どこで何を学ぶか

インド人居住者の増加が続く昨今、すでに東京都内にIndia International School in JapanおよびGlobal Indian International Schoolがある。横浜にも近く新たなインド人学校がオープンする予定がある。よく知らないが、おそらく関西その他の地区でもこうした動きがあるのではないかと思う。単身者ならともかく、家族連れで来日するインド人サラリーマンは多い。日本で暮らすにあたり、いろいろ気にかかることは多いだろうが、とりわけ切実なのは子供たちの教育問題であることは想像に難くない。しかし最近、こうした学校の簡介を手にしたのだが、授業料の案内の部分を目にして思わず唸ってしまった。


年間授業料とスクールバス代を合計すると75万円から80万円にもなり、さらにいくばくかの雑費が加わる。すると国公立大学の入学金と授業料等を加えた初年度納付金と同等、あるいは私立大学文系の平均的な年間授業料に相当する金額である。もっとも日本の私立小学校でもそれくらい、あるいはもっと費用がかかったりするわけだが、上に高校や大学まで備えた総合学園の場合、将来エレベーター式に上がって行くための先行投資という見方もできるだろう。だが外国人学校の場合はその限りではない。それに一般的に日本人の子供たちが通う私立学校と外国人学校とでは施設その他でかなり大きな差があるということを考え合わせても、後者がかなり割高であることは間違いない。
前者についても後者についても、子供たちの学校に関する出費は諸費用等込みで80万円〜90万円前後はみておかなければならないようだ。こうした学校に通う子供たちの親の中で、景気の良いIT関連業界で働く人々の割合が高いとはいえ、小学生の頃からこれほどの大きな経済的負担がのしかかってくるのは大変だ。子供ひとりならまだしも二人以上いたら頭を抱えてしまいたくなるだろう。
現在のところ就労目的で新たに大きな規模で流入してくるインド人居住者のかなりの部分を占めるのが、前述のIT関係を中心とする所得の高い人々に偏っている。しかしながらこうした人口が拡大してくるにあたり、インド系コミュニティの需要を見込んだ様々な業種もやがて続いて上陸してくることは間違いない。当然のことながら、そうした仕事に従事する人々にもまた生活があり家族がある。中東方面への出稼ぎの人々でよくあるように、父親が何年も本国を留守にして単身異郷で頑張っている例もあれば、奥さんや子供たちを連れてきて肩を寄せ合って暮らしている例もある。そうした中、言葉や習慣などの問題から就学年齢にある子供が、自国式の教育を受けるには費用がかかりすぎて無理で、かといって日本の学校に通わせようとしても途中からでは難しくてドロップアウト・・・という例は、元中国残留孤児二世や三世、あるいは南米からやってきた日系人子弟に関してしばしば耳にするところだ。
もちろん各外国人学校の存在意義には、コストでは計り切れないものがあることはいうまでもないが、費用以外の問題もある。こうした学校はインドのCBSE(要説明)の定めるところに合致したものであるにしても、日本国内ではいわば『私塾』扱いで私学助成を受けられないためである。学校教育法で定められた基準とは違う施設で、日本のものとは異なる学制で独自のカリキュラムでの教育を進めているため『学歴』とは認められず、そうした学校を卒業しても、そのままでは日本の学校には原則的に進学できないことになる。あくまでもインドで(その他欧米など第三国で進学する者も少なくないだろうが)高等教育機関に進学するのだという大前提で学ぶことになる。
現在までのところ、こうした学校に通う子供たちの保護者たちは、仕事の関係で日本に数年程度滞在した後に帰国あるいはふたたび他国へと向かうようなので、特に問題はないのだろう。
だが単身でやってきて日本人の配偶者を得る、あるいは夫婦ともインド人であっても日本で独自の収入の道を得る、起業するなどといったことを通じて定住志向を強める人たちも今後増えてくるだろう。もともとは期限付きで在住するつもりでやってきても、人数規模が大きくなれば、いろんな人たちが出てくるものだ。
モビリティの高い外国籍人口を対象とした従来のインターナショナル・スクールと共通した性格を持ち、主に『一時的に在住しているインド人子弟』を対象とする学校から、在日朝鮮・韓国系あるいは中国系の人々のコミュニティに見られるように、そこで学ぶ子供たちが日本で人生を送ることを前提したスタンスも必要になってくるかもしれない。日本の大検を受検して最終的には日本国内の大学へ進学することも視野に入れたカリキュラムを組み、外国系定住者のための民族学校の中のひとつとして、インド人学校へと脱皮するところもやがて出てくるのだろうか。もちろんそうした場合、他の多くの外国人定住者・永住者たち・・・特に韓国系や中国系といった東アジア系の人々と同様に、子どもたちを普通の日本の学校で教育を受けさせるという選択肢もごくあたりまえのものとなるだろう。
ともあれ教育は大切な生活インフラのひとつであり、それらの整備がようやく始まりつつあるように見える。その実態は、当然のことながら対象となる人々のニーズを如実に反映することだろう。インドからやってきた学齢期の子供たちの入学先、進路、定住、帰国等々への動きをフォローするだけでも、日本に住むインドの人々の生活意識やコミュニティを取り巻く動きがかなり明確に見えてくるのではないかと思う。

This entry was posted in academic, column. Bookmark the permalink.

