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  • 上海経由デリー行き3

    上海経由デリー行き3

    さて、いくら時間が空いているとはいえ、浦東空港でのチェックインに遅れてしまっては元も子もない。多少の時間の節約ということもあるが、せっかくこのあたりまで来たら、ぜひとも2003年12月に開業したリニアモーターカー(上海磁浮列車)にも乗ってみたいものだ、と欲張ってしまう。

    地下鉄2号線車内

    地下鉄2号線の龍陽路で下車、リニアに乗り換えてわずか一駅・・・というよりも、もともとこの一区間しかない。乗車券は50元と高価だが、当日出発する航空券を提示すると40元になる。

    地下鉄2号線の龍陽路駅改札を出たところ
    リニアモーターカーの駅への階段
    シンプルな印象のプラットフォーム

    ワクワクしながらプラットフォームに進んだが、意外なほどに乗客は少ない。地下鉄に較べてあまりに料金が高いこと、龍陽路からしか発着していないこともあり、利用客のほとんどは外国人、あるいは懐具合に余裕があるおのぼりさんといった具合。

    リニアモーターカーが入ってきた!
    あまり利用客は多くない感じ
    まばらな乗客の中で目立つのはやはり西洋人

    ドイツの技術を導入して導入され、当初は杭州その他への延伸の構想もあったようだが、現在はそうした話はトンと聞かない。いかに優れた技術であっても、収支が見合うものでなければ、拡張されることはあり得ないのはいずこも同じ。

    車内はガラガラ

    ガラガラの車内に乗り込むと間もなく発車した。さすがはリニア!と感心させてくれるのは、その加速力だ。車両内の電光掲示板に速度表示がなされるのだが、航空機に近い爆発的な勢いでスピードを上げていく。時速300kmを越えて、400km超になると、周囲の景色が流れる速度が速すぎて、気持ちが悪くなりそうだ。ちょうど録画番組を32倍速で早送りしているような・・・。

    最高速度もさることながら猛烈な加速感に圧倒される。
    最高時速431km到達!

    現在開発中で、2027年に営業運転開始を目指す日本のリニアモーターカーは最高時速550kmとなる予定。ハード的には万全でも、乗車しているのは生身の人間であることから、やはりこの「車窓酔い」が問題となることと、私は予想する。

    ちなみに、運行時の最高時速については、時間帯によって異なるそうだ。最高時速431kmを出すのは、午前は9時から午前10時45分、午後は3時から3時45分の間のみ。その他の時間帯の最高時速は301kmである。あまり実用的な路線ではなく、国威発揚のためのデモンストレーション的な路線ではあるものの、利用する外国人に「世界に先駆ける中国の偉大さ」を印象付けるべく、すべての時間帯で最高時速431kmをノルマとしてもらいたいものだ。

    浦東空港駅到着
    わずか7,8分という短い乗車時間がちょっと残念かもしれない。
    浦東空港

    乗車した龍陽路駅近くには、リニアモーターカーこと上海浮磁列車博物館がある。もう少し時間があれば訪れてみたいところだったが、またいつか機会があるだろう。それにしてもたかが飛行機の乗り換えで、ちょっとした市内観光も楽しめるとあれば、上海経由でデリーに向かうのも悪くないと思った。

    〈完〉

  • Namaste Bollywood #44

    Namaste Bollywood #44

    Namaste Bollywood #44

    今年もIFFJ (Indian Film Festival Japan)の時期がやってきた。東京(10/9~23)と大阪(10/3〜22)にてそれぞれ開催され。上映スケジュールについては、こちらをご参照いただきたい。

    Namaste Bollywoodの今号の巻頭特集は、このIFFJ。今年も選りすぐりの素晴らしい作品が目白押しだ。特集記事で紹介されている上映作品の紹介をじっくりと読みながら、どれを観に行くかとあれこれ検討してみよう。また、IFFJと時期が重なるが「マルガリータで乾杯を!(原題:MARGARITA WITH A STRAW)が、10月からシネスイッチ銀座を皮切りに、全国で順次ロードショーが予定されるにあたり、主演女優カルキ・コーチリンのインタビュー記事もあり、こちらも注目だ。

