しゃがむか?座るか?相反するスタイル
近世において都市部をはじめとして広く公衆衛生の普及がみられるようになった。しかし西洋式のトイレ文化の導入により、他のアジア諸国でもそうであったように、従来の土着のスタイル『しゃがむ』タイプの様式と外来の『座る』タイプのものが並存することとなった。
前者と後者の分布は地域差や立地によりいろいろ違うため一言でまとめるわけにはいかないが、概ね個人の住宅では『しゃがむ』もの、富裕層・中間層が出入りする場所では『座る』ものの普及が顕著で、その他不特定多数の大衆が行き来するエリアでは前者・後者ともに並存するという形が多いようだ。
トイレ文化の違いで困ること
今あるタイプのトイレが一般化した20世紀以降、一見すると平和裏に共存しているように捉えられがちなトイレだが、その実ふたつの異なる文化が激しくせめぎあう物騒な空間だ。それは21世紀に入っても変わることなく続いている。
たとえば日本の例を挙げてみよう。主に省スペースという目的から住宅等で設置されるトイレの大半が男女・大小兼用の洋式となっている昨今、私たちは『座る』ことにすっかり馴染み、和式よりも快適に感じるようになっていることは否定できない。そうした背景もあり、より高度なコンフォートを求めて便座が一定の温かさに保たれていたり、事後に自動で洗浄してくれたりする便利な製品も多い。
しかしながら一歩自宅の外に出てみるとどうだろうか。一般の公衆トイレはいざ知らず、ホテルやデパートといったきちんとメンテナンスの行き届いた空間においても、誰が使ったかもわからない便座に尻を乗せる行為を不快と感じる向きは少なくないようだ。その結果、消毒用アルコールを含んだジェル状の便座クリーナーであったり、薄いビニールや紙の使い捨て便座カバーが用意されていたりする。どちらも『しゃがむ』トイレでなら不要なものである。
しかし事後の処理をトイレットペーパーではなく、水で行なう地域においてはさらに大きな問題を利用者に突きつけることになる。それは座ることと水で洗浄することが極めて両立しにくいことだ。
右手に持った手桶から流す水を、左手を用いて洗うという行為は、尻をくるぶしの位置にまで深くしゃがみ込んだ姿勢でこそ可能なのだが、洋式トイレに座った姿勢つまり中腰の状態ではきちんと実行できず、下手すると洗った水が太腿の後ろ側を伝って流れ落ちるという大失敗にもなりかねない。加えて『しゃがむ』タイプに比較して、『座る』ものだと手元が便器脇の蛇口からも非常に遠くなるので苦痛がさらに増す。
苦痛が生み出す結果
そうした不便や苦痛を克服するために私たちはどう対処すればよいのか。誰もが思いつくことはただひとつ、便座を両足で踏みつけてしゃがむことである。かなり不安定な姿勢になるが、下半身や衣類を汚さないためにはこれしかない。私たちは洗い用の手桶を持ったまま、恐る恐る片足を便座にかけてヒョイと乗っかるのである。
すると便座は床の水やら汚物やらでまみれて、次に使用する人は決してそこに腰掛ける気にはならない。また次の人も便座を踏みつけてしゃがむ、そのまた次の人も・・・。
便座にやさしく足をかける人もいれば、ドカッと乱暴に踏みつける人もあるだろう。体重が軽い人もいればレスラーのような巨漢もいる。もともと優しく座ることを前提に設計してある楕円状のプラスチックの物体は、左右2箇所の極めて狭い部分に繰り返し圧力を与えられることでいつしか壊れる。仮に修理されても、また人々はそこに足を乗せてしゃがむことがわかっているので、設置者は敢えてこれを直すこともない。これがインドおよび周辺国でよく見かける『便座なし洋式トイレ』が発生する普遍的なメカニズムだ。
まだ便座があるうちは、ステップがそれなりにグリップして?安定したしゃがみ込み姿勢が取れた洋式トイレだが、これが失われてしまうと縁に置いた両足が非常に滑りやすく、特にゴムサンダル履きでの利用は決して勧められない。
洋の東西をひとつにする快挙