9 Responses to どこで何を学ぶか

  1. SR says:

    インド人は自分を子供を日本人の学校に送りたくない理由はわからないわけではない。数年日本で生活して感じたのは
    1.インドという国に対する偏見はものすごく多い。(日本のマスメディアは大きな原因だ)
    2.インド人はできるだけ自分の子供を英語で教育させたい。(日本語で教育を受けた場合には日本にしか通じない。国際舞台への活動は容易に行うことが困難であろう。インド・他の国には高等教育には行かせることは難しくなる。)
    3.日本教育機関は差別・偏見をなくすような仕組みになっていない。憲法では外国人の権利は制限されています。外国人の権利を認める必要はある。
    4.教育機関の外も権利の保護、人権尊重はする機関はあるがOsakaのLiberty。それは在日観光人、アイヌ、部落民、sexual minoritiesといった人たちのことしか考えていない。
    5.日本のインテリは人権に関する意識・知識はものすごく乏しいと思います。
    (これは日本文化などといいわけつけてくる:例えばMangoliaの相撲さんの件。
       インド人は三菱を訴えた件等)
    6.日本人は白人に弱い。自分と似ている民族(Mongolian race特に東アジア民族)自分と平等だがlittle less equalと思っている。他の民族はみんなを軽蔑する:軽蔑する理由は主に 肌色・出身国の日本の中のイメージ。
    7.外国の学位の(アメリカ・イギリス)方が尊敬される。
    8.これを全部を踏まえたらインド人は自分の子供の教育をインド式の学校でやりたいという気持ちはよく理解できます。(日本学校費用はどれぐらいかよくわからないけど。大学は知っています)
    私の知り合いのインド人は自分の子供教育のためにインドにもどりました。
    日本人の社会ではインド人の子供はのびのび育つということは難しい。
    日印夫婦の場合は違うカも知れません。

  2. SR says:

    コメントの続き。(いくつかあいまいになっている)
    1.現在の日本の教育システムは国際社会に通じない。
    私が見てきた日本教育というのは
    国家に(徹底的に)従う市民の育成を重視している。物事を考えて分析能力を育成するような教育ではない。
    何でもアメリカ式・やり方を真似する・真似したがる日本はなぜか教育・研究分野に関しては違う。

  3. ogata says:

    私自身、日本の教育についてはいかがなものか?と思う部分はいろいろあります。
    しかしこれを他国と比べて云々というつもりはありません。それぞれ固有の社会や文化を如実に反映するものなので、どこの国にも長所・短所いろいろあることでしょう。また同じ事柄についても見る人により好ましく感じたり、そうでなかったりということもあることと思います。
    ただ外国出身の人口が増えている中、おのずからその中には子供のある世帯がかなり含まれることになります。そうした人々の中で、就学に関わる困難や問題を抱えている例について様々な問題提起がなされるようになってきました。まだそれらが解決しているわけではありませんが、「どうにかしなくてはならない」と広く認識されるようになりつつあること、遅々とした歩みではありますがひとつの進歩かもしれません。
    また長じてから日本で暮らすようになった国外出身の子供たちが日本で進学する場合、言葉の問題はさておき、それまで教育を受けてきた母国と日本の間の教育システムの違いにより、上の学校に進学するにあたり、大きなハードルが横たわっているというケースも多々あります。日本が国際的であるとかないとかそういう話ではなく、たまたま日本に居住する人がけっこういる、ある国々(インドのことではありません)の事情が世界的にみて特異であるがゆえのことですが。
    またこれまで日本、日本語、日本の文化等とほとんど縁がなく育ってきたにもかかわらず、たまたま(?)国籍は日本である人たち(・・・といった人々が少なからず存在します)彼らもまた日本で進学するとなると、留学生扱いにはならないことからずいぶん苦労するようです。
    日本国外出身の住民が増えてきており、とりわけ定住する人々の数も飛躍的に多くなってきている中、とても大切な生活インフラのひとつである教育について、今後どのような進展が見られるのかかなり気にかかっています。