    さて、この号に掲載されている、同誌主宰のすぎたカズト氏による「ボリウッドにおける性描写の変貌」という記事は、IFFJでの鑑賞予定を考える際に大変参考になることだろう。また、1990年代の「インド映画ブーム」でフィーチャーされた作品群、当時いくつも出版されたインド映画の案内書に記されている内容とは、ずいぶん印象が違うことに気付かれるに違いない。

    1990年代以降のインドは激動の時代であり、経済面における社会主義的手法から大きく舵を切っての経済自由化、それにともなう外資の怒涛の勢いでの流入、国営放送による寡占状態であったテレビ放送については、ケーブルテレビ、衛星放送などが一気に普及することにより、外国からのニュースやエンターテインメント等々の番組がお茶の間に突然大量に雪崩れ込むとともに、当時はまだ目新しい存在であった民放各社も、そうしたトレンドをうまくつかまえて、これまでにはなかった新しい番組や映像を視聴者の元に届けるようになった。

    そんな時代が唐突にやってくると、まず最初に感化されていくのは若者たちだ。とりわけ1992年、1993年あたり以降に青春期を過ごすこととなった世代と、それ以前の世代では、物事の価値観、道徳観、性に対する意識等が大きく異なってくるのは当然のことで、もちろんそうした時代の変化は映画作りにも如実に反映されることとなった。時代を代表する作品を眺めてみるだけでも、1980年代から1990年代初頭、1990年代半ばから終盤にかけて、そして2000年代に入ってから現在にかけてと、作品のテーマや映像の質感が大きく違ってくるのは、こうした時代の大きな変化を反映したものであるといえる。

    さて、1990年代の日本で沸き起こった、先述の「ブーム」はかなりバイアスのかかったもので、同じような方向性の作品ばかりが日本に立て続けに上陸していたこと、製作された地域や言語域による違いを考慮することもなく、「インド映画」と荒っぽく括られていたことに加えて、当のインドで製作された映画に関する知識を踏まえない「面白おかしな」解説が、大手メディアで堂々と一人歩きしてしまうとう弊害も少なくなかった。

    今となっては20年ほどが経過しているにもかかわらず、今なおそのときに刷り込まれてしまったイメージが後を引いていることから、ボリウッド映画をあまり観たことがない層においても、「B級以下」「なぜか音楽と踊りばかり」「単純なストーリー」というようなネガティヴな先入観を抱いている人が少なくないことは非常に残念だ。

    だが、幸いなことに、今の20代の映画ファンの多くは、そうした過去のしがらみとはあまり縁がない。インドは若年人口が圧倒的に厚い国であることから、10代後半から30代前半にかけての年齢層が大きなマーケットとなることから、ちょうどこのあたりの年代の人たちは、IFFJで上映される近年のボリウッド映画界のヒット作(今回の上映作品は2013年から2015年にかけて公開されたもの)について、先入観なしに映画を楽しむことができる感性を持っているのではないかと私自身は期待している。

    どこの国の映画も同様だが、作品が製作された国や地域の文化、固有の価値観、社会のありかたなどが色濃く反映されるものだ。これについては日本の映画ファンの多くがニュートラルな立場で鑑賞しているつもりのアメリカのハリウッド映画についても例外ではなく、銀幕の背景にあるそうした諸々の事柄を理解することなしに、ストーリーの中に巧みに張り巡らされている仕掛けや伏線を読み取ることは容易ではない。

    まさにそのあたりを理解するために、Namaste Bollywood誌では、様々な著者による異なる角度からインドの文化面を含めた解説、インドの社会現象が作品に与えた影響や反対に作品が社会に及ぼした効果、ボリウッド映画界内部の動向などを伝えており、インドから遠く離れた日本のファンが、より楽しく、そして深く作品を楽しむことができるようにと情報発信をしてくれているのである。

    蛇足ながら、私も「インド雑学研究家」として、小さな記事を書かせていただいており、今号においては、ある作品で幾度か出てきたムンバイーにある小ぶりながらも美しいモスクについて取り上げてみた。

