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カテゴリー: column

  • The British Residency in Hyderabad

    The British Residency in Hyderabad

    ハイデラーバード藩王国時代の英国駐在官の館であり執務場所であった建物。完成したのは1803年なので、今年で築212年ということになる。1949年から、この場所はOsmania University College for Womenのキャンパスのとして使用されており、この建物自体もかつて校舎として使われていた。

    植民地時代の絵画に出てきそうな眺め

    かなり荒廃しているが、建物正面のたたずまいを目にして、アメリカのホワイトハウスを連想する人も少なくないだろう。周囲の熱帯の大きな植生も入れて撮影してみると、植民地期の絵画に出てくるひとコマのような写真になる。近々、本格的な修復の手が入るとのこと。

    調度品や家具などはまったく残されていないものの、元々の造りが立派なだけに風格がある。部屋には教室番号のプレートが残されており、たしかにここで講義がなされていたことがわかる。こんな歴史的な建物で授業を受けるとは、これまた壮大な気分で学ぶことができたのではなかろうか。

    大学の敷地内にこうした建物が残っているのは、ひとえに建物が大学として転用されたということがあるがそれをこうして見学できるのもありがたい。見学の許可を求めた際に学長と少し話をしたが、この旧British Residencyの部屋のひとつに掲げられている歴代の学長は全員女性。女性のみ留保されている地位のようである。

    大学の事務所で、鍵を開けたり案内したりする人を付けてくれるのだが、本来その人は大学職員であり、仕事の邪魔になるのであまりじっくり見学というわけにはいかないものの、訪れる価値大である。

  • 食の南北の混淆

    食の南北の混淆

    昨夕、南インド式ターリー、「ミールス」を食べた店があまりにおいしかったので再訪。やはり、ちょっとアップマーケットなレストランで、行列まで出来るようなハイデラーバードで評判のお店。

    ひとつグレードが上のターリーを注文してみた。バナナの葉っぱの上で、手前の小鉢の南インドでよくあるシャキシャキの野菜。背後になぜかナーンがあり、その下に隠れて見えないけれども、ムグライ風の小鉢がふたつ。これらに加えて撮影した直後に2種類のサンバルが出てくるという、実に奇妙な取り合わせでたまげた。昨夕食べたスタンダードで価格が安いほうは地元アーンドラ式なのに対して、高いほう南北ミックスのスタイルらしい。

    南と北がプレート上で入り混じる。

    「こりゃあダメだな・・・」と、かなり嫌な気分で食べ始めたのだが、意外なまでにしっくりくる食べ心地に再びびっくり。
    例えばナーンにギーを敢えて塗らずあっさりと仕上げ、サンバルのタマリンドもごく少しに抑えてあり、北と南のそれぞれの風味が、異なる相手に干渉しないようにするなど、南北それぞれの品々にちょっと工夫がしてあるようだ。そう、「食べ心地」がいい。

    北の食文化と南のそれが混交する、テルグ語社会の中にウルドゥー文化が花開いた、旧イスラーム藩王国ハイデラーバードならでは・・・なんて言うと大げさ過ぎるが、実にうまいことやっているなぁ!と感心した次第だ。

    でも、これを繰り返し食べたいかというと、決してそんなことはない。異なるものを接ぎ木するよりも、それぞれ別々に食べたほうがいいなぁ、と私は思う。南インド料理は南インド料理として、北インド料理は北インド料理として。南の中でも、北の中でも、それぞれ違いはあるのだが、あまりに異なるふたつのタイプをいっぺんに出すというのはちょっと・・・。

  • ラマダーン月がやってきた

    イスラーム世界は今月18日からラマダーン月に入り、7月16日までの間、信者たちの間では基本的に日の出から日没までの断食が行われることとなる。飲食はもちろんタバコもダメなので、愛煙家に対してはニコチン切れという、もうひとつの苦難が加わることになる。

    このラマダーン月が夏季に当たる(太陽暦ではないので、毎年少しずつ前倒しになってくる)場合、気候の上でかなりキツイことになるのは当然のこととしても、日々の断食の時間については、緯度によって日照時間が大きく異なってくるというジレンマを伴う。

    南アジアやアラビア半島では日中のおよそ15時間に及ぶ。それでも充分長いものであるが、
    これがロンドンやベルリンではなんと19時間となり、アイスランドのレイキャビクでは22時間にも及ぶ。