上記のような状況はインド亜大陸のみならならず、東南アジアや中東などでもかなり広く見られるものだ。しかしこれに対する根本的な解決策を打ち出したのはインドであったようだ。西洋と東洋というふたつの異なるトイレをひとつにまとめあげるアイデアを打ち出したのは。そのアイデアが商品として結実したのが、先日取り上げてみた現在『ユニバーサル』そして『アングロ・インディアン』といったネーミングで販売されている東西両用トイレなのだ。
他にもこのタイプのトイレを指す商品名は複数あるようだが、本稿においては便宜上『ユニバーサル式』と呼称することにしたい。
これが考案・発売された時代のことを私は知らないが、おそらく当時の世間は驚愕し、稀代の発明に惜しみない賞賛を与えたことだろう。『しゃがむ』トイレを地上に少し浮かせてそこに便座をつけて『座る』トイレと兼ねたトイレに対して。あるいは『座る』トイレの左右に張り出したステップを取り付けて『しゃがむ』ことも可能にしたというべきかもしれない。
さらには、通常の『座る』トイレよりも背を少し低くして乗りやすく、かつ洗い桶用の蛇口が近くなるようにしてあること、ステップをやや左右に開くことにより安定した『しゃがみ』を可能とするなど、ユーザーフレンドリーな心遣いもなされていることも見逃してはならない。
今後の課題
せっかくの大発明(?)だが、おそらく『しゃがむ』『座る』どちらのタイプよりも割高なのか、極めて実用的ながらも見た目がスマートでないことなどもあってか、普及度はいまひとつであるのがはなはだ残念だ。
利用者の評判は決して悪くはないようであるため、おそらく設置者側の都合によるものと思われる。このタイプのトイレを製造している各メーカーは、販売促進活動を通じて世界に誇るべき『ユニバーサル式』トイレに対する認知を向上すべく活発に啓蒙活動を行なって欲しい。
特に公共施設ならびに鉄道施設等については、衛生的なトイレの利用を促進する観点からも、新規設置のトイレはすべて『ユニバーサル式』とすることを原則とするなどの取り組みが望まれるところだ。
『ユニバーサル式』を賞賛する私は、インドのみならず、事後の処理を水で行なう広い地域に及ぶ各国への普及を図るべきではないかとも私は考えている。また水ではなく紙を用いる諸国においても、最近の住宅に有無を言わさず作りつけになっている『洋式トイレ』に違和感を覚える層が存在する?日本に加えて、他の国々でも『私もホントはしゃがみたい』派の存在もあるかと思われる。
インドでの需要のみでくすぶらせておくのは実に惜しい。インドで思われているよりもさらにグローバルなポテンシャルを持つ『ユニバーサル式』トイレである。
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トイレ 洋の東西をひとつに 1
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トイレ 洋の東西をひとつに 2
自らの奥行き深い文化に加えて、長い歴史の中で周辺地域から大小さまざまな影響を受けつつも、それを借り物としてではなくじっくりと消化して独自のものとしてきたインド。絵画、音楽、建築、言語etc…どの分野においてもそうしたハイブリッドさが顕著で、インド文化のリッチさや多様性をするひとつの要素といえる。
さて突然卑近な話で恐縮ではあるが、私たちが日々使用するもののうち、私が心底惚れ込んでやまないものがある。それはこれだ。

昔々からある便器だが、まさにインドだからこそのアイデアと社会的な実情に対応した高い機能性を実現している。このタイプのものが果たしていつ考案されたのか知らないが、トイレ事情に関する深い考察と旧習にとらわれない柔軟な思考なしでは成しえない偉業ではないだろうか。
メジャーなところでHSIL社から『ユニバーサル』という商品名で、またReliance Sanitarywares社からは『アングロ・インディアン』という名前でそれぞれ販売されているが、どちらもズバリ的確なネーミングがなされている。このトイレについて、私なりの考えをまとめてみたので後日掲載することにする。 -
日々の糧は天から届くのか?