    Namaste Bollywood誌は、IFFJの会場でも販売されるが、それ以外の購入先については、以下、同誌ウェブサイトをご覧いただきたい。

    Namaste Bollywood

    ※「上海経由デリー行き3」は後日掲載します。

  • 上海経由デリー行き2

    上海経由デリー行き2

    インドまでの行きや帰りにかなり待ち時間が空くことになったりもするのだが、その
    時間にちょっと街に出て散策してみたり、買い物や食事を楽しんでみたりするといいだろ
    う。渋滞等に影響されることのない地下鉄ネットワークが広がっており、表示も判りやすくしっかりしている。アライバルホールに面したところにある観光案内所でツーリストマップでももらっておけば、ガイドブックなど持っていなくても特に不便に感じることはないはずだ。

    浦東空港までの地下鉄2号線の途中駅、南京東路駅から、租界時代に建てられた壮大な西洋式建築が建ち並ぶ外灘は近いので、時間さえ許せば途中で降りて見物してみるのもいいだろう。とても飛行機の乗り換えのために立ち寄っているとは思えない、ちょっと贅沢で充実した気分になるはずだ。

    クラシックな雰囲気の外灘から黄浦江を挟んだ対岸のモダンな眺めが好対照で面白い。

    南京東路駅(地下鉄2号線)を出たところ

    外灘の風景

    観光客用のバス

    外灘の対岸にはこんな景色が。重厚な石造りの建物が並ぶ外灘とは好対照なモダンな眺め。

    〈続く〉

  • 上海経由デリー行き1

    上海経由デリー行き1

    中国東方航空にて、上海経由でデリーに行くことになった。

    インドと中国双方のキャリアによる両国間の直行便が飛ぶようになったのは確か2003年あたりのことであったと記憶している。それまでは4,000kmにおよぶ長い国境線を分け合っている隣国同士を直接結ぶフライトはなかったのである。(香港を除く)

    今では中国に仕事や観光などで訪れるインド人、反対にインドを訪問する中国大陸の人々も増えてきている。印中両国互いの不信感、とりわけ前者が後者に抱くネガティヴな感情はまだまだ深いものの、こうして両国間での経済活動が活発になってくることが、安定した二国関係への一番の方策だろう。互いに依存する部分が多くなればなるほど、相手国にて操業する企業等の活動が盛んになればなるほど、両国の政府はそう易々と相手国に対して軍事的な挑発はかけにくくなる。いわば相手国に預けている資産が増えるほど、軽はずみなことはしにくくなることは、いずこにおいても同じことだ。

    さて、いつも日印両国のキャリアによる直行便あるいはタイ航空、キャセイパシフィック、シンガポール航空などを利用している私にとって、中国経由という選択は初めてだ。乗り継ぎ時間にかかる時間が長かったり、中国では長らく乗り継ぎでも到着時に入国手続き、出発前に出国手続きをしなくてはならなかったりするケースが多くて面倒という思いもあった。

    インド行きのための中国での乗り継ぎについて、かなり遠回りとなる北京経由はともかく、上海での乗り換えはなかなか良い選択肢になるのではないかと思う。近ごろは同一キャリアを利用の場合は、中国の乗換地で出入国しなくて済んだり、荷物も最終目的地までスルーで行くことができるようにもなったりしている。

    また、スカイスキャナー等で検索してみるとわかるが、ピークシーズンの比較的直前でもそれなりにリーズナブルな価格のチケットの入手が可能であることが多いようで、出発の日程が差し迫ってくるまで予定が立たないという場合などに利用できる可能性が高い。

    それはともかく、上海経由で予約してEチケットを印刷してみて、やっと妙なことに気が付いた。「上海には国際空港がふたつある!」

    到着は上海市の東にある虹橋空港、出発は西にある浦東空港である。両者の間には55kmほどの距離がある。日本の成田空港と羽田空港は90kmくらいの距離があるので、その6割くらいと思えばマシかもしれないが、上海の交通渋滞は世界的にも有名だ。両空港間を結ぶリムジンバスは運行されており、利用する航空会社がそのチケットを供給してくれるようだが、乗り換えに5時間半ほどあるとはいえ、道路状況がどんなものだか、かなり気になる。時間を容易に予測できる地下鉄利用のほうが安心だろう。

