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カテゴリー: life

  • 危険なお寺や祠

    危険なお寺や祠

    今の時代になってもインドにはあらゆるところに違法建築は多い。とりわけ危ないなぁと思うのは、道の真ん中にあるお寺や祠。

    インド各地でしばしば行政当局が違法建築の取り壊しに乗り出すが、まとまった地域ではなく、このような形でちょこんとひとつだけ出現している場合、なかなか撤去の対象にはなりにくい。

    道路の真ん中にあるお寺

    信仰、しかもマジョリティーのヒンドゥーの人たち、とりわけ地域住民のそれに関わるものであるため、面倒事が起きる可能性が高いがゆえ見て見ぬふりという部分が大きいのではないかと思う。まさに「触らぬ神に・・・」である。

    この小さなお寺の場合、道路真ん中に生えていた木がだんだん神性を帯びて、根本に基壇、そして簡易の祠、一回り大きな祠ときて、屋根のついた祭司が常駐できる小さな寺へと発達したことがわかる。構造物の存在としては違法建築物であることは認識されていても、すでに神性を持っているがゆえに信仰の対象となり、近隣の人たちによる日々のお参りや喜捨の対象となる。

    ガンガーの水が物理的にはとても汚染された水であっても、神性があるがゆえに「聖水」となり、息子がとても悪質な犯罪に手を染めても親の義務としてその息子をかばい続けるのが当然といった、私たち日本人とは異なる「ダルマ」が課す「カルマ」から来るメンタリティと同根のものかもしれない。

    しかし道路にこうした障害物が存在するということは、とりわけ地元ではない人たちにとって危険極まりないないもの。早急に撤去すべきなのだが、こうしたものが永劫に存在してしまうところには、やはり私たちとは異なる物事の優先順位があるからにほかならない。

  • パーニープーリーの誘惑

    パーニープーリーの誘惑

    かなり高率で下痢するやつ。体感では当選率50%(笑)

    移動の日には、これを決して食べないようにしている。もちろん移動前日も同様だ。

  • JKテンプル

    JKテンプル

    カーンプルにあるシュリー・ラーダークリシュナ寺院ことJKテンプルもJKグループによるもの。この寺院を運営するトラストは、JKのいわば宗教部門ということになる。

    JKテンプルで多くの人々に参拝してもらう一方で、JK本部がある路地裏にはちいさいけどきれいなこのお寺があり、路地のおばちゃん、おばあちゃんたちが夕方集ってアールティーをやっている。グローバルに展開しつつも、先祖代々の超ローカルな繋がりも大切にする姿勢には驚かされる。

    私は芝生の庭でパニールバーガーを食べている。ガーデンにはご覧のようなスマートな店があり、メニューには様々なアイテムが用意されており、子供たちが大好きなアイス類も充実している。屋外のイベント会場のようでもあり、どこかリゾートに来たようでもある。

    パニールバーガー

    屋外のイベント会場かリゾートにでも来たかのようだ。

    だが実はここはヒンドゥー寺院の境内であり、小洒落た店で働くスタッフたちは、このお寺を運営するトラストの人たち。つまりこうした「サービス」がお寺のプラサードという位置づけであり、世俗の空間ではないのだ。

    お寺は旧来からの宗教団体ではなく、成功した企業家による慈善事業としての活動であり、その企業の宗教団体部門ということにもなるのだろうが、なかなか面白い取り組みだ。JKテンプルは近年できたものではなく1960年に始まったものである。

    抹香臭くなくスマート、清潔かつスタイリッシュ、説教臭く臭くなくカジュアル。日本でも外食産業でもアパレル企業でもなんでもいいのだが、宗教臭のしないお寺や神社みたいなものを作ると良いかもしれない。

  • JKグループによる路上の冷水器

    JKグループによる路上の冷水器

    自転車でとおりかった人がこれを飲んだり顔を冷やしたり。台車で物品を運搬したり、サイクルリクシャーを引いたりする人たちも、ここで思い切り冷水を飲んだりペットボトルに詰めて持って行ったりしている。同じく通りかった子供たちもおじいさんも。

