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カテゴリー: life

  • インドの慧眼と叡智

    インドの慧眼と叡智

    インドで洋式便器の便座がしばしば壊れている理由。タイでもその行為を禁じる表示があるからには、そういうことをする人があり、破損する便座があるのだろう。

    なぜこういう無理な座り方をするのかといえば、便座が汚れたままであったり、あるいは人の尻が触れたところに直接腰を下ろすのを潔しとしない人がいたりするため。前者については清掃環境上の理由であるが、後者についてはトイレ文化の違いからくるもの。トイレ空間で「文明の衝突」が発生したことによる悲劇と言える。

    インド世界には、しばしば「ジュガール」と表現される柔軟思考法がある。日本でもう何年も前に「ジュガード」という少々誤った呼び名で紹介されたこともあったので記憶されている方もあるかもしれない。

    そのジュガールとは、「間に合わせ」「やっつけ」と言われることもあるが、何かと物が足りない、本来あるべきものが手に入らないといった第三世界によくある状況下で、「それでも可能な範囲で必要な効果を出す」ポジティブシンキングによるダイナミックかつ生産的な試みだ。

    これはバイクを改造してテンポーにしたりとか、農村で食い詰めてやむなく都会に出てきてスラムに廃材やビニールシートなどを使って居住空間を作ったりしたりといった「やっつけ」もあるが、バングラデシュのグラミーンバンクに代表されるようなマイクロクレジットのような素晴らしいをも創出している。

    さて、このジュガールだが、実は先述のトイレ空間における文明の衝突という惨事に対しても画期的かつ合理的な解決方法をずいぶん昔に提案している。それが以下の「印欧折衷型便器」の発明だ。

    印欧折衷型便器

    これは洋式トイレとしても、はてまたインド式トイレとしても利用できるようにデザインされており、本来の洋式トイレを無理してインド式に利用するという「禁じ手」の際に問題となる両足の置き場をギザギザの刻まれた幅広のステップで対応し、背丈を下げることにより高さからくる不安定さをも解決している。たいへん人に優しい「人間本位」の発想だ。

    このタイプの便器は、インド世界ではかなり高い普及を達成している。いわゆるミドルクラス以上の場所ではほとんど見られないが、それ以下の場所では相応の広がりを見せ、利用者の意図せぬ便座の破損というある種の文化紛争の防止に高い効果を示すとともに、折衷式の利用をきっかけに、本格的な洋式の利用にも慣れるための一助となってきた。

    日本においては、洋式トイレはすっかり定着したかのように見えるが、今なお熱心な和式信奉者は年配者を中心に15%程度存在していると分析されるし、広範囲な世代にわたる「朝は和式でしっかりと気張りたい」という潜在的和式支持層も含めると、総人口の3割近くに及ぶであろうという指摘すらある。

    そんなことから日本においても、インド発の折衷便器の潜在的需要は相当見込めるという状況がある。インドのジュガール思考法と多様多層な文化背景から生まれる発明には、文化や伝統の違いから生じる軋轢や摩擦をうまく回避し、一挙両得な解決へと導く深淵な知恵と発想に満ちている。

    トイレひとつ取ってみても、私たちが真摯に学ぶべき慧眼と叡智の片鱗が容易に汲み取ることができるのが、インドという国の偉大さであり、間違ってもインドに足を向けて寝るわけにはいかない。

    もはや今となっては印欧折衷式便器の発明者が誰であったのかすら記憶されないほど普及しているが、本来であればノーベル賞が授与されて然るべき、偉大な発明であった。「紛争回避」という意味から、もちろん「平和賞」が相応だ。

    戦争、紛争、テロ等は必ずしも武器を取っての軍事衝突に限らず、どこにおいても発生し得るのだ。たとえトイレという密室空間においても然り。文明の衝突による甚大な被害を未然に防いできたのが印欧折衷便器であった。

  • ホアヒン

    ホアヒン

    ホアヒンを訪問するのは初めてであるうえに、コロナ禍前の客層も知らないのだが、明らかに若者向けといった施設はあまり見当たらず、比較的高い年齢層向けらしい商業施設がけっこうある。

