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カテゴリー: life

  • リリーフエース

    リリーフエース

    生まれつき、とにかくお腹は弱い。普段の生活でもちょっと疲れたり、お腹冷やしたりで下るため、生まれてこのかた「便秘」の経験はゼロ。

    インドでもしばしば下痢に悩まされるのだが、困るのは緒距離バス移動の日にこういう状態となった場合。それでも、いつも魔法のような効き目でピンチから救ってくれるのは、黄色ないしはオレンジ色の下痢止めタブレット。

    「ここ一番!」というところでビシッと抑えてくれる、頼り甲斐のあるリリーフの切り札みたいな感じだ。出発時には、移動中にお腹が破裂するという最悪の事態を想像して怖くなるのだが、いつも実にいい仕事をしてくれる。

    インドの強力な下痢止め薬には大いに感謝である。

  • 携帯電話への寛容度

    バスの中でも電車の中でもスマホの動画サイトで好きな音楽にアクセスして大きな音量で流すインド人。もちろん電話での会話も当たり前。こういう鷹揚さは見習いたいところだ。

    日本のように、静まり返った車内で誰かが携帯電話で話をすると、全員の耳と視線が非難という形で向かうというのはまったく健康的ではない。

    車内での音楽はともかく、ケータイでの通話については、多くの国々で多かれ少なかれの許容性があるではないかと思う。

  • ネオ・クラシック

    ネオ・クラシック

    上は街なかで昔ながらの素焼の器でチャーイを売る店。下は空港内に出店しているカフェのチェーン店のチャーイ。

    前者は、以前はガラスのコップで商っていたようだが、このところ素焼の器が人気であること、それを背景に供給も安価かつ安定的になされるようになったことから、利用するようになったらしい。そして後者は「昔風」を現代式に解釈した回顧趣味。こちらはずいぶん肉厚でしっかりしているので、捨てるのにしのびなくなる、しっかりした素焼きの器だ。

    1杯70ルピー。「中身のチャーイは要らないから器だけくれ」と、「器のおかわり」を注文したくなるほどだ。

    昔々は、ごく当たり前だった素焼の器は、時代の変遷とともにガラスや陶器の器が利用されるようになったり、紙コップやプラスチックのコップが使われたりするようにもなった。さらに時代が下り、2004年にラールー・プラサード・ヤーダヴが鉄道大臣(2004年から20091年まで)となった際、鉄道施設内でのチャーイの販売において、環境保護と地場産業の振興の観点から、素焼のカップを利用するようにと号令をかけたことがきっかけとなり、素焼の器の感触、匂いが郷愁を呼び起こすとともに、鉄道施設外でも改めて見直されるきっかけとなった。

    素焼の器を利用する背景にあった本来の理由、経済的合理性、他人と器を共有しないという浄不浄の観念とは異なる観点からの「ネオ・クラシック」な需要となっている。

  • BAPSの寺院

    BAPSの寺院

    ファミレス的なお寺というか、コンビニ的な寺院というか。BAPS(Bochasanwasi Akshar Purushottam Swaminarayan Sanstha)のスワーミーナーラーヤン寺院。礼拝施設のフォーマット化に成功し、各地でそっくりなお寺を展開する。

    アーメダバードやデリーにある「アクシャルダム寺院」もこのグループの寺院だ。海外にも大きく展開し、日本にも上野に進出している。(こちらの規模は例外的に小さい)

    こういう新興の教団を日本では「新興宗教」と呼ぶが、インドでは数多くのグルーが独自にアーシュラムを運営していたり、ヨーガを中心とする活動(に加えて「パタンジャリ」ブランドの食品や生活用品の販売も行っているスワーミー・ラームデーヴのような人もいる)をしていたりする。

    多くは自分たちの教団のみへの帰依を求めないので、日本のそうした団体とは、かなり異なるとも言える。どちらかと言うと、タイやミャンマーなどで高名なお坊さんが人々の人気を集めているのに近いものがあるのかもしれない。

    ただし、そうした教団ではしばしばトップによる強力なリーダーシップに多くのことが委ねられるため、「権力は腐敗する」という言葉のとおり、思い上がったグルーが既存の宗教権威に挑戦して暴力沙汰にまでなったり、そのグルーが婦女暴行、殺人その他で起訴されて懲役刑を受けるようなケースはしばしば起きる。

    自作自演の映画を作って公開したり、歌をリリースしたりとスター気取りにもなっていた「デーラー・サッチャー・サウダー」という教団の指導者のグルミート・ラーム・ラヒーム・スィンもそうだったし、アーサーラーム・バープー、スワーミー・ヴィカーサーナンドその他、枚挙にいとまがない。