     

    JKグループが設置した冷水機
    通りがかりの人が水を飲んだりボトルに詰めていく。

    大きな会社にとってささやかなことでも、受益者にとっては大きな恩恵。このすぐ先にヘリテージ建築ながらも巨大な「JKタワー」がある。こういうものが設置されているだけでなく、冷水器の向かい側にはJKがスポンサーの小さいけど立派な寺院があり、夕方には付近のお母さんやおばあさんたちが集ってバジャンをやっている。会社がある、まさにその場所で、このような形で地域に貢献しているのは素晴らしい。

    冷水機向かいにあるJKが建てた小ぶりなお寺。毎夕、ここで界隈の女性たちが集まりバジャンが奉納される。

    あと、ここにインドを代表する企業グループのひとつJKのカーンプル本部(デリーに総本部がある)ことにより、給水も給電も鉄道施設、軍施設と同じく途切れることのない最優先地域になっているはず。

    それにしても多国籍企業のJKの本部がゴミゴミゴミしたパハールガンジよりもさらに粗末な下町にあるのは不思議。エグゼクティブが使う大型高級車なんか入って来ることすらできない路地裏なのに。(せいぜいオートリクシャーくらいしか入れない)

    最初、ここに「JK」の名前とロゴを見たとき、よくあるニセモノとかモノマネの類かと思った。実はJKセメント、JKタイヤ、JKアグリ・ジェネティクス等々の大企業を擁するあのJKグループのカーンプル本部。

    創業者はマールワーリー商人の家の生まれ。つまりラージャスターンをルーツとする商業コミュニティーで、シェカワティー地方のジュンジュヌーから出た家らしい。彼の家は貸金業から銀行まで興したりもしていたようだけど、さらには紡績業その他にも手を広げる多角経営で成長。

    どうやら生家もこのエリアのようだ。英国人の街でもあったシヴィル・ラインスがあるし、その先には軍駐屯地もあるため、商機に恵まれた街だったはず。

    それにしても「ビジネス界インド代表」みたいなビッグな存在になっても商家スィンガニヤー家」の故地である路地裏から全インド、そして世界を相手に展開するという心意気は大したもの。

    大きくなって故郷を忘れてしまうんじゃなくて、そこを本拠地に据えて頑張るのだから。路地の人々もきっと応援していることだろう。

  • 路地裏に美しいジャイナ教寺院とJKグループの拠点

    路地裏に美しいジャイナ教寺院とJKグループの拠点

    ダルマナート・スウェタンバル寺院というジャイナ教のお寺を見に行く。オートで「ここの路地は乗り入れられないから徒歩で」と言われたところ、ゴミコミした超狭い通りに「カムラー・タワー」なるヘリテージ建築が。

    路地を進んでジャイナ教寺院に行ってみた。通称「グラス・テンプル」としても知られる絢爛なお寺。造形や色彩の面白さに夢中になる。

    オートを降りたところに戻る。先述の「カムラー・タワー」を見るためだ。

    向かい側には今どきの無味乾燥なビルがあり、その会社「JK」の創業者ジュッギーラール・カムラーパトという実業家の名が記された銘板がある。いずれもこの会社の建物なのだそうだ。

    JKグループは1918年創立ということになっているが、このプレートでは1841年創立と記されている。これはスィンガーニヤー一族がここで最初に起業した年のことらしい。当初は金融業を営んでいた。

    実は、ここは世界で多国籍に展開する大財閥のカーンプル本部!(現在、総本部はデリー)

    こんな路地裏にあるとは信じられないのだが、ラージャスターンから移住したマールワーリーのスィンガニヤー家によりこの地で産声を上げた企業であり、出自を大切にしているらしい。こんな狭い路地にいきなり実業家の凄まじく見事なヘリテージ建築があったり、美しいお寺があったりと、なんと狭いところいろいろあるものだ。