    यहां होगा 22 घंटे का रोज़ा (BBC Hindi ※ヒンディー語記事)

    似たような記事がBBCの英語記事にも取り上げられていたが、それによると断食時間が18時間を超える場合は、メッカにおける断食時間に合わせるか、最寄りのムスリム国のそれに従えばよいということになっているとのこと。

    Ramadan fasting dilemma when sun never sets (BBC)

    この断食だが、信者がこれを実行するにあたって、ムスリムがごく少数派の国々ではなかなか困難を伴うものであろうことは想像に難くない。周囲の理解の程度ということもあるが、とりわけ勤労者にとっては、ムスリムが大半を占める国であれば「そういう時期であるから」ということで、実質の勤務時間が短くなったり、生産性についての許容が甘くなったりという幅が皆無となるからだ。

    とりわけ中国においては、政府による断食に対する規制がなされるようだ。これに従わない場合は、具体的にどのような罰則があるのかは解らないが、人権に関わる問題である。

    China bans Ramadan fasting in mainly Muslim region (ALJAZEERA)

  • ハイデラーバーディー・ビリヤーニー(続き)

    ハイデラーバーディー・ビリヤーニー(続き)

    前回のビリヤーニーは、あまりに量が多すぎて懲りた。利用しているホテルのレセプションで「ノンヴェジのビリヤーニーの店で、量が多いからではなく、味で勝負しているところはないか?」と質問してみた。

    宿泊先と同じアビッズ地域のGPOサークルと呼ばれるところにあるグランド・ホテル(ご存知のとおり、インドでは往々にして単体のレストランに「ホテル」という名前がついている)がお勧めとのこと。

    すぐ目と鼻の先にあるので、歩いて出かけてみる。道路反対側からでも混雑している様子が窺える。美味しいものにありつけそうな予感。

    店の入口をくぐるなり、ビリヤーニーを注文して目の前の席に着く。周囲の客席に目をやると、ここもまたひとつの巨大な盛りの皿から二人、三人でシェアしているのに気が付いて、嫌な予感がする。ややオーバーな言い方をすると、洗面器一杯分くらいの量がある。

    今回もまた困ったことになった・・・。

  • ハイデラーバーディー・ビリヤーニー

    ハイデラーバーディー・ビリヤーニー

    インド各地で「ハイデラーバーディー・ビリヤーニー」名付けられたビリヤーニーを目にする。ハイデラーバードでビリヤーニーを食べたことがなかったので、漠然と「ビリヤーニーが飛び切り旨いのだろう」と、想像していた。

    老舗の「シャーダーブ」

    ようやくその街にやってきたので、チャールミナール近くにある老舗のレストラン、シャーダーブで昼食にすることにした。店員たちのぶっきらぼうさもまた「本格的」な印象。ここは、ほぼビリヤーニー専門店らしいので、チキンビリヤーニーを注文。間もなくテーブルに運ばれてきた。


    ご飯のなかには半羽のチキンがうずまっており、見た瞬間、食べ切れる量ではないことがわかった。これで170rsとはずいぶん安い。周りのお客はどうしているのかと眺めていると、だいたい二人で一人前注文している。すっかりギヴアップするまで食べ続けても半分くらい残ったので、男性なら二人、女性なら3から4人はシェアして食べられることだろう。

    味のほうは?といえば、確かに美味であった。だが、好みは人それぞれとはいえ、私自身はデリーで「美味しい」と思えるビリヤーニーのほうがもっと旨いと思う。この料理は出来不出来が大変明確に出るため、上手な店とそうではないところでは天地の差となるし、旨い店でもそれぞれに満足度が異なる。もちろんこの一軒をもってハイデラーバードのビリヤーニーを総括することなどできないので、他のレストランも幾つか訪れて検証する必要がある。

    旧市街で幾人かに尋ねたところ、「ここが一番」とのことだったが、確かにバカでかい盛りには大変驚かされた。

  • TAJ MAHAL HOTEL (Hyderabad)

    TAJ MAHAL HOTEL (Hyderabad)

    「料金の割にとても良い」という話はよく耳にする、ハイデラーバードにあるタージマハルホテルに宿泊してみた。名前が似ているターター財閥系のタージホテルグループとは無関係で、ハイデラーバードの地場資本のホテル。ロケーションは交通の便の良いAbidsエリア。


