ボロボロで建物全体とは呼べないような構造物の中に居室があったり店があったりする。地上階と上階はそれぞれ別々に貸し出されていること、スペースが狭小であることから、上階へは階段ではなく、ハシゴで上るようになっていることが多い。
こんなところなのに、路肩にはなぜかロイヤルエンフィールドの若者向けのカッコいいバイクが置かれていたり、崩れかけた家屋のハシゴから降りてくる青年が大型画面のスマホを手にしていたりする。こんなスラムだが、けっこう大きな金額が日々動いており、けっこう可処分所得の高い個人や世帯も少なくないとは聞く。
カテゴリー: travel
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Chinatown Days
英語版発売予定とのことで、リター・チョードリーのアッサム語による小説「Makam」をアマゾンに注文したのは数年前。アッサムにおける華人コミュニティを舞台にした小説。かなり良い評判は聞いていたので、ぜひ読んでみたかったのだ。
幾度も発売が延期となり、その都度アマゾンから「申し訳ありません」とメールが来ていたが、ついに「この本は入荷しません」とかいう連絡が入った。不可解ではあったが、何らかの理由で世に出なくなったのだろうと諦めていた。
ごく最近、たまたま知ったのだが、実はこの「Makam」が「Chinatown Days」として出版されているとのこと。
アッサム語小説の英訳というわけではなく、著者自ら英語で改めて著したとのこと。そんなわけで、確かに「Makam」の英訳版の出版は中止となり、内容はぼ同じながらも改めて書かれた「Chinatown Days」という別の作品が発表されたわけだ。
これが紙媒体ではなくKindle版で入手できるというのもスピーディーでありがたい。
ずっと何年も待たされたこともあるし・・・。
書名: Chinatown Days
著者: Rita Chowdhury
ASIN: B0786T8XKX -
ラダックを鉄道が走行したら・・・
以前、「鉄道でデリーからレーに移動することできる時代がやってくる?」と題して、デリーからヒマーチャル・プラデーシュを経由してラダック、そしてスリナガルへと至る鉄道建設計画について取り上げてみたことがある。
リンク先動画はCGだが、ラダックを走る鉄道計画が実現したらこのような具合になるのだろう。しょっちゅう土砂崩れなどで通行止めになりそうな気もする。
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The Food Rangerのドバイレポート
インドのレストランやストリートフードもよく取り上げているThe Food Rangerのドバイからのレポート。私自身はラクダ肉を食したことがないのだが、ラム肉にとてもよく似ていると、この動画の中で語られている。ロケ先となっているレストランの厨房の様子も映し出されているが、ドバイ名物料理ながらもキッチンを取り仕切るふたりの料理人たちがインド人ムスリムというのは、いかにも多国籍空間のドバイらしい。レポーターのトレバー・ジェイムス君、いつもながら実にいい表情で食事を楽しんでいる。
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歴史的な鉄道駅、再開業なるか?
ムンバイの旧バラード・ピア・モール駅が再オープンするかも?というニュースがだいぶ前にあったが、その後どうなったのだろう。
植民地期末期に廃止されている駅だが、ヴィクトリア・ターミナス駅のすぐ東側のため、ヴィクトリア・ターミナスが手狭にでもなって、発着の一部をそちらに回すのかな?と想像していたが、その後の様子が伝わってこない。
ところで、このバラード・ピア・モール駅だが、ここを始発としていたフロンティア・メールなどの特急列車に英国などからの大型客船が桟橋に到着後、降船した乗客はそのまま列車へ・・・という具合に接続していたらしい。
このバラード・ビア・モール駅が廃止となるあたりまでは、現在のもうひとつの終着駅としてチャーチゲートではなくコラバ駅が運用されていた。
いまや鉄道のターミナスがあったという痕跡さえなく、往時は列車が往来していたチャーチゲート・コラバ間の鉄路がどこを走っていたのかも、今の街並みからは想像もできないのだが。Historic railway station in Mumbai may be reopened (The Tribune)
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デヴィッド・サッスーンの屋敷
13世紀にバグダードからボンベイに渡った伝説のユダヤ人デヴィッド・サッスーン。ビジネスマンとしても慈善家としてもよく知られるデヴィッドは、今でこそ「ユダヤ人」としてその名を記憶されているが、彼自身は故郷である現在のイラクの生活習慣、いでたちで日々を過ごす「ユダヤ教徒のアラビア人」であったようだ。シオニズム運動が起きる前、ユダヤ国家を想像する人もいなかったので時代なので、当然のことだろう。
植民地期に英国をはじめとする欧州勢や支配層との結びつきにより、植民地現地の買弁として経済力を蓄える過程の中で、次第にインドの白人社会へ軸足を移して「欧州人化」していったのは、彼らよりも1000年くらい先にインドに渡ってきたパールスィーと共通する部分だ。
彼の屋敷が現在は医療施設(薬物中毒者のリハビリ施設)となっているようだ。ボンベイには一族が関わった建物等が沢山あり、今でも「サッスーン・ドック」「サッスーン・ライブラリー(アールデコ著の非常に美しい建物)」などがあるが、彼が暮らした屋敷が現存しているとは知らなかった。