    このあたりは古くからの家屋が並び、こうした様式の素敵なゲートもある。

    同様に界隈にはちょっといい感じのハヴェリーもあったりする。「1857年繋がり」で興味はあったものの、「発電所」「軍駐屯地」のイメージばかりで、あまり見どころはなさそうに感じるかもしれないカーンプルだが、いろいろ見どころは多いのでオススメである。

  • カーンプルのシヴィル・ラインス

    カーンプルのシヴィル・ラインス

    カーンプルの「シヴィル・ラインス」もまたアラーハーバード(プラヤーグラージ)に負けず劣らず良い感じだ。どちらも欧州人地区で「Natives」の出入りが厳しく制限されていた白人の街であった過去を彷彿させるものが多く残されている。

    整備された街区から広大な公園を挟んだ向こうは「エドワード・メモリアル・ホール」。英国人たちの式典等に使われたのだという。ホール出口に面した部分からみどり豊かな公園が広がっており、さぞ使い勝手も良かったことだろう。

    上階は現在図書館となっており、貴重な文書?から近年の一般的な書籍まで、きちんと系統立てて区分され、丁寧かつ効率的な保管と管理がなされているわけではなく、かなり残念な状態である。

  • カーンプル・メモリアル・チャーチ

    カーンプル・メモリアル・チャーチ

    たどり着くまであと200mというところで軍の検問があり、先は一般人は立ち入り禁止だという。軍駐屯地の官舎地区にあるためらしい。せっかくここまできて見ずに帰るわけにはいかない。

    検問所の上役らしき男が部下の若い兵士に命じて監視付きで見学することに。昨日はアラーハーバードでこのような感じの聖堂がすっかり荒れ果てているのを目にしたが、ここは現在も使用されており、いいコンディションであった。

    中では礼拝が進行中。出入りが制限されている駐屯地内なので、おそらく参列者たちは軍関係者やその家族だろう。一緒についてきてくれた兵士自身もクリスチャンであった。

    余談になるが、「カーンプル」という街の名前がよく日本語メディアで「カンプール」と書かれているのを目にするが、明らかな誤り。正しくは「カーンプル」である。

  • 虐殺ガート

    虐殺ガート

    ここは1857年の大反乱の有名な舞台のひとつであるサッティー・チャウラー・ガート(通称「虐殺ガート」)。

    1857年6月27日、ここで女性や子供たちを含む300人もの英国人たちが凶暴な反乱軍兵士やそれに乗じて暴れたゴロツキたちに殺害されている。

    現在はほとりに寺院が建ち、静かな沐浴場所となっている。

  • 中華料理屋「中華」

    中華料理屋「中華」

    暑い中を歩いていると、汚い酒場みたいなところで、デーシー・シャラーブではなく、ビールを出しているという店があった。渇きについつい引き込まれそうになるが、ここで飲んだらもう1日が終わってしまいそうなので我慢する。

    ビアバー

    さらに進んでいくと、どう見ても本当のインド華人が経営していそうな中華屋があったので入ってみる。出てきた年配男性に尋ねてみると、数年前までは華人が切り盛りしていたが外国移住のためインド人に売却したのだという。その男性を含むスタッフたちは華人時代から働いており、今年でなんと43年目なのだとか。

    中華料理屋「中華」
    店内も本格的
    メニュー

    移住先はインド華人定番のカナダとのこと。彼らの大半がカナダ行きであり、そのマジョリティーはケベック州、その中でもモントリオールとその周辺が多い。先行した移住者たちのツテや縁があるからのようだ。

    カーンプルのこの中華レストラン「中華」でチャプスィを注文。ひとりでは持て余す分量ながらも優しい繊細な味付けと野菜にコシがのこしてあるのは、さすがインド華人直伝。長崎皿うどんさながらの味わいだ。

    hdrpl

     