    デーラー・サッチャー・サウダーについては、グルミート自身がスィク教コミュニティの出身で、ナムダーリーのようなスィク教の中の一派となる道もあったのかもしれないが、独自性を強めるとともに、10代目のグルーであったグルー・ゴービンド・スィン以降は聖典グラント・サーヒブに引き継がれて空位となっているはずのグルーの地位に自身があるかのように示唆するかのようなスタンスや言動などもあり、スィク教コミュニティからは総スカンを食った。そういう意味では、日蓮宗を破門されたある団体の立場と似ている部分はあるかもしれない。

    教団というものは、「信仰」という商品を製造販売するコーポレートなので、一般社会の企業で不正や問題が起きるのと同じようなものだろう。先述のBAPSは、これまであまり悪い話は聞かなかったものの、在米の教団支部は、米国当局により、教団関係者に対する強制労働、査証取得の際の不正などで起訴されて裁判が進行中。

  • コッラムへ

    コッラムへ

    鉄道でコッラムに到着
    市内では教会をよく見かける。

     

    「ピンクカフェ」は公営バスの古い車体を用いた軽食チェーン。
    小ぶりなモールがいくつかある。

    宿に荷物を置いてからコッラム・ビーチへ。案外波は高く、晴れているものの天候は不安定な感じ。天から差し込む光の具合がいろいろ変わっていくため、漫然と写真を撮っていても、その時その時の空の表情が異なる。

    オートでタンガッサリー地区へ。ここはポルトガル、続いてオランダ、そして最後に英国が貿易の拠点を持ったところ。ポルトガル時代の砦の残骸がここにはある。近くには灯台があり、上からの眺めははとても良かった。

    その灯台の手前にはフットサルコートがあり、まだ新しいようでコンディションも良さそうだったそうだった。

    ケーララ州はフットボールが盛んな土地柄もあり、フットサルコートもよく見かける。個サルがあれば参加したいところだ。今日は、せっかくのグリーンのピッチでクリケットに興じている集団を見かけてガックリしたが。

    クイロンの宿は、チェックインする際に30分前に所定の電話番号にかけて、担当の人を呼び出すというシステム。手続きが終わるとその人はバイクでどこかへ去っていく。

    宿泊先界隈

    玄関は鍵がかけっぱなしだが、建物脇の勝手口は常に無施錠なので、宿泊客はそこから出入りすることになっている。新築で部屋もピカピカなのに、なぜそんなにぞんざいなのか?

    ケーララは治安が良いとはいえ、そういうシステムであることを知った人が建物の中に入って宿泊客を待ち伏せするとか、ドアの下から光が漏れている部屋(つまり誰か泊まっている部屋)を襲うことは可能だ。宿泊客が慌てて担当者に電話しても到着できるのは30分後。こういうのはあまり感心しない。

    集合住宅の中のいくつかの部屋を民泊に貸し出しているB&Bならともかく、ここは建物の中には宿泊者しかいないため、何かあっても外にはまったくわからない。キレイではあるものの、人気がないのか、あまり知られていないのか、宿泊客は日に数人程度。私が利用したときも「今日は3人」とのことであった。

    昼ご飯はドーサ
    ティータイム

     

    夕飯は牛肉アイテムで
  • 木のたもとに宿る神性③

    木のたもとに宿る神性③

    こちらは徳性の高い木。木の根本に祠がふたつあり、人々が座ったり世間話に興じる基壇もコンクリートでしつらえてある。たもとには茶店、軽食の露店、そして袋菓子の屋台もあるし、道路に面した部分にはオートだまりもある。ひとつの小さなお寺と門前町を構成していると言えるし、ひとつの小さな地域社会が出来上がっているとも言える。

    同じようなロケーションでもこうならないケースは多い。木そのものに何かの徳性が秘められているのか、それとも周囲の人々との相性なのか・・・と、いろいろ考えてしまうのだが、それはともかく、いかにもインドらしいこの眺めにはとても心安らぐものがある。

    〈完〉

  • 木のたもとに宿る神性②

    木のたもとに宿る神性②

    街路樹あまたあれど、このように祀られる個体は固有のめぐり合わせのようなものがあるように思う。

    さらにはコンクリートの基壇が作られて、そこに人々が集うようにもなり、さらには祠というよりも小さな寺と呼ぶ冪規模になり、専属のプージャーリーが常駐したり、周囲に供物の花輪を売ったり、茶屋が出たりと「小さな門前町」の様子を呈するものも出てくる。

    多くの場合はこの画像のごとく、小さな祠が出来る程度とはいえ、祀られる木にもそれぞれの格がある。これまたそれぞれ、そういう星のもとに生まれたとしか思えない。

    生きている木に限らず、岩や石にしてもそうだ。山にそのまま転がっていたり、山肌で雨に濡れていたりするのが岩だが、中には切り出されて石畳や舗装のバラストとなり、人々に踏み付けられて年月を重ねる岩や石もあれば、神像として彫られて末永く人々がひれ伏して大切にする岩もあるではないか。

