遺跡の宝庫デリーなので、無料で観ることが出来るものにもこんな素晴らしいところがある。13世紀に建てられたデリーの奴隷王朝のナスィールッディーン・メヘムード王子の墓。内部には地下室がしつらえてあり、3基のマザール(墳墓)に捧げられた花とお香の香りが絶えない。元ヒンドゥー寺院であったものを転用したとされる。ヴァサント・ヴィハールメトロ駅からオートで12分くらい。












遺跡の宝庫デリーなので、無料で観ることが出来るものにもこんな素晴らしいところがある。13世紀に建てられたデリーの奴隷王朝のナスィールッディーン・メヘムード王子の墓。内部には地下室がしつらえてあり、3基のマザール(墳墓)に捧げられた花とお香の香りが絶えない。元ヒンドゥー寺院であったものを転用したとされる。ヴァサント・ヴィハールメトロ駅からオートで12分くらい。













昔からこんなのがあるのだが、わずか1回の用足しで役目を終えてしまう、巻きがあまりに小さなトイレットペーパーはどうなのか?と思う。そこに作り手の良心はあるのか?とも。



アウランガーバードで見かけたちょっとスタイリッシュな軽食屋の看板。
肝心のお店の写真を撮影していなかったが、この看板のとおりシンプルながらもスマートな感じで洒落た構えなのに、道路脇でトタン屋根の下で開業しているチャーエ屋と同じかそれより安い料金というのが面白い。
チャーエ(マラーティーでは「Chahaa」と呼ぶらしい)が7Rs、ポーハー、ウプマー、サモーサーがいずれも15Rs。
下手するとわずか22Rs「チャハー + サモーサー」で朝食、軽食が事足りてしまう、でも女性とデートで立ち寄ってもまったく恥ずかしくないカッコいい店構えという具合。これはきっと、地元の学生や若者たちにはとってもありがたい存在にちがいない。「ウルトラ格安版スタバ」(笑)みたいな感じで。エアコンはないけど。
肝心の店内を撮ってないのが、あぁ悔やまれる。ちょうど書店巡りしていて、帰りに立ち寄ろうと思ったのに、すっかり忘れてオートに乗ってしまったのだ。

アウランガーバードのムスリム地域の一角に新仏教地区がある。その名も「ジャイビーム・ナガル」。インド初代法務大臣ビムラーオ・ラームジー・アンベードカルは新仏教徒つまりアンベードカルが初めた仏教への改宗運動(差別階級のヒンドゥー社会との決別運動)に賛同した伝統的ではない政治的ネオ仏教徒たちのこと。
ジャイビームとは、「ビームに勝利を」という意味。ビームとはアンベードカルのファーストネーム、ビームラーオの略。かなり社会的なテンションの高いエリアであることは想像がつく。
「जयभीम नगर (ジャイビーム・ナガル」のはずだが、地区入口のゲートには「जयभिम नगर (ジャイビム・ナガル」とある。マラーティーでは短くなるのだろうか?


デリーその他同様にアウランガーバードも古い時代の城門が多い。元々は52の門があり現在も残っているのは、その中から13の門とのこと。


大通りで門が残された部分がロータリー状になっているものもあれば、門をくぐるところだけ道幅が狭くなっているケースが少なくない。見るからに事故が起きそうではあるものの、文化財である門を取り壊すわけにはいかないので仕方ないのだろう。


城壁がぐるりと巡らされた中で、昔々は城門から人々は出入りしていたわけだが、市街地の拡大とともに、そして街の近代化とともに城壁の多くは取り壊された。大通りが城門を抜けることは出来ず、城門を取り壊してしまうのもどうかということで、門の両側を上下路線が通る。かつては城市内外を分ける大切な施設であった門や城壁は、現在の往来においては余計な障害物でしかない。


indo.toでは、ごくたまに私が個人的に「インドでどうだろう、この一台?」と思う新製品のカメラを取り上げていたが、このところ数年間はそれが途絶えている。
理由はただひとつ。スマホのカメラ機能の大幅な向上により、コンパクトデジカメのニーズが食われてしまったこと。それにより一部のハイエンドなコンデジが生き残るも、商品サイクルは長いものとなってしまったことがある。
私が持っているキヤノンのG7X MarkⅡは、2014年発売のG7Xがマイナーチェンジを繰り返しながら販売されているものだ。今年で発売10周年になる。以前はこのようなことはなかったため、コンデジのマーケットはある意味、非常に成熟したとも言えなくもない。
Xiaomiの14 Ultraは、12 Ultra、13 Ultraと続いてきたこのシリーズとしては、初の日本市場での発売。保証の関係でグローバル版購入をためらっていた層はうれしい知らせだった。

