奪われてきた婿

しばらく前の話である。インディア・トゥデイ誌4月7日号のある記事に目が止まった。ビハール州で、身代金目的ではない誘拐が頻発しているのだという。目的は略奪婚・・・といっても、さらわれて来るのは女性ではなく男性。まだ幼い娘の結婚相手を獲得するために、少年がさらわれて来るのだという。
同誌ウェブサイトには、英語版にて同じ内容のものが掲載されている。
Bihar’s shotgun weddings (India Today)
同記事によると、ビハール州では伝統的に上層カーストの間で略奪婚は珍しくなかったそうだ。しかしその他の層でも、近年は娘を結婚させる際のダウリーの負担が大きくなってきていることが、外出中の男の子を銃器などで脅しての略奪婚が発生する背景にあるとのこと。
記事中にあるラームプルという土地では、90%の結婚はこうした手段によるものであり、地域の人々の多くはこうしたやりかたについて肯定的であり、婚礼を取り仕切る司祭も協力的であり、関係者たちも様子をビデオに収めるなどの証拠作りが行なわれるというから、地域社会ぐるみで行なわれているようだ。
2009年、ビハール州では届出のあっただけでも3,124件の誘拐事件が発生し、そのうち1,336件は略奪婚目的であったという。
今年に入ってからは、1月に限ってみれば、224件の誘拐事件中、87件はこうした理由によるものであり、それに較べて身代金目的のものはわずか8件であったというから、いかに結婚というテーマが誘拐を引き起こす動機として大きなものであるかということが窺われる。
ビハール州でこうしたケースが多発しているとはいえ、2007年にインド全国で発生した27,561件の誘拐事件のうち、47%は結婚目的であったとのことで、略奪婚自体は州外にも広く分布しているようだ。
ただしその中で男子の誘拐は5,174件であったということである。つまり嫁よりも婿獲得のために誘拐するケースのほうが多いということが、ビハール州における略奪婚の特徴となるとのことで、ダウリーに起因する殺人事件が発生する割合が全国平均の倍という事情を反映しているらしい。
もちろん圧倒的多数の家庭では、ごく平和裏に結婚という人生の通過儀礼が行なわれており、ショッキングなニュースとして報道されている略奪婚は総体として見れば、ごくごく例外的なものである。両家が合意のうえで取り行なわれた婚礼であっても、結婚した当人たちにとっては非常に不本意なもので、心情的には略奪婚同様に強制されたものであるというようなケースも決して珍しくはないとしても。
略奪婚というきっかけはさておき、多くはその後子供をもうけて新たな家庭を築くことになるわけだが、強制的に婿入りさせられた男子の立場は、その家庭内でどういうものになるのだろうか。
農村部であることから、都会の核家族暮らしのように、親類縁者との関係が希薄な生活ではない。嫁側の父母その他目上の『親類縁者』たちに対して日常的に従属する立場になるのは、婿入りした場合どこも共通であるとしても、同年代の『身内』との関係でも、少なくとも『婿入り』当初は一段下に置かれると考えるのが自然で、相当器用に立ち回ることが求められることだろう。
スペースの都合もあろうが、記事は略奪婚という手段のみに焦点が当てられており、その後の家庭生活や周囲の人々との関係についての記述はなかった。
決して略奪婚を肯定するわけではないが、通常の結婚できっかけが恋愛であれ、見合いや親が決めたもの(国や社会によっては非常に大掛かりで経済的な負担が非常に大きなものであったとしても)であったとしても、婚礼という通過儀礼を行なうことよりも、縁あって結ばれた相手との結婚生活を長年続けていくことのほうが、より多くの努力や忍耐を必要とするものだ。
夫婦間の仲がどうこうというものではなく、生まれながらの親兄弟姉妹と違い、もともと他人であった相手である。ゆえに、ひとつ屋根の下で暮らしていくには、相応の歩み寄りと寛容さが求められる。
極めて野次馬的な関心かもしれないが、略奪婚によって始まった新しい家庭が年月を経ての『その後』が気になる。

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