  4. SR says:

    インド人はインド人学校に行く理由はよく理解できます。しかしそうすることによってインドと日本の間の交流は表面的のまま残ります。二つの違う国が接触することによって違い・違和感を感じるのは当然かもしれません。しかしそのような違いは差別・偏見につながるべきではないと思います。
    日本の中にインド島みたいなってしまいます。 そうならないで交流をもつべきと思います。日本人学校・インド人学校はお互いに協同で授業・エベントなど計画すべきと思います。

  5. インドを愛する?一教師 says:

    何年か前、INDIA TODAYでインド人自信が書いていた事ですが、
    1インドの教育は「東京タワー」型。
     つまり一部優秀な人材に集中的に国家予 算を費やし国際社会で通じるようなエリ ートを作り出す事に専念。ビジネスでも 外交でも押しが強いエリートを。
    2一方、圧倒的に多数の庶民は小学校さえ 卒業できなく未だに文盲illiteracyが人 口の半分?近く。いくらエリートが自国 を誇ってもそれじゃ〜ね。SR氏みたい に人権や差別を語れるのはごく一部み。 といっても分母(人口)が多いから数  は多い。よくインド人は「世界一の民主 主義国」と誇るが、どうなんでしょう。
     最近久しぶりに中国を旅行したが、いた るところにスローガンが掲げてあった。 「文明人になれ」とか。中国は文盲率は 高くないから庶民に訴える事できるが、 悲しいかな!インドはそれさえ無理。
    3日本の教育は「富士山」型。
     裾野が広く、超エリート育成より庶民の 教育に専念。庶とは多いという意味です よ!SR氏。日本の教育は平等を重視。 戦前の日本と違って貧富に係らず国立  大学ならその人の能力(経済力じゃな  く)で入れます。
    4INDIA TODAYではインド政府が大衆教育に 予算を回さず、本来ほっといてもいい裕 福な層のために教育予算を使いすぎると 批判していました。
    5ある日本の大学の先生なんて現実を知ら ないから、インドのエリート教育のみを 見て「インドの教育のほうが日本より優 れている」とインド礼賛をやっていまし た。あのアホ教授の名前はあとで紹介し ます。

  6. インドを愛する?一教師 says:

    インド人エリートについての補足。
     以前どこかで知り会ったSR氏みたいなインド人エリートがいた。彼はマドラスの会社の重要なポストにあって、日本に派遣され銀座のオフィスで延べ何年も働いた事があると言っていた。勿論日本語もSR氏のように達者だったし日本人の友人も多いと言っていた。
     ある時、話がインドもビザ代に及んだ。一時大分高くなった事があったが、あの頃の事だ。バングラデシュやパーキスターンはビザ代は無料なのに何故インドはそんなに高いのかと質問したところ、彼の答えはこうだった。
     バングラデシュやパーキスタ−ンはODAなど日本政府から援助を受けているから、その見返り?に無料だが、わがインドは一切そうした援助を日本から受けていない!!したがってビザはビザで手数料を取るのだと。
     ところが、手許にあった統計資料や外務省のウェブサイト等で確認したところ、インドは相当なODAを日本から受けとっていた事が判明した。その事をメールで告げ念のため外務省のウェブサイトを見るよう伝えると、彼からはその後返信がなくなった。エリートの誇りを傷つけたようだ。
    残念な事は、普通のインド人がこの現実(日本からのODA)を知らないのは無理もないが、日本で数年、しかも僕でさえ行かない銀座で働いたインド人エリート氏がこの現実を知らないという事だ。最近はデリ地下鉄の件で広まっているだろうが。
     SR氏、日本で暮らした経験があっても「日本の教育の現実」はあなたにはわかりませんよ。

  7. 教師の夫 says:

    『光の国・インド再発見』(我妻和雄編 麗澤大学出版会p.193,194)に「4高い教育水準」とあって、こんなふうに書かれてある。
    「インド全体の識字率は65%程度と低い。しかし、インドのこうした小学校は、日本の子どもたちよりも、はるかに高い教育を積んでいる。」とありますね。
    その事でしょうか?
    文字でさえ読み書きできないのに、どこが「はるかに高い教育」なんでしょうか?
    家内は小学校教師ですが、毎日12時間ちかい勤務(朝8時前から夜8時ちかく)、家でも仕事(採点・成績つけ・文書作りなど)があります。時々は土曜・日曜も出勤。ところでインドの教師の仕事ぶりは?