コトの背景については詳しく報じられていないのだが、ちょっと気になる・・・というよりも、あんまりなニュースを目にした。『アフガニスタンで物乞い禁止』というのがそれだ。
物乞いをする人たちは犯罪の餌食になったり、いいように搾取されたりしがちであるから保護しましょう、福祉施設に収容しましょうというのが表向きの理由らしいが、そんな余裕のある国情ではないはず。
さりとてこういうお触れを出す政府にしてみても、それが現実的でないことは重々承知のはず。すると真の目的とは何だろうと、あれこれ考えてみたりするが、そんな呑気なことをしていられるのは、遠く離れた国の暖かい部屋の中で、今日明日の糧の心配もなく暮らす赤の他人。
日々路上で物乞いを続けている当人たちにしてみれば、生存を賭けた最後の手段を否定されようと取り締まられようと、おそらく命ある限りそれを続けていくしかない。本格的な冬の訪れはもう目前に迫っている。
Afghanistan bans street begging (BBC South Asia) -
インド人学校へ転身
昨日『デリー近郊に日本人村建設?』と題して書いたように、インドで日本からの企業進出を促すための積極策が打ち出されているが、地味ながらも日本においてもインドからの進出を誘致するための具体策がいくつか打ち出されている。そのひとつが来年4月に横浜市緑区で開校予定のインド人学校だ。廃校となった小学校の3階部分を利用して運営するとのこと。
インド系学校来春開校 緑区の小学校跡 (YOMIURI ONLINE)
少子化の日本にあっては、学齢期の子供を持たない人には想像もつかない速度で生徒たちの人数が減少している。現在20代、30代以上の年齢の人たちにとって、小学生、中学生時期に通っていた学校には何クラスあって、何人の生徒たちがいたか思い出して欲しい。
もちろん地域差は大きいのだが、参考までに東京都港区役所のウェブサイトにこういう一覧表があった。
港区立幼稚園・小・中学校園児・児童・生徒数一覧表
学年毎に2クラス、3クラス程度というのがごく当たり前になっており、学校施設の規模と不釣合いなほどである。とりわけ東町小学校の全学年合計で77人、港陽中学の全学年合計78名という数字が目を引く。まるで山村部の分校みたいな人数だ。
こうした傾向は、東京都内どこも共通した現象であり、都外においても似たようなものだろう。地域によっては『学校選択制度』という手段により、居住する学区と隣接する地域の学校に入ることを選ぶことができるようになっている自治体もある。
すると人気校と不人気校の歴然たる差が出てしまい、年度毎の予算配分はもちろん、やり手の校長や教頭、評価の高い教師が優先的に人気校に配置されるといった人事面での処置もあり、不人気な学校はますます凋落していき、やがては廃校や近隣校との統合という整理へと導かれていくようになっている。
そして、廃校や統合により使われなくなった校舎や土地は、資産の有効活用という名目で他の施設建設のために転用されたり、民間に売却されたりしていくことになる。
やや話はそれてしまったが、もともと厳しい基準で施設も充実している公立学校施設という『器』である。都内に数ある空き教室を多数持つ公立学校と同居・・・というのは無理にしても、今後も更に統廃合が進み用済みとなる施設が続々と出てくるにあたり、交通至便な都心近辺にある学校施設を横浜市のように、新設される外国人学校のために有償で貸し出してはどうかと思う。
さらには学費の問題もある。外国人学校は総じて費用が非常に高い。私学助成制度を大幅に見直して、充分な補助を行政から受けられるようにすべきではないだろうか。少子化が進む中、能力の高い外国出身の人たちが定住することが必要となってくることは自明の理だ。
また、その子女たちがしかるべき教育を受けることができる環境を整えることは行政の責任であり、そうして育った子供たちが将来、生まれ故郷ないしは自分たちが育った土地である日本に根を下ろし、この国を支えてくれるようになる、そんな『国家百年の計』が必要なのではないかと思う。 -
インドでUNIQLO
現在、日本・アメリカ・イギリス・フランス・韓国・中国(香港を含む)で、事業を展開しているユニクロが、2032年までに世界一のアパレル製造小売業グループになるという目標を掲げたうえで、インドとロシアへの進出のための本格的な調査に入ることを発表した。