    上海地下鉄マップ

    国際線は虹橋空港のターミナル1(虹橋1号航站楼)に発着する。地下鉄で浦東空港まで移動するには、虹橋空港の国内線が発着するターミナル2(虹橋1号航站楼)まで、地下鉄10号線で移動して、そこから地下鉄2号線に乗り換える必要がある。

    上海の虹橋空港の到着ロビーを出て右に進んだところ
    道なりに進んでいくと地下鉄駅に
    モダンな地下鉄プラットフォーム
    地下鉄10号線に乗車
    ひと駅先の虹橋空港ターミナル2駅で地下鉄2号線に乗り換え
    地下鉄2号線車内

    路線図上では、あたかも浦東空港まで直通になっているように見えるのだが、実際には広蘭路が折り返し駅になっているため、ここでプラットフォーム反対側から出る支線に乗り換えなくてはいけないことを付け加えておく。

    あるいは、広蘭路の少し手前にある龍陽路から浦東空港との間を結ぶリニアモーターカーを利用することも可能だ。

    こんな面倒があるので、予約の際に気をつけるべきは上海に出入りするフライトが両方とも浦東空港からのものであることを購入前に確認することであることがわかった。通常、上海の国際空港といえば浦東空港だが、日本を含む一部方面のフライトについては、まったく違う場所にある虹橋空港から出るものもあるからだ。私の場合はそのケースにあたる。

    〈続く〉

  • チベットレストラン&カフェ タシデレ

    チベットレストラン&カフェ タシデレ

    日本では珍しい「チベット料理」を看板にするレストランが今年8月にオープンした。チベット系のアイテムを出すネパール料理はいくつもあるのだが、ここはチベット料理専門店を謳い、加えてインド料理も出している。

    店内にはチベット風の装飾がセンス良くあしらわれており、掲げられたタルチョの向こうには、深い青色の澄み切った空が見えてきそうな気がしてくる。

    在日歴14年になるチベット人店主は、生まれも育ちもインドであるため、チベット料理を柱に、インド料理も共存する。厨房で料理しているのはチベット人とインド人の料理人たち。いかにも在印チベットコミュニティの人らしい演出だ。

    都内や日本各地でこれから開催されるチベット関係のコンサートやイベントに関する情報も掲示されている。興味関心があれば、これまで知らなかった面白い出会いのきっかけになるかもしれない。

    まだ開店から日が浅いため知名度は高くないが、やがて知られてくると、フラリと立ち寄ってもなかなか席がない・・・という具合に繁盛するのではないかと期待している。

    ロケーションと連絡先等は以下のとおり。
    Tibetan Restaurant & Café TASHI DELEK
    所在地:東京都新宿区坂町26-21 四谷坂町永谷マンション 1F
    電話:03-6457-7255
    JR四ツ谷駅から徒歩10分
    都営新宿線曙橋駅から徒歩10分

  • 一品8,000Rsの料理

    一品8,000Rsの料理


    ムガル料理の老舗、オールドデリーのKarim’s本店にて食事。

    一頭まるごと焼き上げるのだそうだ

    メニューには、なんと8000ルピーもする「タンドゥーリー・バクラー」というのがある。店員に尋ねてみると、一頭分のマトンをタンドゥールで焼き上げるのだそうだ。

    「週にどのくらい出るの?」と聞けば、「そうそう注文が入るもんじゃないけど、週に3件くらいオーダーが来ることがある。20から25人くらいで分けられるよ」とのこと。

    とてもとても、そんな大きなものを注文できないが、もし機会があればぜひご相伴にあずかりたいものだ。

  • ムシャッラフ元大統領の生家

    ムシャッラフ元大統領の生家

    デリーのダリヤガンジでよく書籍類を購入する。パーキスターンの元大統領パルヴェーズ・ムシャッラフ氏が生まれた地域であり、2005年に彼が大統領在職時に訪印した際に訪れている。

    ダリヤガンジのGolcha Cinemaからデリーゲートに向かって少し歩いた先の右手にある左側の「MEHTA’S」というスナック屋のところで路地を少し入ったところにある。

