こうして書いている今も『BREAKING NEWS』のテロップとともに『テロリストが手榴弾を投擲』『コマンドーが反撃中』『タージのボール・ルームで掃討作戦中』といった文字が画面に浮かんでは消えていく。
相当中の人質は解放されたが、30名近くの遺体がオベロイ・ホテルの建物の中で確認された模様。まだ事件は進行中である。ニュースで写し出されるタージ・ホテルとナリーマン・ハウス(ユダヤ教施設)の映像から銃声が響く。
すでに多くのメディアに流れているテロリストたちの一味の中の幾人かの姿は、原理主義者然としたヒゲを生やしているわけではなく、恐ろしい面構えの居丈高というわけでもない。口ヒゲさえ蓄えずにきれいに剃られた、ごく普通の都会の若者といった感じであった。
その辺の大学のキャンパスにでもいそうな感じの男の子が、冷たく黒光りする機関銃を握っているという『現実』にとまどうのは私だけではないだろう。
情報もかなり錯綜しているようだ。ついさっき例の『BREAKING NEWS』で、市内の××で、そして××でも銃声だの銃撃戦だのというテロップが流れていたが、そのしばらく後に画面に登場したリポーターは、『テロリストに占拠されている地点以外でも銃声がというデマが流れていますが信用しないように』などとしゃべるなど、かなり分裂気味な報道。
加えて『アメリカのFBIのチームがインドに出発』と報じられた数時間後には、プラナブ・ムカルジー外相が『我々は自前の情報機関に自信を持っており外国からの干渉は不要である』と否定する模様が流れており、何だかよくわからない。
とにかく新しいニュースをと急くあまり、未確認情報も含めて電波に乗せてしまっているらしい。CMから番組に戻る際の導入部に煙を上げるタージ・ホテルの休館の画像の背景には、よく映画で用いられる派手な効果音が響いているのは不適切ではなかろうか。
ホテルの外、少し距離を置いて遠巻きにしているメディアのクルーたちの物々しい数を見ると、どの局も他がまだ取り上げていないニュースを一番に!と過熱するのもわかる気がする。何しろニュース番組を点けてみると、昨日からずっとこのたびのテロの報道ばかりなのだから。
そんな中、『首相がパーキスターンにISI長官の訪印を要求』というニュースが流れる。肯定的に言えば『テロに対して共同して対抗できるよう情報交換をいたしたい』ということであっても、実態は『貴国は関与を否定しているが信用ならん。そちらの情報機関の長から直々に話を聞こうじゃないか』ということになるだろう。
後から後から続くテロに業を煮やし、さらには今回のような大きな事件が起きて面目丸つぶれのインド政府とりわけ与党の立場もわからなくもない。だがこうした高飛車なスタンスは当の相手国に受け入れられるものなのだろうか。
2001年12月のインドの国会襲撃テロ事件の後、まるで急な坂を転げ落ちるように印パ関係は悪化の一途をたどったこと思い出す。半年も経たないうちに開戦の危機が伝えられ、核戦争の可能性さえもささやかれるようになったのは、そのテロ事件がきっかけだった。
当時の報道を見ていて非常に気にかかったのは、隣国を叩けというムードで紙面が一杯で、臨戦態勢に疑問を投げかけようとする論調がほとんど見られなかったことである。各政党も同様で、当時与党にあったBJPの『弱腰』をなじるのは共産党を含めた野党勢力どこも同じであった。ブレーキの壊れた暴走機関車みたいな印象を受けた。
今のコングレスを中心とする連立政権の治世の下、各地で続く大小の規模のテロそして外来勢力ではなく、インド人自身による犯行が増えたため『テロの国産化』が懸念される中、内政面での不手際を批判される機会が増えた。内務大臣のシヴラージ・パーティルもとりわけ今年7月にバンガロール、アーメダーバードと続き、しばらくしてからデリーでテロがあった際にはクビが飛んでもおかしくない立場にあったようだ。
折しも今のインドはまさに政治の季節に突入したばかり。現在進行中のデリー、ラージャスターン、チャッティースガル等六つの州議会の選挙に加えて、来年5月までには国政選挙が行なわれる予定。
本日のメディアに対する当局の発表の中でこういう発言があった。
『すでに警察の手には様々な情報が集まっている。それらについては慎重に分析・調査をしたうえで皆さんにはお伝えする予定である。現在拘束している犯人の国籍はパーキスターンであるが、今はこれ以上の発言は控えさせていただく』
さらに何か具体的な発言を求めて食い下がるメディアに対する当局の担当者の対応はこうだった。
『それではみなさんにこれだけは言いたい』
彼は一呼吸置いて大声で叫ぶ。
『バーラト・マーター・キー』
これに応えて周囲の報道マンたちが声を合わせる。
『ジャーイ!』
まるで映画の中のひとコマみたいだ。
任期切れを前に州民、国民たちの審判を待つ各政党。急速に勢いを失いつつある経済にかわる問題に加えて、治安対策とりわけテロ問題にどう取り組むかという点がひとつの重たい争点になるはず。
短期的には、今回の出来事で直接関与していなくとも、自国領でインドに対する破壊活動の準備を黙認している隣国に対して『どうオトシマエをつけるんだ、コラァ!』と迫ることも当然重要視されるだろう。
選挙のための人気取りに腐心する政党と、インスタントな結果を求めるメディア、功を求めて先走り、民心を必要以上に煽る報道・・・。それらから流れる情報、言い訳、主張その他様々な声を耳にする国民の多くはいったい何を思うのか。
11月26日の夜9時過ぎの事件発生から28日夕方の今まで、今回ムンバイーで起きたテロはすでに足掛け3日も現在進行形でメディアに映像を提供し続けている。『事件が生放送される』という点では、発生後まもなく鎮圧された2001年の国会襲撃事件よりも、はるかにインパクトは強い。国際的な注目度もこちらのほうが上だろう。
事件は明らかに終盤に入った模様だ。だがこうしている今も現場からのレポートは続いている。今回の出来事が終結する前からこんなことを言うのは気が早いかもしれないが、このテロ事件について政治的(内政的にも隣国との間についても)どういう形で清算しようということになるのか、とても気にかかるところである。
パソコンのキーを叩いていると、画面の向こうでマイクを握ったレポーターが大声で叫ぶ。『カメラを持った西洋人女性が肩を撃たれました。フリーランスのジャーナリストと思われます』
テレビ画面の右下には『インドの9/11』というタイトルが入っている。アメリカの9/11は、世界で実に多くのことを変えた。アフガニスタンやイラクにいたっては、これを機にアメリカにとって目の上のタンコブだった政権まで力で壊滅させられた。
インドの『11/26』の後に続くものは何だろう。憂いが杞憂に終わるように祈りたいものだ。まさにこういう危機にこそ、世界最大の民主主義国家を自負するインドの叡智に期待したい。
・・・と、ここまで書いたところでテレビから『ナリーマン・ハウス制圧』を伝えるアナウンサーの声が聞こえてきた。いよいよ事件終結まであと一息といったステージに来たようだが、この事件の終わりが新たな大きな不幸の始まりでないことを切に願うばかりである。