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カテゴリー: politics

  • 小さなトリプラ州が分割される可能性

    もともと小さなトリプラ州がさらに分割されることになるかもしれない。

    州外からのベンガル系移民の流入が続いた結果、「ほぼベンガル化」された同州から、ベンガル化の度合いが低い地域が分離しようという動きが中央政府レベルでも検討されることになるようだ。

    北東州への浸透を図ろうとする中央政府与党BJPは、トリプラ州では現地で旧来の住民の利益を代表する分離支持側の政党と共闘関係にあるということが強く作用している。

    そんなわけでトリプラのベンガル系ヒンドゥーの人たちからの不興を買うことは当然予測されてはいるようだ。

    Home Minister has agreed to form panel to look into Tipraland demand: Debbarma (THE ECONOMIC TIMES)

  • 「OUR MOON HAS BLOOD CLOTS」という本

    「OUR MOON HAS BLOOD CLOTS」という本

    Hello Bastarの著者、Rahul Panditaによるカシミールを題材にした一冊。彼自身が、カシミーリー・パンディットの出自で、少年時代に家族とともにシュリーナガルからジャンムーへの脱出を余儀なくされている。

    「民主主義インドによって蹂躙されたカシミール」にて、「踏みにじられたムスリム市民が蹂躙したパンディット」というパラドックスが展開していく。

    「学者、識者」を意味する「パンディット」という言葉で通称される「カシミーリー・ブラーフマン」は、イスラーム勢力進出後のカシミールの長い歴史の中で、イスラーム教への改宗者が増えていく中、「マイノリティのヒンドゥー教徒」ながらも、高い知性と学識により、独立以前の歴代のカシミールの王朝時代に主に官職で重用されることにより繁栄」したコミュニティ。

    時代的にも「抑圧」により流出したわけではないが、インド国民会議派を率いて、インドを独立に導き、初代首相となったジャワーハルラール・ネルーを生んだのは、まさにこの「カシミーリー・ブラーフマン」コミュニティであった。

    独立インドのカシミール地方においては、とりわけ1980年代中盤以降は、イスラーム民兵、テロリスト等による襲撃が急増したことから、パンディット・コミュニティの中の大半が自国内で難民化した。

    国民会議派率いるUPA政権時代の2008年から、カシミールから流出したパンディットたちの再定住化が試みられているが、あまり芳しい効果出ていないようだ。

    Our Moon Has Blood Clots: The Exodus of the Kashmiri Pandits
    By Rahul Pandita
    ISBN-10: 8184000871
    ISBN-13: 978-8184000870

  • インド政府の本気

    チャッティースガル州の観光の目玉、ひいてはインド観光の新たな注目スポットとして期待されるバスタル地方。警察もこんな形で協力するほどなので、相当入れ込んでいるのだろう。

    バスタル地方は意欲的な若手IPS(州警察採用ではなく、中央採用の警察最上級職)が実績を積んでキャリアを急伸させるかどうかの登竜門みたいなところのようなので、下で働く警官たちはキリキリ舞いさせられていることと思う。

    最近までここに配属されて指揮をとっていたやはり若手IPSはメディアへの露出も高く、見るからに才気煥発の切れ者という感じだったが、このほど晴れて栄転となったニュースが出ていた。

    映画に出てくるスーパーコップみたいな人物の実物が活躍するのがバスタルらしい。今度導入されるとかいうツーリストポリスの現場で働くのは、やる気のないフツーの警官なのかもしれないが。

    Cops introduce ‘tourism policing’ in Naxal-hit Bastar (PRESS TRUST OF INDIA)

  • ラジニーカーントの政界入り

    タミル映画の大御所俳優、ラジニーカーントが政界入りすることで、このところ沢山の報道がなされている。

    ある調査によると2021年に争われる予定のタミルナードゥ州議会選挙が今行われたとすると、現在与党にあるAIADMK、これと長年ライバルとして競ってきたDMKも獲得議席は過半数を大きく割込み、16%前後を占めることになると予想されるラジニーカーントの政党(まだ名前さえもない・・・)が新政権の成立の可否を握ることになるのだという。