  8. SR says:

    インドを愛する?−教師
    1.インド人がインドについて書いたからといって正しいというわけではない。書いた人の視野による。
    2.日本にいるインド人はエリートと見なされるのはどうかなと思います。人権を訴え差別を批判することはエリートの人は殆どしない。
    3.あなたは日本の現実ももちろんインドの現実も知らないですね。あなたみたいに自分のこともよくわからない人間は教師であることを疑問に感じます。あなたは絶対インドを愛していません。インドへ行くのは優越感を感じるためではないでしょうか。
    4.日本の教育の現実あなたよりよく存じております。現在ある(旧)国立大学で教えいています。大学に入る人はある程度経済的に余裕がないと入らない。日本も同様です。私の目の前奨学金が下りないことを知って大学を辞めた人が数十人います。
    富士山型の教育?何意味もない。殆ど学生さんは読み書きができるものの考える力は乏しい。分析・創造能力はないといったほうが良いぐらい。
    わたしもあなたみたいなインドのことを何もしらないで(知ったふりをして)物言うのは迷惑と思います。数年前のIndia Todayを引用しながら語るのもなさけない。
    インドはいろいろ問題があります。
    あなたの国は中国や韓国を侵略し、植民地化し、向こうの人たちの資源を日本に持ち込んで来た事実を隠すと教育をよくしますね。日本軍による沖縄の侵略を歴史の教科書からなくすのはあなたの国の教育です。
    5.インドは世界一民衆主義国家です。もちろん。それはControlled Democracyのような国日本のあなたに理解できるでしょうか。(お友達のアメリカにでも聞けば)。
    6.中国のカタ持つあなた
    は中国の事実も知らないね。
    中国の二桁の経済成長もうそと聞いたことがあります(日本人の銀行マンから聞いた話)。
    中国はSEZSpecial Economic Zonesはとても発展しています。しかし地方は違います。中国人は{文明人になれ}とあっちこっち出しているのは文明人にがいないからではないでしょうか。
    インドはあなたみたいに外見を重視する人物にはわかりにくい国です。インド人はひとりひとり文明です。それを見つけることはあなた次第です。
    もっと中国へ行ってください。
    7.日本のマスメディアはばかげていると思います。事実を報道しない。面白いと思ったものをうそでも報道しますね。
    最近のインドの教育に関する報道は「数学がすごい」stereotypedなってしまっています。分析能力の無ささを見セていると思います。
    しかしインドのエリート教育と日本のエリート教育を比較したらアット的にインドが勝ちますと思います。内容も・教育方法も優れています。
    この間は文部省は学力テストをやりましたね。文部省も今日本の教育を見直しています。たぶんこれから国際的な人材育成のために力を入れていきます。
    8.ODAのことはなぜここに出ているか。感謝四しろうといいたいのですかね。
    これっぽちもしません。
    ODAというのは日本の政府は利益なしでやっているわけではありません。戦略的な仕組みがあります。ODAのお金は全部は日本企業に戻ります。ODAの資金を使う過程では日本から”技術”提供とあるけどそれはODA金でその”技術”を買わされるのです。(同じ技術は他の国から安く手にいれられることが可能でも、ODA援助だす国から買うようになっています。
    インフレ整備は少し良くはなるものの借金・利息だけインド側に残ります。
    これはえらいと思っているんですか
    日本の政府は1998年から2003年??までインドへのODAは無し。
    長い間日本は中国に多額のODAを出してきていますね。
    ある教師の夫
    ちなみにインドの教師は日本の教師より頑張っています。あなたがしらないだけですね。
    それから自分の奥さんは12時間働きます。そとの仕事も家の仕事もやりますと自慢げに話すあなたは手伝ったらどなんですか

  9. ogata says:

    さて・・・・。
    いろいろ思い違いも含まれているようですが、それはともかくそれぞれの国に異なる事情があるがゆえに各々独自のやりかたがあるわけです。それらについてどちらが優れているとか、黒白つけるといったつもりはありません。
    ただ良きにつけ悪しきにつけ、お互いに相手を観察して学ぶべき点も多いし、「ここがこうだったらもっといいのになあ・・・」と注文をつけたくなることも少なくないことでしょう。そうした中で互いに関心を抱くとともに尊重しあえる関係にあることが大切なのではないでしょうか。
    近年交流が盛んになりつつある日印間ですが、それ以前は直接の行き来が少なかったためもあり、どちらから見ても互いに相手をよく知らない、あまり関心を持っていなかったという部分はあるにせよ、まさにそれがゆえにしがらみにとらわれない付き合いができるということもあるのではないかと思いますし、実際そうありたいと願っています。
    思わぬ方向に話が飛んでしまっているようですので、この項において続きのコメント書き込みについては停止させていただくことにします。

Comments are closed.