    コロニアル建築のヘリテージホテルということになっているが、増改築を繰り返しているため、オリジナルの雰囲気を残しているのはレセプションがある本館のみ。このホテルで最も低価格の部屋は税込で2024Rs(2015年5月現在)だが、実にモダンで清潔快適な部屋。部屋代に含まれる南インドのアイテムを中心とするビュッフェもなかなか好評。

    ホテル内には、行列の出来る大繁盛のレストランもある。狭い敷地の駐車場にでは朝から晩まで沢山のクルマが押し合いへし合いで出入りしていることから、家族や友人連れでの食事どころとしていかに人気があるかということを推し量ることができる。

    南インド式ターリー

    部屋も料理も相場よりもずいぶん低く抑えているからこその人気なのだろう。場所柄、この倍、3倍取っても相応という気さえもします。立地の良さからずいぶん無理な料金設定しているホテルは少なくないがゆえに。

    かなり昔から営業を続けている施設らしいが、人気にあぐらをかくことなく、長年マジメにリーズナブルな料金でのサービスを続けていることに敬意を払わずにはいられない。スタッフの対応も大変良い意味でプロフェッショナル。大変好感が持てる。エコノミーな価格帯でビジネスライクに経営しているホテルで「心に残る滞在」を味わえるというのはなかなかないことだ。

    蛇足ながらこのホテルのカフェで出しているケーキもなかなか美味であった。

    TAJ MAHAL HOTEL (Hyderabad)

  • Another Sky

    Another Sky

    ふと気が付くと、頭の奥で何か心地よい音が鳴っている。ここしばらく日に幾度となく繰り返しているのだが、頭痛や耳鳴りのような不愉快な類ものではなく、それとは真逆で実に快適なものなので、そのまま鳴るに任せている。
    「何だっけ、これは?」と記憶をたどってみると、デリーに乗ってきた全日空のイメージ曲「Another Sky」であった。搭乗するときと、降りるときに流れていた気がする。
    全日空はあまり利用しないので、すぐに思い出せなかったが、こんな良い曲が機内で流れるというだけでも、実に素晴らしいサービスだ。

  • トリプラ州都アガルタラの空港「国際化」へ

    東南アジアとの接続ということで、やがてバンコク便就航となるのだろう。アガルタラ空港の「国際化」のプロジェクトが完了する時期は示されておらず、北東インド・東南アジア間の行き来への需要がどれほどあるのかまだ判らないが、これまで世界の果てといった行き詰まり感のあった北東地域が東南アジアへの玄関口になることから、新たな時代の幕開けが期待される。また、これまで漠然と「北東地域」「North East」と一括りに呼ばれていながらも、その実この地域間での協調や連携には欠けていた部分についても、今後修正が求められることになるだろう。

    すでにマニプル州のインパール空港は「国際空港」のステータスにアップグレードされており、今後の進展が注目される。マニプル州においては、ミャンマーとの国境のモレー(Moreh)を経由する陸路の輸送ルートによる人やモノの行き来の今後ますますの活発化が予想されるとともに、このモレー経由でインドからミャンマーへの鉄道接続の計画もある。
    1990年代以降、減速した時期もいくつかあったが、基本的に順調な経済成長を続けてきたことによる変化の波が、ようやく北東地域にも及ぼうとしているかのようだ。

    近年は、隣国ミャンマーの民主化による欧米先進国を中心とした経済制裁が解除されたことも有利に作用している。これはインドの北東地域だけではなく、ミャンマー西部にとっても同様で、これらふたつの地域は互恵関係にあるといってもよい。

    ただし不安材料も決して小さくない。現在においてとりわけ不安定なナガランド州においては、先行きを見通すことは困難だろう。

    Will Nagaland Ever Have Peace? (Diplomat)

  • ナガルジュナコンダ

    ナガルジュナコンダ

    ハイデラーバードを午前9時に出て、クリシュナ河を堰き止めたナガルジュナサーガルダムにより形成されたナガルジュナサーガル到着は正午を少し回ったあたり。この人造湖にある島、ナガルジュナコンダに行く船は1日往復している。ここから1時間ほどかかるらしい。できれば11時半の船で行きたかったのだが間に合わなかった。時は金なり、もう少し早く出れば良かったと反省。

    ナガルジュナサーガルダム

    今は湖底に沈んでいる、3世紀から4世紀にかけて存在したスリ・パルヴァタと呼ばれた土地では仏教が隆盛を極め、多数の僧院が存在するとともに、大学まであったとされる。インド各地はもとより、スリランカや中国からも仏法を学ぶために多くの人々が集まったとのことだ。そうした遺跡群がダム建設に際して、人工湖の建設により島となるナガルジュナコンダに移築されている。