ライカ監修の35mm換算23mm(F1.63)のメインカメラ、超広角12mm(F1.8)、75mmの望遠(F1.8)、120mm(F2.5)のベリスコープと四つのレンズを備えている。23mmレンズについては、F値1.63~4.0の可変絞りによる無段階調光。いずれも画素数は5,000万画素。イメージセンサーは1インチのものを搭載している。
フロントカメラは3,200万画素と、これまた良好な画質であるため、自撮りの際にもリアカメラでの撮影と較べて遜色ない。
ただ惜しいのはe-SIMに対応していないことだ。世界で売り上げ第4位の大メーカーのハイエンド機としては、この部分はかなり残念ではあるが、高級コンデジにスマホが合体したようなものであるのが、この14 Ultraだ。
日本市場モデルで購入すると付いてくる「Photography Kit」もまた素晴らしい。これを装着すると、まんま「カメラ」に変身するとともに、物理シャッターは付くし、ダイヤルで露出の調整が出来るようにもなるため、使い心地が向上する。さらには同梱されているフィルターアダプターを付けると、67mmのフィルターが利用できるようになる。常々スマホでもPLフィルター、NDフィルターが利用できたらいいと思っていたので、これはとても楽しい。

ただストラップの部分だが、出来れば両吊りできるようにしてもらいたかったという思いがする。
そんなことからこの端末について、日常で、旅行先で「どうだろう、この1台」ということで今回取り上げてみることにした。販売価格は現時点の最低で15万円、16万円くらいからということになるため、「それなら高級コンデジを買ったほうが・・・」という声もあるかと思うが、スマホと有能なコンデジが一体となっている部分に特別な価値があると言える。
なかなかカメラを出しにくいシーンでも気兼ねなく取り出せることもあるし、インドでカメラによる撮影は咎められても、スマホならば許容されているような場所は少なくない。
たとえば駅などの鉄道施設であったり、博物館等であったりする。博物館といっても場所によりさまざまで、カメラやスマホの持ち込みができず、入場前に預けなくてはならないところもあれば、撮影料を支払って撮ることができる場所もある。はてまたカメラでの撮影は不可であるけれども、スマホやケータイはOKというケースも。
いずれにしても「カメラ未満」という認識が一般的であるため、撮影にかかるハードルが低いことになる。
そんなことから、わざわざカメラに見えてしまうPhotography Kit装着でそういうところに出かけるのはどうかとも思うが、ケースを付け替えて変身できるのも、スマホの気楽なところだ。
・・・という意味では、インドは世界でもかなり上位のほうではないかと思う。すごいな、インド人。人のオナラの爆音を複数回耳にせずに午前中は終わらないし日も暮れない。ある意味、たいへん恵まれた環境。そんなわけで、こちらも遠慮なく音を立てて腹圧を下げる。(笑)
同じくデーヴァナガリー文字を使うヒンディーベルトでは通常दवा(ダワー=薬) あるいは複数形でदवाइयां と書いてあるが、マハーラーシュトラでは薬局にऔषधी(アウシディー=薬)と書かれている。マラーティーではऔषधि は「औषधी 」と語尾が長くなるらしい。
दवा (ダワー)もऔषधि (アウシディ)も意味するものは同じく「薬」なのだが、前者はアラビア語からの借用語、後者はサンスクリット語から入ってきたもの。
ヒンディー語その他のインドの言葉は様々な言語からの混成であることが多いことから、同じ物を示す名詞にも元々の地場の言語起源のものとアラビア語、ペルシャ語などからきたものと、複数の語彙が控えていることが多い。
人物の名前や装いのみならず、そうした語彙の使い分けなどからも聞き手は話者の教育や経済の水準、リベラルあるいは保守、ヒンドゥーかムスリムか、などといったあたりについても見当が付くという言語環境がある。
その一方で、同じ意味あいの語でも、しばしば語彙の起源によりニュアンスが大きく異なることにもなる。たとえば「音楽」でもम्यूजिक (ミューズィック=音楽)といえば、映画ポップスやラップであったりするが、संगीत (サンギート=音楽)となると、古典や伝統音楽だろう。あるいは映画音楽でも「キショール・クマール」や「ラーフィー」などといったおじいちゃん、おばあちゃん世代が馴染んだものは、今の人々からするとこの「サンギート」の範疇にもなるかもしれない。
そんな具合に、ヒンディー語では一般的に「दवा ダワー=薬」と言えば西洋医学の薬を指す。そして「औषधि アウシディー」と言えば、アーユルヴェーダの薬のことを思い浮かべることが多いだろう。
テレビで盛んに宣伝しているスワーミー・ラームデーヴのパタンジャリブランドの製品群。この中で医薬品類も販売しているが、CMで幾度も「アーユルヴェーダによるアウシディー」「生薬のアウシディ」と強調しているのは、まさにこれが生薬を配合した伝統的なものであり、混じりけのないシュッド(ピュア)なアーユルヴェーダ薬であると視聴者に訴求しているわけである。
しかし同じ語彙も言語圏つまり言語文化圏が変わるとニュアンスに違いが生じてくるわけで、西洋医学の医薬品であってもためらいなく「アウシディ」を名乗るようになるのが面白い。
インドは文字の宝庫でもあり、全国各地で様々な異なるアルファベットが用いられている。これほど文字の種類が多い地域は世界にもないし、しかも単一の国内でこれほどのバリエーションを持つ国は世界広しと言えどもインド以外には存在しない。
他の言語にもインドの古語起源の語彙はたいへん豊富なので、それらの多くを読み分けることができたら、街なかで看板を眺めているだけで、ずいぶん楽しい発見がありそうに思う。
インドという国はのほほんと散歩しているだけでもなかなか面白いものだ。


