかという思いもする。

    Kingfisher Red to shut operations: Mallya (DAILY NEWS & ANALYSIS)

    After Kingfisher Red’s exit, no-frill carriers to expand operations (DAILY NEWS & ANALYSIS)

    キングフィッシャー・エアラインといえば、2005年に運行を開始した、まだ新しい航空会社ではあるが、もはやインドを代表する航空会社のひとつとして、内外に広く知られている。

    ご存知『キングフィッシャー』ブランドのビールを製造するユナイテッド・ブルワリーズ・グループが親会社の企業だが、今ではそれとは逆に『あのビールも造っている航空会社だね』などとアベコベなことを言う人もいるくらいだ。

    垢抜けたイメージとともに急激に路線を拡大していったが、2007年にインドにおける格安航空会社の先駆けであったエア・デカンを買収したことに負う部分も大きかった。旧エア・デカンは、キングフィッシャー・レッドとしてその後もインドの格安路線市場で、その他後発の格安航空会社や既存航空会社の格安料金と競い合い、同国の航空チケットの低価格化に果たした役割は相当なものである。

    個人的には、料金が安いもののウェブサイトでインド国外で発行したクレジットカードでは予約できなかったエア・デカンがキングフィッシャーに買収されてからは問題なく使用できるようになったのがありがたかった。

    ここ数年来の燃油代やパイロットの人件費の高騰により、どの格安路線も経営は決して楽ではないが、キングフィッシャー・エアライン自身も、華やかなイメージとは裏腹に様々な筋から経営難が伝えられていた。

    国内路線の伸長とともに、国際線にも積極的な進出を行なっており、他社と一線を画したカジュアルながらもスタイリッシュなブランドイメージとスタイルが良くてセクシーな制服を着た美人揃いの客室乗務員たちで人気を集めている同社は、利幅が薄くブランドの印象維持が容易ではない格安路線の切り捨てに舵を切ることになった。

    総体的には格安航空会社が従来型のキャリアに移行したように見えるが、実のところこれまでなかったちょうど両者の中間といった具合の新しいタイプのエアライン、つまりお役所的ではなく使い勝手の良い航空会社として今後も更に発展していくことと思う。

    この10年ほどで、インドの空の交通機関のありかた、ネットワーク、料金は大きく変化している。もちろんインドに限らず、中国、アセアン、ガルフその他のアジアの多くの地域で同様だ。

    だが便利になった、と感心ばかりしてもいられない気がする。人手不足で給与が高騰しているパイロットはともかく、その他の職種で航空業界に務める人たちの労働条件は、この間にどのように変化していったのかということも気になる。

    新規参入した会社が多数あり、業界全体の事業規模が飛躍的に拡大した結果、雇用者数が急増したことは容易に想像できるのだが、旧来からの航空会社に勤務の大多数の人たちにとっては、年々条件が厳しくなる苦難の10年だったのかもしれない。

    便利になるということは、往々にしてそのサービスを生業にしている人たちにとっては、当然の帰結として従前よりも重いノルマ等が課せられるわけで、同じ一続きの世の中で暮らしている以上、顧客たる私たちにとっても対岸の火事ではない。回り回って我が身にも降りかかってくることなのだ。

    キングフィッシャー・エアラインスの『レッド』部門切り捨てにより、これまで同社の路線拡大に大きく貢献してきた、切り詰めたコストの中でいろいろ使い回しされながらも頑張ってきた人たちが、今後どのような処遇を受けるのかということにも思いが及ぶ。

    現場で汗をかいて働く人たちはもちろんのこと、ホワイトカラーの間でも、エア・デカンの買収により、キングフィッシャー・レッドに移行した人たちには、厳しい処遇が待ち構えているのではないかと思うと、同じ生活者として非常に気の毒である。

  • J-one ジーワン 創刊号

    J-one ジーワン 創刊号

    J-one 創刊号

    ご存知Namaste Bollywoodを発行しているスタジオ・サードアイから、新しい刊行物が産声を上げた。Jeevan (जीवन)、つまり『生命あるもの』『生命』『生涯』『寿命』『生活』といった意味を持つ言葉をテーマに、『ポスト3.11の生き方を探るニュー・ライフスタイル・マガジン』がスタートした。

    創刊号で取り上げられている様々なJeevan (जीवन)は、インドやその周辺国に限らず、東南アジア、アフリカそして日本の福島と多岐に渡る。

    巻頭には東日本大震災でいち早く救援活動に乗り出したパーキスターンやインドの有志の人々のことが取り上げられている。またインドのラダックで生活支援を展開するNPO、バーングラーデーシュ産の革製品フェアトレードに取り組む日本の女子大生たち、世界各地で難民支援に取り組む人たち等の活動が取り上げられている。