    アメリカの都市部郊外のちょっとアップマーケットなスーパーをそのまま持ってきたような店、世界各地のワインを取り揃えた店、海外にも配送する洋式家具類の店等々が集まる複合施設、さきほども触れたけど、昨年からタイで解禁されて話題のカナビス関係でも娯楽方面ではなく、医療、健康、ナチュラル志向といった角度にフィーチャーしたクリニックや健康産業関係の店舗など、やはりゆとりあるミドル層からシニア層向けの店が多く目に付く。カオサンから若者たちが向かうような島々のビーチとは趣きが大きく異なるようだ。

    カナビス関係の施設も娯楽より健康志向

    そのためか歩いていて大音響で流れてくる音楽はないし、見かける西洋人たちも多くはじいちゃん、ばあちゃんたちでおとなしい。観るべきところもあまり無いようだが、こういうビーチリゾートもあるのだなぁと感心した次第。

  • ちょっとインド的な眺め

    ちょっとインド的な眺め

    構造物の佇まいや形はまったくインド的ではないが、ホアヒンの公の歩道に堂々とスピリットハウスが往来を遮断する形で存在していた。

    本来は家屋なり社屋なりの良い方角、良い場所にこれを建てて「入魂式」みたいなのを執り行うわけだけれども、これはいかがなものか。

    インドでは樹木に祠が出来て神性を帯びてくると、そこにコンクリの基壇が出来て、基壇に隣接して小さなお寺が出来たりして、そこまで来ると車道に大きくはみ出たりするようになってくる。当然、そういう構造物は危険で、事情をよく知らないドライバーが見通しのよくない時間帯に突っ込んでしまうような事故も起きる。

    そんなことがニュースで流れて批判されると、行政がブルドーザーを仕立てて壊しに来ることもあるが、すでに事実上のお寺化したその施設やプージャーリー(祭司)から大きな抵抗が起きるなど、いろいろ面倒くさいことになるので、見ぬふりして放置しておきたいというのが本音だろう。

    たぶんタイのこういうのもそのような具合ではないかと想像する。こうした公共スペースでの違法建築について処分を下すようなお役所の担当部署で、縁起物だし、壊して何か祟るとか、精霊は祟らなかったみたいでも、なんか気持ちが良くないし、まあ先送りしましょうとか、ボスも私も来年くらいには異動となりそうだし、判断は後の人たちに任せましょうとか、そんなこんなもありそうだ。

  • コロナの影響で閑散としたホアヒン

    コロナの影響で閑散としたホアヒン

    ホアヒンのビーチ界隈は閑散としているというよりも空っぽな感じで、締めたきりになっていたり、中が何も無くなっている店もかなりあった。

    良い立地の大きな商業施設が廃墟になっているのも哀しい眺め。いかにも「コロナ禍でやられた」という印象を受ける。

    観光業はこんなとき一番影響を受けやすいが、それがまた大都市圏ではなく行楽地にあればなおさらのことだろう。

    ここはカシミーリーの店だったらしい。インド・ネパールそして東南アジアにもよくあるあの手の店だ。

    1980年代終わりに始まったカシミールの動乱時期、カシミールから手工芸製品等を商う人たちのエクソダスはインド全土、ネパール、そしてタイその他の東南アジアの国々にも広がった。

    自身や親族、ひいては同門の人々や手工芸製品を生産する人たちまで、郷里の期待を背負って各地に手を広げていったのが彼ら。

    比較的大きな店舗であったようで、割とうまくいっていたがゆえのことではないかと想像するが、コロナ禍でお客の行き来が絶えるとアウト、だったのだろう。

    こうしたカシミーリーの中には90年代のネパールの内戦で商いがダメになり、インドの他の地域、タイなどに渡った人たちもあった。

    観光業というのは、様々な時流に影響されやすく、そしてパンデミックのような災厄に対しては脆弱だ。

     

