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カテゴリー: greater india

  • ラヴォー

    パールスィーの甘物、ラヴォーだそうだ。キールみたいだが水分少なくハルワーみたいに仕上げるらしい。

    スイーツでも料理でもそうだが、彼らの先祖の地イラン風のアイテムもあれば、定住したインドから採用したアイテム、そしてイギリスから取り入れたものなど、いろいろあるのが楽しい。イスラーム化が進んだイランからインドに来て定住してインド化、そして植民地体制の中でライフスタイルが西洋化したパールスィーの生き方そのものを象徴しているかのようだ。

    それでいて、外国起源ということで不利な扱いを受けることなく、インドで愛国的かつ模範的なコミュニティーとして認知されているのは、まさに彼らの最初の移民グループとされた一団が彼らを受け入れることになった地の王に対して忠誠を約束した「ミルクと砂糖の誓い」が今なお受け継がれていることを示すかのようでもある。

    Parsi Ravo Recipe | Parsi Style Sooji | Semolina Pudding | How To Make Parsi Style Ravo | Sheera (Youtube)

  • ミャンマーの元サッカー代表GKがFリーグのY.S.C.C.横浜に入団

    ミャンマーのサッカー代表GKで、試合後に帰国を拒んで日本で難民申請している選手がフットサルのYSCC横浜にプロ契約で入団したとのこと。まだ選手登録はされておらず、サッカーからフットサルへの転向のため格闘中らしい。

    フットサルのゴレイロは、サッカーのGKとかなり違う部分が多く(むしろハンドボールのGKの守備に近い)、サッカーから派生した競技とはいえ、ルール、戦術、ゲーム運びなどかなり異なる。

    また、ゴレイロからのスローから味方のダイレクトボレーでのシュート、相手のパワープレーを阻止してそのまま相手ゴールに蹴り込む「パワープレー返し」のように、攻撃そのものに絡むシーンも多いなど、サッカーのGKにはない役割もある。

    国の代表GKにまでなるほどの人なので、サッカーからフットサルへうまくコンバートして、ピッチで活躍を見せてくれる日が来ることだろう。

    今後の活躍に期待をしたい。

    サッカー元ミャンマー代表が、松井大輔と共にフットサルチームに加入した理由 (YAHOO!ニュース)

  • 「ディワーリーおめでとう!」とボリス・ジョンソンの目配りと気配

    英国首相ボリス・ジョンソンによるディワーリーのメッセージ。国内に大規模なインド系人口を持つこと、インドとは伝統的な縁と現代においても政治・経済で強い紐帯があることからも、こうしたメッセージの発信は大切だ。もちろんこの動画はインドでも各報道機関使いまわしでたくさん流れたし、SNSでも共有された。

    UK PM Boris Johnson wishes Happy Diwali, Bandi Chhor Divas to everyone around the world (THE ECONOMIC TIMES)

    同様にアメリカのカマラ・ハリス副大統領も、こちらは本人がインド系ということもあるが次のような動画を発信している。

    US VP Kamala Harris extends Diwali greetings to everyone around the world (THE ECONIMIC TIMES)

    アメリカからは前政権時にも当時のトランプ大統領が得意のツイッターで「ディワーリーおめでとう」と発信していたし、大統領時代のオバマ氏もディワーリーのメッセージとして動画を発信していた。

    インドとの繋がりは日が浅い日本とはいえ、私たちにとってインドの経済的な重要度は高くなり、戦略的にも大切なパートナーとなりつつある。もし外務省が入れ知恵して岸田首相がツイッターでもいいから、ディワーリーに関して動画メッセージを配信したら、日本という国に対するかなり良い反響があったことだろう。お金と手間をかけずに得点を稼ぐいいチャンスであったはずだ。

    もちろん在印の大使館、領事館等ではこうした対応や発信はしていることだろうが、自国政権中枢からも相手国に対して「東京からいつも気にかけています」「日本から常に注目してますよ」という意思表示は大切だ。

  • 合掌

    合掌

    ご存知のとおり「ナマステ」のポーズだが、この挨拶の動作は上座部仏教の地域、タイやカンボジアあたりまでは、神々はもとより、世間の人々に対する日常の挨拶に用いられるが、日本においては、寺院参拝以外では、よほど必死に懇願するような場面を除いて、死後の人(葬儀や墓参りなど)に対するものとなる。つまり私たちの観念での「仏さま」に対する専用の挨拶となる。おそらく他の大乗仏教の地域でも同じだろう。この違いは、いったいどこからくるのだろうか。