    Golcha Cinema

    ここで画面左手にある小路へ

    道なりに進んでいくとすぐに袋小路に突き当たる。

    袋小路突き当りに向かって右側がその場所

    現在は新しい建物に建て替わっており、細部の仕上げが進行していた。近年までは荒れ果てたオリジナルの家屋があったらしい。その様子はYoutubeに動画でアップされている。父親はAligarh Muslim University卒業で、当時としてはエリートの部類に入る人物であったが、住まいは簡素であったようだ。

    Pak Prez Parvez Musharraf’s Chilhood Home – Nahar Wali Haveli (Youtube)

    おそらくムシャッラフの幼少時代には、ここの路地で近隣の子供たちと遊んでいたのだろう。界隈はヒンドゥーの人たちやヒンドゥー寺院が多い。印パ分離時に大勢のムスリムたちがパーキスターンに移住するまでは、ずいぶん異なった雰囲気であったことだろう。

  • Huawei Ascend Mate 7

    Huawei Ascend Mate 7

    Huawei Ascend Mate 7

    使い始めてから半年くらいになるが、高性能でストレスを感じないし、国外への旅行時にも重宝している。

    SIMロックがかけられたスマホをロック解除しても、その機種を販売している携帯電話会社により制限がかけられている機能があったりするが、最初からSIMロックフリーで発売されているモデルの場合は、本来の機能をフルに活用することができる。

    例えば前者の場合、他社SIMを入れて、すぐに通話することが出来ても、インターネット接続設定は最初からしなくてはならず、少々苦労することも少なくないのだが、後者の場合はメジャーどころのSIMを挿入するだけで、普通にブラウジングすることが可能であったりする。

    OSはAndroid 4.4、CPUはオクタコア。キビキビ動き、フリーズすることもなく、快適に操作できる。2014年12月の発売時には「ハイエンド機」という位置づけであったが、今では同程度のスペックの機種は沢山出ていることから、特にこのモデルに拘泥する必要はないかもしれないが、バッテリーの持ちが大変良いことは特筆できる。待ち受け状態で少なくとも2日間は大丈夫で、ヘビーに使用してみても朝から晩までは優に持つ。容量の大きな外付けバッテリーも携行しておけばなお安心だ。

    ロンリープラネットのガイドブックその他、旅行情報や読み物などを保存して、カサが張って重たい紙媒体は相当省略することができる。

    最近のスマホのカメラ機能はなかなか使えるようにもなっており、カメラまで省略してしまうほどの思い切りの良さは持ち合わせていないが、手軽にこれで撮影してみたりということも多い。

    前述のとおり、今は同等の高性能モデルが他社からもいろいろ出ていることから、敢えてこれを「性能の割には安価」ということで選択したくなる優位性は発売当時ほどではないかもしれない。

    それにしても、安かろう悪かろうではなく、性能の高さで顧客を引き寄せるハイエンドなモデルが中国企業から出るようになったということは注目に値する。こうなってくると、すでに韓国のSamsungに大きく水をあけられている日本メーカーには、失地回復の機会のチャンスが巡ってくることはないのだな、とも思ってしまう。

  • インド国鉄のウェブ予約 2015年アップデート

    インド国鉄のウェブ予約 2015年アップデート

    2012年にIRCTCを通じてのインド国鉄のチケット予約についてのアップデートを書いてからそのままになっていたが、現状においての最新情報について掲載することにする。

    IRCTCのサイトは、ときどき不安定であったり、インターフェイス面でもやや使いづらい部分があるなど、あまり芳しくないことがあるため、インドのポピュラーな旅行予約サイトCleartripを通じてブッキングするほうが簡便でいいだろう。Cleartripは手数料として20ルピーを徴収するが、動作が非常に安定しているのでお勧めだ。

    このサイトの鉄道予約の部分に進み、日付、予約クラス、出発地、目的地を入れると候補となる列車が表示される。

    そして、予約したい列車について、「Check availability」をクリックすると、「Log in to you IRCTC accout」という画面が出てくる。

    すでにIRCTCのアカウントを持っていれば、それでログインすればいいし、持っていない場合は新規に取得することになる。そのあたりの作業については、Cleartripは判りやすい画面表示でフォローしてくれるため、その指示に従って操作していけばよい。