  • ホアヒンの宿

    ホアヒンの宿

    窓からの眺め

    本日のお宿BAANPAK SAM ANONでは角部屋があてがわれた。二面に窓があり風の抜けがとても良く涼しいのでエアコンは必要なさそうなくらいだ。駅からごく近くて、ナイトマーケットがすぐそばであることもまた良い。

    インド・パキスタンでもよくある濡れたサンダルだと滑りが良さそう(笑)なタイルの床。これが清潔感あって良い。日本の場末のホテルのダニの巣になっていそうな、それを無理に消毒していそうなカーペット床とはずいぶんな違いだ。

    これがインド・パキスタンであれば少しアップマーケットな宿なると大理石になったりもする。裸足での滑らかかつ地目の感じられる肌触り、石なのに一種の温かみもある質感、これがたまらず自宅の床を大理石貼りにすることを夢想。せっかくタイにまで来ていて関係ないのだが、やはりインドは素晴らしいと改めて思う。

  • 今のところベストな旅行用リュック

    今のところベストな旅行用リュック

    ノースフェイスのこのリュック「FUSEBOX」、よく中高生、大学生たちが持っているが、使い勝手といい頑丈さといい素晴らしい。旅行用にこれまで幾多のリュックを使ってきたが、もはやこれを超えるものが出てこない限り、壊れたら同じものを買い直すつもりだ。

    20リッターのものを旅行に使ったこともあるが、サイズ的にパンパンになってしまうため、やはり30リッターのものがちょうど良い。そのサイズであれば旅行に要るものをすべて入れてもまだ余裕があり、食物、飲物、酒類なども必要に応じて放り込むことができる。20リッターのだと、この部分の余白がない。

    旅行荷物で一番かさばるのはガジェット類。スマホはライフラインなので紛失、破損などに備えて予備を持参するし、パワーバンクも2個、ケーブルにコンセントアダプター、ChromebookとACアダプター。そしてガジェット類ではないが、メガネを無くしたり壊したりしてしまうと身動き取れなくなるのでスペアメガネも。これらを持たなければ、あとは着替えと傘のみなので、冬服の要らない時期の旅行であればコンビニ袋ひとつで足りるのだが、なかなかそこまで割り切れない。

    同じ30リッターでも、他のリュックとは明らかに収納力が違う。たぶんどこから見ても四角い形であるがゆえのことだろう。隅から隅まで無駄なく収納できるのだ。この「FUSEBOX」の大ヒットのおかげで他社からも似たようなモデルがたくさん出てきて、「四角いリュック」が世の中のスタンダードのひとつになった。もっと以前から可能だったはずだが、この形で作るということ自体が「コロンブスの卵」だったのだろう。

    リュックというものは大昔から人々に使われてきて、それら自体がすっかり完成された商品のように思われていたが、そんな中にも大きな改善の余地があるのだ、ということを世に知らしめたのがこの「FUSEBOX」であったと言える。そう、ちょっとしたアイデアがそれまでの「モノのありかた」を変えてしまうことがあるのは、デジタルの世界に限ったことではないようだ。

  • ホアヒンへ出発!

    ホアヒンへ出発!

    鉄道を楽しむには、空調のない窓を開け放った車両で音や匂いも感じながら移動するのが最良だが、ちょうど良い時間帯でネット予約できるのは「エアコン2等」の一択のみだった。連結している3車両すべてが同じクラスであるためだ。

    まあ、それでも良い。車窓の風景を眺めつつ、通過したり停車したりする駅の佇まいや人々の様子を目にしながら進んで行くのは楽しい。バス移動では鉄道移動のような趣はない。やはり鉄道はそれ自体にエンターテイメントな要素がある。世の中に鉄ちゃんなる人たちがいる理由がちょっぴりわかる気がしないでもない。

    ホアランポーン駅で買った弁当

    ホアランポーン駅で買ったおばちゃんの店の弁当を食べて満足していたら、車内でこういうものを配られた。タイのエアコンクラスは食事付きとは知らなかった。加熱済みの真空パックのご飯、レトルトカレー2種、クリームサンドにバナナチップス・・・。

    車内で配られた弁当!