  • サッスーン家の上海

    上海の外灘のランドマーク、和平飯店北楼(旧サッスーンハウス)、和平飯店南楼(旧パレスホテル)ブロードウェイマンション・・・。

    いずれも租界時代の建物だが、サッスーン商会による建築(現在はサッスーン一族の所有ではない。)もちろん現在の外灘の風景そのものがサッスーン家を筆頭とするバグダードからボンベイに移住して財を成した(当初は東インド会社から払い下げられたアヘン貿易の権利から上がる利益で大きく成長したため「罪を成した」とも言えるが・・・)ユダヤ資本の大量投下あっての大事業。そんなわけで、戦前の上海には「ボンベイの隣街」のような面もあったことになる。

    当時のサッスーン商会は、カルカッタ、ラングーン、香港などでも操業しており、神戸にあるサッスーンハウスもこの一族の所有であったもの。サッスーン家はイギリスでも財閥を成し、現在英国サッスーン家の当主のジェイムス・サッスーンは政界でも活躍し、イギリスの財務大臣まで務めた。

    そんな華やかなサッスーン家の栄光の始まりは、当時の君主との関係悪化によりバグダードを離れることになった商家サッスーン一族の長、デイヴィッド・サッスーンが1830年代初頭にボンベイに上陸したところから始まる。

    デイヴィッド自身が非常に優秀なビジネスマンであったことに加えて、家族からも次々ときら星のように優れた人材を輩出し、家業を拡大させていき、100年も経たないうちにアジアを股にかけるビジネスエンパイアを構築。

    当初は「ユダヤ教を奉じるアラビア人」として、生活スタイルもアラビア半島式であったサッスーン一族は植民地体制下のインドで英国の買弁として頭角をあらわすとともに、迅速に「白人化」していく。このあたりの変り身の早さもさすがだ。

    欧州で代々過ごして歴史を築いてきたユダヤ家系とは異なり、イラク発インド経由の家系というのは、英国のユダヤ系社会の中でもとても異色なものであるはずだが、財の大きさや社会的地位の高さなどから、サッスーン家は英国のユダヤ系家系を代表する存在とさえなっている。

  • ドラゴンフルーツとドリアン

    ドラゴンフルーツとドリアン

    ドラゴンフルーツ。こちらは白玉(中身が真っ赤な「赤玉」もある)だが、安定したあっさり、さっぱり感が心地よい。美味しいかと言えば、味わいはあんまりないように思うが、爽快感があり、食べていて気持ちが良い。濃厚な味わいと陶酔感を呼ぶドリアンの対極にあるように思う。これらが同時に店先に並ぶベトナムは、フルーツ環境としては、ライチーとマンゴーがマーケットにふんだんに供給される雨季入り前の酷暑期のインドに匹敵する幸福感があるに違いない。

    ドリアンといえば、インドでもたしか南西沿岸地域で輸出用作物として栽培が始まるといえ報道を目にしたのはかなり前のこと。その後どうなったのだろう。ゴアでは野生種が自生しているというが、インドでは食べ物と認識されてこなかったのでマーケットに並ぶことはなかった。

    また、スリランカでも山間部にはドリアンが自生だか栽培されているのか知らないが、沿道でイガイガの実を売る姿をチラホラ見かけたことはあるが、町のバーザールでは発見できなかった。南アジアもドリアンが生育できる環境のところがあるが、食文化の中にドリアンが占める位置はない。

    しかしながらタイでもシンガポールでも現地在住のインド系の人たちがドリアンを楽しむ姿があるので、何かきっかけがあれば、定着していく余地はあるかもしれない。

    今はカシミールやヒマーチャルの特産品となっているリンゴにしてみても、地場の固有種ではなく、外来で定着した果物。ドリアンは特有の香りと陶酔感があり、味わいの中に明らかに洋酒が仕込んであると思われる部分、そして卵黄を使っているとしか思えないコクがある。

    これらについて、ヒンドゥーの人たちの中で厳格な人たちが「ピュアル・ヴェジ」と認めるかどうか。そもそも私自身は、この目でドリアン畑を見たことがないので、ドリアンは人工物に違いないという確信めいたものがある。

    熟練のパティシエが卵黄、砂糖、ブランデーなどを使って丹念に創り上げていくのだ。ツナギに何を使っているのかは秘伝で、果実を口にしたときのムラのある繊維感とこれまた微妙な歯触りを出すには長年の経験が必要。だからドリアンは当たり外れが大きいのだ。

    よって、ドリアンは言うまでもなく、「ノン・ヴェジ」だと信じている。

  • ヘロイン禍

    ヘロイン禍

    芸能人などの有名人が逮捕されたら、大騒ぎして報道するのは、いずこの国も同じ。

    インドでも同様で、シャールク・カーンの息子、アーリャンの逮捕関係のメディア露出は相当なもので、中には「ムスリムを標的にしたBJPの陰謀説」のような荒唐無稽なヨタ話をもっともらしく吹聴するニュース番組もある。