    指示どおりに進んでいくと、CleartripのアカウントとIRCTCのアカウントを結合がなされる。ここまできてから、Cleartripのウェブサイト上で、インドの携帯にIRCTCからSMS送信された認証コード、続いてワンタイムパスワード(OTP)を入力すると、めでたく両方のアカウントが結合され、以降はCleartrip上にて、フライトその他の予約をするのと同じような調子でブッキングすることができるようになる。

    インドの携帯電話については、SIMが有効かつ必要な残高があれば、国外にいてもローミング可能な対象国にいれば、SMSを受信することができる。vodafoneやairtelならば日本もそうした対象となっており、前者についてはsoftbankの通信回線を使ってSMSが送られてくる。

    インドの携帯電話を持っていなくても、パスポートの写しをIRCTCにメール添付で送信すれば、翌日あたりにはメールで認証コードとワンタイムパスワードを送信してくれるので心配は無用。そのあたりのやりかたについても、上記Cleartripのサイトの指示に従って進んでいけば丁寧な解説がなされているので、「どうもうまくいかない」ということはまずないはず。

    こうした懇切丁寧さや必要に応じてメール、電話その他により問い合わせをしたときの親切かつ迅速な対応からも、インドの大手旅行予約サイトの中でも、私にとってCleartripの印象はすこぶる良いため、もっぱらこればかり利用するようになっている。

  • アーグラーの近くで現代のタージマハル建設中

    元郵便局長のファイズル・ハサン・カードリー氏は、アーグラー近くのブランドシャヘル近郊の村の住民。3年前に亡くなった妻との間に子供はなかった。生前、「私が死んだら誰も思い出してくれる人はいないでしょうね」という妻の言葉に「いや、私が廟を建ててあげる」と答えたとのことだ。

    その約束を実行中のファイズル氏だが、経済面の問題から廟は完成していない。UP州CM(チーフ・ミニスター=州首相)のアキレーシュ・ヤーダヴが資金援助を申し出たりするのは、いかにもムスリム票獲得のためにイスラーム関係者の集会その他に足しげく通う、彼とその父親ムラーヤム・スィン・ヤーダヴが率いるサマージワーディー・パーティー(社会党)らしいところではある。

    ムガル朝第五代皇帝、シャー・ジャハーンが愛妃のために建設したタージマハルとは違い、大理石ではなく焼き煉瓦を積みあげて作る簡素な造りではあるものの、一般人がこうしたものを、私財を投じて建てるというのは大変なことだ。

    58年間連れ添った妻との愛のモニュメント。ファイズル氏が元気なうちに完成することを願いたい。

    Uttar Pradesh Government to Help Retired Man Build ‘Mini’ Taj Mahal in Bulandshahr (NDTV)

    Bulandshahr postmaster builds Taj Mahal in memory of his Mumtaz (Newzstreet)

  • ナマステ・インディア2015

    今年で23回目となるナマステ・インディア。9月26日(土)と27日(日)に東京都渋谷区の代々木公園で開催される。
    その前の週末には同じ場所でフィリピン・フェスティバルも開催される。一日中、屋外で快適に過ごすことができるこの時期だが、こうしたイベントは天候次第。荒天に恵まれて盛況となることを願いたい。

  • 箱根がピンチ

    箱根がピンチ

    インドとまったく関係のない話で恐縮である。
    8月最後の週末に泊りがけで箱根を訪れてみた。

    箱根観光マップ(箱根離宮)

    箱根山の火山活動が活発化し、「大涌谷周辺の想定火口域から700メートル程度の範囲まで影響を及ぼす噴火が発生する可能性」のため、警戒レベル3となり、入山規制が敷かれていることは常々報道されているところだ。

    この影響により例年になく行楽シーズンの箱根が空いているという話をよく耳にはしていた。直前になってコンタクトしたにもかかわらず、箱根登山鉄道の終点の強羅駅目の前にあり、エコノミーな料金ながらも豪華なバイキング形式の夕食と朝食で人気の宿泊施設が予約できたので訪れてみることにした。

