人質を取ってのハイジャック、立てこもりといった事件の質が前世紀とはずいぶん違ってきた21世紀である。従前は、犯行グループが自らの主張を世間に広めたり、政府等への要求を通したり、取り引きしたりする材料として人質を必要とし、そのためにこうした事件を起こすケースが多かった。もちろん以前から爆破テロはあったし、ハイジャック等で人質になることにより、命を落とす人も少なくなかった。
しかし今ではどうだろう。2001年9月11日にアメリカで起きた同時多発テロから始まって、先日のムンバイーの事件にいたるまで、対象となる政府なり機関なりといった当局に対する要求もないままに、破壊行為と人々の生命を奪うことのみが目的であるような事件が増えた。それらの多くは犯行声明なしの、誰が何のために起こしたのかわからない『無言テロ』でありながらも、凄惨な場面がメディアを通じて現在進行形で伝えられるという、姿は見えるが肝心の顔は見えないという特徴を持つ。
先日のムンバイーにおけるテロの際に、『デカン・ムジャヒディーン』を名乗る団体からの声明はあったものの、そういう団体はこれまで把握されておらず、実際にどのグループが事件を起こしたのかよくわからず、目下ラシュカレトイバが最有力視されているのが現状である。
自国内でテロがあってもその実情は国内外になかなか伝わらない、政府当局により今でも相当厳しくコントロールされている中国と違い、様々なソースの情報にアクセスしやすいインドは対照的だ。報道の自由度の高さという点でもメディアに対する管理がきつい国の多いアジア諸国の中では飛び抜けている印象がある。
しかしその自由が放任されていること、主要メディアの多くが大資本の元にあることから、常に公平不偏であることを期待できるものか疑問な部分もあることなどもある。そして特にニュース番組に見られる露骨な商業主義もどうかと思う。言葉を変えていえば、あまりにも良くない意味で『大衆的』に過ぎるのだ。
そうしたニュースチャンネルで『今日のプログラムについて最も興味深かったものを選んでSMSで投票してください』なるアナウンスが流れることがある。どういうニュースが好まれるか、どういうスタイルでの報道が注目されるかという調査なのだろうが、そもそも世の中で起きていることを正確に伝えるのが報道の仕事のはずであり、受け手が喜ぶものばかりを取り上げるのがそのありかたではないはずだ。
人々の身の回りで起きたセンセーショナルな犯罪を取り上げるテレビ番組の中で、ガラの悪い男性アナウンサーやたらと扇情的な声色で感情的なアナウンスをしたり、たいした内容でなくともやたらと『Breaking News』のテロップを多用して視聴者を引きつけようとしたりするのも気にかかる。常日ごろからこういうのはいかがなものかと思っていたが、今回のような大きな事件が起きると、なおさらのことそういう好ましからざるスタンスばかり目に付くようになる。
今回ムンバイーで起きた事件にしても、治安当局による捜査等の進展を飛び越して、各メディアによる出所や事件との関連についての『速報』の類が相次いでいる。それは『テロリスト上陸の際のパーキスターンの海軍によるサポート』であったり、『ラシュカレトイバの戦闘訓練基地でのトレーニングの様子』を撮影した資料映像であったりする。
とかくテロリストたちの行為とパーキスターン政府の密接な関与を示唆する内容が多く見られる。テロリストたちが隣国パーキスターンから来たということはほぼ間違いないようだが、当のパーキスターンではムシャッラフ前大統領自身も幾度となく原理主義過激派による暗殺の危機に見舞われていたことを忘れてはならないし、現在の大統領のザルダーリー氏の妻で、元首相のベーナズィール・ブットー氏も昨年12月に選挙遊説中に暗殺されている。パーキスターン当局がテロリストと一体であるという見方はあまり正当ではない。
もちろん軍所轄の情報機関であるISIに対する政府の統制が行き届かないことから、彼らの関与については常々言われていることであるのだが、現在はまぎれもなく『文民政権』であるパーキスターン政府自身は、本来ならばインドと手を携えてテロ防止にあたるべきパートナーなのだ。 誤報・虚報を恐れず世の中に発信していく姿勢も大切なのかもしれないが、各報道機関は社会の公器として、あまりに先走りすぎて人々の目を惑わすことのない報道をしてもらいたい。
また国境を挟んで東西に広がるそれぞれ『主権国家』としてのインドとパーキスターンだが、これを機会にテロへの対応にかかるこれまでの国境を境にした『縦割り行政』の弊害から脱して、両国が力を合わせてそれぞれの国民の安全を守るために努力してくれないものだろうかとも思うのだ。
・・・とはいうものの、BREAKING NEWSはホントにサプライズなトピックも提供してくれるものです。本日テロの責任を受けて辞任したマハラーシュトラ州首相の後任にナラヤン・ラーネーの名前が最有力候補に上がっているとの報道にびっくりしました。2005年にシヴ・セーナーの代替わりの際のゴタゴタで党を飛び出してコングレスに加入して世間を驚かせた元シヴ・セーナーの大幹部。何と世渡り上手なこと!