    そんな中でのインディア・トゥデイの「ヘロイン禍」の特集記事。「インディア・トゥデイ、お前もか?」と思いながらページをめくっていったが、さすが「ちゃんとしたニュース雑誌」は、ゴシップ誌や半ニュース半ゴシップ誌と大きく異なる。

    世界中のケシ関係の麻薬供給元の85%はアフガニスタンが占めているそうだが、近年はインドへの供給量が大幅に増えていることが、水際での押収量の増加で明らかなのだそうだ。先日もアフガニスタン発でイラン経由のコンテナがチェンナイで差し押さえられ、空前押収量を記録したとのこと。

    麻薬を大きな収入源とするターリバーンの「怪進撃」の要因のひとつには、この関係の売上増が果たした役割もあるかもしれない。

    同様に近年はパンジャーブ州で、とりわけ若年層へのドラッグ使用の蔓延が大きな社会問題になってもいるのは、ずいぶん前から聞いており、それを題材にした「UDTA PUNJAB(2016年)」という凄惨な映画が物議を醸したこともあった。

    パンジャーブ州への薬物流入は、国境地帯の農村部で移送がなされる様子が同作品でも描かれており、背後には当然、パキスタン側の組織があり、これには同国の工作筋も関与していると言われている。

    アーリャン・カーンの逮捕というのは、現在の麻薬禍において発生した無数の現象面での「ひとつの例」であり、背後にある動きこそ重要かつ深刻なものだ。

    現象面の末端に過ぎない個人を叩くのではなく、背後の巨悪にメスを入れたインディア・トゥデイ誌の姿勢は、まさに社会の木鐸としての矜持だろう。

    インディア・トゥデイ10月20日号
  • 権力闘争

    アフガニスタンで、田舎侍たちが都を落としたものの、大将の座を巡って内輪もめだろうか。パキスタン陸軍が育て、各所に「同陸軍からの出向者たち」もあつたとされ、軍紀に厳しかったと思われるターリバーン1.0のころと異なり、ターリバーン2.0は、指導者も幾度か代わり、反カーブル政権の勢力も合流した部族の人たちの連合体。力と指揮の関係が縦軸で繋がるだけでなく、横軸で張り合い併存する関係もあるはず。

    おそらく地域レベルでもこうした小競り合いがあって、勝ち残ったほうが上層部から暗黙の了解を得る、というような仕組み?のようなものがあるのではないか、と想像される。今後もいろいろなことが起きそうだ。ターリバーン勢力のいろんな層で「薩長連合」的な危なっかしい関係性があるのかもしれない。これはあくまで私の想像に過ぎないのだが。

    タリバンで撃ち合い…ナンバー2のバルダル氏が負傷しパキスタンに移送 (中央日報)

  • パンジシール陥落、獅子は敗走

    アフガニスタンのパンジシール渓谷の戦いは、破竹の勢いのターリバーンを前に、なすすべもなかったようだ。昨夜のインドのニュース番組「Aajtak」によると、故アフマド・シャー・マスード司令官の息子、アフマド・マスードは敗走中で、彼の父方のおじは戦闘中に死亡したとのこと。彼らが所有していたという軍用ヘリコプターもターリバーンに差し押さえられたとのことで映像に写っていた。

    インドメディアによるものなので、バイアスがかかっているかもしれないが、さもありなん・・・という内容の報道もあった。今回のパンジシール攻撃の作戦には、パキスタン軍も関与していたとのことで、ドローンによる上空からの攻撃なども実施されており、マスード派など北部同盟+旧政府軍残党の動きは、空からの偵察によりターリバーン側に筒抜けであったらしい。戦闘開始期限までは、交渉による懐柔を試みたものの、不調に終わったため攻撃に踏み切ったわけだが、逃走している集団には、降伏すれば不利な扱いをしないと呼びかけるなど、対話志向の姿勢を見せているのは幸いだ。

    パンジシール渓谷のマスード派のもとには、旧政権の副大統領も身を寄せているなど、インドとしても新政権の中で、一定のコネを持つ人物が残ることを期待したいところだろう。
    インディア・トゥデイ最新号には、「インドはこれほどアフガニスタンに貢献したのに」と、費やした予算、ダムなどのハコものその他の経済協力の例が挙がっていたが、これまでの親印政権から親パ・親中政権へと180度の転換となる。
    パキスタンにとっての「戦略的深み」の復活に繋がるものでもあり、インドは軍事的にも再考を迫られることになる。

    この戦略的深みとは、簡単に言えば次のようなものだ。
    南北に長いものの、東西には薄く、インド北西部に細長く貼りつく形のパキスタンの国土は、同国にとって地理的に降りなものがある。アフガニスタンの親パ政権のもとで、アフガンの国土を有事の際にインドから攻撃を受けない「安全地帯」として、軍事的拠点として活用できるようにすること。また首都圏を強襲されるなど存亡の危機に陥った場合に指揮系統、行政機能をも移転可能な後背地を国外=アフガニスタンに持つことが可能な関係を構築・維持すること。これがパキスタンにとっての「戦略的深み」となる。