インドに限らず多くの国々で共通する構造。大きな地震で崩壊するシステムがよくわかる気がする。ただし火に対しては滅法強く、完成時に壁に貼るかもしれない壁紙、床に敷くかもしれないカーペットを除けば、基本的に不燃構造。アウランガーバードにて。


これがとても役に立った。
一般的なガイドブックは、ネットを通じた各種メディアの発達により、ほぼ役目を終えたと考えている。少なくともアクセス、宿泊施設、食事等の情報はわざわざガイドブックで入手する必要はなくなっている。
そのいっぽうで特定の狭い地域を細かく紹介した案内書にはまだまだお世話になる機会は多い。どんな見どころがあるのか、それらの背景も加えて具体的かつ詳細に網羅したガイドブックだ。写真や各遺跡等の見取図等も豊富だ。
インドの地場の出版社JAICOは出版点数は多くないものの、いくつかテーマを絞り込んだ良書を世に送り出している。できれば電子版をアマゾンで販売してもらいたいのだが、紙媒体でインド国内でしか買うことができない。
DECCAN HERITAGE FOUNDATIONがJAICO PUBLISHING HOUSEから出しているもので、他にもデカン周辺各地のガイドブックが出版されており、いずれも良書である。


道の両側に大木が等間隔でどこまでも並び、緑のトンネルの中を走っていくような眺めがどこにでも見られた。英領期に強い陽光を避けることが出来るよう各地で道沿いに植林が進められた結果このような形になった。
しかし1990年代以降は急激にこうした景色が姿を消している。経済発展に伴う交通量の急増から国道等主要道路の複線化が至上命題となったからだ。各地で道路脇の大木が次々に伐採され道路を盛土しての拡張工事が進んでいった。
こうした眺めは今でも田舎では目にするものの、やがて昔の映像や写真のみに残る「昔のインドの風景」となることだろう。


エローラをあとにして、クルダーバードへ。クルマですぐ近くだ。

聖者廟周辺にはそれにあやかっていろいろな人々の墓が林立していたりするが、第6代ムガル皇帝のアウラングゼーブもそのような具合で埋葬されている。



その墓所が立地するのはスーフィーのチシュティー派の聖者サイード・ザイヌッディーン・シラーズィーのダルガー(聖者廟)内。アウラングゼーブ自身が自身の葬儀は簡便に、墓は露天で、敬愛する聖者の墓の傍らにと希望したがゆえとのこと。
ムガル最盛期の支配者の墓所とは信じ難いほどの簡素さであり、故人の清廉さと質実剛健さを偲ぶことが出来るように思う。
アウラングゼーブには関係ないが、意外だったのはこの墓所の世話人が盲目の方なのだが、日本語がけっこう堪能であることだ。ここに日本人の訪問者がそれほど多いとは思えないだけにちょっとびっくりした。



クルダーバードのアウラングゼーブの墓所のあるダルガーの道路挟んで向かいにある別のダルガー・ブルハヌッディーン・ガーリブ。瀟洒な感じで世話人の人もとても知的な感じだった。
これまた徒歩ですぐのところにあるのが、バーニー・ベーガム・バーグというペルシャ庭園。ここにはバーニー・ベーガム(アウラングゼーブの孫、ビーダール・バクトの妻)の墓がある。いわゆるチャール・バーグ形式、日本風に言えば「田の字型」の庭園。





荒れてはいるものの、その佇まいから往時を想像するのは難しくない優美なガーデン。この地に残るムガル式建造物の傑作のひとつだ。庭園内のあずま屋のルーフはバングラー型になっている。せっかくの素敵な場所なので、きちんと整備してくれたらどんなに見事に生まれ変わるか、と思ってしまう。
少し離れた郊外にあるのは、軍人や宮中の護衛として重用される例が多かったスィッディー(アフロ系インド人)の出世頭のひとり、マーリク・アンバルの墓。



この町には素敵なペルシャ庭園もあるし、こうした歴史的な建造物がいくつもある点から、クルダーバードは気に入った。だがこの日クルマを頼んだムスリムの運転手によると「ここの男たちはみんなグトカーを噛んで呆けたような人が多い。あまり良い印象はありませんな。」とかなんとか。たしかにあまり暮らし向きのよくなさそうなムスリム地域は、あまり雰囲気の良くないどこかすねたようなやさぐれたムードがあるものだが、クルダーバードもそんな具合だ。何泊かしてみると、他にもいろいろ謂れのある知られざる名所がいくつもありそうだ。町のムードはあまり良くはないのだけれども。