すでに日本の秋の風物詩となった感のあるIFFJ。
東京では10月6日から10月27日まで、大阪では10月7日から10月27日までの開催だ。
今年からは会期を3週間に拡大されており、日本に居ながらにしていろんなインド映画を楽しむ貴重な機会となっている。今回上映されるのは全部で16作品。いろいろなジャンルの作品が含まれており、誰もがきっと好みの映画に出会うことができるはず。
インド映画ファンの皆さん、ぜひお楽しみください。
すでに日本の秋の風物詩となった感のあるIFFJ。
東京では10月6日から10月27日まで、大阪では10月7日から10月27日までの開催だ。
今年からは会期を3週間に拡大されており、日本に居ながらにしていろんなインド映画を楽しむ貴重な機会となっている。今回上映されるのは全部で16作品。いろいろなジャンルの作品が含まれており、誰もがきっと好みの映画に出会うことができるはず。
インド映画ファンの皆さん、ぜひお楽しみください。

以下のサイトは、ニュース番組などでお馴染みのndtvが運営している。
手軽に最低限必要な情報をパッと調べられるのでいいかもしれない。急行列車だけではなく、各駅停車の運行状況も見ることができる。
今、列車がどのあたりにいるか、どの程度の遅れか、自分の車両はどのあたりに連結されているか(停車時間3分程度の駅だとけっこう焦る)、PNRステイタスはどうなってるか(WLやRACの場合)、そして予約しようとしている列車のクラス別の空き状況(このサイトでは予約できないけど)など。
同様のサービスとしては、昨年「インド国鉄に関する便利なウェブサイト」と題して取り上げた以下のサイトもあり、こちらのほうがさらに詳しい情報を得ることができる。
また、インド国鉄傘下のNational Train Enquiry SystemのサイトのメニューにあるIR Train Trackerでは、Googleマップ上に列車のルートと進行状況を表示させるサービスもある。
こうしたIT系の仕事はキチッとよくやっているのだから、鉄道運行の根幹となるインフラのほうもアップデートしてくれると嬉しいのだが。
それはそうと、本日10月6日現在、インド国鉄のサイトで公開されている「TRAINS AT A GLANCE」は、2016年10月~2017年6月版のまま。
上記の各種参照サイトや旅行予約サイトでタイムテーブルは確認できるので、もはや紙媒体やPDF版の「時刻表」は、あまり重要ではなくなっているとはいえ、こういうところは、まだまだノンビリしている。

とにかく中国語での表記がやたらと増えている今どきのタイだ。20年、30年前のタイでは華人の店でお飾り的にお札とかで貼ってあるものの、本人たちは読めず・・・というのが普通だった。
華人人口が多く、一説では国民の3/4近くに、どこかで華人の血が入っているとまで言われ(タイの王家だってそうだ)ながらも、タイへの同化具合の高さゆえに、華語教育の普及度合いは低く、漢字が読めないことはもちろん、華語もしゃべれない者が多いことがタイ華人の特徴(チャイナタウンで集住し、父祖の言葉である潮州語、広東語をコミュニティ内で話すという例は除く)だったはず。
それが今や、観光地では漢字表記が溢れ、食堂のおばちゃん、トゥクトゥクやソンテーウの運転手さえもが怪しげなマンダリンを使って、中国人客に応対するという柔軟さにビックリ。
もっとも、今の日本では飲食店やコンビニで働く中国人は多いので、メジャーな観光地では、けっこう中国語が通じるという環境になっているのかもしれない。
昔はこうではなかったことを知らない人は、「タイは華人が多いので多少の中国語が通じることがけっこうある」と思ってしまうかもしれない。もちろん華人が多いというインフラあっての部分もあるのだが。