シンプルなデザインを基調に、新素材を積極的に活用したうえで比較的短いサイクルで商品をリリースしている同社だ。マンネリ化を防ぐためか、定番アイテムについても前年と同一のものが店頭に並ぶということはなく、必ずどこかを変更・改良するとともに、ときに他企業等とのコラボ商品などでアクセントをつけるなど、ひとつひとつの品物はベーシックながらも、常に変化を続ける『スピード感』がある。
また効率化という面でも際立っており、多様なアイテム構成かつ迅速な商品入れ替えを行ないつつも、店舗により在庫量や置いてある品物のバリエーションに多少の差はあっても、店頭の商品、店構え、スタッフ等々、基本的にあらゆる面において『標準化』されているのが大きな特徴だろう。チェーンのファストフード屋が衣料品店になったような印象を受ける。そのため各国のアウトレットで販売されているアイテムも、日本の店舗に並んでいるものと大差ないようだ。
だが、これまでユニクロが事業展開している日本を含めた6ケ国にはない独自の豊かな服飾文化を持つインドだけに、単に日・米・韓等で売れ筋の品物のみをそのまま並べるだけではないように思う。相対的に年中気温が高い地域が多く、冬はかなり冷え込む北部にしても、山岳部を除きデリーやラクナウその他人口が集中する都市圏が存在する平原部では日本よりも夏物を身にまとう時期がかなり長い。加えて素材、色彩等の豊富さから、逆にユニクロの本家である日本やその他の市場に様々なアイデアやヒントを与える存在になることだろう。
生産拠点がバングラーデーシュ(およびベトナム)に移行するというのも面白い。急成長したアパレル業界大手に、市場ならびに原料供給地・生産地としての南アジアの存在感が浮上してきた。もともと繊維・衣類産業が盛んなバングラーデーシュだ。同国の関係機関がJETROの協力を得て開催した『バングラデシュ展』の開催、池袋サンシャインのインポートマートで展示会実施といった形で、同国産の主にテキスタイル関係を紹介する試み地道な活動が続けられている。
また小規模ながら個人事業主でもモン・インターナショナルのように、バングラーデーシュ出身の経営者による自国の衣類や革製品の取り扱い、同国との深いつながりを持つNGOが現地で製造した品物を日本国内で販売などといった例はあっても、本格的なテキスタイルの分野において日本からさほど注目を集める国ではなかった。だがここにきて突然大手アパレル会社が進出予定とのことで、同業他社も生産拠点としてのバングラーデーシュに着目する動きが出てくるかもしれない。
インド、バングラーデーシュがユニクロの事業そのものの核となるわけではないようだが、今後このふたつの国を軸にどういう展開がなされていくのか、何を行なっていくのか、ちょっと気になっている。
ユニクロ、インドなど新興国出店強化で「世界一目指す」 (msn産経ニュース) -
悪いだけの草じゃない
大相撲の幕内力士若ノ鵬が大麻取締法違反で逮捕されたことがきっかけとなり、9月2日に十両以上の力士を対象として、尿検査が抜き打ちで実施されたところ、西前頭三枚目の露鵬(大嶽部屋)と東十両六枚目の白露山(北の湖部屋)から大麻の陽性反応が出た。この騒動は日本各マスコミで大きく取り上げられているので皆さんご存知のとおり。
昨年以降、朝青龍問題(私には相撲界とスポーツメディア寄ってたかっての外国人力士イジメとしか思えなかったが・・・)や若手力士が稽古場で兄弟子たちに暴行を受けて亡くなるなど、トラブル続きだった角界。今回はひとつの不祥事を受けて、迅速に対応した形だったが、意外にも相撲協会理事長を務める北の湖親方の足元に火が点いてしまい大わらわだ。
おそらく今後、各種メディア等で『大相撲大麻汚染』『退廃の角界』などいった記事がスポーツ紙を中心に多数掲載されるのだろう。先述の露鵬は大麻を六本木の繁華街で外国人から手にいれたと供述していることから、力士だけではなく他競技の選手の名前も今後取り沙汰されるようになってくるのかもしれない。 -
トイレの博物館

デリーにちょっと珍しい博物館があるのをご存知だろうか。Sulabh International Museum of Toiletsというもので、文字どおりトイレの博物館だ。インド各地の便所ばかり取り上げているわけではなく、世界のトイレと公衆衛生の歴史の博物館である。