    船着場の近くにはホテルが数件あり、みやげ物屋や食堂などが軒を連ねている。軽い食事を済ませて、船が出る時間よりも少し前にチケット売り場で乗船券とセットになった入域料チケットを購入。

    ナガルジュナサーガル

    ボートに乗り込んで出発を待っていると、柄の悪い手下たちの取り巻きが付いたヤクザの親分?みたいな中年男性が乗り込んできた。カービン銃を手にしている護衛までいて、なんとも物騒な雰囲気であったが、地元ではよく顔を知られている人物のようで、近くに座っている堅気の人たちに愛想よく声をかけたり、小さな子供を抱え上げて、記念写真など撮らせたりなどしている。

    ずいぶん変わったヤクザもいるものだと思いきや、昨年アーンドラ・プラデーシュ州から分離したテーランガーナー州の州議会与党の議員であることがわかった。州の分離を推進した政党の議員だけあり、地元の誰もがよく見知っているらしい。農業を生業とする地主出身のようだが、支持基盤は庶民であるらしいことは、英語は得意ではない本人や彼が連れている人たちの様子から見て取れる。今日は彼の取り巻きたちへの「慰安旅行」であるそうだ。

    船の中

    専業のヤクザではないことはわかったので、船では親分の隣に座らせてもらう。相当酒好きな親分のようで、コーラのボトルに仕込んだウイスキーをぐいぐいやりながら、酒臭い息で
    とても楽しかったという「フィリピンでのナイトライフ」とやらのお話が続く。

    ナガルジュナコンダに到着

    ナガルジュナサーガルの島に着いてから、博物館や周囲の小さな遺跡などを見物しながらも酒を楽しんでいる。酔うほどに声が大きくなってくるが、けっこう気配りの人物であることは、周囲の市民たちとまめに声を交わしていたり、手下たちにも使い走りみたいな若者に命じて水だの何だのを買いに行かせては配ってやっていたりしていることからも窺える。ヤクザな雰囲気とは裏腹に、なかなか気のいいオヤジさんという印象。

    仏塔だが復元の状態は好ましくない

    親分というものは、威張っているだけでは人はついて来ないので、なかなか大変なのだろう。最後に帰りの船へと向かう中、親分はベロンベロンになっての千鳥足で、おもむろに道端で立ち小便。その最中もカービン銃を手にした二人のSPたちは、きちんとポジションを取って周囲に目を光らせている。この人たちだけは、他の取り巻きの柄の悪い兄さん、オヂサンたちとは一線を画すプロフェッショナルな態度であった。

    乗ってきたボートは、島で1時間強ほど停泊した後に、ふたたび湖の岸辺まで折り返す。遺跡は島内の各地に散在しているようで、着いてから最初に博物館を見学した後には、遠くまで足を伸ばす時間は残されていなかった。

    移動の足の不便なところでは、早めに計画、早めの時間帯に出発することが肝要である。

  • バングラデシュからのヒンドゥー移民に市民権をという主張について

    隣国バングラデシュから経済的な理由からインドへ不法な移住を図る人々の流れは絶えず、常に政治問題となっている。

    北海道の7割増程度の土地に約1億8千万人の人々が暮らすという人口があまりに稠密すぎるバングラデシュから雇用機会とより高い賃金を求めて、同じベンガル人が暮らす西ベンガル州、おなじくベンガル人たちが多く暮らす近隣州に出ようというのは自然なことでもあるだろう。もちろん彼らが移住する先はこれらに留まらず、インド各地の主要な商業地域や工業地域にも及ぶ。

    そもそも同国が東パキスタンとして1947年にインドと分離して独立(その後1971年にパキスタンから独立して現在のバングラデシュが成立)したことが、悲劇と誤算の始まりであり、経済面・人口面での不均衡の根本でもある。

    しかしながら、国家の成立には往々にしてその時代の流れに沿った必然と不条理が混じり合うものであり、その枠内で国家意識が形成されていくとともに、国民としての一体感も醸成されていくものだ。

    そうした中でも、国境の向こうで異なる国籍が与えられることになった家族や親族に対して、こちら側の者はある種の憐憫の情を抱いたりすることもあれば、羨望の念を持つことも少なくない。同様に、宗教をベースとした分離の場合、ボーダーの向こう側にマイノリティとして残された、こちら側と同じ信仰を持つ者たちに対する「同胞」としての感覚には、社会で一定のシンパシーを共有することになることが少なくない。