    既存の政党に加わるわけではなく、政治経験のない彼が政党を旗揚げするとのこと。その新党はまだ結成されておらず、党の手足となって働く人については、映画俳優としてのラジニーのファンクラブを通じて活動家を募っているような段階だ。彼の政党はおそらく宗教色はない世俗主義であろうということ、それとは裏腹にBJP率いるNDA(National Democratic Alliance)に加わることになりそう・・・という程度。

    ヒンディー語映画の俳優が政界に進出することも珍しくないが、日本同様にタレント議員としてのお飾り的な存在であることが多い。長くやっていれば、大臣まで務めた人はあるが、その人の存在が政界を左右するというほどのものではない。ましてや「タレント議員」が新党を旗揚げというようなことは想像さえしがたい。

    そこにくると、昔からタミルナードゥでの地元語映画俳優の存在感というのはずいぶん大きい。

    Rajinikanth will be an NDA ally in 2019 general elections: Tamil Nadu BJP chief (moneycontrol.com)

  • 寛容な国の不寛容

    2012年の最高裁判決で「2022年までに廃止」が命じられていたムスリムの「ハッジ巡礼補助制度」がずいぶん前倒しで「2018年から廃止」となった。
    植民地時代にルーツを持つものだが、国民会議派時代に最大マイノリティのムスリムの支持を取り付けるために利用されてきた。本来世俗主義のインドで個人の信仰のためにこういう補助がなされるのはおかしい。政教分離とはいいながらも、私たちの感覚からすると「いかがなものか?」と思われることは少なくない。

    ともあれ、こうしたことがまかり通ってきた背景には、国民会議派の遺産ということもあるし、マジョリティであるヒンドゥーがマイノリティのムスリムへの寛容さというか、度量の大きさがあったからとも言える。
    そこにくると、「あと4年の猶予」がありながらも、ずいぶん前倒しで今年から制度を取りやめるのは、やはりそのあたりの懐の狭さというか、不寛容さというかを感じさせるものである。

    それでもまだ、1992年のバーブリー・マスジッド破壊事件とそれに続いた各地でのコミュナルな流血を主導していた彼らの行ないよりはよほどマシかもしれない。
    当時、マスジッド破壊へと導いた「ラームジャナムブーミーでの寺院再建計画」を指揮したVHP幹部アーショーク・スィンガル、アーチャーリャー・ギリラージ・キショール(両者ともに今は故人)とともに現在中央政府与党のBJPで現在首相のモーディーが台頭する前の大幹部L.K.アドヴァニー、ムルリー・マノーハル・ジョーシー、当時過激な言動で勢力を急進させたウマー・バーラティー女史が文化財破壊(バーブリー・マスジッド)のかどで起訴されていた。

    これに続いた一連のコミュナルな衝突で亡くなった何千もの人命に責任がある彼らだったが、アドヴァニーはヴァジパイー政権下で首相に次ぐナンバー2である内務大臣職に就く。2014年の総選挙を迎えるに先立ち、首相職に大いに意欲を見せていたアドヴァニーは当時86歳という高齢ながらも健康で頭脳の回転も相変わらずシャープ。グジャラート州で活躍していたモーディーがデリーの党中央で台頭することにより、隅に追いやられることとなった。このときの党内での政争に敗れることがなければ、現在インドの首相になっていたはず。マノーハル・ジョーシーは人材開発省、科学技術省などの大臣職を歴任、ウマー・バーラティーは、MP州首相、のちに中央政府でもやはり大臣職を歴任している。

    台頭したモーディーにしてみても、彼が州首相になって間もない2002年にグジャラートのゴードラーで発生した列車焼き討ち事件をきっかけに州全土に広がった反ムスリム暴動の黒幕であったという疑義等から、中央政府首相になる直前まで、米国が入国禁止していた「危険人物」だ。
    こうした人物たちが監獄に送られることなく、陽のあたる場所を歩んでいった背後には、やはり国民会議派の勢力の著しい退潮と有権者の意識の変化がある。

    やはり1990年代初頭のインドでは、まさに「そのとき歴史は動いた」のである。

    Centre ends Haj subsidy as part of policy to ‘empower minorities without appeasement’ (THE TIMES OF INDIA)