  • カーンプルのパールスィー寺院

    カーンプルのパールスィー寺院

    カーンプルでの宿泊先の隣はパールスィー寺院であった。今はもう4、5家族くらいしか当地には残っていないという。

    カーンプルは軍の駐屯地で英国人人口も多かったため、植民地時代に買弁として活躍したパールスィーたちの中には軍に納める武器弾薬その他の軍需品調達業者が多かったため、彼らにとっては稼ぎやすい街だったのだろう。

    宿近くにパールスィー寺院があったが、そのまた近くにパールスィーの会社がある。あぁ、本当にここにいるのだね、と実感。

    パールスィー寺院
    パールスィーの会社(名前からしていかにもという具合)
  • もうひとつのワールドカップ

    国として承認されていない地域の代表たちが参加する大会。チベット代表選手たちには大いに頑張ってもらいたい。

    チベット代表に限ったことではないかと思うけれども、みんな仕事を持っているため選手を招集しても来られるとは限らず、チームのマネジメント側も大変らしい。

    そして他国から合流する選手もいるし。もとより資金集めからして容易ではなく・・・という具合であることダラムサラにあるをTNSA(チベットナショナルスポーツ協会=事実上のチベットサッカー協会)事務局でお話を伺ったことがある。

    それでもサッカーこそがチベット亡命社会では心の支えになるのだとも。

    インドにおける亡命チベット人社会で「ナショナルスポーツ」とはクリケットではなくサッカーであるとのこと。クリケット大国インドでチベット人が同じことをやってもなんぼのもの、ということに加えて独自性とより多くの国々との交流の可能性となると、やはりサッカーであるらしい。

    年に一度、ダラムサラではインド各地のチベット人コミュニティ代表が参加する全国大会「GCM Golden Cup」が開催される。

    個人的に興味があり、開催時期に滞在して選手たちから話を聞いてみたいと考えている。

    TNSA Dharamsala

     

  • ラールー・ヤーダヴが長男を勘当 

    RJDのラールー・ヤーダヴが長男のテージ・プラタープを勘当という驚きのニュース。

    ビハール州で長くチーフミニスターを務め、国政でも鉄道大臣の要職を担ったことがある大物政治家ラールー・ヤーダヴが長男を不倫のかどで勘当、党からも追放とのことで大きなニュースになっている。不倫相手とは12年間に渡る交際を続けているという。

    テージ・プラタープは8年ほどまでにアイシュワリヤ・ラーイ(たまたま有名女優と同じ名前)と結婚している。父親ラールーによる政略結婚であったようだ。

    早くから不仲が伝えられており、夫婦間のギクシャクした様子は、遠く離れた日本でも知られていたほど(少なくとも私はメディアで目にしていた)なのだが、このたびテージ・プラタープ自身のSNSに不倫相手とのラブラブな様子が投稿され広く話題になったところで、ついに父親ラールーの堪忍袋の緒が切れたという具合らしい。

    しかしインド政界で不倫等の話はいくらでもあり、それが原因で身内から関係を切られるという例は聞いたことがないため、真相を巡り話題になっているようだ。

    RJDに限らず、政党そのものが党首と一族の家業のようになっているものはたくさんある。身内で対立するケースやそれが原因で党が分裂するようなことはしばしばあるのだが、いずれも党のリーダーシップを巡る権力闘争の結果だ。私生活上の倫理を原因とするものは私も記憶にない。

    ラールーには9人の子(2男7女)があり、このうち長男のテージ・プラタープ、弟で末っ子の元プロクリケット選手のテージスウィー、娘のミーサーが国会議員、テージ・プラタープとテージスウィーはビハール州のヴィダーンサバー(州議会)議員を務めている。
    父親ラールーのもとで仲の良い大家族というイメージがあっただけに、今回の勘当騒動にはとても驚いた次第。

    ラールーは若いころの学生運動から政界入りした叩き上げの人物。汚職で有名な政治家だが、JDのニーティーシュと肩を並べるビハール州の大ボスの中の大ボスで、個人的にはとても興味のある人物。

    Lalu expels son Tej Pratap from party, family: ‘His conduct not in accordance with our family values, traditions’ (The Indian EXPRESS)