子連れでタイを訪問したのだが、軽食やおやつの類がいろいろあると、子供本人が喜ぶだけではなく、「暑い」「疲れた」と言い出す前に、こうしたものをパクつく時間を入れて、テキトーに誤魔化すことができるので親も助かる。物見遊山の合間にこれらを挟んで、夕方にタイスキ屋にでも繰り出せば、子供はさらに大喜びしてくれる。
以下は、子供ウケする軽食・おやつ類の一例。
カオソーイ
ラオスでは味噌ラーメンみたいになっているが、タイではカレー麺といった具合。見た目も味わいも垢抜けていている。
マンゴーライス
スライスしたマンゴーにココナツミルクで炊いたり、ココナツミルクをかけたりした糯米とセットで出てくる。ついついお代わりなどしてしまう。
ケーキ
今どきのタイのケーキは実によく出来たものが沢山ある。洒落たカフェでひと休みしながら、子供にはコーラやファンタ。自分自身は、ちゃんと美味しいコーヒーと一緒にいただく至福のひととき。
棒アイスのドリアン
ちょっととした雑貨屋でもコンビニでもたいていこの類を置いている。本物の果実をふんだんに使っているようで、香りも味もいい感じ。
ドリアン
やはりこれぞ果物の王様というより、すでにこれはとても良く出来たお菓子だな、と思う。うまく「当たり」に出会えれば、その味わいはカラメルソースを和えたカスタードクリームといったところか。

Wat Rong Khunへ。チェンラーイ出身のアーティストで華人でもあるChalermchai Kositpipat,氏が建てた白い寺がある。別名「ホワイト・テンプル」で知られるように、すべてが白く塗られている。カラフルな寺院が多いタイにあって、何から何まで白い寺院というのは見たこともない。
本堂への入り口の部分では地獄を象徴した大きな作品の上にかかる橋を進むようになっている。芸術作品であり、寺としての機能はないものと思っていたのだが、ちゃんと僧侶は常駐しているようだ。

敷地の入口部分は、たくさんのみやげもの屋や食堂などが入居するアーケードとなっている。敷地内にはChalermchai Kositpipat,氏のアートギャラリー、作品を販売する店なども入っている。今の時代、こうして成功するアーティストには、実業家としての才能も求められるようだ。
ここに限った話ではなく、どこにもあるのだが、菩提樹の葉をモチーフにした薄いアルミ板、参拝者たちが願い事を書いて木に吊るしたりするのだが、昔のタイで、こうしたものを見かけたかどうか記憶にない。ちょうど日本の絵馬のような具合に用いられている。
ソンテーウでチェンラーイ市内中心地にあるバススタンドに戻り、次はミニバスでBaan Dumへ。こちらは別の華人アーティストThawan Duchanee氏による、この地域の建築の作品ギャラリーのような感じで、広い敷地内に様々な建築が点在している。

チェンラーイへの帰りのバスで途中下車、チェンラーイに入る前に川を渡る橋よりも手前のところにあるブルー・テンプルと、宿の人に紹介されたところに行ってみた。やや安手の造りではあるものの、全体が青を貴重とする寺は珍しく、それはそれで見応えがある。


街の規模にくらべてずいぶん盛大なナイトマーケットであることに驚く。おそらくここでの商売を専業とする者もあるのだろう。人ごみの中に地元の人たちがどのくらいいるのかは知らないが、おそらくマジョリティはタイ人を含めた観光客であろうことは想像できる。このエリアすべてがナイトマーケットの会場となっているだけでなく、ステージも出ていて演奏がなされている。
こうした場では、もはや定番となっている怪しげで生温そうな寿司と昆虫料理が印象的であった。昆虫食といえば、タイの北東部が知られているが、彼らはタイ全土に出稼ぎに行っているため、そうした繋がりで出店しているのではなかろうか。ナイトマーケットでのエキゾ感の演出ということもあるのだろう。


宿に戻る途中、通りに面した角地にある典型的な華人の食堂兼喫茶があった。食事時以外にはコーヒーやお茶を楽しむ人たちがいて、早朝には近所の華人の暇なご隠居が新聞など広げているような感じの店で、これはインドシナからマレー半島、ミャンマーやインドネシアまで共通するような店構えだ。こうした店も街がモダンになってくるに従い、どんどん姿を消していくものと思われる。