サッスーン一族は、渡印後にボンベイからプネー、カルカッタ、ラングーンなどにも活躍の場を広げていく。 戦前には香港や上海で大きな事業を手がけていたが、現在欧州で活躍する多数の「サッスーン」もデヴィッドの一族。そう、彼らはまさに「ボンベイ発」のビジネス一族であり、彼らのルーツはボンベイで成功したデヴィッド・サッスーンなのだ。
Riches to rehab: Mumbai palace welcomes new tenants (CNN Travel)
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ラージ・カプールの屋敷が博物館に
偉大なる映画人、ラージ・カプールの屋敷が博物館になるという。ムンバイではなく、パーキスターンのペーシャーワルにある彼の先祖伝来の屋敷のことだ。これはぜひ訪問したい。
Ancestral ‘haveli’ of Raj Kapoor in Pakistan to be converted into a museum soon (timestravel)
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インドのアーヨーディヤーとネパールのジャナクプルが姉妹都市に
インドのUP州政府とネパール政府が前者における「ラーマの生地アーヨーディヤー」と後者の「スィーターの生地ジャナクプル」を姉妹都市とする取り決めがなされたとのこと。
神話に因むのどかな姉妹都市提携に見えなくもないのだが、今のUP州政府の姿勢を見ていると、コミュナルな火の手が上がらなければ良いのだが・・・という気もする。
そうでなくてもこのあたりネパール平原部で「マデースィー」と呼ばれるインド系住民問題もあるし、あんまりインドとエモーショナルに絡むことはしないでおいたほうが良いようにも思える。とりわけ、アーヨーディヤーがあるUP州の現与党、ホントに悪い人たちがトップにいるだけに・・・。
Ayodhya, Nepal’s Janakpur To Become Twin Cities As UP Signs Agreement (NDTV)
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インディア・トゥデイでグルメ特集
本日朝起きるとタブレットに配信済だったインディア・トゥデイ最新号。特に大きな事件はない平和な日々が続くと、あらかじめ準備してあると思われる埋め草的な記事が並ぶのが常だが、今号はこういう状況下で珍しい「保存版」である。
なんと、同誌でインド各地のグルメ特集。ストリートフードから高級店まで、軽食からお菓子類まで、手広く紹介している。
長らく定期購読してきたが、健康関係、レジャー関係記事で食べ物のことが小さく取り上げられることはあっても、グルメ自体で特集を組んだのは初めてではないだろうか。元々、そうした分野はニュース雑誌の守備範囲ではないため、同誌でこういう記事が組まれること自体が大きなニュースになり得る。 -
Train 18 試験走行完了
インド国鉄史上最速のTrain 18が無事に試験走行を終えたようだ。今年のクリスマスからデリー・バナーラス間に投入されるとのこと。この距離を8時間で走行するというから、やはり速い。これまではドゥロント、ラージダーニーといった特別急行で9時間前後だ。
だが、しばらくは、そのような具合にはならないことだろう。霧の時期なので、早朝6時にデリーを出てバナーラス到着、午後2時にバナーラスを出て、デリー到着は午後10時というスケジュールのようだが、きちんと運行できるのは、濃霧の季節が明けてからだろう。
Launch Date, Features And Speed Of Train 18, India’s Fastest Train (NDTV Profit)
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朝令暮改
11月27日発行分から、基本的にシングルエントリーのみでの発行となっていたインドの観光ヴィザ。突然の変更は世間を騒がせて(インド訪問リピーターたちの間で)いたが、そのわずか3日後の11月30日発行分からは、再びマルチプルエントリーでの発行に戻ったとのこと。
この3日間にヴィザを取った人で、マルチプルでないと困るケース(インドからネパールに出てインドに戻るなど)であった場合、「魔の3日間」であったということになる。
このヴィザでインドでのアテンド(観光や業務視察など)の仕事をしている人たちにとっては、まさに死活問題となるだろう。
何の前触れもなく、突然シングルエントリーのみの発行となり、その数日後に元通りマルチプルエントリーでの発行となっているのだから、突発的な災害に遭ったと思うしかない。
ただ興味深いのは、11月27日の変更と再び11月30日の再度の変更の背景には、いったいどういう判断とそこに至るまでのプロセスがあったのかということだ。そのあたりがオモテに出てくることは決してないのだが。
参考までにヴィザ申請代行業者のウェブサイトの一部。さすがに仕事なので情報は早い。 -

最強パスポート
何をもって最強というかは人それぞれかと思うが、個人的にはインド旅券への憧憬がある。
なにしろ、いつなんどきインドへ渡るにもヴィザなんか要らない(当然だが)し、スィッキム州の中印国境のナトゥラ峠にもインドパスポート保持者ならば訪問できる。
しかもブータンへもヴィザ無しで入国できて、他国の人たちは必須となる高額なツアーに入ることなく、自由に徘徊できるのだ。これらを可能とするのは、やはりインドパスポート以外にはあり得ない。
あと、ネパールへもヴィザ不要で、滞在期限もなかったはず。
インドパスポートは素晴らしい。