この博物館は、Sulabh International Social Service OrganizationというNGOが運営するもので、同じ敷地内にある。この団体は、主に排泄行為にかかわる公衆衛生の普及と発展、トイレ清掃にかかわる業務に従事する人々への差別意識解消などを目指すものだ。博物館を通じて世界のトイレの歴史や公衆衛生に関する客観的な視点を説き、理解を広めようという狙いのようである。
屋内の展示部分では、人類の歴史の中で排泄行為がどのようになされていたか、そこからどういう問題が発生してきたのか、ちゃんとしたトイレの出現により、これがどういう具合に解決されてきたのか、といったトイレの存在意義が図版等で解説されている。またトイレに関するウンチク、カラフルな色使いの欧州の貴族用(?)高級トイレの写真なども掲げられており、グローバルなトイレ文化に関する知識を学ぶことができるようになっている。

屋外では、インドで使用されている様々なタイプのトイレの実物が展示されており、設置形態や構造などがわかるようになっている。実際にしゃがんでみたり、その姿をカメラで撮っているオジサンなどもいたが、記念写真としてはあまり格好良くないように思う。

展示物を眺めながら館内を歩いていると、そこに勤務している学芸員の方にこの博物館を紹介するCDをいただいた。コンテンツはホームページ上で公開されているものとほぼ同じもののようである。彼女から勧められて初めて知ったのだが、日本人が書いたトイレに関する優れた本があるとのことだ。英訳されたものが日本国外で販売されているそうだが、日本語の原著は『ヨーロッパ・トイレ博物誌新装版』らしい。
さて、この博物館のロケーションについても簡単に触れておこう。国際空港を横目に見ながら更に西に進んだあたりのドワルカという新興タウンシップ近くのマハーヴィール・エンクレイヴにある。冒頭に記したとおり、Sulabh International Social Service Organizationという団体の施設内に設置されている。道路に面して『×××博物館』と大きな看板が掲げられているわけではないので、ちょっとわかりにくいかもしれない。博物館の定休日は日曜日である。


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親子の絆 法律の壁
本来ならば、昨日書いた『オートリクシャー・スター・クラブ? デリーの路上の星たち』の続きを掲載するところなのだが、昨日のテレビニュースでインドに滞在中の日本人にまつわる気になるニュースがあったため、『オートリクシャー・スター・クラブ?』は後日アップロードすることにしたい。
ZEE NEWSで、インドにおいては珍しいことに、政界人でも財界人でもない日本のある一個人について長々と取り上げられていた。生後10日あまりのマンジちゃん(ある記事にManjと書かれていたが、漢字でどう書くのかは不明。Manjiという綴り自体に間違いがあるかもしれないが)という赤ちゃんのことである。
ヤマダさんという日本人男性を父親に持つ、この女の子の赤ちゃんの帰属が、法律の壁によって宙に浮いた形になっているとのことだ。ヤマダさんはインド在住者ではないが、妻のユキさんとともに昨年後半に来印、アーメダーバードで現地女性と代理母契約を取り交わした。
ヤマダ夫妻が代理母に託した受精卵は、代理母の胎内で順調に成長。彼女は7月25日に元気な赤ちゃんを無事出産した。しかし不幸なことに、そのひと月前の6月にヤマダ夫妻は離婚していた。赤ちゃんの誕生の報告を受けた両親のうち、母親のユキさんは彼女の引き取りを拒否し、父親のヤマダさんだけが、彼の母親とともにインドに渡航することになった。
7月26日アーメダーバードで連続爆破テロが起きたことを受けて、治安上の不安からヤマダさんは仕事の関係で日本とのつながりを持つ友人が住むジャイプルへマンジちゃんとともに移動。彼女は現在ジャイプル市内の病院で世話を受けている。
ヤマダさんは、親権者たる父親として赤ちゃんを日本に連れて帰ろうとしているわけだが、彼が日本大使館から意外なことを伝えられた。赤ちゃんにはインドパスポートと出国許可書類の取得が必要だと。 -