チェンラーイの街なかにある猫カフェに行った。飲み物やケーキなどは他の喫茶店と同様の価格帯で良心的だ。
実に様々な高級種がたくさんいて、どれもよく躾けられていること、気立ても良いことに驚かされる。ただ、家族連れ客の子どもたちの猫の扱いには、往々にして問題がある点は、猫たちに気の毒だ。
私が入店してしばらくしてから登場したベンガルは、実に美しい猫であった。店内は全員床に座るスタイル。猫たちがそこにいるだけで、ほんわかとしたいいムードになっており、ヒーリング効果の高さがしのばれる。
ただ、お客が目を離すと、そこは猫なので、ケーキに頭を突っ込んで食べている奴がいるので、多少の注意は必要である。



タイ側の出入国管理事務所を出てすぐのところで軽く食事。宿に戻り、預けていた荷物を受け取ってから、バスターミナル行きのソンテウをつかまえる。
バスターミナルからはエアコンバスはすでに満席とのことで、ノンエアコンバスで出発。車内は総ステンレス張りで涼しげだが、実に暑い。
チェンラーイまでは1時間半程度の道のりだが、途中2回検問がある。タイ人たちはICチップが入った国民登録症を提示している。日本でいえばマイナンバーカードということになるのだろうが、日本でもこれを本気で普及させようというのならば、この国では、どのようにしてそれを普及させたのかということが参考になるのではないだろうか。もっとも私はタイのそれがどのような役割や機能を持っているのかについてはよく知らない。
ところどころで客を乗せたり下ろしたりしながら、バスはゆったりと進んでいく。


タイ側のメーサイではタイ各地からそれなりに人々が集まってきて商売をしているように、ミャンマー側のタチレクでも同様にミャンマー各地から人々が集まって町を構成しているため、橋ひとつ渡ってきただけでも、ずいぶん町中の様相は異なる。
目にする文字が異なるだけではなく、通り沿いにある看板や商店に貼られた広告の類もそれぞれの国の企業のものになるし、食堂を覗いてみてもタチレクでは当然のことながらミャンマー料理の店がほとんどとなり、メーサイにはいくつもあるセブンイレブンのようなコンビニエンスストアはタチレクにはまだないようで、昔ながらのよろず屋が細々と商売している。
せっかくなので町中を観光してみようと思い、何台ものトゥクトゥクが客待ちしていた国境の橋のたもとに戻ると、さきほどのインド系巨漢のサリームがまだ居たので声をかけてみた。彼自身がトゥクトゥクを運転するようで、町中のお寺をいくつか回ってもらうことにした。

特にこれといった名刹があるわけでもなく、元々小さなマーケットしかなかったところで、近年人口が急増するに従って出来たような新しいお寺ばかりのようではあるが、それなりにミャンマーに来た気分にさせてくれるのは、これらがビルマ様式であるからだ。もっとも中には、祭壇にビルマ式の仏像とタイ風の像が同居しているケースもあり、それはそれで国境の町らしくて面白かったりする。


見物を終えて、国境の橋のたもとにあるマーケットを散策する。案外、洒落た店や大きな商店もあったりする。規模が大きな商店を経営しているのは、漢字が書かれたお札や祭壇など、店の佇まいからして、やはり華人が多いようだ。置かれている商品もセンスもタイには遠く及ばない感じだ。川を挟んだ国境の時差は、30分ではなく、30年くらいあるような気がする。もっとも30年前のタイ側のメーサイには、今のミャンマー側のタチレクのマーケットにふんだんに出回るケータイやスマホは無かったわけだが。
しばらく見物してからタイ側のメーサイに戻る際、サイレンを鳴らして進むミャンマーのナンバープレートを付けた救急車がタイ側に越境していくのを見た。やむにやまれぬ事態が生じた場合、タイ側の病院に移送して処置するという措置がなされているのだろうか。二国間関係は決して悪くないミャンマーとタイなので、さもありなんという気はする。
ミャンマーの入国管理事務所で、さきほど受け取った預かり証を渡してパスポートを返却してもらう。すぐ右手には小ぎれいなレストランと商店が入ったビルがあるが、洋酒類などを販売する「免税店」も入居していた。