    J-one Talkと題して、発行人のすぎたカズト氏と村山和之氏の対談『生命ある物をありがたくいただく生き方』からいろいろ考えさせられることが多い。ここにいろいろ書き出してしまうわけにはいかないので、ぜひ本誌を手にしてじっくり読んでいただきたい。

    福島や原発関係では、福島の様々な業種で日々頑張っている人たちの声が伝えられ、大手メディアが伝えない原発問題の盲点について多くの鋭い指摘がなされている。そのひとつに、私たちが『規制値以下なので安全』と信じ込まされている食品その他の放射能の数値がある。

    そもそもこれらは暫定的に大幅に底上げされている(つまり原発事故以前ならば当然基準値外のものが大量に出回っている!)ことを、私自身うっかり忘れかけていた。これについて『カロリー表示があるように食品に線量表示を義務付ければ・・・』という下りに大きく頷いてしまう。

    日々、新聞では各地で測定された線量が掲載されているが、当然同じ地域でも地形や風向き等によって、かなり差が生じることは聞いているものの、目に見えないものであるだけに、実際に測定することなく自覚できるようなものではない。同誌の取材により、原発周囲の避難区域からかなり離れたエリアでも、報道されている数値以上に、相当高い線量が検出されることが明らかにされており、大手メディアから一律に流される情報を鵜呑みにしてしまうことの危うさに背筋が寒くなる思いがする。

    だが怖いとボヤイてみたところでどうにもならない。私たちひとりひとりが、自分自身のJeevan (जीवन)を見つめなおして、何か小さなことでも、今できることから始めてみるようにしたいものだ。

    さて、このJ-one誌の入手方法についてはこちらをご参照願いたい。

     

  • インドにとってネパールは『第二のパーキスターン』となるのか?

    しばらく前から、北京に事務局を置く中国政府筋と関係の深い基金によるネパールのルンビニーにおける大規模な開発計画が各メディアによって取り上げられている。

    Nepal to build £1.9 billion ‘Buddhist Mecca’ (The Telegraph)

    China plans to help Nepal develop Buddha’s birthplace at Lumbini (Reuters)

    The Lumbini project: China’s $3bn for Buddhism (ALJAZEERA)

    このことについては、最近では朝日や読売といった日本のメディアによっても書かれており、記事を目にされた方は多いだろう。ちなみにその基金とは、亚太交流与合作基金会である。

    調達予定の資金額は何と30億ドルで、ネパールという国自体の年間の歳入の合計額に比肩するほどのものであるという。上記リンク先のロイターの記事によれば、計画には寺院の建築、道路や空港の建設、コンヴェンション・センター、仏教大学の設置等が含まれるとのことで、これが実行に移されることになれば、今は静かなルンビニーの町の様子が、近い将来には一変していることだろう。

    人類共通の遺産、とりわけアジアにおいて広く信仰されている仏教の聖地が整備されること、観光産業への依存度が高いネパールにおいて、観光資源が開発されること自体は大いに結構なことではあるものの、小国の年間歳入に匹敵するほどの資金を提供しようというプランの背後には、スポンサーである中国の国家的な戦略があることは無視できない。

    ちょうど昨年の今ごろ、ネパールは『中国の時代』を迎えるのか?』と題して、中国によるネパールへの積極的な進出について取り上げてみた。また一昨年には『ネパールにも鉄道の時代がやってくるのか?』として、中国の占領地チベット(中国は西蔵自治区を自称)からの鉄道の延伸計画等について触れてみたが、今度はインド国境から数キロという場所であることに加えて、ネパールでマデースィーと呼ばれる人たち、ネパール南部でインドの隣接する地域同様に、マイティリー、ボージプリー等を母語とする人々が暮らす地域に打って出た。

    インドにとっては国境すぐ向こうに『同族の人々』から成る『親中国の一大拠点』7が出来上がってしまうことを意味する。対外的には、特にインドにとっては大いに憂慮されるものであるが、ネパール政府にとっても、この計画は一方的に利を得るものとはならない可能性もある。

    同国で不利な状況下に置かれているマデースィーの人々の地域である。自治権拡大等を求めての活動が盛んで、中央政府に対する反感の強いマデースィーの人々のエリア。そこに外国による国家の歳入に比肩するほどの投資がなされるというのは尋常なことではない。