    定刻より30分遅れで着いたフアヒンの鉄道駅は見事であった。駅舎自体がそうだが、王室専用待合室も素敵だ。王室の御用車両だったものらしい。今は使われていないもののようだが、チットラーダー宮殿からホアヒンに直行していたという車両がピカピカに磨き上げた状態で駅前に展示されている。

    遠からず駅舎が右向こうの建物に移転するとのこと。

    王族のチトラダー宮殿からホアヒンへの移動に利用された車両
  • 早朝のホアランポーン駅

    早朝のホアランポーン駅

    早朝のホアランポーン駅。本当ならばとっくに業務終了して博物館になっている予定であったこの駅は、その後もターミナルとして機能していた。バーンンスー駅への移転が遅れているためだが、私にとっては都合がよい。

    実に美しい駅だが、ここが終着駅としての機能を終えると、界隈はさらに寂れていくのだろう。かつての元気さはもうここにはないが、それすら失われるのだろうか。

    今日はここから出発。ホアランポーン駅界隈はまだ80年代の面影がある。やはり泊まるならこの界隈が良いとも思う。

    駅構内のマスクの自販機。いろいろなものが売られている。たぶんカオサンあたりでは創意工夫に満ちたさらに面白いデザインのマスクがありそうだ。

    駅でおばちゃんの店から買った朝ごはん。宿出てからコンビニで買ったパンをかじりながら地下鉄駅まで歩いたが、元来お米派なので、朝からご飯を食べないと元気が出ない。お米、目玉焼き、野菜と挽き肉の炒めもの。味付けはちょっと違うが、自分がいつも食べている朝食と同じようなものであるのも良い。

  • 優美なステンレス製品

    優美なステンレス製品

    昔ながらのバス車内のステンレス製内張り(冷蔵庫感がある)、トゥクトゥクのメタリック感などもそうだが、ステンレスを用いたタイ製品のシンプルかつ涼し気な感じが好きだ。地下鉄駅にはこういうベンチがあった。

    このイメージででダイニングテーブルや椅子などがあったらと面白いし、事務用の机と椅子のセットがあったらぜひとも取り寄せたくなる。

  • シーロムの宿

    シーロムの宿

    空港からエアポート・レール・リンクに乗車。パヤータイ駅でMRTのブルーライン乗り換えてシーロム駅で降りる。地上に出たところは、かつてロビンソンデパートのあったあたり。バンコクのこのエリアについては相当昔の記憶しかないため、頭上は鉄道の高架で空がとても狭くなり、どこにいるのかわからなかったほど。

    シーロムの交差点

    宿は「Good One Poshtel & Cate」。1Fがカフェ。そこから上は宿泊施設。宿の人たちの感じは良く、真新しくてエアコンが効いているのだが、香港の重慶マンションを思い出す狭い部屋。廊下から見た客室は寝台列車のキャビンのように描かれている。シャワートイレ共同だがいずれもきれいだ。決して悪くないのだが部屋に窓はないし、転落すると怪我しそう。ベッド下は荷物置きになっている。冷房を切ることができず、風邪を引きそうである。

    7Fに共用スペースがあり、自由にキッチンを利用したりエアコンかけたりコーヒーなど飲めるようになっている。これで515Bなので、今どきのバンコクの宿泊費はずいぶん高くなったと感じる。この料金帯で他のところではドミトリーであることが多い。コロナ禍でお客がほとんどいなかった頃の京都・奈良では、ビジネスホテルが2千円前後で泊まれていたので、だいたい同じくらいか。

    安い宿泊施設は割高感がある一方で、中級クラスのホテルはバンコクでは供給過剰のため、かなり割安な感があるのは面白い。まあ、寝ているときは部屋が広くても狭くても、立派でも簡素でも何ら変わりはないものだ。