    Ahmad Massoud safe, says NRF; Taliban ask ex-Afghan forces to integrate with govt: 10 points (Hindustan Times)

  • ターリバーン特集

    ターリバーン特集

    配信されたインディア・トゥデイ最新号。特集記事は「ターリバーンにインド政府はどう向き合うべきか」。

    良好な関係にあった前政権とは反対に、パキスタンの軍事統合情報部(ISI)とは「親子関係」にあったターリバーン政権の復活。インドにとってアフガニスタンは「遠いどこかの国」ではなく、歴史的に繋がりが深く、パシュトゥーン起源の歴史上の人物やその血を引く自国民も少なくないだけでなく、安全保障上の大切な地域。インドメディアの注目度は高く、アフガニスタンに関する知識の蓄積、分析の深さもまったく日本の比ではない。

  • 米軍が去ったカーブル空港

    米軍が去ったカーブル空港

    インドの放送局による「米軍撤退直後のカーブル空港」報道クリップがYoutubeでシェアされている。

    きちんとした軍の戦闘服を着用しているのは、ターリバーンの313部隊というコマンドー集団とのこと。伝統的ないでたちでないところが、いかにもちゃんと訓練されたプロ兵士という感じがする。「孫にも衣装」といったところだが、外国メディアに撮影させてオンエアしてもらうことにより「意外と近代的だ」というイメージ構築の意図もあるかもしれない。空港に残された戦闘機やヘリの類は、米軍発表によると「無力化済みである」とのことだ。

    ターリバーン側によると、可能な限り早い時期に近隣国、とりわけイラン、カタル(「カーブル」であって「カブール」ではないように、本来は「カタル」であって「カタール」ではない。こんなこと言っても切りがないが)とのフライトからでも再開したいとのこと。

    アナウンサーは「ターリバーンが占拠した」と言っているが、見出しには「テロリストたちが占拠した(आतंकियों ने किया कब्ज़ा)」と出ていることから、少なくともこの局はターリバーンについて、そのように考えているのだろう。(一般的にインドメディアの大半もインド政府も同様の考えかと思う。)

    米軍が去ったことを祝い、ターリバーンの兵士たちが空に立て続けに撃っている映像もあり、「いくつものマガジンを空にしている」そうだが、空に無数に撃てば、その数の弾丸がいつか落ちてくると思うのだが、それが当たって死んでしまうということはないのだろうか?アフガニスタンではないが、インドのビハールなどでも、結婚式の際に空に向けて祝砲を撃つというようなことはよく聞くが、こういうのは怖い。

    काबुल एयरपोर्ट में घुस गया तालिबान, स्पेशल फोर्स यूनिट बदरी 313 के आतंकियों ने किया कब्जा (INDIA TV)

  • 「インドにおけるタリバーン的思考」

    「インドにおけるタリバーン的思考」

    一昨日、国営ドゥールダルシャンで放送されたBharat mein Talibani soch ? (インドにおけるタリバール的思考?」と題した討論番組。

    出演はインドのある識者、BJP幹部、そしてふたりのイスラーム学者たち。学者たちは身なりからしてもムスリムのかなり保守層に属すると思われる。

    こういう番組でしばしばあるのが、開始前から結論ありきの集団リンチ的な展開だ。まずは左のアナウンサーで司会を務めるアショーク・シュリーワスタヴが「カーブルで、タリバーンからの布告で15歳から35歳までの女性を登録するために兵士が家々を回り始めている」「インドの社会党議員のひとりがタリバーンによる首都制圧を『アメリカからの独立』と称え、タリバーンを『自由の戦士』と褒めたたえた」ということから話をひとりひとりにふっていく。

    もちろん出演しているインドのイスラーム学者たちもタリバーンを肯定せず、前のタリバーン政権のときの二の舞いとなることを懸念する発言などをしているのだが、右寄りの識者とBJP幹部が意図的にイスラーム教そのものを挑発するような発言をして、これに対する学者たちの反論、言葉尻をとらえてのヒンドゥー右翼による再反論・・・という形に対話が流れていく。

    こうした不毛な討論番組は民間放送にもよくあるのだが、国営放送でこうしたバイアスがかかるというのは、政権からのそうし誘導があるのではないかとか、世論誘導のためのツールとしているのだろうとか、いろいろ考えてしまう。「国内でのタリバーン的思考について」考察するという目的から、「国内のイスラーム教徒を不審視する」という流れで、大変不健全なものだ。

    また、こういう番組にヒンドゥー保守派とイスラーム教徒保守派というふたつの両極端な人たちを出席されて討論というのもあからさまな意図が感じられるようだ。