    ムスリムが大多数を占めるパキスタンにおけるヒンドゥー教徒たちの境遇については、インドでしばしば報じられるところであり、そこにも「国籍」の違いとは別次元の一体感があり、不幸にして異なる国籍を与えられることとなった「同胞」とでも言うような感情がベースにある。

    さりとて、イスラームという宗教を旗印に、ムスリム主体の国家の建設を目指した東西パキスタンに対して、宗教的にニュートラルな「世俗国家」を標榜してきたインドとの決して相容れるところのない部分は、例えばカシミール地方の領有に関する両国の主張が平行線であるところにも現れる。

    パキスタンと隣接する地域で、ムスリムがマジョリティであることが自国領であることが当然とすることがパキスタンの考えの根底にある。かたや宗教に拠らない世俗国家としてのインドにとっては、イスラーム教徒が多くを占めるからといってこれを隣国のものとするわけにはいかないのは当然のこととなる。現在、両国ともカシミール全域についてそれぞれ自国領であることを主張しているが、イギリスからの独立直後に勃発した第一次印パ戦争ならびに1965年の第二次印パ戦争の停戦ラインが実効支配線として、事実上の国境として機能することにより現在に至っている。

    パキスタン建国に際して、多くのムスリムたちが当時の西パキスタンならびに東パキスタンへ流出するとともに、それらの地域からヒンドゥー教徒たちがインドに難民として逃れることになった。しかしそうした動きにもかかわらずインドを捨ててこれらの地域に移住することなく、あるいは経済的に移住することがならず、そのままインドに残ったムスリムたちも大勢いたわけだが、独立後はそうした人々が内政面での不安材料となることを避けるためもあり、インド政府は彼らの歓心を買うために様々な努力をする必要があったことは否定できない。ちょうど、欧州にて共産主義のソビエト連邦と隣接する地域で、高い福祉や社会保障制度が発達することとなったことと似ている部分がないでもない。

    それが「世俗主義」を標榜しつつも、独立以降長年に渡って、少数派であるムスリムに譲歩する政策を継続せざるを得なかった理由でもあり、その世俗主義自体の矛盾と綻びであったとも言える。マイノリティとはいえ、規模にしてみるとの世界最大級のイスラーム教徒人口を抱えていることもあり、現実を見据えた上での選択であったはずだ。

    しかしながら、このあたりが圧倒的なマジョリティを占めるヒンドゥーたちから成る社会の中での不満を醸成することになったのも事実で、宗教別に定められている民法について1980年代末あたりから、「統一民法」の制定を求める声が高まっていくこととなる。これがやがて90年代にはいわゆる「サフラン勢力」の核となるBJPに対する支持数の急速な伸張へと繋がっていく。

    その後、国民会議派を中心とするイスラーム勢力や左派勢力を含む統一進歩同盟(UPA : United Progressive Alliance)とBJPがリードする保守から中道あたりの政党が集結した国民民主同盟(NDA : National Democratic Alliance)が一進一退の駆け引きを続けている。

    さて、このほどインドの北東地域では、隣国バングラデシュからの不法移民について、バングラデシュから来たヒンドゥー教徒に対して市民権を与えるべきだと唱えるBJPに対して、国民会議派はヒンドゥー、クリスチャン、仏教徒(要は非ムスリム)の移民に対して市民権付与による保護を訴えるという形で、信仰を根拠とする論争が起きている。

    こうした主張はインドの独立以来の国是である世俗主義に対する挑戦であるとともに、とりわけ国民会議派については、大きな方向転換のひとつの兆しであるのかもしれないようにも思える。

    同時に、インドにおけるこうした動きについて、隣国バングラデシュ国内に与えるインパクトも少なくないかもしれない。同国内人口の一割近くを占めるヒンドゥー教徒たちの取り込みと捉えることも可能であるとともに、コミュナルな対立が発生した場合に、「インドによる差し金」を示唆する口実にもなろうし、敵性国民として排斥する動きに出ることもあり得ないことではないだろう。

    宗教をラインとする国家形成を経てきた国と、世俗主義を国是として歴史を刻んできた国の間で、それなりのバランスが保たれてきた中で、後者が前者と近いスタンスを取ることになることについて非常に危ういものを感じる。