    融通の効くタイの秀逸なコンセント。世界でコンセントの規格がバラバラなので、タップ側のほうでこういうフレキシブルなのがスタンダードになるといいかも。複数の異なるものが使用可能。

    明日は早いので宿でさっさとシャワー浴びて着替えて食事に出ようかと思ったが、すでに時間も遅くなってしまったので、近くで弁当を買い、部屋でそそくさと済ませることにする。

    宿を出てすぐのところにあるコンビニでこういうものがあった。チキンティッカマサラとビリヤーニーがコンビになっているらしい。監修したシェフはディーパンカル・コースラーのパンジャービーだ。バンコクには世代を継いで暮らすインド系の人たちが多く、パンジャービーがバンコクのインド系の人たちの間で占める割合は高い。飲食業に携わる人たちも少なくない。日本において今や普遍的な存在となったインド料理だが、バンコクっ子たちにとってはそれ以前から慣れ親しんできているのであろう。在住の歴史が長く、インド系財閥まであるほどだ。

    さて、このコンビニのセットの味はといえば、やはりコンビニ飯なので云々言うようなものではないのだが、バンコクとインドとの縁の深さを改めて感じさせるものがある。

  • スワンナプーム空港の両替所

    スワンナプーム空港の両替所

    空港の両替レートは悪いのは当然だが、具体的にどのくらい悪いのかはよく知らず、漠然と「損」と思っていた。しかしバンコクのスワンナプーム空港到着後、そのままどこか地方の都市に行くケースもあるだろうし、夜遅く着いて空港近くの宿を利用して早朝出発ということもあるはず。とりあえずある程度まとまったバーツの現金が必要というケースはままあるだろう。

    市内での両替でおそらく最もレートが良いと思われるスーパーリッチのラージダムリ店における本日の店頭レート(店舗により微妙に違う)を表示してみる。

    「0.2575」とあるので、1万円が2,575バーツとなる。円安のためずいぶん下がったなあと思う。空港の両替所はどこも統一されているのか、「0.23」、つまり1万円あたり275バーツ、つまり1万円替えて1,100円くらい損、1割以上悪いレートになるということだ。やはりかなり違いますね、「空港レート」は。

    だが、空港B2階にあるBTS駅改札の向こうには、市中レートと遜色ない率で替える店が多いと聞いていたので立ち寄ってみる。明日は早朝に列車でバンコクを発つので少しまとめて替えておきたいが、市内につく頃には宿泊先界隈では両替空いていないかもしれないからだ。

    ここでも先述の「スーパーリッチ」が出店しており、市内ラージダムリ店よりは低いが0.256なので、短い滞在中の費用はここでまとめて替えておくことにした。たぶん市内であんまりレートよくない店とか、田舎で両替するとこんなもんだろう。(翌日、ホアヒンの私設両替商でチェックしたら0.253であった。つまり僅差だがスワンナプーム空港のエアポートレールリンクの駅改札裏手のほうがマシだった。ここで両替しておくのが正解であったということだ。

    同じ空港内施設なのに、ここは空港ではなく鉄道駅構内なので、「空港レート」が適用されないのだろうか?と想像する。

    エアポートレールリンク改札の裏手のガラーンとしたエリアにいくつかの両替所が集まっている。ここでの両替がオススメだ。
  • モデーラーへ

    モデーラーへ

    本日も部屋にトーストとチャーイを頼んで朝食。宿のすぐ隣にあるバススタンドからバスに乗ると40分程度で到着。バススタンドの表記は州の公用語であるグジャラーティーのみなので、デーヴァナーグリー文字あるいはローマ字表記も併記してもらいたいところだ。

    小さな町だがそれとは裏腹にバススタンドはきれいでなかなか近代的。やはり州内で統一的なデザインがあるようだ。車内の乗客にとって「どこのバススタンドに到着したのか」一目でわかるように地名が大きく表示されているのも良い。ただしプラットフォームの行先表示はグジャラーティーのみなので、デーヴァナーグリー文字あるいはローマ字表記も併記してもらいたいところだ。

