目の前はブータン 2 壁の向こうは外国

ジャイガオンからプンツオリンを眺める
 ジャイガオンのタウンシップはどこも新しい(それでもインドらしく『急いでボロくなる』現象のため古く見える部分もある)ため、比較的最近になって両国間の交易のために開かれた町ではないかと思う。
 国境のインド側のジャイガオンとブータン側のプンツォリンは事実上ひとつの町のように見える。例えば前回の記事の末尾に載せた写真、メインストリート突き当たりのT字路にそびえる大きく立派な建物は一見ジャイガオンの役所かのようだが、実はブータンのものである。ここから右へ進むとそのゲートをくぐってブータンへ、左に進むとジャイガオンの商業地が続いている。
 インド領とブータン領の間には特に緩衝地帯は設けられていない。国境ゲートの並びは密集した住宅地になっており、大きな建物の屋上から眺めるとどこまでがインドでどこからがブータンなのだか判然としない。だが界隈を歩いてみると「いつの間にかブータン側に入っていた」なんてことのないように、一応両国の境は低いコンクリート壁ないしはドブのような川によって仕切られていることはわかった。


写真左側はブータン
 そのため自分が歩いている通りはインド領内、圧力鍋で料理するプシューッという音が漏れてくる道路脇の家屋は領内といった具合である。あるいは助走をつければピョンと飛び越えられるほどの幅の流れの向こうはブータンなので、人々の会話(彼らのコトバが理解できるかどうかは別にして)が手に取るように聞こえてくるといった具合で、互いに相手の体温が感じられるような愉快な国境だ。
 どちらの町並みも南アジアに普遍的な無味乾燥なコンクリート造りだが、こちらでは店の看板には『ジャイガオン』とあり、向こうでは『プンツォリン』と町の名前が入るとともに、しばしばゾンカ文字が見える以外に特に視覚的な違いは感じられない。
 向こうではインドのそれとは姿形は同じながらもブータンナンバーを付けたバス、トラックや乗用車などといったクルマが走っている。ブータンには自動車製造産業はないので、ほとんどインドから輸入しているのではないだろうか。自国領内からシリグリーに直行するブータンの『国際バス』があるが、他にもカリンポンあるいはダージリンに向かうバスを運行するブータン資本による『外資系』バス会社もジャイガオン市内にオフィスを構えている。
ブータンナンバーのトラック
 ジャイカオン/プンツォリン間の行き来について、公式には先述のブータン建築風の大きなゲートを通じてのみ認められているとのことだが、隣接するふたつの町の分ける『仕切り』についてはところどころ穴がある。
 町をジャイガオンとプンツォリンの境を流れる川ぞいに少し下ると、肉や魚などを売る小さな市場の路地を進むと反対側に出たところはプンツオリンになっており、ブータンの山並み風景へと道が続いている。しかし『ここから先はインド領外である』などといった但し書きはなく、市場が閉まっている時間帯や休みの日などには、そうとは知らずに入ってしまいそうだ。市場の外側、つまりブータン側は町外れで誰もいないし官憲たちが警備しているわけでもなかった。
市場の奥を抜けると、そこはブータンだった・・・
 このあたりの官憲たちも国家間の境界についてかなり鷹揚なようである。ブータン側役人や警官はインド側に少々はみ出て交通整理等の仕事をしているし、インド側の制服のポリスもまた溝(水路)向こうのブータン側を歩いていたりするなど、相互にしばしば『侵犯』している様子が見受けられた。なんだか緊張感がなくてユル〜い国境である。インド・ブータン両国の単なる友好国以上の特別な関係を象徴しているかのようだ。西方の隣人、パーキスターンとの緊張感あふれるボーダーとはずいぶんな違いである。
 インド側のジャイガオンでは、国境の向こう側からやってくるお客をあてこんで、ブータン式の仏具、ブータン人の好む柄の布地(インド製)、ゴーやキラーなどといった民族服、そして金属食器や家電製品等を売っている。ブータン側のプンツォリンでも町を訪れるインド人相手の商売があるのではないかと思う。
 ジャイガオンとプンツォリンは国境で二分されているひとつの町なのか、それともボーダーをはさんで相対しているふたつの町なのだろうか。残念ながら今回ブータン側に入ることはできなかったが、体制が大きく違う国ということもあり、おそらく後者だと想像している。ボーダーの両側でずいぶん違ったカラーがあるのではないかと思うのだが。ドブ川から向こうを眺めてみる範囲では、かなりバーが多いらしいことには気がついた。
 そういえばブータンは世界初の『禁煙国家』である。陸路の出入口ジャイガオンは、タバコの一大密輸基地なのかもしれない。ブータン側はどうか知らないが、ジャイガオンには相当規模の赤線地帯があるような気がしてならない。小さな町ながらも人、モノ、お金の行き来がとても忙しい町であるためか、どうもそうしたいかがわしい匂いも感じられるのだ。
 田舎にあってもあまり素朴な感じはしないジャイガオンの町である。

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