極小にして秀逸な辞書

使うことはほとんどないけれども、手元にひとつあったらいい。可能な限り小さくて、それでいて充分実用に耐えるものがいい。英和と和英合冊の辞書で何か良いものはないものか?としばしば思っていた。通常、小型辞書といえば、三省堂のコンサイス英和・和英辞典、旺文社のハンディ英和・和英辞典といった、掌くらいの丈の細長いものが頭に浮かぶだろう。それでも厚みや質量からして『文庫本以上、単行本未満』の存在感があるので、特にそれを必須アイテムと考えなければ、旅行や出張といった際にわざわざ荷物に加える気はしないだろう。
もっと小さくて内容が優れたのがあればいいのだが、往々にして極小辞書は内容に乏しいもの。たとえばYOHAN ENGLISH – JAPANESE, JAPANESE – ENGLISH DICTIONARYという、例えはヘンだが体積にしてリコーのデジタルカメラGR DIGITALほどしかないものがある。サイズは魅力的なのだがコンテンツに乏しく、実用に耐えるとは思えない。
やはり先述のコンサイスくらいが限界なのかな?と長年思っていたのだが、このほど優れもののミニ辞書を見つけた。コンサイスと同じく三省堂から出ている。ジェム英和・和英辞典だ。私はその存在すらまったく知らなかったのだが、古くから出ている辞書だそうなので『あぁ、持っているよ』という方も多いのではないかと思う。同社のウェブサイトにはこう紹介されている。
日本で一番小さな本格的実用英和・和英辞典の全面改訂版。
天・地・小口の三方を本金塗り、表紙には最高級の皮革を使用した豪華装丁。
日常生活から海外旅行まで使える内容豊富な珠玉の辞書。贈り物にも最適。
今改訂では、現代生活を反映する活用度の高い語彙を網羅。
英和3万3千項目、和英3万1千項目収録。
サイズはYOHANのものよりもやや小さいくらいなのでさらにびっくり。非常に薄い紙を使用しているものの、スペースの都合上収録語数はそれほど多くはない。しかしながらボキャブラリーが精選されているため、実用度ではひとまわりもふたまわりも大きな版形の辞書に匹敵しそうな印象を受ける。英和部分の紙面が尽きたところから和英のコンテンツが始まるのではなく、どちらもオモテ表紙から始まるようになっている。英和の表紙を見ている状態で、これを表裏・天地さかさまにひっくり返せば和英の表紙となっているのだ。使い勝手も良さそうだ。
初版が出たのは大正14年とか。西暦にして1925年。カーンプルでインド共産党が結成された年である。ちょうど10年前にガーンディーが南アフリカから帰国して、非暴力・非服従運動を展開していた時代である。同年に日本に逃れていたラース・ビハーリー・ボースが日本に帰化したのがこの2年前の1923年。現在販売されているのは1999年に改訂された第7版。
もしこの辞書を見かけることがあれば、ぜひ手にとってご覧いただきたい。表紙に本革をあしらった高級感ある装丁はもちろんのこと、その極小な版形に納められたコンテンツの秀逸さはまさにGEM(宝石)の名にふさわしい。初版以来、現在にいたるまで83年という長きにわたり世に出回ってきたロングセラー。その歴史は伊達ではない。
書名:ジェム英和・和英辞典
出版元:三省堂
ISBN-10: 4385102392
ISBN-13: 978-4385102399 -
双子の母は70歳
インドのU.P.州ムザッファルナガル在住の70歳女性、オームカーリー・パンワールさんが双子を出産したとのニュースがインド内外のメディアで話題になっている。2005年にルーマニアで66歳での出産、2006年にはスペインにて67歳で出産した例があるが、これらを上回り70代という大台に乗せての堂々世界新記録ということになる。しかしこの年齢については、やや疑問符が付いているようだ。彼女の出生についての記録がなく、自身が『インド独立時に9歳であった』ということが、70歳という年齢の根拠であるからだ。
予定日よりもひと月早く、男の子と女の子を帝王切開にて出産。容態が悪化して病院に担ぎ込まれたときは出血がひどく意識も朦朧として危険な状態にあったらしいが、母子ともにその後の経過はまずまずとのことで何よりだ。