    モデーラーのバススタンド

    スーリヤ・マンディルことサンテンプルは、バススタンドから上り坂を進み、登り切ったところからの下り坂を下りきったところで大きな道路を越えた先にある。 そのバススタンドからの小道を上がる途中に見事な大理石で作られた寺院があった。なんでもない小さな町にもゴージャスなお寺が忽然と姿をあらわすのはグジャラートらしいところだ。

    スーリヤ・マンディルの敷地はきれいに囲まれており、パータンのラーニー・キー・ワウ同様、きれいな遺跡公園となっている。スーリヤ・マンディルはきれいに修復されているとともに寺院手前にある階段井戸がこれまた見事だ。お寺と沐浴のタラーブがセットというのは太古の時代からインドの東西を問わずヒンドゥー教圏では同じ。

    日本であれば、このような階段井戸の手前で規制線がありそうだし、彫刻に触ることもできないかもしれないが、こうして子供たちが水遊びをしたり、大人もベタベタと石面をなでて、文字通り「体感」したりできるのがインドの良いところ。

    遺跡の寺院はすでに宗教施設としての役割を失った史跡であるはずだが、内陣に新しい祭壇がしつらえられていたり、ASI(インド考古学局)管轄下の敷地なのに、大きな祠があたかも遺跡の寺院の一部であるかのように「併設」されたり、さらには常駐するプージャーリー(祭司)がいたりすることも珍しくないのはいかがなものかとは思う。

    ともあれ「こうあるべき」「こうあってはならない」との狭間の余白部分が広いのはインドらしいところだろう。加えて羨ましいのは石造建築物の多さ。日本だと木造なので保存にかかる手間、木材自体の耐久性からくる制約もあるが、万一の火災で燃えるという致命的な弱点がある。

    遺跡公園にはレストランも併設されている。民間の企業が委託を受けて運営しているもののようで、スタッフは暇そうだった。人数ばかり多いのは人件費が安いからだろう。

    スーリヤ・マンディルの敷地近くにあるハワー・メへルの手前に「階段井戸」がある。それも見学したかったのだが鉄の柵で囲われているとともに扉には鍵がかかっていて見学することはできない。文化遺産登録されているらしいことは標識でもわかるのだが、せっかく遺産と認識されていながらも打ち捨てられている状態というのは残念な限り。

    ここに面した大きな道路を牛たちを引き連れた牧童(といっても年配者だが)が悠々と進んでいく。このあたりの悠久感は変わりゆくインドにもまだ多数残されている。

    バススタンドに戻り、マデーシュワリー・マータンギー・マンディルへ。大きなダラムシャーラー(宿坊)、ゴーシャーラー(牛舎)併設の大きな寺院。牛の福利もお寺の大切な仕事である。そうしている間もけっこうな数の人々が大きなスーツケースとともにダラムシャーラーに入っていったり、滞在中らしき人が建物から出てきたりしている。ゴーシャーラーについては大きな看板に寄附金額なども提示されている。

    ダラムシャーラー
    こちらはゴーシャーラー

    モデーラーでの見学を終えてメーへサーナーに向かう。ここはモデーラーやパータンなども含めた行政単位の中心地域。バスで30分程度の距離だ。バススタンドの真横にある有名なシュリー・スィマンダール・スワーミー・マンディルを見学してからパータンに戻ることにする。

    メヘサーナーのバススタンド
    シュリー・スィマンダール・スワーミー・マンディル

    帰りのバスは満員で立っての乗車。途中でブレークダウンにより、どこかのバススタンドで停車。

    「あいやー、ブレーキ壊れてまったく効かへんねん」と運転手氏が言えば、「あらぁ、そらあきまへんな」と、そそくさと降りて代車を待つ乗客たち。

    バスの代車を待つ

    電車が少し遅れただけで駅員をどなりつけたり締め上げたりする人がけっこういる日本から見るとインドから学ぶべきところは多い。ちょうどバススタンドだったためか、代車が早く来てよかった。そそくさとみんな乗り込む。