  • Hello Bastarという本

    Hello Bastarという本

    途中、他にも読みたい本がいくつかあったので中断していたが、本日読み終えた。インドの様々な地域に跋扈しているマオイストの活動を彼らの勢力圏のひとつであるチャッテースガル州のバスタルを中心に伝える一冊。

    僻地の貧困層や先住民を武力で服従させて解放区の拡大を図る暴力集団と思っていた(基本的にそういう理解で間違いないはず)のだが、文字を持たなかった先住民の言語に書き文字を導入して識字教育を進めたり、そうした地域で保健衛生指導のための手引きを作成したところ、あまりに評判が良くて、政府の学校でも配布されるようになったりと、案外社会とちゃんと共存している部分もあったりすることなども描写されており、目からウロコであった。

    ともあれ、政府は警察やときには軍まで出動させて、警戒にあたっており、マオイストたちも移動中の警察の車列を襲撃したり、詰所を不意打ちしたりして数十名規模の死傷者を出すなど、激しく対立する状態にあること、暴力による革命を是とする反社会勢力であることはもちろんだ。

    彼らの「解放区」からは、少年や若者たちが「徴兵」されているし、マオイスト支配地域と政府支配地域の境目にあたる地域の人々は、双方から協力を要請されるとともに、どちら側からも疑いの眼差しを向けられることから逃れることは出来ず、前者からは裏切り者として報復されたり、後者に逮捕拘束されて、拷問を受けたりするケースは少なくない。

    マオイスト指導層の中には、子供たちをイングリッシュ・ミディアムの学校に通わせるだけではなく、海外に留学までさせるほど「裕福」な層もあり、革命を強烈に志向する組織にありながらも、自身の子供たちには「学歴とキャリアを積んでいい職に・・・」と望む者もあることについても垣間見ることができる。

    そのいっぽうで、ムンバイの都会で生まれ育った中産階級の女性、アヌラダーが社会正義や労働運動などと関わりを持つにつれて、やがてマオイストの指導者のひとりとして頭角を現していく様子なども描かれている。

    著者のラーフル・パンディターは、マオイスト活動家たちと親しく、彼らのジャングルでの移動に同行しながら見聞した様々な出来事と合わせて、ニュースなどには出てこないマオイストたちの人間模様が取り上げられているのも興味深い。

    巻末の「あとがき」にもびっくりした。先述のアヌラダー女史の夫で、同じくマオイスト指導者のコーバド・ガーンディーがデリーのティハール刑務所服役中に寄せた文章である。
    ところで著者のラーフルは、カシミーリー・パンディットの出。カシミールの騒乱により、1990年に故郷スリナガルを追われた過去があるのだが、この人自身が書いたOur Moon Has Blood Clotsという本も読んでみたくなる。

  • 津島市にあるアハマディーヤのモスク

    津島市にあるアハマディーヤのモスク

    名古屋市や近郊では、あまり観光客には知られていない名所も多い。名鉄津島線で足を伸ばした先は、津島市にあるアハマディーヤのマスジッド。

    英領時代のインドの東パンジャーブ(現在はインドとなっている地域)で、イスラーム教スンニー派の流れを汲み、19世紀に始まった革新的な組織だが、印パ分離独立時に本拠地がパキスタンに移動。その後更にイギリスに移転している。

    その背景には、アハマディーヤの教義等をめぐって、現在のパキスタンではイスラーム教とは認められておらず、不利な立場に置かれているという不幸な現実がある。

    これと重なる時期に、インドではやはりスンニー派の流れのひとつとして活動が始まったデーオバンド学派(ワッハーブ派の影響を強く受けた超保守派)の活動も始まっているが、穏健かつ寛容なアハマディーヤは、これとまったく別の方向性を持つもので、インド世界におけるイスラーム文化の豊かな多様性と奥行きの深さ、イスラーム教学や神学研究の盛んさを象徴しているとも言えるだろう。

    日本全国的にどうなのかはよく知らないが、東京首都圏でインド系ムスリムの人々が集う礼拝施設の中で、デーオバンド学派系のダブリーギージャマアト関係のものがかなり多い。そんな中で、都内にもこれらとはまったく異なるアハマディーヤの活動拠点があるとのことで、興味深いものがある。