体外受精医療の進歩と普及を受けて、近ごろのインドでは代理母出産に加えて高齢での出産も増えているとのことで、メディアでしばしばそうした例も取り上げられているのを目にする。どうしても子供が欲しいという気持ちについては一定の理解を示していても、往々にしてそうした傾向に好意的というわけではなく、母体への危険とともに倫理的にどうなのか、親として責任を果たせるのかどうかといった疑問符が付く。これには私も大いに同意するところだ。
オームカーリーさんの77歳の夫は、土地をカタに借金し、家畜を売り払って資金を工面したと記事中にある。とうの昔に成人した二人の娘と五人の孫がいるということで、曾孫であってもおかしくないような子供を出産したことになる。わざわざ体外受精で妊娠したのには、どうしても男の子が欲しかったためとのことだが、ぜひとも男の子をという伝統的価値観あるいは相続の問題など具体的かつ実質的な問題によるものなのか、具体的な背景には触れられていない。
しかし相当な高齢での出産が、リスクが大きいとはいえ技術的に可能になっている今、70歳での出産という事例よりも重要なのが、『それでも産もう』と夫婦を決心させる動機にあたる部分ではないかと思う。
医療技術の進歩に感嘆し、母は強しと畏れ入るとともに、他人事ながらもその年齢での子育て(たぶん親族内でなんとかなるんだろうが)や夫婦に残された時間と子供の成長を思い合わせると、なんだか複雑な気持ちにもなる。
念願かなっておめでたいことであるのには違いないとはいえ、いろいろと考えさせられることの多い世界最高齢出産である。もちろん他人がとやかく口出しすることではないことは言うまでもないのだが。
ともあれ、無事生まれて何よりだ。今後、双子の赤ちゃんたちとオームカーリーさん夫婦の幸せを祈ろう。
70-year-old grandma gives birth to twins? (DailyIndia.com)
Gran, 70, gives birth to twins (The Sun)
70-year-old woman becomes world’s oldest mother with birth of twins (Daily News)
70歳ママが双子産む、インドで世界記録 (日刊スポーツ) -
愛が凶器に変わるとき
近年のインドのニュースで、恋愛のもつれに起因する凄惨な事件をよく目にするなあ、とは思っていたが、インディア・トゥデイ6月25日号によれば、国内で発生する殺人の三大動機のひとつだそうだ。特にパンジャーブ、デリー、グジャラート、マハーラーシュトラ、アーンドラ・プラデーシュにおいては、殺人事件における最も大きな割合を占める原因が男女関係であるとも記されている。
同誌英語版では、6月23日号にこの内容の記事『Crimes of Passion』が掲載されている。近年の男女間のトラブル、恋人同士、夫婦間、不倫等を発端とする事例の数々を提示したうえで、その背景にある社会的な要因を探る努力がなされている。詳しくはP.38からP.45までの記事内容を参照いただきたいと思う。大局的に価値観やライフスタイルのありかたなどで、旧来の価値観と新しい世代のそれとの間の齟齬が大きく、それらが衝突を起こしているがため、というステレオタイプなまとめかたがなされるのではないかと思ったが、そうではなかった。
社会的にも経済的にも独立して着実に地位向上を目指す女性たちが増えている昨今、強くなり進歩的になった女性とそれについていけず男性主導型の考えに固執する男性たちとの間の摩擦が主要な要因であるとし、今を性革命の時代とすれば一歩も二歩も先んじているのは女性であり、男性たちは後塵を拝していると指摘する部分が新鮮だった。
政治であれ、コミュニティーであれ、従来力関係に変化が生じたときには新たな秩序を組み上げるにあたり、自らをより有利なポジションに置くために、積極的なパワーゲームが展開されるものだ。中世の王家などで、後継者を定めずに支配者が没した際の世継ぎをめぐる熾烈な争いなどもその典型だろう。
だがたとえ男女のありかたが変わっていっても、人の数だけ出会いはあり、恋愛はひとつひとつ中身が違う。しょせん生まれも育ちも違う他人同士が好き合うのだから、楽しいこともあれば、互いに理解しがたく堪忍袋の緒が切れることもあるだろう。いつの時代にあっても、男女の仲は睦まじくも難しいもの。
