目の前はブータン 4 ジャイガオンに来る人々

 想像していたとおり、ジャイガオンの町中の人々の多くはヨソ者であるらしい。町としての歴史は非常に浅く、交易の拠点として注目されるようになってからインド各地(主に北部と東部)から人々がドッと流入してきて形作られたタウンシップであり、小さな町でありながら多文化・多人種からなるコスモポリタンな性格を持つ。
 中心部から東西南北どちらに向かっても5、6分も歩けば町外れに出てしまうような田舎町であるにもかかわらず、モノが非常に豊かであることは特筆すべきである。有名ブランドのオーディオ機器、さまざまなカッコいいバイクや新車のショールーム、最新の家電製品、高級なシャンデリア等の室内装飾用品などが小さなバザールにぎっしりとひしめいている。
 露店ではインド映画の様々なタイトルのVCDやDVDの海賊版とともに、珍しい(少なくとも私にとっては)ブータン映画や人気歌手のミュージッククリップの類も販売されている。うっかり買いそびれてしまったが、いくつか購入しておけばよかったと後から思う。
 話は戻る。いくらモノが豊富に出回っているからといっても、ここに暮らす人々が裕福でそれらをバンバン消費しているというわけではもちろんない。ここがインド・ブータン間の物流拠点であるためだ。まさにそのため外の地域から、商売人たちはここでビジネスを立ち上げるため、またお金やノウハウを持たない人々はここで雇用にありつくために集まってくるのだろう。
 ブータン観光の拠点として、インド人観光客の訪問も多いようだ。そうしたツアーグループと昼食の席で隣になったが、食事が終わるとツアコンが全員からパスポートを集めるとともに、いくつかの注意を参加者たち与えていた。
 いっぽう国境の反対側からやってくるブータンの人々はどうだろうか。ジャイガオンを訪れて、織物や衣類、家電製品に貴金属類などそれぞれの得意分野で商談をする買出しのプロたちは決して目立つことなく黙々と仕事をこなしているのだろう。私のようなヨソ者の目によく止まるのは日用品の買出しのためにやって来たと思われる一般市民たちの姿である。もちろん自家用車を運転してくる家族連れなんていうのは、特に恵まれたごくごく一部の人たちに過ぎないに違いないはずだが、あまりにその数が多いのには驚いてしまう。
 週末にシンガポールの人たちが国境のコーズウェイを渡り、物価の安いマレーシアに買い物に出かけているイメージが頭に浮かんだ。彼らがあたかも経済的に優位にある国の人たちであるかのようにさえ見えてしまう。車種はインドで走っているものと同じだが、ゾンカ語の入った赤いナンバープレートが「ブータンから来たもんね!」と静かに自己主張している。
 こうした裕福な人たちがちょっと高めのレストランで食事を楽しむ姿もよく見られた。そうした場所では往々にして『ブータン料理』のレパートリーも提供されていた。
 ブータンには自動車産業が無いため、バス、トラック、自家用車などすべてインドのものをそのまま輸入している。国内その他の産業もパッとしないことから、マーケットの規模はたいしたことないが、さまざまな耐久消費財の供給をインドに大きく依存していることは想像に難くない。それにちょっとした日用品や加工食品などでさえも、インド企業の独壇場ではないだろうかと推測できるし、ひょっとすると肉や野菜といった生鮮食品についても似たようなことが言えるのではないかと思う。だが実際ところどうなっているのだろう?
 世界のさまざまな国々からブータンに経済援助の手が差し伸べられているが、地理的・政治的なもののみならず、日常生活で手にするモノという観点からも隣国インドのプレゼンスは圧倒的なものであろう。
 モノやおカネのやりとりが盛んでヨソから来た人々の往来も多いとなれば、おそらくここは夜の町も相当なものではないかと推測される。この町のどこかにはインドやネパール各地から『就労機会』を求めてやってくる水商売の女性たちの姿、それらを取り仕切るアンダーグラウンドな世界が広がりを見せていることだろう。世の中どこにいっても、こうした場所が発展するところにはたいてい似たような土壌があるものだ。文化や民族は違っても、こういうところはあまり変わらないように思う。
 私たち一般の外国人にとって、ジャイガオン/プンツォリン国境は、ここから先は自由に出入りできない『地の果て』となっているが、ブータン側から見れば陸路で大きく外界に開け放たれた扉である。
 通りに面した二階のカフェに席を取る。隣の席でおしゃべりに興じている若者たちに話しかけてみると、やはりブータンから来た人たちであった。注文したコーラが運ばれてきた。私はさきほど市内で見つけたブータンの英字紙KUENSELを広げ、目の前にそびえるゲートの向こう側の国に思いを馳せてみた。

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