    さて、最寄り駅の青塚駅を降りて、住宅や田畑の眺めが続く中を歩いていくと、屋上にドームを持つ大きなコンクリートの建物が見えてくる。日本国内で最大級のモスクで、建物の完成は2015年だが、アハマディーヤの日本での活動は1930年代から(第二次大戦時により一時中断)と古く、当初は神戸に拠点があったとのこと。

    さて、このマスジッドにどなたか常駐されているのかどうか、年始早々(1月2日に訪問した)に開いているかどうかよくわからなかったので、名古屋を出発するときに「本日見学可能ですか?」と電話で確認してから向かった。

    到着して、はじめて判ったのだが、教団の方が通いでモスクに駐在されているのではなく、この建物は宣教師の方とご家族の住居も兼ねており、はからずもお正月の団欒のときに突然訪問するという形になってしまった。大変恐縮であるが、いろいろお話を伺うことができた。

    津島市という立地がやや不思議な気がしたのだが、愛知県では名古屋港を中心とするエリアで自動車関係の取引をする同胞の方々が多いとのことで、南アジア出身のイスラーム教徒の人たちが多く出入りするモスクが鉄道駅近くにあることが多い首都圏とは、かなり事情が違うようだ。話題は反抗期の青少年、スマホとSNSの功罪についてなどのユニバーサルなトピックにも及び、示唆に富む貴重なご意見をいただくことができた。またいつか機会を得て、イスラームについて、アハマディーヤについてお話を伺いたい。

    このたび、津島市にアハマディーヤの大きなモスクがあることを知ったのは、ほんの数日前で、ある方にFBで教えていただいたことがきっかけだった。これがなければモスクを訪れることはなかったし、博学な宣教師の方と知り合うこともできなかった。これについては、まさにSNSの功の部分の恩恵である。

  • FRONTLINEはボリシェヴィキ革命特集

    FRONTLINEはボリシェヴィキ革命特集

    現在発売中の隔週刊ニュース雑誌FRONTLINEは、今年で100周年となるボリシェヴィキ革命特集。なんと110ページ以上も占めての非常に力の入ったものだ。さすがはインドを代表する左派ニュース雑誌だけのことはある。
    私自身は電子版を定期購読しているのだが、国内外の出来事や社会現象について、インドの他のメディアとは明らかに違う切り口からの報道、異なる角度から偏執狂的なまでにしつこい分析がなされており、いつもながら非常に参考になる。
    一般的に「ニュース雑誌の内容が退屈なときにはインドは平和」なのだが、そんなときでもFRONTLINEでは、インパクトの強い記事が掲載されている。

    FRONTLINE 12月22日号
  • バーブリーマスジッド破壊から25年

    アーヨーディヤーのバーブリーマスジッドが破壊されてから四半世紀が経過した。このあたりの一連の動きからインド中央政界の潮目が変わった。

    勢力に陰りが見えてきていた中道左派の国民会議派と、その他左派を中心とする勢力との綱引きが争われていた中に、急進するサフラン勢力が割って入ることにより、様相は一変した。国民会議派+左派勢力に対するサフラン勢力+地域民族主義勢力という図式になってきた。それまではキワモノ的な扱いだったサフラン勢力が一気に檜舞台へ立つことになった時代の転換期。

    その後、国民会議派とサフラン勢力を代表するBJPが総選挙で覇を競うこととなるが、前者が政権を握る場合も単独でマジョリティを得ることはなくなっている。現在、国民会議派を中心とするUPA(United Progressive Alliance)とBJPが核となるNDA(National Democratic Alliance)が対抗するふたつの軸である。

    地方政治でも同様に国民会議派の存在感は薄れている。北インドの人口稠密なUP州では1989年12月、ビハール州では1990年3月、インド西部の要衝グジャラート州では1995年3月といった時期を境に、国民会議派政権は生まれていない。

    UP州、ビハール州では特定のカーストやコミュニティを票田とする左派政党が長らく州政界を牛耳ることとなり、前者は今年3月の選挙でついにサフラン勢力が征することとなり、グジャラート州では1995年に国民会議派が政権から陥落してからは、いっときの空白期間を除き、やはりサフラン勢力が政権を維持している。

    Babri mosque: The build-up to a demolition that shook India (BBC NEWS)