    たまたまそうなるとはいえ、そのたまたまのめぐり合わせが決まるのは、その石なり岩なりがもともと持ち合わせていた徳性によるものがあるのかな?と思ったりすることがある。

    〈続く〉

  • 木のたもとに宿る神性①

    木のたもとに宿る神性①

    大きな木のたもとにいつしか神性が宿るインド。おなじような佇まいでも、神様が降臨する木もあれば、ごみ捨て場になる木もある。神性とは、それぞれの木が持って生まれたものみたいな気さえする。ちなみにこの木には神様がいるが、ごみ捨て場にもなっていた。

    〈続く〉

  • UBER

    UBERのアプリは重宝している。オートやタクシーで移動する際、値段交渉する必要がないこと、客待ちしている運転手がひどく吹っ掛けてくる地域などで、これで呼べば適正な料金で移動できるということ、そして客待ちしていたり流しているオートやタクシーが見つからない場合に呼び寄せることができることなどもあるが、どこにいても目的地を入力すると、だいたいの相場もわかることもありがたい。UBERを呼ぶと、多少待つことになる場合が多いため、目の前に空車があれば、なるべくそれを利用したい。

    ただし、やや困ることもある。運転手からかかってくることがある電話だ。ヒンディー語が通じる地域であれば、私自身は会話に困ることはないのだが、「今どこにいる?」と言われても、たまたま旅行で訪れた場所の道路の名前やランドマークなど知らないので、自分がどこにいるのか説明することができない。たいていの場合は近くにいる地元の人に「ちょっと運転手と話してもらえますか?」と頼めば済むのだが、夜遅かったり、早朝だったりで周りに誰もいないと、やや困る場合もある。もっとも運転手の側にしても、お客がどこにいるのか、運転手自身のスマホアプリに表示されているはずなのに、いちいち見るのが面倒くさいのか、あるいは地図を見るのが苦手なのだろうか。

    アーメダバードでも繁華街で自分のいる場所がうまく説明できず、近くで店を商う人にスマホを渡して話してもらったが、その場所を「××通りの〇〇シネマ」と運転手に言っていた。だいぷ昔にその場所に映画館があったらしい。今は影も形もなく、いろいろな店が入居する商業ビルに建て替わっているのだが、「〇〇シネマ」という名前だけは残っているらしい。

    また、アプリの問題なのか知らないが、なぜか乗車ポイントを任意の場所に指定できず、本当ならば乗りたかった地点から少し歩いたりすることもある。また、マッチングしたドライバーが近くまでやってきたと思ったのに、突然消えることがある。普通のオートリクシャーがUBERとしても営業しているため、こちらに来る途中にもっと割の良いお客が見つかったのだろうか?

    ともあれ、移動手段に選択肢がいろいろ増えている今という時代はありがたい。

  • ニュー・イラーニー・レストラン

    ニュー・イラーニー・レストラン

    名前やたたずまいからしてパールスィーの店みたいだが、現地のパールスィーの方によると、そうではなくムスリムの店とのこと。ムスカーバンのフィリングはバタークリームで、懐かしい味がする。「アーメダバードで感じる昭和」である。

    前回取り上げたラッキー・レストランも良かったが、出てくる食事はこちらのほうが私の好みだ。ノンヴェジもある。相当な人気店らしく、食事時を外しても混みあっている。

  •  ハッピーな墓場レストラン

     ハッピーな墓場レストラン

    墓場と共存する「LUCKY RESTAURANT」へ。金属のレーリングで囲われているのはすべて墓石。店内には木も生えており、天井から空へと抜けている。

    墓も木もあるがまま、その上からすっぽり店が被さっているのがエラい。

    歴史と現在、厳かな墓地と明るいカフェがクロスオーバーする度量が大きく不思議な空間。友人連れや家族連れが楽しく談笑している。

    ともすればジメっとしたムードになりがちな墓地が店名どおりに幸運をもたらすハッピーな空間になっている。

    This Lucky Restaurant in Ahmedabad allows you to dine with the dead ! (timestravel)

  • Ellis BrIdge

    Ellis BrIdge

     

    アーメダバードで、英領時代に最初に架けられた橋。昔も今もカルカッタのハウラー橋が映画によく出てくるように、アーメダバードでもこのエリス橋が街を象徴する橋であるそうだ。やはり映画にもよく登場するらしい。

    今は左右をいまどきの橋が挟み込む形となり、中央に見える鉄のフレームで支える昔からの構造部は普段は乗り入れできないようになっている。

    ここを始めて訪問した1980年代終わりには、まだこの旧橋部分のみだった。普段は通行できないけれども、こうして保存されているのは、やはり人々の思い入れがあるからなのだろうな、と想像させてくれる。