しかしながら人間として越えてはならない一線を踏み外してしまった人たちの事例とその背景にあるものの分析は、今の世相を考えるうえで示唆に富むものであった。 -
E-タバコ
嫌煙権と言うコトバが生まれたのは30年くらい前のことだという。もちろんその背景には、世間でタバコの害について認知が進んだことが背景にある。非喫煙者の副流煙による間接喫煙を原因とする健康被害にあいたくないという、ごくまっとうな意見が静かにしかし着実に浸透し、分煙化が進んでいくことになった。
確かに古い映画、ドラマ、報道番組などを目にすると、事務所内がタバコの煙でもうもうとたちこめていたり、デスク上の灰皿がてんこ盛りになっていたりして、画面から匂ってくることはないとはいえ、今とはずいぶん違う雰囲気を感じる。
当初は交通機関や多くの人々が利用するスペース等に『禁煙車両』『禁煙コーナー』といったものが設けられ、煙がくることを望まない人が特別にしつらえた環境下でそれを避けることが可能となったが、その後さらに喫煙規制が進んだ結果、『喫煙車両』『喫煙所』という形で、タバコを吸う人たちを特定の場所に囲い込むことになる。つまりスタンダードな立場が喫煙者から非喫煙者たちのほうに移ったわけで、地道に進められていった喫煙規制運動の勝利といえる。
もちろんこれは日本に限ったことではなく、世界中でほぼ共通の現象であり、特に規制の進んでいる地域に比べて、日本では人々の所得水準に比してまだまだタバコの小売価格が安いが、喫煙率も同様に比較的高い水準にあるのもそのためだろう。
日本のメディアのウェブサイトに、以下のような記事があった。
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世界のたばこ事情
価格水準 先進国の中では低め
(北海道新聞)
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そういえば、インドもそうだが諸物価に比してタバコが高い国々では、しばしば10本入りパッケージが売られている。あまりにお金がかかるので「やめよう」と思いつつも、『この小さい一箱で終わりにしよう』なんて手を出してはそのままズルズル・・・という姿や、禁煙3日目あたりの人が『ちょっとだけ、この小さなパッケージだけ・・・』なんて妥協しては元の木阿弥なんていう人の姿が目に浮かぶようだ。
だが一本ずつのバラ売りというのは、それ以上に注意を要する存在である。やめるつもりでも日に数回禁煙を『いとも簡単に中断』できるし、『スパッとやめたぜ』などと公言しつつも、ポケットからコインを出して一本買っていたりする。それでも箱で購入していないので、禁煙の誓いに負けたなんていう気がせず、『オレはタバコやめた』という自信が揺るがないのが不思議だ。しかし手元にあるタバコの数を制限できるので、節煙になることは間違いないが。
現在の私自身はといえば、喫煙者とも非喫煙者ともいいがたいものがある。たとえばどこかで酒を飲むときはタバコが欲しくなって吸うし、自宅をしばらく離れて旅行するときには一時解禁ということにしている。もちろん帰宅するとスパッとやめているつもりだ・・・とはいえ、やはり未練が残っているので完全にタバコから縁が切れたとは言い難い。
ところで『オレは止めないぞ』と喫煙意思の固い人たちも決して少なくはない。そういう人たちは、禁煙時代の飛行機での移動、とりわけ国際線の利用となるとかなり困るらしい。ターミナルビルの外で吸いだめしてみたところで、出発2時間ほど前にチェックインし、目的地にもよるが概ね長いフライト時間、到着してからも行列しての入国手続きや両替等を済ませ、ようやく外に出てからタバコに点火。『やれやれ、これだから飛行機は嫌だなあ』といった具合なのだそうだ。
何かと便利なモノが次から次へと出現して、あの手この手で消費者の懐をうかがうこの世の中、そういう人にピッタリ(?)な商品がすでに出ているようだ。電子タバコなる代物で、その名もSUPER SMOKER。どんな味なのかよくわからないが、どうせならもうひと捻り加えて、世界的にメジャーな銘柄のテイストを選択できるようにすると、かなり好評を得るのではないかと思ったりもする。
電子タバコ「Super Smoker」がヘビースモーカーの命を救う!? (MSMデジタルライフ)