    小田急線で小田原を経由して箱根湯本に到着した時点ではわからなかったが、箱根登山鉄道のプラットフォームで到着電車を待つ時点で、おかしなことに気が付いた。

    「電車を待つ人がいない・・・」

    8月最後の土曜日の午前9時ごろである。普段は週末であれば(箱根は首都圏各地からのアクセスの良さ、温泉場でもあることから、年中「シーズン」であったりする)、それなりの混雑があるものだが、到着した車両のドアが開いて着席すると、車両内にはひと組の家族連れ以外には誰もいなかった。本来ならば、ラッシュアワーの通勤電車なみに混雑していいはずの休日の朝なのだが。
    ほとんど空気を運んでいるような具合の電車は、途中幾度かスイッチバックをしながら高度を上げていく。聞こえてくるのはエンジンのモーター音と車輪の軋む音だけだ。静まり返った途中駅で降りる乗客はなく、乗り込んでくる人もない。

    閑散とした途中駅

    執着駅の強羅もこんな具合

    強羅駅前 休日の午前中とは思えない寂しさ

    出発駅の箱根湯本から40分ほどで終着駅の強羅に到着。ここから早雲台へ行くケーブルカーが接続しているのだが、早雲台から大涌谷を経由して桃源台までを結ぶロープウェイへの乗り継ぎのためにあるがゆえに、そのロープウェイが運休している今、利用する意味はほとんどなくなってしまった。
    出発直前のケーブルカー車内はガラガラであった。

    そのため、強羅駅前から桃源台までの代替バスが運行されているのだが、登山鉄道でやってくる観光客よりも、この案内のために配置されているスタッフのほうが多いように見える。

    桃源台、箱根町、元箱根を繋ぐ遊覧船に乗り込んでみる。もともと少ない乗客の半数ほどが外国人であった。その大半は中国語話者、そして若干の西洋人。話し声が大きいのはやはり中国語での会話であること、周囲の山の景色などから、四川省の九寨溝にでも向かっているような気さえしてくる。

    「海賊船」という遊覧船からの眺め

    箱根町船着場の目の前にある食堂に入ったが、他のところがそうであるように、お客のいない店内で、ただ時間ばかりが過ぎていく。みやげ物屋も同様で、品物が山積みされた傍らでそれを手に取って眺めたり、購入したりするお客が不在。

    宿泊したのは家族連れに人気の宿で、夕食時にはテーブル席の半分くらいが埋まっていたが、それでもこの時期としては大変少ないのだという。流行っているところでさえもこんな具合なので、その他の宿泊施設は目も当てられない状況だろう。

    温泉場が発展してリゾート地化した箱根には、固有の歴史や文化と呼べるものはないため、見るべきものといえば山あいの景色くらいだ。その中でも目玉であった大涌谷が立入禁止となっているため、「とにかくのんびりして温泉を楽しむ」のが正解となる。

    のんびりするといっても、それがなかなか出来ない人たちのために「××美術館」「××博物館」「××ギャラリー」といった、土地に縁もゆかりもないものを、取ってつけたような施設がたくさんある。特に興味も関心も抱くことはできないが、やはりこうしたところに立ち寄ることになる。訪れてみると、それなりに楽しむことはできるのだが、やはりこれらでも訪問者よりもスタッフのほうが多いような印象を受けた。

    宮ノ下駅近くの富士屋ホテルはジョン・レノンが家族で滞在したことで有名。こちらはそのホテル近くの写真館に飾られていた写真

    一番のピークの時期のひとつでこんな有様ならば、週半ばの平日などはどのようになっているのかと心配になる。箱根山の火山活動の状況は、警戒レベル3となっており、噴火による災害が発生する可能性があることを呼びかけているわけだが、統治の経済(ほぼすべてが観光ないしは観光関連に依存しているといって間違いないだろう)にとっては、すでにこの閑散とした状況そのものが甚大な災害であるともいえる。

    今年4月と5月にネパールで発生した大地震の影響により、インドのラダックでも観光客の数が大きく減っていることはすでにindo.toにて伝えたとおりだ。もともと不要不急の観光という目的への出費については、その時々の景気の波に左右されやすく、政治や治安状況によっても大きな変動に見舞われることが多々ある。これらが安定している国においても、気象の変化や災害の発生といった予見できない要因に翻弄されるリスクが常につきまとう。いずれも地元の努力では解決のしようもないのは辛いところだ。
    観光業というものは、まさに水物であることを改めて感じずにはいられない。