    インド東北部におけるこうした動きが現実のものとなるようなことがあれば、やがてインドとバングラデシュの間での国際的な問題に発展する可能性を秘めていることから、今後の進展には注目していきたい。

    BJP & Congress Raring to Provide Citizenship to Hindu-B’deshi Migrants (Northeast Today)

  • チェラプンジーの雨

    チェラプンジーの雨

    インド各地から猛烈な熱波のニュースが伝えられるこのごろだが、北東インドではすでにプレ・モンスーンの雨が降りはじめているとのことだ。その中でも「世界で最も多雨な場所」とされるチェラプンジーの降雨量には圧倒的なものがある。下記リンク先記事をご参照願いたい。

    Pre-Monsoon: Heavy rain continues over Northeast India (skymet)

    ベンガル湾から吹き上がって来る風が、ちょうど入江に集まる波のような具合に、北のヒマラヤ山脈と東のアラカン山脈に挟まれた行き止まりに衝突するのがインド北東部。当然、非常に多雨なエリアであるのだが、とりわけチェラプンジーにおいては、ちょっと想像もできないような豪雨となる。

    印の付いている地点がチェラプンジー

    モンスーンの時期の北東インド観光地は閑散としてしまうのだが、例外的にチェラプンジーにおいては、「世界一の物凄い雨を体験するために」訪れる人たちが多いと聞く。

    それでも、乾季には生活用水が不足して、給水タンカー車が行き来する、ちょっと皮肉な部分もある。つまり雨期にそれほど集中して降るということの裏返しでもある。

  • Maggieの危機

    Maggieの危機

    かつて米国系の清涼飲料水メーカーが、製品から許容度を越える農薬成分が検出されたということで、激しい批判にさらされたことがあったが、今年の5月以降、スイス系企業ネスレ社のMaggiシリーズのインスタント麺に鉛成分が含まれることが判明したとのことで、各地で次々に販売が禁止されるなど、大きな波紋を呼んでいる。

    Maggie noodles undergoes tests across India: Nestle investigates excess MSG in its batch of noodles; Can cause chest pains (BENCHMARK REPORTER)

    Maggi sales plummet across India (THE TIMES OF INDIA)

    Nestle’s Maggi Noodles Banned In India’s State Of Delhi Over Allegations Of High Lead Content (INTERNATIONAL BUSINESS TIMES)

    India withdraws Maggi noodles from shops in mounting food-safety scare (theguardian)

    鉛の含有に関する許容値が0.01ppmであるところ、17ppmという高い数値であったことに加えて、成分表に記されていないMSGつまりグルタミン酸ナトリウムが多く含まれていることが明るみに出たことが今回の騒動の発端だ。

    Maggiブランドのインスタントヌードルは、1982年から現在に至るまで、実に33年間に渡ってインドで親しまれてきた。インド中、どこに行っても雑貨屋や食料品店で見かけるが、手軽に作ることができることから、育ち盛りの子供の好物であったり、一人暮らしの若者たちの定番アイテムであったりもする。また、冬季には外界との陸路ルートが閉鎖となるラダック地方などでは、そうした時期の食堂でもありつくことのできる外食アイテムであるなど、非常に存在感の高いインスタント食品だ。

    最近、このMaggiのインスタントヌードルのCMに何本も出演していたマードゥリー・ディクシト、以前出演したことがあるアミターブ・バッチャンやプリーティ・ズィンターといった銀幕のスターたちも、ちょっと困ったことになっているようだ。

    Madhuri Dixit gets FDA notice for endorsing Maggi noodles (The Indian EXPRESS)

    Court orders FIR against Amitabh, Madhuri, Preity over Maggi row (THE HINDU)

    食品類の安全性は、どこの国にあっても非常に大切なものであるが、果たしてネスレがこのような状態であったとしても、他のメーカーの様々な食品、食材、調味料などはどうなのだろうか?という思いもする。加工食品だけではなく、米や野菜のような第一次産品にも不安な要素を抱えている国だ。

    私たちの日本で「食の安全」と言えば、その食料のかなりの部分を輸入に依存しており、とりわけその中で中国産のものが多いことから、常々やり玉に上げられることが多いが、比較的政府の管理が行き届きやすい中国と比較して、インドがその方面で安全性が高い国であるということは決してない。

    今回、たまたま外資系の大会社の全インドでポピュラーな製品が取り上げられることになったが、この騒動がどのようにして収束を見るのか、かなり関心を引かれるところである。