    現在までは、インドと中国を両天秤にかけて、うまく利益を引き出しているように見えるネパールだが、将来的には対インド関係においても、また内政面においても、同国が『パーキスターン化』するのではないか?と危惧するのは私だけではないだろう。決して好意的なものばかりではない様々な思いを抱きつつも、ときには関係が冷却したこともあるとはいえ、伝統的には特別な互恵関係にあった『身内』のインドとの対立と緊張、自国内でのさらに新たな摩擦と軋轢といった事柄が生じる可能性を秘めており、それらが現実のものとなる時期もそう遠い将来ではないような気がする。

    中国によるネパールへの数々の援助のオファーは純粋な善隣外交の意志からなされているものではなく、まさに自らの国益のためになされているということに対して大いに警戒するべきなのだが、目下、同国議会の第一党にあるのは、インドと一定の距離を置くいっぽう、中国寄りの姿勢を見せるネパール共産党毛沢東主義派である。

    以前、あるジャーナリストの方に話をうかがった際、手を替え品を替えといった具合に矢継ぎ早に繰り出す援助プロジェクト等のオファーにより、中国側に引き寄せられつつあるネパールのことについて、こんな風に表現されていたのを思い出す。

    『ネパールは、南側のインドという比較的ゆるやかな斜面と北側の中国という急峻な崖の間に位置する国。南側に転がれば怪我は軽いけど、北側の崖に転落したらどうなることか。けれども当人たちはそれがまだよくわかっていないようだ。』

    ネパールの空には、ネパール・インド双方に不幸を呼び込む暗雲が、北の方角からじわじわと押し寄せているように感じている。これが杞憂であればよいのだが・・・。

  • Namaste Bollywood #30

    Namaste Bollywood #30

    Namaste Bollywod #30

    Namaste Bollywood #30 (Oct-Nov)が発行された。早いもので創刊5周年を迎えることになる。今号もボリウッドに関する様々な話題が満載。

    じきに公開されるDon2, Ra.oneといったシャー・ルク・カーン主演の期待作、来月11日に69歳となるBig Bのハリウッド出演の話題、そして今後日本で劇場公開あるいは映画祭で上映されるボリウッド映画タイトル等の記事が並ぶ。ファンならばぜひ押さえておきたい情報だ。

    そうした中で、もちろん小さな囲み記事にも興味そそられるものが多い。たとえば『ドバイ漫遊記』にて、UAEの商都ドバイはインド的空間(南アジア系の人々が多く、当然ながらボリウッド関係のモノも多数)が広がっている街であるかということが窺えて、私もいつかぜひ訪問してみたいと思っていた。ちょうどコールカーター出身の友人が赴任しているので、彼の滞在中に出向いてみようかな・・・と、カレンダーをめくってみたりする。

    ところで、Namaste Bollywoodから、このたび新たに刊行物が発刊されている。テーマはボリウッド映画ではないのだが、とても中身の濃いものだ。これについては後日取り上げてみることにする。

  • たかがトーピー、されどトーピー

    たかがトーピー、されどトーピー

    イマーム・シャーヒー・サイード(左)と声を交わすナレーンドラ・モーディー(中)

    先日、『アーグラーで爆発』の記事の後半部分で、爆発とはまったく無関係だが、グジャラート州首相のナレーンドラ・モーディーの誕生日に開かれた集会について触れた。その場には従来の取り巻き、関係者や支持者たち以外にも、ムスリムその他の様々なコミュニティを代表する面々も集まっており、ステージで彼に挨拶をする様子がテレビで流れていた。

    その中のひとりの聖職者イマーム・シャーヒー・サイードがモーディーにムスリムのトーピー(帽子、キャップ)を提供しようとして、彼に拒絶されるひとコマがメディアに取り上げられて波紋を呼んでいる。聖職者が右のポケットからトーピーを取り出すと、モーディーが慌てた様子で何か言い訳をしながら、これを拒む様子が繰り返し映し出されていた。トーピーを拒絶した直後、聖職者が差し出したショールのほうは受けている。その模様は以下の動画サイトで閲覧することができる。

    Narendra Modi refuses to wear Muslim skullcap during his fast (News24の映像  Youtube)

    ヒンドゥーであっても、政治スタンスが宗教的にニュートラルで、ムスリムの大きな票田を持つ政党の指導者たちは、ムスリム宗教界その他の要人たちと会見する際、親愛の情を込めてトーピーを提供されると、受けた側もそれに応えて被ってみせて親近感を演出するものだ。サマージワーディー・パーティーのムラーヤム・スィン・ヤーダヴ党首、ジャナタ・ダルのニティーシュ・クマール等々が、そうした格好で写っている写真をメディアでよく目にする。