  • マオイスト英国人女性の手記

    リンク先は、インドでマオイストとして活動して、1970年にビハール警察に逮捕された英国人女性の手記。

    MY YEARS IN AN INDIAN PRISON (By Mary Taylor)

    当時の西ドイツに研修で滞在中のエンジニア、カルカッタ出身のアマレンドゥ・セーン(共産党マオイスト派の活動家)と結婚したことがきっかけでマオイストの道へ。

    ナクサライト(マオイスト)の創設メンバーのひとり、チャールー・マーズムダールは、なかなかのインテリだったそうだし、幹部にはバラモン層の知識階級や地主層の裕福な子弟だった人たちが多い。

    西ベンガルのナクサルバリで始まった毛沢東主義過激派の狼煙(ゆえにナクサル主義者=ナクサライト)は、他州にも広まったが、やはり指導層はそんな具合だ。頭が良すぎる?のも考えものかもしれない。

    もっとも近年は、マオイストたちの中での「汚職」の例も少なくないようで、活動資金を不動産等に投資して、ジャングルの中で闘争している手下たちをよそに、市街地に豪邸を構えたり、息子や娘たちを都市部のイングリッシュミディアムの進学校に行かせるリーダーたちも少なくないらしい。

    権力というものは、合法なものでも非合法なものでも、やがては腐敗するものなのか。

  • ダージリンのバンド その後

    バンド(ゼネスト)始まってから2ヶ月以上にもなるダージリンだが、地域南西部のミリクでは役所が開いたらしい。
    たちまち、バンドを主導する政党、GJM活動家に襲撃されて、再び扉を閉めるのか、それとも他の地域もこれに続くのかどうかは判らないが。
    物流は止まり、商店はおおっぴらに扉を開けることはできず、近隣の人たち相手に裏口で細々と売買していたり、商品の在庫は尽きて、ずいぶんな高値で取引されていたりと、ロクなことはないようだ。通信の途絶から、学校では新入生の登録が困難となり、携帯電話やネットも不通という状態が伝えられるとともに、ゴミの回収もストップしていることから、衛生面でも大変らしい。市民生活各方面に大きな打撃だ。ダージリンの住民世界からは隔絶された状態にあるとも言える茶園(ダージリンの外からやってきた労働者たちが住居その他の生活丸抱えで暮らしていることが多い)でも、茶園の手入れや収穫などもできない状態で、これまた地域経済には大きな負担となる。
    中央政権の与党BJPは、西ベンガルではGJMと共闘関係にある友党ながらも、今回のゴルカランド運動で、特に肩入れすることなく様子見を続けている。
    これ以外にも、アッサムのボードーランド運動その他、北東地域は分離活動、民族主義活動の巣みたいなところがあるので、あまり深入りしたくはないのだろう。
    俗に言う「グレーターネパールムーブメント」への警戒感もあるかもしれない。

    Defying bandh, office work resumes in Mirik (Millennium Post)

  • 旗の高さを競った末に

    舞台はラージャスターン州のジョードプル。あるムスリム男性がイスラーム教を象徴する緑色の旗を立てたところ、これに対抗して隣家のヒンドゥーのブラーフマン男性も自らの宗教のカラーであるサフラン色の旗を立てる。
    両者は旗の高さを競い、周囲の人たちの注目を集める中、これが次第にエスカレートしていき、ムスリムとヒンドゥー、それぞれのコミュニティの人たちを巻き込んで、ついにはどちらも大きな旗を仕立てて、巨大な竿で両家の屋上に掲げようとするに至る。
    彼らが、それぞれの帰属を象徴する旗を渾身の力で立ててみせると、風にはためくサフラン緑の旗の有様は、その間から垣間見える空の雲の色と合わせて、なんとインド国旗となって、円満に一件落着というオチ。
    導入部分といい、クライマックスに至るまでの描写とスピード感といい、最後のどんでん返しまで、非常に良く出来た作品だ。
    しかしながら、やはり最終的に手打ちとなるのは、あくまでも緑(ムスリム)の旗が下の位置にあり、ヒンドゥーを象徴するサフランが至上というのがミソ。
    モーディー人気の中、BJPがますます影響力を増している世相を反映していると見ることもできる。

    Aameen Jodhpur (facebook)