    中央政界進出に意欲を見せており、具体的には近い将来インドの首相になることを視野に入れているとされるモーディーは、自信の61歳の誕生日の誕生日を機に、友愛と融和をテーマにした集会とそれに続き足かけ三日間の断食を実施し、2002年の暴動の際に裏で糸を引いていたと見る人たちもまだまだ多い、彼の負の側面を払拭して、ムスリムその他様々な宗教関係者たちも同席する中、セキュラーなイメージを演出しようとしていた。

    だが、モーディーのそうした動きについて、彼の信条の変化(?)を疑う向きの多いマスコミ関係者たちが、トーピーを拒絶する姿を見逃すはずはなかった。メンツを潰されたイマーム・シャーヒー・サイードからのコメントもすぐさまオンエアーされ、BJPと対立するコングレス陣営からは『減量のための断食だったね』といった揶揄も含めて、厳しい批判の声が上がった。

    たかがトーピー・・・と片付けてしまうのは簡単だが、受け容れたショールは誰もがまとうもの(いかにもイスラミックな柄であったが)であるのに対して、あのトーピーはそれ自体がイスラーム教徒を象徴するアイテムである。モーディー自身にとっては、彼をこれまで支えてきた、そして今後も支えて行くことであろうサフラン色のヒンドゥー極右勢力の反感を買うわけにはいかず、計算づくの行為であったはずだ。こうした場で、トーピーを提供する者が出てくるであろうことも充分予測していたことだろう。

    また、彼にトーピーを差し出してみて、それを被ってみても、あるいはこれを拒絶しても、それぞれ異なる立場の人々から批判の声が上がることは必至であるため、敢えてこれを一種の『踏絵』として仕込む陰謀が画策されていたのかもしれない、などと穿った見方もできるかもしれない。

    他の宗教関係者たちと合わせて、ムスリムの様々な代表者たちが集合している中、彼らの祝福や好意を受け入れて過去の確執や反感を水に流す(流してもらう?)姿勢を見せて、これまでの支持者たち以外からの歓心を買おうと試みると同時に、決して彼らに同調するわけではないというスタンスを従来からの確固たる支持層に対してアピールしてみせたことになる。

    現政権がそのまま任期を全うすれば、次回の中央政権の総選挙が実施されることになる2014年までまだ3年ほどある。現在野党として雌伏しているBJPが政権を再び奪取すると仮定すれば、まさに飛ぶ鳥を落とそうかという勢いがあり、地方政治で有能なステーツマンとしての実績とカリスマ性もあるモーディーという看板は魅力的で、現時点では近未来の首相の最有力に位置していることは間違いない。

    モーディーはともかく、1998年から2004年まで中央政権の座にあったBJP自体も、政権始動期に懸念されていたほど極端な方向にはあまり振れることなく、彼らを危惧する声とは裏腹に、意外なまでに穏当な『中道右派』といった様相で政権を運営していた。これはBJPを支えてきた、いわゆるサング・パリワール内での不興を買うことにもなったのだが。

    今後も機会あるごとに、モーディーはこれまで身に滲みついてきたサフラン色を薄めていこうと試みることだろう。そして2014年あるいは今の連立政権が中途で崩壊するようなことがあれば、それよりも早い時期に『第14代インド首相ナレーンドラ・モーディー』が誕生する日が来るかもしれない。だが彼にとって、ムスリムの人々の前で得意げに彼らのトーピーを被ってみせるのは、自身がインドの首相になることよりも難しいように思われる。

    サフラン色の中に緑色(ムスリム)を取り込んでいくのは容易ではない。グジャラートの2002年の大暴動での痛手の記憶はまだまだ風化しておらず、BJPはもとよりモーディーという人物に対する後者の警戒心を解くにはまだ至らないだろう。また前者サフラン勢力の中では後者へのリップサービスに対する反感もある。

    モーディー自身は、このふたつの色を混ぜ合わせて、どんな絵を描いていくことを意図しているのだろうか。極右のイメージと2002年の大暴動への関与に対する疑惑を除けば、金銭面では清廉で有能な為政者であることは、すでに州政治において実証済みだ。経済面での行政手腕については、大いに魅力的で将来性が非常に高い人物であるだけに、その腹の底で何を企図しているのか不安にもなるのは、ムスリムだけではなく、従前から彼を支持してきた層も同様だろう。

    インドの近未来を左右するであろう人物のひとりであるだけに、今後とも彼の動きから目が離せない。